超豪華大型クルーズ船で満喫できる7泊8日の旅と題されたキャッチコピーに心惹かれて応募したのは、極普通の会社員で30歳になったばかりのおっさん。
仕事で疲れた身体を労わるために、有給休暇を使ったこの長旅を心から楽しみにしていた。
船の展望デッキでは白百合女子中学の生徒達がいた。
白百合女子と言えば小中高一貫で日本屈指の名門校。偏差値の高さは当たり前で、芸能人や資産家の娘が多数通うお嬢様学校で有名だった。
首元のリボンが目立つブレザータイプの可憐な制服姿は目の保養にはなるが、視線を感じた幾多の生徒が嫌悪感を剥き出しにしているのでおっさんは目を背けるしかない。
出発してから二日目。
雄大な海の景色を堪能していると船底から重い衝撃が走り、船が斜めに傾いた。
悲鳴と混乱。
おっさんは慌てて手摺に捕まる。
船は傾き歩行すらままならない状態が続いた。
救助を要請している事や、救命ボートを随時出してくれるそうなので、おっさんも荷物を抱えて船から逃げ出した。
最新の救助ボートは屋根付きで、サーカスのテントを思わせる空間になっており、一度に10名収容できる構造になっていた。
円座になって空いた席に座ると、嫌そうな顔をしながらでも両隣りに座ってくれた白百合女子達の甘い香りが鼻口を擽り、だらしない表情を浮かべていたが、気持ち悪がられて距離を置かれてしまう。
救助ボートの中には非常食もあるので救助が来るまでの間は凌そうでも、華やかな空間に混ざってしまったおっさんは肩身の狭い思いをしていた。
こういった時は小粋なジョークでもと思考を巡らせるも、会社の忘年会で女子社員から白い目を向けられた過去を思い出しひどく項垂れた。
陽が沈むと室内は寝息と波の音に包まれる。
風が出てきたのか波は高くなり始めていた。
雨雲が接近してきて雨音も激しく鳴り始めた頃、波の揺れで気分を悪くした女生徒におっさんはさり気なくエチケット袋を渡した。
女生徒達にとっては悲惨な状況にもにも関わらず、おっさんは目を瞑り鼻歌を口ずさみながら嵐の夜を余裕で過ごした。
嵐を乗り越えた先に待っていたのは救助の船ではなく、白い砂浜だった。
革靴を脱いで素足になり、照り付ける太陽の下で砂浜を歩く。
打ち上げられた救命ボートからは助かった者達が続々と砂浜に集合していた。
なんと驚く事に、白百合女子校の関係者ばかりが助かっていた。
その数は200人程度。
クルーズ船にはまだまだ人がいたはずが、どうしてこうなってしまったのか、闇は深まるばかり。
その中で助かったおっさんは運が良いのか悪いのか。
白百合の先生と見られる年配の女性を中心にして集まっているようだ。
炎天下の下でクラスごとに分かれ点呼を取り始めている。
おっさんはヤシの木の下で日陰に入り、その様子を遠巻きに眺めていた。
年配女性は責任者。
クラスごとに担任がいて、驚くことに若い男性の先生もいた。
さぞやモテるだろうなと思いながら眺めていると、案の定女生徒達に囲まれていた。
もちろん中には若い女の先生もいるが、こちらは女生徒達と同じく浮かない表情を浮かべていた。
救助を待つ間暇なのでおっさんはヤシの木に登り実を採取。
皮を剥いて石で叩き割り、新鮮なヤシの実ジュースで喉を潤す。
日差しが強すぎるので日中は身体を休めた。
一方で白百合の生徒達は波打ち際で遊び始め、先生方は集まって何やら話し合いをしていたが、おっさんも含めて多くが未だ危機を感じていない。
陽が沈みかけた頃におっさんは行動を開始した。
救助ボートから私物の荷物を抱えてジャングルになっている方向へ歩き出す。
集団から離れてようやく鞄の中身をチェックする。
着替えと髭剃りも入った洗面道具に折り畳み式の釣り道具一式。
十徳ナイフやファイアスターターなどのサバイバル用品は、男の身嗜みと思っている。
クルーズ船はサイパン島に立ち寄る予定だったので、そこで釣りを楽しむ予定だった。
こんな事になるならキャンプ用品も持ってくればよかったと思うも後の祭り。
今あるもので楽しむしかない。
他にはそれこそ救助ボートにあったエチケット袋のあまりや、非常食の残りと懐中電灯や携行ランプ。
ポケットの中にはハンカチやキーホルダーに財布。
何かあった時の為のコンドーム。
風俗通いのおっさんに抜け目はないが、事案になりそうなので水筒代わりに膨らませるしかない。
