サイバーパンク:ジャンク・アルケミー   作:たこ焼き 龍月

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第14.1話 間借りのつもりが、普通に電気泥棒だった件

 

 

 地下プラントの夜は、地上よりも一段深い静けさを纏っている。

 

 剥き出しの配管を這う結露が、ぽつりぽつりと床に滴を落としていく。その規則正しい音だけが、広い空間の輪郭をかろうじて保っていた。かつて廃棄物を選別していたベルトコンベアは、今はもう動くことのない鉄の骨組みとして、隅の暗がりに沈んでいる。錆びついたクレーンアームの影が、非常灯の乏しい光を受けて壁に長く伸びていた。

 

 移り住んでから、まだそれほど日は経っていない。それでもニッカにとって、この薄暗い地下は、荒野のガレージとはまるで違う種類の落ち着きを与えてくれていた。頭上を走る監視ドローンの羽音に怯えることもなく、砂嵐に設備を奪われる心配もない。何より、都市の胃袋そのものである廃棄物の山が、彼女にとっては尽きることのない資源庫だった。

 

 朝は変わらず点検から始まり、昼は持ち込んだ廃材の選別に費やされる。夜になれば、ようやく自分だけの時間が訪れる。荒野の頃と手順こそ変わらなかったが、その合間に挟み込める娯楽の量だけは、比べものにならないほど増えていた。太陽光頼みだった発電とは違い、この施設には四六時中稼働する余熱発電機があるはずだった。少なくとも、今日の昼間まではそう信じて疑わなかった。

 

 その一角に、ニッカの作業スペースはあった。

 

 ジャンク品を寄せ集めて組んだ棚には、修理途中の基板や配線材が整然と並んでいる。壁際に据えられた小さなモニターからは、ノイズ混じりの旧い映像が流れ続けていた。荒野では望むべくもなかった娯楽が、この街に来てからは手の届く場所にある。それだけで、ニッカにとっては十分すぎる贅沢だった。

 

  

 

「……このシーン、何回見ても笑える」

 

 モニターの前で膝を抱えたまま、ニッカは小さく呟いた。手元では、はんだごての先端がじりじりと熱を帯びている。片手で配線を整えながら、もう片方の意識は画面へ向いていた。

 

 荒野の暮らしでは、こんな贅沢な二刀流は許されなかった。作業に没頭すれば娯楽は後回しになり、娯楽に浸れば作業の手は止まる。だが今は違う。安定した電源さえあれば、両方を同時に抱え込める。そのはずだった。

 

 はんだの先端が、基板の一点に静かに触れる。焦げた匂いが、鼻先をかすかにくすぐった。修理しているのは、レベッカの予備銃に組み込む予定の照準補助回路だった。頼まれた仕事ではあったが、手を動かしながら好きな映像を眺められるこの時間が、ニッカにとっては何よりの息抜きになっていた。

 

  

 

 同じ頃、簡易キッチンの一角では、レベッカが電子レンジの前で仁王立ちになっていた。

 

「早く回れよ、腹減ってんだよ」

 

 急かす声には、いつもの威勢の良さがそのまま乗っていた。皿の上には、山盛りの合成肉が湯気を待ちわびている。回転する庫内の光を睨みつけながら、レベッカは苛立たしげに足を踏み鳴らした。

 

「あと何分だよ、これ」

 

「表示、見りゃ分かるでしょ」

 

 通りかかったドリオが、呆れたように肩をすくめる。

 

「見てるから聞いてんだよ。数字が減らねえ気がすんの」

 

「気のせいよ」

 

 軽くいなされたレベッカは、それでも納得のいかない顔で庫内を睨み続けていた。

 

 少し離れた場所では、デイビッドがサンデヴィスタンの予備バッテリーを充電スタンドに繋ぎ、床に座り込んで待機していた。稼働中の表示ランプが、規則正しく明滅している。今夜のうちに満充電まで持っていきたい、と本人が漏らしていたのを、ドリオは通りすがりに耳にしていた。

 

  

 

 その瞬間だった。

 

 天井の照明が、ぶつりと途切れた。

 

