自分があの少女たちを、そして世界を救うのだと、身の丈に合わない大志を抱いていた少女は、目の前に広がる光景に絶望しました。
まさか、舞台に上がることすらできないとは。
哀れですね。本当に、かわいそうですね。
そろそろだろうと、私はベッドの中で気を引き締めていた。
現在の月は4月、私の年齢は15歳。
牢屋敷に収容されるタイミングは、何かイレギュラーが起こらない限り15歳の春である。高校入学を控えた時期。
きっと今後数日のどこかで、私は牢屋敷に連れて行かれる。
屋敷に着いたらスピード勝負だ。きっと皆は私みたいなよく知らない奴の話には素直に乗ってくれはしないだろう。
だから速攻でメルルを味方に付け、こちらのペースに引き込んで無理やりにも議論を押し進める必要がある。
本来2周の修羅場を経た経験と記憶が必要になるところを、私は画面越しに見ただけの薄っぺらい前知識だけで突破しようとしている。それがどれだけ綱渡りで危険なことかは理解しているつもりだ。だがそうだとして、原作をなぞるように話を進め、凄惨な殺人事件や処刑を黙って見ているなんて選択肢は持ち合わせていない。
……とはいえ、どれだけ決意を固めようとも、私の身体は緊張で震えてしまっている。もしも失敗すれば私たちだけでなく、この世界そのものが滅ぶことになるのだから無理もないと思う。
恐れていては成功なんて夢のまた夢だ。及び腰になるな。そう自分に言い聞かせても、心臓が身体の奥底で跳ねるように鳴り続けていた。
気付けば意識は眠りに落ちかけていた。そんな中、殆ど機能していない朧気な視覚と聴覚に、何人かが騒ぎ立てるような声が聴こえた……ような気がした。
もしや牢屋敷へのお迎えだろうか。……だとしたら少し騒がしすぎやしないか?
そんな微かな疑問も、眠気に抗えず溶け去っていく。
完全に意識が落ちる寸前、私の視界に映ったのは
ぼやけて誰なのか判別できない人の顔と、赤色の何か、だったと思う。
その次に目を覚ました時、目の前には冷たい雰囲気を感じさせる石造りの天井があった。
「……遂に、始まったか」
固く寝心地の悪いベッドに仰向けに寝たまま、私はそう呟いた。
身を起こして周囲を見渡すと、ゲーム画面でも見た無機質な石壁と、身動ぎするたびにギシギシと軋んだ音を立てる粗悪な二段ベッドが目に入る。頭上すぐに石の天井があるのを見るに、上段に寝かされていたらしい。
そして私は、白いフード付きの長いケープコートのようなものを着せられていた。レースやフリルがふんだんに使われており、フードや裾の部分にはバラやよく分からない花がたくさんあしらわれている。
癖のあるショートボブの銀髪には何やらヘアピンのようなものが2つ差し込まれていて、外してみると、それはくすんだ金色の十字架のような形をしていた。そして右目には、シンプルなデザインのモノクルが掛けてあった。
私は右目の視力だけ極端に悪く、普段は右だけ度の入った眼鏡をかけていたので、片目だけレンズがないのはなんだか新鮮だ、なんてことを呑気にも思う。
そうこうしていると、にわかに牢の外が騒がしくなった。どうやら、他の囚われた少女たちも目覚めてきたようだ。
頃合いだろうと、不安な音を立てる梯子をゆっくり降り、ベッドの下段に目を向けた。本来13人で1人だけ独房になるところに『私』というイレギュラーが入っているので、私の予想が正しければおそらく私の同室になるのは―――
「……あれ」
ベッドの下段には、私の予想していた人物は居なかった。
……それどころか、そもそも
「……え、なん、で……本当なら、ここには……」
きっと『氷上メルル』が、居たはずだ。
ゲーム本編においては、13人という奇数のメンバーである関係でメルルだけが1人部屋だった。なら私が増えて14人になれば、必然的に私はメルルのいる房に入れられる。
もし仮に何かがあって部屋割りが変わったとしても、誰かしら同室者が居なければおかしいはずだ。
なのに、誰も居ない。
「……おかしい」
嫌な予感がしてきた。まだ確証はもてないが、明らかな『異変』。
何か、重大な『間違い』を犯したかのような―――。
その時だった。
「ねえ、ここどこなのかな!?」
自分の房の外から、ゲームで幾度となく聞いてきた少女の、悲鳴のような声が聞こえてきたのは。
「っ! この、声……!」
特徴的な高い声。
『魔法少女ノ魔女裁判』の主人公『桜羽エマ』の声だった。
この台詞が聞こえてきたということは、やはり今は本編時空ということか。嫌な予感が外れたようで何よりだ。
エマが叫んだ後は確か、『遠野ハンナ』が喋っていたはず。その後『佐伯ミリア』『紫藤アリサ』と続いて……
―――そうして前世の記憶を探っていた私の耳に、2人目の声が届いた。
「なにこれ、なんかのドッキリ!? 趣味わる~!」
それは、私が全く知らない声だった。
「……は」
今のは、誰だ?
