「大気くん、夜天くん、おはよー」
「おはよ、ひかり」
「おはようございます、ひかりさん」
「星野もおはよう」
「おまけみたいに言うなよ、もう。おはよ!」
そんなつもりはないんだけどなー、と言いつつひかりはにこにこ笑った。
実際星野はからかいがいがある。ちょっとつつくとかわいらしい反応を返してくれるので、癖になっている節があるのは否めない。ツッコミがうまいとも言う。
(最初はあんなに警戒してたのにね)
くすりとひかりは笑った。夜天が「なに? どうしたの」と聞いてくるがなんでもないと返しておく。出会ったときのことを思い出していた、と素直に言ってしまえば、三者三様の苦い顔が浮かぶのがわかりきっているからだ。
覚醒から半年後。
プリンセスとしての自我を得て、力を取り戻すために成長を続けるひかりには、兄と慕う人物がいた。前世、マウ星より招かれ聖痕をその額に授けられた、プリンセスとその影武者付きである白黒の猫人ではない。
その「兄」から呼び出され、夢を見るのと同時に物質としての体を抜け出したひかりは、聖地の土を踏んでいた。
「どうしたの、エリオスおにーさま」
「やあ、よく来たね」
柔らかな銀髪を翻し、金色の瞳を優しく緩ませて彼は微笑んだ。
そう、エリュシオンの祭祀、エリオスである。
元を辿ればエリオスは太陽の御子だ。父祖太陽の名の元、月と太陽には地球を守り導く使命がある。太陽の御子としてその生を得たエリオスも例外ではなく、地球のスターシード(セーラークリスタル)ことゴールデンクリスタルを、その支配域である夢と現実の狭間で守り続けてきた。
彼の役目とは、いずれ現れる地球の王の選定である。
プリンス・エンディミオンがその指名を受けたが、運命のいたずらによって彼は若い命を散らした。
そして地球が再び今の形を取り戻すまでの間、ゴールデンクリスタルの力で星の運営をしてきたのが、他ならぬエリオスなのだ。
邪悪な力の支配を受け洗脳された地球人との戦いで、近衛の内部四守護戦士は壊滅。自分たちが守らなければならない防衛ラインから為す術なく見ていることしかできなかった外部守護戦士たちも、シルバー・ミレニアムの終焉と共に覚醒したサターンによってその静寂の鎌を振り下ろされ、太陽系はリセットを受けた。そして、クイーン・セレニティの力ですべては再生した。
クイーンによってスターコルドロンに運ばれたセーラークリスタルたちは純然たる力の塊となり、そこに意思が宿るのは転生を果たす何億光年も先のこと。
故に、存在している場所の次元が異なるエリオスと父祖太陽だけが難を逃れ、星々の力とセーラークリスタルの力を使って、銀水晶の力で蘇生された地球を再出発させることとなったのだ。
「40億年やり直しということにはならなかったから、女王の決死の力には助けられたよ」と、話をしていたときにエリオスは苦笑した。
力に先んじて記憶を覚醒させたひかりに、夢を通じて真っ先に接触してきたのは彼だった。元来、太陽と月は双子の兄妹関係。ひかりが心を開くのは早かった。
ただでさえ夢の中で共にいた四人や母は現実のどこにもおらず、中途半端な覚醒をしていたひかりは導いてくれる存在を必要としていた。有史以前から地球を育んできた祭祀は、その役目にうってつけだったのだ。
前世ではこんな風に出会うこともなかったのだが、エリオスは心配性の兄のようにひかりに接し、師匠として厳しく指導し、時折茶目っ気をにじませてひかりをからかった。今では名誉お兄ちゃんのポジションを手にしたため、なんのてらいもなくひかりはエリオスを「おにーさま」と呼ぶ。
エリオスの顔はエンディミオン王子そっくりで……最初はひかりもどこかぎこちなかった。けれど、彼はどこまでも「兄」として接してくれた。今となっては、セレニティではなく、「ひかり」の大事な人だ。
「太陽系に近づいてきている星の輝きがあるんだ。遠い銀河で異変が起きている。いずれその魔の手は地球にも届く……流れ星たちに、助けを求められている」
