「彼女の話?」
陣平は首を傾げた。
千速は小さく頷く。
遊び歩いているのが玉にキズの研二。冗談半分にちゃんと彼女を連れて来るように話したのが懐かしい。
「本当に聞いた事ねぇよ」
「そうか」
陣平は拳を手のひらにぶつけた。
「話してなかったんなら、一発ぶん殴ってやる!」
「ボコボコにするなよ」
「一発だって!」
(おわり)
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「教官が持ってた車って……」
すぐに陣平がRX-7を検索した。
にこにこしながら陣平は千速に自分のスマホを握らせる。
目を細めて不服に思いながら、千速は画像をよく眺めた。
陣平は目元を緩める。
「あいつ、本当に目の色変えて食いついてたんだぜ……」
千速はRX-7の画像を自分の端末に送ってもらった。
(今度は忘れない……)
陣平が眠ってしまった後、研二宛のメールに画像を添付した。
「陣平がくれた。かっこいい車だな」と打つ。
送信ボタンを押す。当然返信はない。
もう一度研二の笑っている写真を見た。千速は微笑んだ。
画面を消す。思っていたよりもずっと前を向いている気がした。
(おわり)
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爆弾事件から1年が経った。
テレビの中から爆音が響いた。
ビルから炎と煙が噴き出し、人々の悲鳴が部屋に響く。
陣平はすぐに電源を落とした。
千速は、見なくても何が起きたかわかっていた。
部屋の中は先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まり返っていた。
千速はテレビをつけ直した。
「勝手に切るんじゃない」
「……悪かった」
陣平は目を細めた。
「千速、研二の分まで俺が」
「研二の分までなんて言わないでくれ」
陣平は唇をかんだ。
「研二の代わりなんていねぇよ……」
千速は息を呑んだ。
陣平は千速をソファーに座らせ、その肩にもたれた。
「少しだけ、このままでいさせてくれ」
千速の心臓が一瞬だけ跳ねた。やがて肩の力を抜く。
「……夕飯の前までだぞ」
(おわり)
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「防護服さえ着ていれば……」
「違う」
千速の肩が小さく震えた。
「悪いのは犯人だ」
陣平は釘を差す。
「これ以上言うと口塞ぐぞ」
千速は首を振った。
陣平は顔をしかめた。
そっと千速の髪を撫でる。
千速は陣平の胸に額を埋めた。
「……あの時、びっくりしたか」
「あんなでけーもん見たら、誰でもびっくりするって」
「研二は……頑張ったよな……」
「あいつが解けねぇって言うんだ。よっぽど複雑なやつだったんだよ」
千速の指先に力が入る。
陣平は千速の頬を親指でなぞった。
(おわり)
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松田は連絡先を探した。
千速。
すぐ電話は繋がった。
「久しぶりだな」
「おう」
「元気か?」
「まあな」
千速の笑い声が電話越しに伝わる。
「スマホ分解して悪かった」
「まだそんな事を言ってるのか」
陣平は呟いた。
「好きだ……」
「もう誤魔化すな」
2人はしばらく沈黙を聞いていた。
(おわり)
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差出人:松田陣平
>件名:
「捜査一課」
何度見たかわからない謎のメール。
千速は「下にいる」と返信した。
ふと顔を上げると、陣平が手を取って街へ連れ出した。
「いいのか?」
「……いい」
陣平はポケットに手を突っ込んだまま仏頂面だ。
千速は例のメールについて聞いた。
「あれは、自分のケツを叩いてくれるやつに会いたいと思ったんじゃないのか?」
「面倒くせぇ異動で気が立ってた」
「……そうか」
千速はそれ以上聞かなかった。
千速が赤いRX-7を見つけた時、陣平は腕を引いて路地に逃げ込んだ。
気づくと、千速は陣平の腕の中にいた。
近くで猫が鳴いた。
「何やってるんだ?」
「張り込み」
「猫相手に?」
一瞬顔を見合わせ、笑った。
陣平の指先がそっと千速のあごを持ち上げた。
視界の端で通りを歩く人が見える。
「待て、人が」
陣平は千速の唇を塞いだ。
千速の指が陣平の服を掴む。
「……千速、好きだ」
「ん」
唇が離れて切なくなったけど千速は少し笑った。
その笑顔で陣平は胸の奥が締め付けられた。