 モニターのノイズも、電子レンジの駆動音も、充電スタンドのランプも、すべてが同時に消え去った。地下プラント全体が、一瞬にして深い闇へ沈む。

 

「……は?」

 

 ニッカの手から、はんだごてがわずかに浮いた。指先に灯っていたはずの熱源の光も、今は闇の中で見えなくなっている。

 

「おい、なんだこれ!」

 

 レベッカの声が、暗がりの向こうから響いた。

 

「肉、あとちょっとだったのに!」

 

「私の作業も、途中だったんだけど」

 

 不満げな声が、闇の中で二つ重なった。

 

「俺のバッテリーも、途中で止まった気がする……」

 

 少し遅れて、デイビッドの困惑した声も加わる。三者三様の不満が、真っ暗な空間の中で行き場を失ったまま漂っていた。

 

  

 

「静かに」

 

 落ち着いた声が割って入る。ファルコだった。

 

「慌てて動くと、何かにぶつかるぞ」

 

「わ、悪い」

 

 レベッカの声が、すぐに大人しくなる。荒野育ちの経験則が、暗闇での軽率な行動を戒めていた。

 

 ニッカは手探りで工具箱の位置を確かめ、その場から動かずに待つことにした。焦って動けば、修理中の基板を踏み潰しかねない。荒野で幾度となく叩き込まれた慎重さが、こういう時には自然と体を縛ってくれる。

 

  

 

 しばらくして、揺れる光の輪が通路の奥から近づいてきた。

 

「大丈夫か、みんな」

 

 懐中電灯を手にしたデイビッドが、慎重な足取りで姿を見せる。手にした充電スタンドを置いて、真っ先に確認に来たらしかった。

 

「デイビッド、こっち」

 

「うわ、真っ暗だな……何があったんだ」

 

 光を向けられたレベッカが、電子レンジの前で仁王立ちのまま答えた。

 

「知らねえよ。突然消えた」

 

「俺の方も、充電中だったギアが途中で止まった」

 

 デイビッドが背中のインプラントをさすりながら言う。予備バッテリーが、中途半端な出力のまま固まっているらしかった。

 

「私のも」

 

 ニッカが暗がりの中から声を上げた。

 

「はんだ、途中で冷えた。もう一度やり直し」

 

「そりゃ災難だな」

 

 同情するような口ぶりのデイビッドに、ニッカは小さくため息をついた。

 

  

 

 闇の奥から、もう一つの光が近づいてきた。ライターの小さな炎を頼りに、キーウィが煙草を咥えたまま姿を見せる。

 

「また落ちたか」

 

 その一言には、驚きの色が微塵もなかった。

 

「また、って」

 

 ニッカが聞き返すと、キーウィは短く肩をすくめた。

 

「この手の設備じゃ、そう珍しい話でもない」

 

 落ち着き払った返答に、ニッカの眉間へ皺が寄っていく。

 

  

 

「珍しくないって、どういうこと」

 

「この施設の発電、四十年前の余熱発電機を、そのまま流用してる」

 

 キーウィが煙を吐きながら答えた。

 

「聞いてる。だから」

 

「だから、容量そのものが元々小さい。今の頭数と機材で、その細い供給を分け合ってる状態だ」

 

 言葉の一つ一つが、ニッカの胸の奥に静かに積み重なっていった。

 

 考えてみれば、越してきてから機材は増える一方だった。防衛用のセンサー、通信中継、義体の充電設備。どれも、以前のガレージにはなかったものばかりだ。増えた分だけ、電気を食う口も増えている。単純な理屈だった。それでも今の今まで、その単純さに気づかずにいた自分に、ニッカは小さく苦い顔をした。

 

  

 

 揺れる光の輪の中、ようやく主電源の予備回路が入り、非常灯だけが薄暗く灯った。最低限の視界は戻ったものの、モニターや電子レンジといった主要設備はまだ沈黙したままだった。

 

「取り敢えず、ブレーカーの位置は」

 

 ファルコの問いに、デイビッドが記憶を辿るように答える。

 

「確か、あっちの壁際だ」

 