「なんてこと……それで、おにいさまは私になにをしてほしいの?」
話が早いとエリオスは微笑んだ。
「彼らに月の加護を与えてほしいんだ。もうじきあの四人は大気圏に突入する。彼らが到着するポイントはもう予測できている。ひかりには彼らに地球の事情を説明して、君の傍に連れ帰るのをお願いしたくてね。あとはできたら近い未来にやってくる敵についての情報も聞き出してきてくれ」
「匿うのね」
「そういうこと。ウラヌスとネプチューンはあとから、侵入者を入れたなんて! と怒るだろうけれど、そのときは僕が責任を取るよ」
「どうやらあちらの銀河系で、きみと同じように浄化の力を持つプリンセスとその守護者たちのようだから」とエリオスは続けた。
「あら……それなら、それほどの力を持つ人々が自分の星を捨てて落ち延びなければならないほどの宇宙の危機が迫っているのね?」
エリオスは表情を引き締めた。
「ああ。きみが何年後に立ち向かうことになるかわからないけれど、いずれ対峙しなければならない戦いが、すでにこの広大な宇宙で始まっている。きみもよく心と力を強くしなければね、ひかり」
「もちろんよ、おにいさま」
まずは遠くからのお客様をよくもてなすわ! とひかりは意気込んだ。
そしてエリオスの力で、ひかりは目標ポイントにテレポートした。
火球皇女と、その守護戦士たちは、セーラー・ギャラクシアによって滅ぼされた母星から命からがら脱出し、別の銀河系へと逃げ延びていた。
彼らがたどり着いたのは太陽系、地球。かつて栄華を誇った月とその守護星たちは見る影もなく、ただ地球と太陽だけが生き残り鼓動を続ける銀河系だ。
皇女たる火球はあるセーラー戦士が戴冠するビジョンを見ていた。そのセーラー戦士が地球にいるとわかっていたから、彼らは何億光年もの宇宙を駆けてここまで来たのだ。しかし──
「ちょっと、どういうこと? この星にセーラー戦士はいないじゃない」
「落ち着いてヒーラー。プリンセスは確かにビジョンを見たわ。もしかしたら……それはこれから起こることだったのかもしれない」
指一本動かせないほど疲弊した火球の体を支えながら、セーラー・スターメイカーはセーラー・スターヒーラーを宥めた。
すぐさまヒーラーは反論する。その猫のような美貌には、危機感が溢れていた。
「だからって! この状況じゃプリンセスを守れないわ! アイツはすぐにこの星までやってくる!」
メイカーはぐっと言葉に詰まった。ヒーラーの発言は正鵠を射ている。ギャラクシアとはそれほど恐ろしい敵だった。
考え込んでいたセーラースター・ファイターが顔を上げる。
「……銀河系の結界は機能していた。私たちは入ることを『許された』のよ。確かにこの星にセーラー戦士はまだいない。でもセーラークリスタルはしっかりと息づいているわ。とにかく今は安全な場所に移動しましょう、特に寒いところに出てしまったみたいだから。お身体に障るわ」
「……わかった」
彼らが降り立ったのは南極大陸だった。薄着のまま平気な顔をしていられるのは、彼らがハイテクノロジー文明で生きていた証左であり、星の守護の証である。
そして彼らが移動を始めようとしたとき──虚空から、ふわりと少女が舞い降りた。
「こんばんは、流れ星さんたち。地球へようこそ」
三人の戦士は即座に臨戦態勢に移った。
一切を無視して丁寧にカーテシーをした少女は、彼らの反応を見て笑う。
「いい反応速度ね。それでこそセーラー戦士」
「……あなた、何者?」
「この星の管理者から遣わされた使者よ。今はね」
ぱちん、とウインクが飛んできたが、それはますます守護戦士たちの警戒を煽る。しかしそれに待ったを掛けたのは、彼らが守るべきプリンセスだった。
「プリンセス!? なぜです!」
当然の反応だったが、火球は「無礼ですよ」の一言で切って捨てた。メイカーに半身を支えられながら、少女に対してお辞儀をする。
「あなたは……プリンセス・セレニティですね。ですが戴冠のときよりも……」
三人は驚愕した。