ランプを灯すと虫が寄ってきそうなので極力使わない。
浜辺に集まっていた白百合の集団はランプをこれでもかと灯し、讃美歌を口ずさんで宴を始めていた。
砂地で社交ダンスとは恐れ入る。
荷物は木の陰に隠し、息を潜めながら野宿を始めた。
夜になると冷えてきたので木の棒を支えとしてヤシの葉を使い簡単な屋根を形作り、朝露に備えた。
遭難をしてから今日で二日目。
ヘリでの捜索なら割と早いと思うが、船での捜索なら時間が掛かる。
非常食の残りは後持って二日分。
おっさんは太っているので、脂肪を燃やせば食わなくてもある程度長生きできる。
保存状態の良い非常食は大事にしておきたいのだ。
明くる日の朝になっても救助は来ない。
おっさんは日の出と共に砂浜を歩き、少しして岩礁を見つけた。
狙い通り、そこにはカメノテやトコブシ、岩礁に張り付いた岩海苔等の海産物の宝庫になっていた。
少し潜ればアワビやウニも見つかるかもしれない。
ナイフでほじくり、採れた獲物はポケットに入れていく。
干潮時だったみたいで、割とあっさりアワビもゲットできた。
ウネウネと動くアワビを潮水で洗い、その場で刺身状に切って生アワビを踊り食い。コリコリとした食感を堪能しつつ、次なる獲物を探した。
陽が昇り始めてからは体力を温存するためにヤシの木陰で一休み。
波の音と、若い娘達の弾ける声に耳を傾けつつ瞼を閉じる。
おっさんに興味を示した女生徒が近寄ろうとした所を、金切り声に近い音波で注意を促す年配の女先生。
チラッと瞼を開けるとつやのある黒い髪を三つ編みにして肩に流している1人の女生徒が、こちらに声を掛けてくれた。
「お身体の具合はどうですか?」
「いや大丈夫。暑いから休んでいるだけだよ」
「お一人で寂しくないですか?」
「君は優しいね」
こんな冴えないおっさんを心配してくれるなんてまじ天使だわ。
眩しく見えたこの娘には是非ともアワビをご馳走してあげたくなった。
採れたての新鮮な奴を一口サイズに切り分ける。
目を輝かせたその娘は指で摘むとお口の中へ。
「贅沢な朝ご飯ですね」
「それは君にあげるよ」
「良いのですか?」
あろう事かおっさんの隣に腰を下ろした娘。
ブレザーの上着は脱いでおり、白いカッターシャツは胸の膨らみに注意がいきがちになってしまう。
最近の若者は発育がいいな。
食べている間に自己紹介と世間話を挟んだ。
白石ゆりねと名乗った娘は、おっさん相手に本名を惜しげもなく教えてくれた。
15になったばかりだそうだ。
おっさんの年齢の半分。
娘かな? と勘違いしてしまいそうになる。
それくらいお行儀も良いし、つい目元が緩んでしまう。
おっさんは独身だけどね。
食べ終えてからも一緒に波の音を聴いていた。
お腹が膨れたのかゆりねはうつらうつらと船を漕ぎ始める。
おっさんは若い娘の胸の揺れに夢中だ。
不謹慎だが開放的な暑さで頭をやられてしまったと言い訳はできそうなので問題はなさそうだ。
砂浜にいた集団もようやく暑さから逃れるために各々行動を開始し始めた。
若い男の先生は砂を掘り、穴底へペットボトルを設置、そこへ海水を流し込んでからビニールを被せて小石を置いた。
よくあるサバイバル技術だが、それだけで黄色い声援を集められるのだから、さぞや自尊心をくすぐられていそうだった。
日傘なんてないので、多くは木陰へ集まっている。
日焼けを気にしているのか、そこら中で化粧道具を広げている。
暑さでバテている生徒もいるようで、寝転がり水で冷やしたタオルで養生をしている姿もチラホラ見受けられる。
陽が高くなるにつれて砂浜から人が少なくなる。
救助はまだこない。
遭難四日目の朝。
事態を重く見た先生達は行動を開始した。
石を集めて砂浜にSOSの文字を作る。
焚き火を作り、煙を空に浮かべた。
水平線を眺める生徒達。
その表情は暗い。
一方でおっさんは朝方と夕方に釣りを満喫していた。
狙っているのは岩礁に集まっている根魚。
専用のルアーで引っ掛けるとカサゴが釣れた。
背鰭に毒があるので注意して捌く。
油が乗っていて甘味のある身はおっさんの頬を蕩けさせるには十分。
おっさんに優しくしてくれたよしみで仲良くなったゆりねにも分けてあげた。
「お料理をしなくても美味しいってなんだか反則ですよね」