 一同は、薄明かりを頼りに壁際の配電盤へと向かった。錆びついた扉を開けると、古めかしいレバーが並んでいる。その一つが、力なく下がっていた。

 

  

 

「これか」

 

 ニッカがレバーへ手を伸ばす。押し上げると、鈍い音とともに主要回路が息を吹き返した。天井の照明が瞬き、モニターのノイズが再び流れ始める。

 

「……戻った」

 

 安堵の声が、闇の名残の中で小さく漏れた。

 

  

 

「よっしゃ、続き続き!」

 

 真っ先に反応したのはレベッカだった。電子レンジへ駆け戻り、庫内の回転が再開したのを確かめて満足げに頷く。

 

「あと少しだったんだからな、まったく」

 

「肉のことしか考えてない」

 

 呆れたように呟くニッカに、レベッカが振り返って言い返した。

 

「あんたこそ、アニメのことしか考えてなかっただろ」

 

「……否定はしない」

 

 素直な返答に、周囲から小さな笑いが漏れた。だが、ニッカ自身の胸の中では、笑い事では済まない違和感が静かに膨らみ始めていた。

 

  

 

「ひとまず、根本の対策は後回しにするとして」

 

 ドリオが両手を軽く打ち合わせ、その場をまとめるように口を開いた。

 

「今夜のところは、使う順番を決めましょう。電子レンジと充電と映像、全部同時には使わない。それだけでも、ましになるはずよ」

 

「なるほどな」

 

 メインが頷き、簡単な取り決めがその場で組まれた。電子レンジを使う間は、他の大きな機材の電源を落とす。充電は一人ずつ、順番に。映像を見るなら、他の作業と時間をずらす。単純だが、筋の通った提案だった。

 

「よし、これで解決だな」

 

 デイビッドがほっとしたように呟く。だが、その安心はさほど長くは続かなかった。

 

  

 

 試しに、とレベッカが再び電子レンジのスイッチへ手をかけた。

 

「よし、あたしの番からだな」

 

「ちゃんと、他の電源落としてから」

 

「分かってるって」

 

 軽い調子で答えたレベッカが庫内を回し始めた、ちょうどその時だった。奥の充電スタンドの前で、デイビッドがうっかり声を上げた。

 

「あ、俺のギア、まだ繋いだままだった」

 

「デイビッド!」

 

 ニッカが叫ぶのとほぼ同時に、ルーシーも端末を握ったまま作業を続けていた。

 

「回線の監視、途中で切るわけには」

 

 三つの負荷が、示し合わせたわけでもなく偶然に重なった。配電盤の奥で甲高いブザーが鳴り響いたかと思うと、パンという乾いた破裂音とともに火花が散り、焦げた匂いが一気に広がった。天井の照明が、再び深い闇へ沈む。

 

「今の、火花――」

 

 声を上げかけたニッカを、キーウィの短い一言が制した。

 

「離れてろ。下手に触るな」

 

 焦げた匂いが、闇の中でいっそう濃くなっていく。しばらくの沈黙の後、暗闇の中でレベッカの小さな舌打ちだけが響いた。

 

「あたしの肉、また……」

 

「決めたそばから、これだもんな」

 

 ファルコは苦笑を滲ませながら、再び壁際のレバーへ向かって歩き出した。取り決めなど、人間の善意だけではものの数分と持たなかった。荒野育ちの人間にとって、規則を作ること自体は容易い。だが、その規則を全員が同時に守り続けるとなると、話は別だった。

 

  

 

 配電盤の前に着いたファルコが、懐中電灯の光を近づけて眉をひそめた。

 

「……焦げてるな、ここ」

 

 駆け寄ったニッカが覗き込むと、目当てのレバーの周囲がうっすらと黒ずみ、樹脂の焼けた臭いが鼻を刺した。押し上げようとしても、根元が熱で歪んだまま、びくともしない。

 

「……壊れてる」

 

 舌打ち一つで工具箱を引き寄せると、ニッカは焼け付いた接点を削り落とし、仮の配線を直に繋ぎ直した。応急も応急、いつまで保つか分からない繋ぎ方だったが、それでもようやく、天井の照明がぼんやりと灯りを取り戻した。