思わず思考が止まる。さながら処理落ちして固まった機械のように。
安心して無防備を晒した脳に叩きつけられた情報には、それほどの威力があった。
私が動きを止めている間にも、いくつかの声が耳を通り抜けていく。
「まさかこんないかにもな牢屋で目覚めるとは! まさに魔法みたいです!」
「誰か知らんが呑気なやつめ! そんなことより、ここからはよう出さんか~!!」
そのどれもが、一切私の記憶にない声と口調だった。
なぜ? この声の主は一体誰で、なぜエマのを除いた声が全て知らない声なんだ?
そこで私は、一度思考を【遮断】した。
あまりに思考が散らばってしまい、纏まらなかったからだ。
頭の中に溢れかえっていた情報が全てシャットアウトされたその時、牢の壁に取り付けられたモニターに電源が入ったのが見えた。
視線を向けると、画面には顔がおかしな角度に傾いたフクロウが映っていた。
《あー、もしもし、見えてますかね? 故障とかしてないといいんですが……》
フクロウはやれやれとため息を吐きながら、気だるげに名乗る。
《私、ゴクチョーと申します。皆さん、急にこんな所に連れてこられてきっと混乱してらっしゃいますよね? 詳しい説明とかをしますので、ラウンジに集合してください》
《今から監房の鍵を開けますので、看守の後に付いてきてくださいね》
それを最後に、モニターはまた何も映さなくなった。私は軽く息を吐いた。
「……行くか」
色々と混乱したが、何にせよこの目で確かめなければ始まらない。
鉄格子の方から鍵が開く音が聞こえたので、戸を押して廊下に出た。
「……一番奥、だったのか」
房を出てすぐ左手側には、突き当たりの壁があった。ここは最奥の房らしい。最奥といえばやはりメルルの房としてのイメージが強いが……今は何とも言えない。
前方に目をやると、房から出てきた少女たちがぞろぞろと歩いていた。その中に見覚えある姿は―――やはり、無かった。
不安げに辺りを見回しながら歩く少女に、他に構うことなくつかつかと進む少女。皆やはり、装飾の多い凝った造りの服を着せられている。
私もその列に混ざって歩き出す。ふいに視線を向けてくる者は居たが、誰にも声をかけられたりはしなかった。
「…なんなのよ、ここ!」
地下を出て、ラウンジへと続く豪奢な廊下を歩いていた時、1人の少女が苛立ったように声を上げた。
「帰りたいよぉ……」
それに触発されたのか、弱弱しい声が別の方向で聞こえた。
鬱陶しかったのか、誰かがあからさまなため息を吐いた。
「……うっさいなぁ。ピーピー騒ぐなよ」
……ここで、私は気付いた。気付いてしまった。
今の台詞を、私は前世にも聞いたことがある。でもそれは、『正しくない』ルートで聞くはずのもので。
集団の真ん中付近に居た私は、
最後尾に、彼女らは居た。
桜色の髪と瞳に、桜に似た花があしらわれた黒い服を着た少女と、ピンクベージュの髪にブルーグレーの瞳の白いシスターのような少女が、仲睦まじげに手を絡め合わせている。
見知らぬ少女ばかりの中で、唯一私が見慣れた姿の少女たち。
―――『桜羽エマ』と『氷上メルル』
2人が初日から親密にしている光景を見て、私は遂に理解してしまった。
ここは、本編時空ではない。
ゲーム内1周目終盤、逃げ場を失ったエマが、生き延びるためにメルルに歩み寄った世界線。
所謂、『エマメルエンド』の時空なのだと。
導入だけなら何とか書き上げられました。つかれた。どうも水無月ズンです。
こっからはオリキャラパラダイスなので、今度こそ間が空くと思います。11人分のキャラデザ、キャラ設定、禁忌、原罪etc…を考えなくてはならないので。ひええ、過労で魔女化するかも。
1日でかなり反響いただけて、今はやる気元気に満ち溢れているので、この勢いで頑張りまする。
いつになるかわからないけれど、ちゃんと全員分の立ち絵も用意する予定ですので、そちらもお楽しみにー。
追記:内容を少し加筆しました