「ここに醤油があればなって思うけどね」
「煮付けですか?」
「その通り! カサゴっていったら煮付けだ」
思い浮かべるだけで涎が出そうになった。
臭みをとるための生姜も欠かせない。
ジャングルに生えていないか探してみるのも手だが、薬味よりも先に生活を安定せねばならないらかなと思い始めている。
流石に救助が遅すぎるのだ。
最新の救助ボートにはGPSの発信機も内蔵してある優れものであるにも関わらず、ここまで救助が来ないとなると、命の危険を考えて行動すべき段階にきている。
非常食も心許ない。
生徒達がどれだけ切り詰めてやりくりをしているのかは定かではないが、先生達もその辺は十分に分かっていると思いたい。
また雨雲が接近していた。
通り雨ならばやり過ごせそうだが、念には念を入れて住処になりそうな場所を探す。
ジャングルの奥深くへ行くのには勇気がいる。
熱帯気候の生態系は日本とは違い危険な動物や植物が自生しているかもしれないのだ。
だが、おっさんは構う事なく進む。
30分程歩くと岩場を発見。
動物の気配はないが、岩の割れ目から湧水が。
なくなりかけていたペットボトルを満たしてさらに岩場を回り込むように歩みを進め、大きな洞窟も発見した。
中を改めて探ると、奥行きがあり懐中電灯で照らしても先は見えない。
危険は無さそうだが、ここまでの道のりで汗を流し過ぎてしまった。
半裸になって日陰で一休み。
雨が降り始めたので洞窟で雨宿りをしよかと考えたが、天然のシャワーを浴びる機会だと思い、全裸になり両腕を伸ばして自然の恩恵を受けた。
1時間程の通り雨をやり過ごした後、おっさんは再び砂浜に戻った。
出迎えてくれたゆりねのカッターシャツは生乾きだったので、水色のブラが浮かび上がり目のやり場に困ってしまう。
そんなゆりねにお土産のバナナを一房渡した。
おっさん1人では消化しきれないのだ。
「ありがとうございます!」
「こちらこそありがとうね」
「?」
何がとは言わない。
おっさんは表面だけでも紳士でいたかったのだ。
遭難から一週間目の朝。
とうとう恐れていた事態が発生する。
先生達と生徒達の喧騒。
怒鳴り声と罵り合い。
集団が二つに割れた。
片方は砂浜に残り、もう片方はジャングルに入って行った。
砂浜に残った生徒達を率いるのは、金切り声で怒鳴り散らかしていた
年配の先生と若い女の先生。
ジャングルへ足を踏み入れたのは若い男の先生と大多数の女生徒達。
いよいよ食糧問題が深刻化し始め、我慢の限界を迎えた一部が勇気ある行動に出たのだ。
そんな修羅場をくぐり抜けておっさんの隣りに腰を落ち着けたのは、やはりゆりねだった。
「騒がしくしてごめんなさい」
「暴動にならなくて良かったよ」
「みんなお腹が空きすぎて、気が立っていたみたいです」
「育ち盛りだからね」
立てた膝上で形を歪める胸に全集中。
慰めの言葉は飾りだった。
おっさんは咳払いで誤魔化しつつ水平線を眺めた。
この一週間で一隻の船も通らないとなると事態はいよいよ深刻化する。
おっさんは立ち上がった。
「おじ様?」
「家を作りたい」
「素敵ですね」
潤んだ瞳から気合いを注ぎ込まれたおっさん。
救助ボートから非常時用の片手斧を引っ提げて木こりを始めた。
ほとばしる汗と揺れるお腹の脂肪。
一本の木を切り倒すのに半日の時間を費やした。
「ぜはぁ、ぜはぁ、道のりは遠そうだ」
「あまり無理はしないで下さい。あ、貝を茹でてあるのでどうぞ」
腕が上がらないので仕方なく「あーん」をしてもらった。
何気に人生初だ。
「お味はどうですか?」
「良い塩加減だし、こいつは旨味の塊だわ」
褒めるべき所は褒める精神で。
例え塩茹であったとしても、そこへ幾ばくかの愛情があれば万能調味料と化して素材の味を引き立たせてくれるのだ。
しかもJCの手料理きたら、どんな豪勢な食事よりも美味く感じてしまうのが独身男性の悲しい
残った者は救助を強く求めている。
希望に縋ろうと必死なのだ。
一方でジャングルへ足を踏み入れた勇者達は、現実を直視しし始めている。
どちらが正解なのかと問われてもおっさんには難しすぎて考えていられない。
やはり家が欲しいと思ってしまう。
斧を振って雑念を振り払う。
目指すは一戸建ての木造建築。
おっさんの夢は広がる。