 

  

 

「……これ、根本的に無理があるでしょ」

 

 黒く煤けたレバーの前で、ニッカが低く呟いた。

 

「使う順番を決めたところで、うっかりが一つでも重なれば同じことの繰り返し」

 

「だな」

 

 ファルコが同意する。

 

「人間の注意力に頼る対策は、長続きしねえ。特に、こういう頭数の多い場所じゃな」

 

「なら、余計に元から直すしかない」

 

 ニッカの声には、諦めにも似た確信が滲んでいた。応急のやりくりで乗り切れる規模の問題ではない。そのことが、今の失敗一つで、いっそう鮮明になった気がした。人の注意力に頼る仕組みは、結局のところ、一番脆い部分から崩れていく。

 

「動くなら、今のうちにしとけ」

 

 キーウィが煙草を新しくくわえながら言葉を継いだ。

 

「レジーナの一件で、あんたの名前は少しずつ知れ渡り始めてる。目立つ動きは、早い方がまだ紛れる」

 

「紛れる、って」

 

「注目が集まりきる前の方が、まだ動きやすいって話だ」

 

 淡々とした忠告に、ニッカは小さく頷いた。厄介事を先延ばしにするたびに、その厄介事は決まって芽を伸ばす。荒野で学んだ教訓の一つだった。

 

  

 

 修理途中の基板を見下ろしながら、ニッカは指先で軽く配線をなぞった。熱を失ったはんだの先端が、まだかすかに温もりを残している。あと数秒接続が保たれていれば、作業は完了していたはずだった。その数秒を、細すぎる回線が容赦なく奪っていった。

 

「……これ、頻度どのくらい」

 

 問いかけると、キーウィは灰を指先で払いながら答えた。

 

「週に、二度か三度ってところだ」

 

「そんなに?」

 

「機材が増えるたびに、落ちる回数も増えてる。あんたのクラフトも、その一因だがな」

 

 皮肉めいた指摘に、ニッカは口をつぐんだ。反論できる材料が、思い当たらなかった。

 

  

 

 物音を聞きつけたのか、通路の奥からルーシーが姿を見せた。手にした端末の画面には、複数の警告表示が並んでいる。

 

「通信の中継が、一瞬途切れた」

 

 抑揚のない声で報告するルーシーに、ニッカは眉をひそめた。

 

「そっちも?」

 

「電力が落ちた瞬間、外部との接続も一緒に切れてた。もし今が警戒中だったら、外の様子が数秒間、完全に見えなくなってたことになる」

 

 その一言に、ファルコの表情がわずかに険しくなった。

 

「洒落にならねえな」

 

「洒落にならない」

 

 ルーシーが静かに繰り返す。感情の起伏こそ薄いものの、その指摘の重みは誰の耳にも十分に届いていた。

 

  

 

 ようやく集まった一同の顔を、非常灯の薄明かりが照らし出していた。メインが腕を組んだまま、低く口を開く。

 

「原因は分かってる。容量不足、それだけだ」

 

「なら、対策も考えなきゃな」

 

 ファルコが帽子のつばへ手をかけながら続けた。

 

「今のままじゃ、いずれもっと深刻な場面で落ちる。防衛システムの最中に落ちたら、洒落にならねえ」

 

 その一言に、場の空気がわずかに引き締まった。荒野で幾度も命の危機を潜り抜けてきた者たちにとって、電力の途絶は単なる不便では済まされない話だった。

 

  

 

「あたしは、飯さえ温められりゃそれでいい」

 

 レベッカが、皿を抱えたまま呑気に言う。

 

「あんた、話聞いてた?」

 

「聞いてたよ。でも一番困るのは、飯が冷めることだろ」

 

「違う」

 

 即座に否定するニッカに、レベッカは不満げに口を尖らせた。

 

「じゃあ、何が一番困るんだよ」

 

「……娯楽が、途切れること」

 

 やや間を置いて答えた声に、ドリオがくすりと笑いを漏らした。

 

「結局、あんたも似たようなものね」

 

