月野うさぎが最初から「プリンセス」だったら   作:鈴近

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超特急一期


十四歳 ダークキングダム

 巷ではセーラーVが噂になっている。

 はるかとみちるは、人知れず異次元からの敵と戦い続け、迫る終焉への抵抗方法を探している。

 そして中学二年生になったある日、ひかりは一匹の黒猫を拾った。

 回天は、ここから始まる。

 

「セーラームーンに変身して、月のプリンセスを探して!」と要求されたとき、「あたしがそのプリンセスなんだけどな」とひかりは困った。

 ルナの記憶が封印されていることにはすぐ察しがついたので、唯々諾々とコンパクトを受け取ったが。

 

(仕方ないか。力の覚醒は徐々に慣らしていかないと。まだそのときではないのよね? お母様)

 

 とりあえず、ルナの目を盗んで、ひかりははるかたちと星野たちに自らの覚醒を告げた。自分たちの第一の戦いが始まったことも。

 なにせルナときたら、覚醒を待っているマーキュリーを妖魔だと勘違いしてしまう程度のおっちょこちょいなので。

 

 コールドスリープの期間が長すぎて、今の地球や、生まれ変わった星の輝きに適応しきれていないのかもしれない。妖魔たちの放つ気配も昔とは違うのだろう、たぶん。

 ひかりは彼女を見守るつもりだ。先に隠し事をしているのはひかりの方なのだから、当然だった。

 むしろルナの記憶はクイーンによって封印されていて、全員が揃うそのときまで、誰がプリンセスなのか明らかにならないようにしているのかもしれない……。

 姿を見せないヴィーナスとアルテミスが現れる頃には、全て明かされるだろう。

 

 導かれるように、覚醒を待っていた女の子たちと出会った。マーキュリー、マーズ、ジュピター。ヴィーナスがセーラーVなのはわかりやすいが、目覚めたばかりの周囲にはなかなか伝わらない。ひかりはひっそりと苦笑いをしていた。

 けれども仕方がないとも思う。孤独を感じていたとしても彼女たちは一市民の女の子として生まれ、育てられてきた。

 力を使いこなして戦いに臨んでくれるだけ上出来で、前世関連のことを急激に思い出すことはそれまでの人生を狂わせる。亜美、レイ、まことという少女たちが死んでしまうこととなにも変わらない。自分が記憶を解放させたとき、似たようなことを思ったのをひかりは覚えていた。

 

 これでいいのだ、と黙っているが。

 彼女も少し、すべてが明らかになったとき、その沈黙が裏切りだとなじられることを恐れて、いくらか憂鬱になった。それでも、みんなと一緒に日々を過ごしていると、楽しさのあまりつい忘れてしまう。

 

 敵として四天王も現れた。かつてエンディミオン王子の側近だった四人が心をねじ曲げられ、意に沿わない悪事を働かされていることに、ひかりは静かに胸を痛めた。本来、現在の地球の人々も彼らが守るべき民であると言えたからだ。

 その彼らが地球人を妖魔に襲わせていることは、黒幕のおぞましさを際立たせる。

 

 そしてなにより、エンディミオンの生まれ変わり──タキシード仮面。

 役者は揃った。皆、セレニティと銀水晶を探し求めている。

 

 レイはピンチを助けてくれるタキシード仮面にすっかりお熱だったし、まことは恋多き乙女なので、よく「先輩に似てる」といろんな男の人に頬を赤らめている。

 恋愛に対して関心を見せないのは、亜美とひかりだけだ。

 昼休み、花壇の傍でお弁当を食べていたとき、亜美はぽつりと問いかけた。

 

「ひかりちゃんは好きな人、いないの?」

 

 大好きな卵焼きを頬ばろうとしていたひかりはぴたりと箸を止める。

 彼女が首をかしげると、二本のお下げもするりと揺れた。

 

「うーん……まだ、恋とか愛とか、わかんないからなあ」

「あら、あたしもよ」

「やっぱり学生のうちは勉強が本分よねえ……」

「ふふっ、あたしたち、気が合うわね」

「ねっ」

 

 ひかりが亜美に笑いかけると、彼女も控えめな笑みを浮かべた。

 セーラームーンはあまりピンチに陥らない。だから、タキシード仮面に助けられることもない。自然、惹かれ合うきっかけは減る。

 

(向こうはどうだか知らないけど)

 

 改めて、ひかりはお母さん特製の卵焼きを味わった。

 