吸い寄せられるように、もう一度唇を重ねた。
瞬きほどの時間が2人には永遠のようだった。
どちらからともなく離れる。
陣平が得意気に笑った。
千速は真っ赤なまま身を翻した。
陣平は顔をしかめた。
その後、2人は慌てて警視庁前に戻った。
「……きっと皆心配してるぞ?」
陣平が千速を見た。
困ったような顔をしていた。
陣平は自動ドアに滑り込んで消えた。
千速は閉まったドアを見つめた。
(おわり)
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陣平は千速の唇を塞いだ。
千速の指が陣平の服を掴む。
(……千速、好きだ)
声を直接千速の心臓へ届けているようだった。
周囲の気配が遠い。
どれほど経った頃だろうか。
陣平はようやく顔を離した。
静かな部屋に、2人の息遣いだけが残る。
陣平は千速を見て、息を呑んだ。
いつも勝気な目元が柔らかく緩んでいる。
千速は心臓はうるさいほど脈打っていた。
陣平の顔がすぐ近くにあって、腰に回された手のひらが、火傷しそうなほど熱かった。
「戻れねぇな」
それは友への言葉でもあった。
陣平は唇再びを押し付けた。
千速の目尻に残っていた涙が静かに落ちた。
幼馴染というぬるい関係は、今ここで終わった。
(おわり)
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二人はどちらからともなく、夜の海へと続く海岸沿いの道を歩き始めた。
心地よい潮風が、千速の長い髪をふわりと巻き上げる。
それを手で押さえた拍子に、普段は隠れている白い耳が露わになった。
街灯の光に照らされたその横顔に、松田は一瞬、息を呑む。
(……色っぽいな、クソ)
「陣平、さっきから海ばかり見て。そんなに珍しいか?」
「……もう十分見た」
千速は再び、暗い海へと視線を戻した。
どこまでも凛として、この街を守る警察官としての誇りを背負っていた。
(これが、千速の守る街か……)
「千速、好きだ」
「そうか」
にべもない返事が返ってくる。
あしらわれ方も昔から変わらない。
「好きだ好きだ」としつこく言っている自覚はある。でも、そうでもしないと、千速はバイクで駆け抜けるように先を行ってしまう。
きっとこの長い後ろ髪さえ掴めない気がする。
「陣平、今日の食事、楽しかったぞ!」
「ああ、また誘う」
隣を歩く陣平の横顔を見ながら、千速はそっと口を開いた。ずっとこの話題に触れずに帰るわけにはいかない。
「研二のこと……話さないと、お前も前に進めないだろう?」
千速は少し視線を落とし、寄せては返す波の音に声を乗せた。
「大丈夫なわけ、なかったさ。最初の1ヶ月は、自分が何をしていたかも覚えていないんだ。気づけば机に日報が残っていて、台所の洗い物が終わっていて、ガレージのバイクが綺麗に磨かれていた。身体だけが勝手に動いてた」
陣平に構わず、千速は続けた。
「仕事も生活もしっかりしていると思う。今も、あの日のことも受け入れようと必死にしてると思う。ただ上手くできているかは自分でもわからない」
「……俺だって、ダチが死んで大丈夫なわけねぇよ」
「そうだな。お前だけだよ、研二の痛みを本当に分け合えるのは」
陣平はポケットの中で拳を握りしめた。
研二がいないと、自分は千速の隣に立つことすらできないちっぽけな男なのか。
千速が一番辛い時期に、隣にいてやれなかった己の無力さが悔しくてたまらない。
「事件が解決したら千速に苦労はさせねぇよ」
なげやりで、だけど必死な陣平の言葉の裏にある「危うさ」を千速は見抜いていた。
「そんなことを言って……犯人をまた逃がすなよ」
「そこまでは、わからねぇな」
陣平は答えず、ただじっと海を見つめた。
研二を奪い、千速もまた笑顔を奪われ涙を流すことさえできない。
犯人を絶対に許さない。
見つけ出したら、手加減するつもりは毛頭なかった。
千速は小さく笑った。
陣平にはなんだか不自然に聞こえた。
「……千速?」
陣平が覗き込むと、千速の目から、堰を切ったように涙が溢れ落ちていた。
「……見たな」
「あ……悪ぃ」
二人はどちらからともなく顔を背けた。
「すまない、取り乱した」
「いや、俺の方こそ……」
「ハンカチは持ってるから気にするな」
「わかったって!」
千速は隣にいる男の瞳の奥を見つめた。
揺らめく冷たい炎が怖くなった。
警察官だって一人の人間だ。
身近な人間を理不尽に奪われれば、案外簡単に闇に落ちてしまうのかもしれない。
「安心しろよ、千速」
陣平は低く確かな声で言った。