「違う。私のは、生活の質に関わる問題」

 

「その理屈、あたしの飯にも通用すると思うけどな」

 

 軽口の応酬に、場の空気がまた少しだけ緩んだ。

 

  

 

「くだらねえ言い合いはそこまでにしろ」

 

 メインの声が、二人のやり取りを遮った。

 

「問題は、今の供給じゃこの先やっていけないってことだ。増設するにしろ、何にしろ、手を打つ必要がある」

 

「増設って言っても」

 

 デイビッドが困ったように口を挟む。

 

「余熱発電機自体が、もう四十年選手なんだろ。今さら性能を底上げできるのか」

 

 全員の視線が、自然とニッカへ集まった。

 

  

 

「……できなくは、ない」

 

 しばらく黙り込んでいたニッカが、ぽつりと呟いた。

 

「発電機自体の整備なら、明日の朝からでもやれる。錆びた配管を磨いて、劣化した巻き線を巻き直すだけでも、多少の底上げにはなるはず」

 

「なら、それでいいんじゃねえか」

 

 レベッカが即座に言うと、ニッカは首を横に振った。

 

「それだけじゃ足りない。この発電機自体には、元々の限界がある。いくら磨いても、そもそもの元手が足りないと、頭打ちになる」

 

「つまり」

 

「外から、引っ張ってくるしかない」

 

 言葉の意味を察したのか、キーウィが煙草の先を軽く揺らした。

 

「街の送電網から、直接か」

 

「うん」

 

「アラサカかミリテクの管理下だ。下手に触れば、痕跡が残る」

 

 キーウィの声には、静かな警告が滲んでいた。

 

  

 

「痕跡が残らないように、間に何か噛ませればいい」

 

 ニッカの声には、すでに考えの片鱗が見え始めていた。

 

「フィルターを通せば、検知網には引っかからないはず。理屈は、頭の中にある」

 

「理屈があるのは分かった。だが、材料は」

 

 ファルコの問いに、ニッカは棚の隅を一瞥した。

 

「今ここにあるもんじゃ、足りない。高出力に耐えるケーブルと、変圧用の部品が要る」

 

「なら、調達しに行くしかねえな」

 

 ファルコの言葉に、デイビッドが小さく身を乗り出した。

 

「カブキの闇市なら、そういう部品も出回ってるんじゃないか」

 

「多分」

 

 短く頷くニッカの脳裏に、露店街の喧騒がふと浮かんだ。米や出汁とは違う種類の買い出しになりそうだったが、行き先の見当だけはついている。

 

「地下インフラ層に近い区画なら、俺も大体の道筋は頭に入ってる」

 

 ファルコが帽子のつばに指をかけながら付け加えた。

 

「以前、逃げ道を確保するために調べ回った時のついでだ。送電線が集まる一帯の見取り図も、多少は覚えてる」

 

「頼りになる」

 

 ニッカが素直に呟くと、ファルコは軽く肩をすくめた。

 

「役に立つ時が来ると思ってなかったがな」

 

  

 

「決まりだな」

 

 メインが低く言い切った。

 

「カブキで部品を集めて、この施設の電力を根本から立て直す。ついでに、通信回線も強化できるなら、しておいた方がいい」

 

「そこまでやんの?」

 

 レベッカが目を丸くする。

 

「どうせ手間をかけるなら、まとめてやった方が早い」

 

 メインの言葉に、キーウィが煙を吐きながら小さく頷いた。

 

「一理あるな。細切れに対処するより、根こそぎ片付ける方が、結局は手間が省ける」

 

  

 

「私は、別にそこまで大掛かりにするつもりは」

 

 ニッカが言いかけると、レベッカが横から食い気味に割り込んだ。

 

「爆速の回線があれば、あんたの見てる映像も、途切れずに見られるんだろ」

 

「……それは、そう」

 

「なら文句ねえじゃねえか! さっさと行くぞ!」

 

 あっさりと押し切られる形になり、ニッカは小さく息を吐いた。反論の材料が、また一つ見当たらなくなっていた。

 

  

 

「回線の方も、ついでに見てもらえる?」

 