 

 リーダー役に相応しく、長いロッドを手に棒術を駆使して戦うムーンは強い。

 ジュピターが合流してからは切り込み隊長は彼女に任せているが、とどめを刺したり、ピンチから仲間を守るのはたいていムーンの役割だった。月の力を思えば当然である。

 

 完全覚醒をしていない銀水晶のパワーを精密にコントロールするのはなかなかに骨が折れたが──彼女はまだ浄化技を習得できていなかった──ひかりにはエリオスがいるし、エリュシオンは夢を渡ればいつでも向かえる。ひかりは密かに力の制御の特訓を続けていた。

 今では出力を絞って三日月型の斬撃も飛ばせる。守られるばかりの昔と比べると、ずいぶん強くなったものだ。

 

 かつてのセレニティはセーラー戦士ではなかった。だからこそ、月の王族には守護戦士たちが必要だった。

 女王へと至ればそれこそ最強の存在だったけれど──それでも、その力の性質は守りと癒しに特化していた。

 

 マーズが最高火力を誇るのは母星のコアに戦神アレスがあるから。

 ジュピターが雷撃を放つのはゼウスの加護があるから。

 メルクリウスは賢者ゆえに戦いは不得手。

 そして月にあるのは純潔と狂気だ。

 

 月の女神は複数語られているが、シルバーミレニアムの国母はセレーネにほかならない。アルテミスとルナの名前は別側面にあやかって名付けられたに過ぎず、セレニティ自身は狩人やアポロンとは無縁だった。実際兄と慕うのはヘリオス系統のエリオスである。

 

(エオスは今どこにもいないみたいだけど)

 

 けれども夜明けのたびに彼女は人々に抱擁とキスを贈る。恋多き暁の娘──妹分を思い出すと、ひかりの唇は少しほころんだ。

 

 そしてすぐに引き締められる。

 となれば、「セーラームーン」という戦士が新たに誕生したことは、どんな変革を銀河にもたらすのだろう。

 

 時折ひかりは思索に耽ったが、ヴィーナスが現れない限りは──彼女がプリンセスの影武者として、完全な覚醒を果たしていない三人とルナの前に現れるかはまだわからない──その答えは出ない。

 

 ひたすら人間の生命力を狙って現れる妖魔を叩き潰し、合間合間に四天王たちにかかった洗脳を解く手段を探し、時はいたずらに過ぎていく。

 調べるうち、四天王たちまでもが地球人として再び生まれていたことはひかりに衝撃を与えた。ともすればベリルも……という考えにいたるのは当然のことで、ひかりは再び孤独な戦いに身を投じることになる。

 

 メタリアは太陽の黒点から生まれた悪意の化身。調和(コスモス)があればがあるのはこの宇宙の法則だ。月にも、太陽にも影は付きまとう。

 だからこそ、ひかりは甘ったれた理想を貫くために一人で戦う必要があった。

 

(あたしは、秘密を作らないことが真の友情や愛情に必須だとは思わない)

 

 命を投げ出すのは簡単だ。一人取り残されること、逃がされることに比べれば、ずっと。

 自分に守られた相手がどれだけ傷つくかわかっていたとしても、ひかりの思いは変わらない。

 兄と慕うエリオスがいるだけ、自分は恵まれている。ひかりはそう感じていた。

 

 

 セーラーVの話が出るようになったのは去年から。ヴィーナスの覚醒はこれと同時期だろう。

 彼女の傍にはアルテミスがいるだろうが、一人で使命と向き合う孤独は、彼女にとってどんな苦悩の味をしていただろう? ひかりともみちるとも違うだろうけれど、重なる部分があるはずのそれを、早く分かち合いたいと思う。

 

 だから邂逅を果たしたとき、ひかりはそっと一人と一匹の後を追った。

 

「ヴィーナス」

「えっ!? どうしたの、セーラームーン」

「今の名前とか、通っている学校とか、話せなかったことがいっぱいあるじゃない。聞こうと思って追いかけてきたのよ」

 

 ルナは作戦室でみんなと一緒、と告げると、変身を解除して、ありふれたセーラー服を着たヴィーナスは目を丸くした。

 

「ヴィーナス。アルテミス。──また、苦労をかけましたね。あなたたちの働きに深く感謝します。──ひとりにしてしまって、ごめんなさい」

 