プリンセス・セレニティ。その名こそ、救いを求めて地球に飛んできた理由だった。
まあ、と少女は声を上げる。
「ずいぶんと遠くからいらっしゃったのですね。未来の光が時空を超えて届くくらいの……お名前を伺ってもよろしいかしら、遠き星の姫君?」
「キンモク星が丹桂王国、第一皇女の火球と申しますわ。このような有様で、お恥ずかしい……」
ファイターたちも相応の態度を取るため、火球の後ろで跪いた。メイカーだけは主君を支えるため立ったままだが、顔を伏せることで挨拶をする。
金糸のような髪を風に遊ばせて、彼女は微笑む。
「あまりかしこまらないでください。私はまだ完全に目覚めていないし、セレニティの名も襲名していないの。セーラークリスタルの力を引き出すこともできない、ちょっと星の輝きが強いだけの一般市民よ。いずれ完全に覚醒する日は来るでしょうけれど。──例えば、あなたたちを追い詰めた敵がやってくる頃に」
未来を見透かした言動に、戦士たちの背に冷や汗が伝う。
その通りだ。ギャラクシアはいずれやってくる。全宇宙を手に入れるため、全宇宙を破壊するために。
少女は小首をかしげて語りかけた。
「今回会いに来たのは通行証を渡すため。シンプルでしょう?」
だからとりあえず移動しましょう、ここは寒すぎるわ! そう言って彼女がパンと手を叩いた瞬間、四人は白薔薇が咲き乱れる楽園へ連れてこられていた。
「おにーさま! お連れしたわよ!」
突然のことに三戦士は目を白黒させたが、咄嗟に警戒を維持していた。火球は彼女たちに「大丈夫」と耳打ちしたが、それでも務めは務め。
護衛とはそういうものだ。安心できるのは平常時のホームだけ。その故郷は、滅ぼされたも同然なのだ。
少女の呼び掛けに応じて、銀髪金眼の少年が湖の中央の神殿から姿を現す。彼は駆け寄ってきた少女の頭を撫でてから、火球たちを見た。
彼はそっと胸に手を当て、軽く頭を下げる。
「初めまして、キンモク星のプリンセス・火球と守護戦士の皆さん。僕はエリオス。太陽の御子であり、聖地エリュシオンの司祭です。ようこそ、地球へ。助けを求めていらっしゃったので、勝手ながら招かせていただきました。この子はセレニティ」
「やめてよ、まだ襲名してないんだから」
生意気に言い返してきた妹分に、エリオスは微笑んだ。
「それなら自分でご挨拶なさい」
「わかってるわ。こほん! 地球での名前は月野ひかりです。火球さまのご明察の通り、月の王女よ。セーラー戦士としてはセーラームーン、覚醒はこれからの予定。よろしくね!」
こうしてひかりは彼らと出会い、同盟というほど堅苦しい関係ではないとしても、隣人として少しずつ親しくなっていった。
三戦士ことスターライツたちが仮の姿として男の子に変身したときはひかりも驚いたが、「女四人暮らしなんて不用心だよ」と夜天に言われると納得せざるを得なかった。
身分を三人の姉としている火球は、ひかりたちが六年生になっても力を回復させている最中で、それだけ敵が強大だということをまざまざと伝えてくる。初期はベッドの住人で、三人が交代で車椅子を押していたのだから、歩けるほど回復した現在はかなりマシなのだが。
今は「」を名乗り、自宅療養を続けながら地球の学習に励んでいる。実は星野たちの通称はミドルネームだ。三人が三人とも「コウ」なのは、全員譲らなかった結果である。
ひかりはるんるんと歩調を弾ませた。
「今度はどんなお土産を桂子お姉さんに持っていこうかな~」
「わかってるだろうけど、あんまり疲れさせないでよ。姉さんはひかりが来るとはしゃぎすぎる」
「はいはい」
「それだけひかりさんが遊びに来ることを楽しみにしているんですよ。夜天がすみません、憎まれ口ばかりで」
大気が謝ると、ひかりはきゃらきゃら笑った。
「いいよ! 慣れたもん。それによそ行きの態度を取られた方が鳥肌立っちゃうし」
「言えてるな?」
「星野!」
「俺だけぇ!?」
子どもたちのじゃれ合う様に、通りすがりの人々はまなじりを緩めた。