 ルーシーが端末の画面をニッカへ向けながら尋ねた。表示された数値の羅列は、今の通信速度と遅延を示しているらしかった。

 

「今の帯域、これだけ?」

 

 覗き込んだニッカが、思わず眉を寄せる。

 

「街の平均以下。企業エリアの十分の一にも届かない」

 

「そりゃ、ひどいな」

 

「深い階層の監視には、正直心許ない。もっと太い回線が引ければ、私の負担も減る」

 

 珍しく本音めいた一言に、ニッカは目元を緩めて頷いた。

 

「軍用並みの回線なら、心当たりがなくもない」

 

「心当たり、って」

 

「詳しくは、また今度」

 

 含みのある返事に、ルーシーはそれ以上追及せず、静かに端末を仕舞った。だがその目の奥には、微かな期待が滲んでいるように見えた。

 

「深層に潜る時、途中で回線が細ると、戻ってこられなくなることがある」

 

 付け加えられた一言に、場の空気がわずかに静まった。ルーシー自身の過去を知る者にとって、それは軽く聞き流せる話ではなかった。

 

「太くする。約束はできないけど、できる限りは」

 

 ニッカが短く答えると、ルーシーはただ小さく頷いた。それ以上の言葉は、必要なかった。

 

  

 

「冷静に考えてみりゃ、あんたの部屋が真っ先に喜ぶ話だもんな」

 

 資材運搬から戻ったばかりのピラルが、荷物を担いだまま横から口を挟んだ。

 

「言い方」

 

「事実だろうが。娯楽と工作、両方守れるってんなら、あんたが一番乗り気になるべき話だぜ」

 

 図星を突かれたニッカは、何も言い返せずに黙り込んだ。

 

「にしても、また盗みに行くのか。デラマンの次は、電気泥棒とはな」

 

 からかうようなピラルの一言に、ニッカは思わず顔をしかめた。

 

「盗むって言い方、やめて」

 

「実際、そうだろうが」

 

「……間借りって言って」

 

 苦しい言い訳に、ドリオが小さく吹き出した。

 

  

 

 薄暗い非常灯の下、一同の視線は自然と壁際の配電盤へ向いていた。錆びついたレバーの並びが、これから解体されようとしている古い秩序の象徴のように見える。

 

「明日、動くか」

 

 ファルコの問いに、メインが頷いた。

 

「早いに越したことはねえ。また今夜みたいに落ちたら、たまったもんじゃない」

 

 その一言に、レベッカが真っ先に反応した。

 

「あたしの飯のためにも、頼むぜ」

 

「あんたの飯だけじゃない」

 

 呆れ気味に返すニッカの声にも、どこか安堵の色が混じっていた。少なくとも、この不便な暗闇が、明日には解消へ向けて動き出す。それだけは確かだった。

 

  

 

「行く前に、一応現物を見ておきたい」

 

 ニッカがそう言うと、キーウィが煙草を灰皿に押しつけながら先導した。通路の奥、鈍い唸りを上げ続ける一室へと案内される。分厚い鉄扉を開けた先には、四十年前の設計だという巨大な発電機が、今もなお低い駆動音を響かせていた。

 

「……思ったより、原形留めてる」

 

 覗き込んだニッカが、感心とも呆れともつかない声を漏らした。錆と埃に覆われた筐体の隙間から、規則正しい振動が伝わってくる。年季の入った巻き線には劣化の跡が目立つが、致命的な損傷までは見当たらない。

 

「よく今まで持ったな、これ」

 

 デイビッドが恐る恐る筐体に触れると、キーウィが煙を吐きながら答えた。

 

「持たせてきたのは、前にここを使ってた連中の技術屋だろうな。もういないがな」

 

「その人の仕事、悪くない」

 

 ニッカが配管の継ぎ目を指先でなぞりながら呟く。荒っぽい補修の跡が、あちこちに残っていた。同業者の仕事ぶりを見て取ったのか、その口ぶりにはかすかな敬意が滲んでいた。

 

「巻き線、あとで巻き直す。効率だけなら、多少は上げられる」

 