 胸に片手を当てて、ひかりはお辞儀をした。制服のスカートをちょんとつまんだカーテシーは完璧そのものだった。

 ハッと彼女たちが息を飲む。

 

「まさか……」

「殿下、記憶が……?」

 

 ひかりは黙って、眉を下げて笑った。無言は肯定にほかならなかった。

 ヴィーナスは──美奈子はぶわりと涙を浮かばせ、彼女に駆け寄る。そして、力いっぱい、その細い体を抱きしめた。

 

「ああ……! セレニティ様……!」

「まあ! もうセレーナと呼んでくれないの? お姉さま」

 

 場を和ませるつもりでひかりが口にした言葉は、美奈子をますます泣かせた。もう号泣だった。

 あっという間にひかりの制服の肩口はぐっしょり濡れてしまい、アルテミスとひかりはてんやわんやになりながら美奈子を慰めた。

 

 相棒が全力で泣き出したらアルテミスの感激の涙も引っ込むものである。

 

 目を真っ赤にした美奈子がすんすんと鼻を鳴らす頃、二人と一匹はようやくその場をあとにした。

「今夜パパもママもいないから!」と押し切られて──もともと美奈子の両親は多忙らしい──ひかりは公衆電話から家に連絡して外泊許可をもらい、美奈子の家に向かった。

 

(強引なところもリーダーシップなのよね、変わらないんだから)

 

 明星はもうひとつの月だ。ゆえにこそ歴代のヴィーナスは皆セレニティの影武者を務めてきたが、実際は教育係筆頭と姉貴分だった。

 たいていの歴代セレニティは、プライベートではみんなしてヴィーナスに頭が上がらない。マーキュリーが軍師ならヴィーナスは宰相なのだ。

 

 クイーンの代の戦士たちは後継たる娘たちに役目を譲ったあと、母星と太陽系内の守護に務めていたが、それはそれだけ太陽系が平和な証だった。

 プリンセス・セレニティが生まれた直後に、新月の闇が月の裏側に封印されたものの、そのあとはゴールデン・キングダムを見守る日々が続くだけ。

 

(月が滅んだあとのことを考えると、彼女が現れたことも、あたしの力が強すぎたからかもしれないけど……銀水晶こそが災禍の種だっていう結果ありきの因果論だから、考えても無駄かしら)

 

 どちらにせよ、月の王国は心の闇すら許さない光の楽園だ。彼女が封印されることは変わらない。

 そして、いずれそのネヘレニアも目覚め、再び侵攻を始めるだろう。今度は地球を狙って。

 ひかりは内心ため息を吐いた。

 

(過去のツケを払い続けるのが戦士セーラームーンの役目なのかしら。……ああ、ギャラクシアっていう外宇宙からの侵略者もあるから、一概にそうとも言えないわね。人間だろうとセーラー戦士だろうと、争いは耐えないのでしょう。ほしいものを奪おうとする限り、しようがないわね)

 

 大人の真似をして「粗茶ですが」としずしずと言ったあと、美奈子は弾けるように歓声を上げて、バッ! とカラフルなチラシを広げた。瞬く間に美奈子の目前のテーブルが埋め尽くされていく。

 

「出前にしましょ! ひかりちゃん、なにが食べたい?」

「ええー?」

「遠慮しないのっ。あたしのおすすめはねぇ──」

 

 目の前で元気いっぱいに笑う美奈子。その姿を見るだけで、ひかりの心は緩む。

 

 星を守ることは大切な人を守ることだ。家族、友達、仲間。その誰一人として失いたくはない。

 ゆえにひかりがその使命を拒むことはない。争いを疎むことが両立するだけで。

 

 彼女は生まれ故郷の月が滅んだことを悲しんでいたが、同時に、「これからの太陽系は地球を中心とした『ひと』の時代なのだ」と確信もしていた。

 清く排他的で、安定しきった月の王国は進化や発展とは真反対のところにいる。

 

 永遠も不老長生もいいもんじゃない、というのがひかりの結論だった。セーラー戦士や星の王族は、戦いと君臨を、寿命の限り永遠に続けなければいけない。

 役割に順応しきった精神に遊びの余地はない。

 使命に殉じるのは当然のことで、月には「市民」というものが存在しなかった。長寿ゆえに人口の再生産が必要なかったのだ。

 悠久の時を生きてきたがために、細々と世代交代は行われたが──短命で、感情のままに生を走りきれる当時の地球の民からしたら、月人はまさしく傲慢で無慈悲だろう。

 