 興味本位でついてきたレベッカが、筐体を軽く叩きながら口を挟んだ。

 

「なあ、これ殴ったら早く直ったりしねえの」

 

「しない。むしろ壊れる」

 

「試す前に言ってくれよ」

 

 ばつが悪そうに手を引っ込めるレベッカに、ニッカは呆れた視線を向けた。叩けば直るという発想は、荒野でも時々見かけた乱暴な理屈だった。銃なら殴って直ることもあるのかもしれないが、精密機器にその理屈は通用しない。

 

「多少、ってどれくらいだ」

 

 メインの問いに、ニッカは腕を組んで少し考えた。

 

「一割か二割、良くて。それ以上は、この筐体のサイズじゃ物理的に無理」

 

「やっぱり、外から引くしかねえってことか」

 

「うん」

 

 短い頷きに、一同は顔を見合わせた。老いた発電機の唸りを聞きながら、誰もがその限界を、今あらためて肌で理解していた。

 

  

 

「警護は、いつも通りでいいか」

 

 ファルコがニッカへ向けて尋ねると、ニッカは少し考えてから頷いた。

 

「多分、大掛かりな買い出しになる。人手は、あった方がいい」

 

「なら、俺とデイビッドで行こう」

 

 ルーシーも、静かに手を挙げた。

 

「回線の話が絡むなら、私も同行する。設備の選定くらいは手伝える」

 

 その申し出に、ニッカは軽く頷いた。頼れる人手が増えるのは、素直にありがたかった。

 

  

 

 その夜、ニッカは修理途中の基板を棚へ戻しながら、モニターの電源を落とした。娯楽も工作も、今夜はここで打ち止めだった。

 

 薄暗い天井を見上げながら、ニッカは小さく息をつく。荒野の暮らしでは、電気の心配など考えたこともなかった。あの頃は、太陽さえ出ていれば十分だった。この街に来てからというもの、当たり前だと思っていたものの多くが、実は当たり前ではないのだと気づかされる場面が増えている。

 

 電力も、通信も、この街では誰かが独占し、誰かがその余りを奪い合っている。荒野の広い空の下では感じたことのない種類の窮屈さだった。豊かな街のはずなのに、なぜかその豊かさの分け前は、いつまで経ってもこちらまで回ってこない。皮肉な話だった。

 

  

 

 棚の隅に転がる、バートの遺した錆びた鶏の置物へ、ニッカはふと目をやった。

 

「……また、面倒事が増えた」

 

 誰にともなく呟いた声が、静かな作業場に小さく吸い込まれていく。だが不思議と、その声に苛立ちの色は薄かった。むしろ、次にどんな部品が手に入るのか、頭の片隅ではすでに算段が始まっている。

 

 娯楽のためか、生活のためか、それとも単なる技術者の性なのか。自分でもよく分からないまま、ニッカは非常灯の下で静かに明かりを落とした。

 

 カブキの闇市には、明日また足を運ぶことになる。今度は米や出汁ではなく、電線と変圧器を求めて。荒野育ちのメカニックにとって、それもまた、悪くない買い出しの理由だった。

 

 どうせ買い出しに行くなら、ついでに屋台の串も覗いてみようか。そんな考えが頭の片隅をよぎった瞬間、ニッカは自分の思考の呑気さに、思わず小さく笑ってしまった。

 

  

 

 目を閉じる直前、ニッカの耳に、遠くの配管を伝う水滴の音がまた一つ届いた。規則正しいその響きだけは、電気の有無に関わらず、変わらずそこに在り続けている。頼りない発電機とは違う、この地下プラントそのものの鼓動のようにも思えた。

 

  

 

 通りかかったドリオが、作業場の入り口でふと足を止めた。

 

「まだ起きてたの」

 

「今、寝るところ」

 

「明日、また出かけるんでしょう。無理はしないで」

 

「別に、買い出しに行くだけ」

 

 軽く答えるニッカに、ドリオは小さく苦笑した。

 

「その買い出しのたびに、毎回何かしら騒ぎになってる気がするけど」

 

「……否定は、できない」

 