 地球人と月人は違いすぎる。死への不安と恐怖から、「月人は不老長寿を独占している」と感情を暴走させた彼らを、月の王族も官僚も心から理解し、共感することができなかった。

 

(不安や恐怖が発生すること自体が「悪しき闇」だもんね)

 

 自分は変わった、とひかりは思う。

 彼女が戦いの運命を悲しみ、恨めしく思うようになったのも、地球人として生きている実感と経験があるからだ。

 

 プリンセス・セレニティとして生きていた頃には味わえなかったもの──慈しみながらも、羨望の目で見つめていた、地球の原始的で生命力に満ちたパワーと、自身を取り巻く変化に満ちた人間関係。それらがひかりをただの人間として現実に繋ぎ止める。

 

 出前の注文を終えたひかりと美奈子は、茶が冷める勢いでしゃべり続けた。大半は家族や友人、好きなもの嫌いなもの、細かいことだとお小遣いの使い道まで。とにかく自分のことを教えたかったし、相手のことを知りたかった。「地球の日本に暮らす女の子」になった互いのことを、知りたくてたまらなかった。

 

 ひたすら話しに話し、宅配ピザを平らげ、それぞれ入浴を終え、美奈子のパジャマを借りて、美奈子の部屋に客用布団を運んでも二人は話した。

 

「ねえ、美奈子ちゃんはいつシルバー・ミレニアムのことを思い出した?」

「んー、去年アルテミスと出会って、セーラーVの活動をしている間に徐々に……かな。ひかりちゃんは?」

「十一歳の誕生日だから、だいたい三年前だよ」

「へえー三年……三年前??!? 大丈夫だったの、それ!」

 

 ひかりは苦笑した。

 多少の混乱はあったし、「自分」というものに悩んでふさぎ込むこともあった。しかしすぐにエリオスからの接触があったことと、不可思議な夢という下地があったこと、ひかりが少し変わってしまっても変わらず受け入れてくれた家族がいたこと、そして火球とスターライツの存在。それらのおかげで、深刻な状況になることはなかったことを、一部を伏せながらゆっくりと説明した。

 美奈子が自分のベッドに寝そべったまま首をかしげる。

 

「夢って?」

「クイーン──お母様からプリンセス教育をされるの。物心ついた頃にはそうだったなあ、思えば」

「うげ……」

「でもそれだけじゃなかったのよね。知らない男の子三人と、女の子が一人、一緒にレッスンを受けてたわ」

「……? あの頃の知り合いじゃなかったってこと?」

「うん」

「それは確かに、変だし不思議ね……」

 

 美奈子は唸り声をあげた。アルテミスが、「どんな子たちだったか覚えている?」と尋ねてきたので、ひかりは記憶を掘り起こす。

 

「銀髪の男の子と、その子の弟。赤毛の男の子と、巻き毛の女の子だったと思う。もうあの夢は見なくなってしまったから、私を教育したのが本当にクイーンだったのかもわからなくて……」

「なるほど……もしかしたら、今は知るべきではないか、知る方法がないことかもしれない。今は、今の敵との戦いに集中しよう!」

 

 ひかりは黙ってうなずき、美奈子は仰向けになって、うんと伸びをした。

 

「あーあ! 今日はいろいろあったけど、せっかく戦いのことを忘れられてたのに」

「美奈……」

「なによ。なんか文句あるの。あたしたちは正義のセーラー戦士だけど、ただの中学二年生なのよ」

「そうだねえ。セーラー戦士を頑張りすぎて受験に失敗したら目も当てられないし」

「ひかりちゃんもう受験のこと考えてるのっ!?」

「志望校までは決めてないよ」

 

 美奈子は今日一番のおののきを見せた。

 彼女は勉強が嫌いなのだ。受験なんて考えるだけでも恐ろしい。

 

 そのさまを見て、ひかりは思わずくすくすと笑った。

 美奈子は笑われたことにムッとしたが、その次に彼女の唇から紡がれた言葉を聞いて、全部どうでもよくなってしまった。

 

「こうしていられるだけで、十分普通の女の子みたいよ」

(神話の世界に戻るのは、星が死にかけたときでいいの)

 

 ひかりはにこにこと、無邪気に笑っていた。




セーラームーン宇宙神話に時空の神クロノスがいるんだから、ほかのギリシャ勢(少なくともオリンポス十二神)もいるだろうということで
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