 肩をすくめるニッカに、ドリオは何も言わず、ただ髪を軽く撫でて離れていった。誰かにこうして触れられることに、ニッカはいまだに慣れていなかった。それでも、拒む気にはならなかった。

 

  

 

 誓いを立てたあの十八の夏、ニッカが望んでいたのは、誰にも煩わされない静かな暮らしだった。だが今の暮らしは、静かどころか、日を追うごとに賑やかさを増している。電気が落ちれば大の大人が右往左往し、飯の順番一つで軽口が飛び交う。荒野の孤独な作業場では、決して味わえなかった種類の煩わしさだった。

 

 それでも、不思議と嫌ではなかった。むしろ、この騒がしさに慣れ始めている自分に、ニッカ自身が一番戸惑っていた。

 

 バートがこの場にいたら、何と言っただろうか。荒野の流儀を叩き込んだ張本人は、きっと呆れながらも、口の端だけは笑っていたはずだった。厄介事は自分で蒔いて、自分で刈り取る。それが結局、あの人からもらった一番の教えだったのかもしれない。

 

 明日からは、また少しだけ騒がしくなる。分かっていながらも、ニッカの口元には、隠しきれない小さな笑みが浮かんでいた。

 

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読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

CyberPunk: EDGE CASE(作者:エネーロ)(原作:Cyberpunk2077)

目が覚めたらそこは最悪の街だったーーー▼ふと気づくと2020年代のナイト・シティ。▼体は時代錯誤(2077)のクロームまみれ。能力はMOD基準。▼企業にバレたら実験動物よろしく解剖コース。▼生き残る道を探しながら、ジョニー達と関わっていくことになる奮闘劇。▼本作品は設定作成、本文一部にAIを利用しています。▼


総合評価:3572/評価:8.81/連載:28話/更新日時:2026年07月30日(木) 00:00 小説情報

Good Luck , Raccoon City 【第二部始動】(作者:持麻呂)(原作:バイオハザード)

とにかく自意識の消失という死を受け入れたくなかったVは、蜂の巣にされて死ぬかもしれないという矛盾を抱えながら、単身アラサカタワーに乗り込んだ。▼なんとか《神輿》に辿り着いたものの、ジャックインした瞬間に意識を失ってしまう。▼気付いた時には知らない街のゴミ捨て場にひっくり返っており、職質を受ける始末。▼一先ず死ぬ危機から逃れられたので、今はスローライフを楽しも…


総合評価:3442/評価:8.95/連載:32話/更新日時:2026年07月05日(日) 12:00 小説情報

時計塔にいる、時計塔のマリアさん(偽)(作者:アスタロット)(原作:Fate/stay night)

時計塔のマリアごっこで Bloodborneを周回して、上位者になった主人公さん。上位者パワーで、なんやかんやヤーナムを飛び出した。そんな外の世界で、主人公さんは自由に生きる。※なお、外の世界は型月世界とする。


総合評価:1444/評価:7.18/連載:24話/更新日時:2026年10月11日(日) 10:29 小説情報

アルカンフェル転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:強殖装甲ガイバー)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼気が付くとアルカンフェルに転生していた▼お仕置きビリビリは嫌だが、巨大小惑星の衝突は回避しないと地球丸ごと死ぬとか草。▼原作開始まで何万年?忘れない様に石板に覚えてる原作内容を書き込んでおこう。気が付いたら眠りの神殿に石板が…


総合評価:3889/評価:8.56/連載:150話/更新日時:2026年09月07日(月) 17:00 小説情報

崩壊世界でルートシューター(作者:穴熊拾弐)(オリジナル:SF/冒険・バトル)

ルートシューターってジャンルのゲームがある。広大な廃墟に放り出されてゴミを漁って持ち帰る。それを売ったり、施設を改良したりして成長していくってゲームだ。俺はそれをやらされている。何故か人を喰う怪物が闊歩し、滅亡寸前の現実世界で。▼金が尽きれば命が尽きる。崩壊世界で生きる1人の傭兵の話。▼


総合評価:4080/評価:8.33/連載:68話/更新日時:2026年10月10日(土) 11:00 小説情報


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