「千速のことも好きだけど……俺は今、研二との約束でいっぱいなんだ」
「それこそ安心できないな」
「その時は……俺の側にいてくれよ、千速」
千速は小さく息を呑んだ。
研二の影ではなく、松田陣平という一人の男を見た。
陣平の復讐の炎は、誰にも止められない。でも、自分がいれば、この男を穏やかな世界に繋ぎ止めておけるのだろうか。
3人で食卓を囲み、バカみたいに笑い合っていたあの頃。
千速たちもう、家族のようなものだった。
研二がいなくなって、陣平まで遠いところへ行ってしまうような気がした。
不意に、陣平の手が千速の肩をそっと引き寄せた。千速は拒まなかった。彼の大きな体温と、かすかに残る煙草の匂いが、千速の張り詰めていた心を優しく解いていく。
陣平は千速を抱きしめたまま、目を鋭くして、夜の海を見据えた。
(おわり)
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陣平はポケットの中の携帯の重みを思い出した。
ただ『話があるから来い』とだけメッセージが来た。
陣平は千速を見ずに聞いた。
「話って何だ?」
「どうもこうも、書いた通りだ」
千速はマグカップの縁を指先で弾いた。
その仕草が、今の陣平には酷く不穏に感じた。
陣平は床に目を移した。
「……こっちは事件の期限が迫ってるんだ」
忘れもしない研二の命日に、数字の「3」だけが印刷された謎のFAXが送られてきた。
タイマーが動き出したと直感した。
「……忙しい時に呼んで悪かったな」
千速が少し目を伏せる。
(あの事は、もういいって言うのかよ……)
「陣平、ちょっと落ち着け」
千速は額に手のひらを当てた。
「なあ陣平、私は本当に話がしたかったんだ」
陣平は千速を見た。一人で勝手に最悪の展開を予想して空回っていたらしい。
「ただ話がありすぎてだな……別に会うのは家でなくてもよかった……」
そのうち陣平が気づいたのをみてとった。
気が緩んで千速は笑った。
「まあ、目的は果たせたから結果オーライだな」
その瞬間、陣平の胸の奥が熱くなる。
もう格好をつけている余裕なんてなかった。
咄嗟に陣平は千速の手を握った。
「……好きだ、……千速のこと好きだ!」
千速はわずかに目を見張って、ゆっくりと微笑んだ。
「好きだだけじゃ、わからないぞ」
(おわり)
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「また来いよ」
「事件で忙しいのも分かった」
朝、千速は陣平を玄関先まで見送る。
いつもの不敵な笑みを浮かべた。
「いつでも連絡を取れるようにしてくれれば、それで済む話だ」
「悪ぃ」
「いいさ」
どうせメールが繋がっているだけで返信なんかしてこないんだろう。
陣平は千速に背を向けた。
千速の声が追いかける。
陣平は右手を上げて応えた。
千速は家の中に戻った。
千速は携帯電話を取った。
研二の写真を見つめた。
そして、今送り出したばかりの大バカ野郎もそこにいて眉をしかめた。
(なあ研二、どう思う?)
散々人に告白しておいて、また連絡するだの言って、音沙汰なしだったくせにひょっこり現れるなんて。
もちろん答えはない。
(さて、私も支度しないと!)
千速は鞄を取った。
研二、陣平――。
花嫁修業でも何でもする!
ウェディングドレスだって着てやる!
私を、一人にしないでくれよ。
(おわり)
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「陣平!」
「おう」
いつもの店で千速と陣平は合流した。
陣平はタバコを吸い殻入れに押し付けた。
「待ったか?」
「いや」
千速は陣平の向かいに座った。
そこへ店員がおしぼりと水を持ってきた。
おしぼりを広げて渡されて、千速は受け取る。
温かいおしぼりだった。手元の温かさにほっとする。
家ではしないことだから、やっぱり外食に来たという気分になる。
陣平は千速にメニューを渡した。
「ありがとう」
「好きなもの頼めよ」
「へえ」
千速は口元にカーブを描いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
陣平は店内を眺めるフリをした。
内心焦っていた。
久しぶりに千速を見ても大丈夫だと高をくくっていた。
けど目の前にただ自分が惚れた女がいる。
注文を終え、千速は陣平に向き直った。
陣平も何事もなかったかのようにドリンクを待った。
その後、自然にグラスを合わせ、料理を分け合い、ただ美味しいものを美味しいと言って笑い合った。
「デザートも美味しいな!」
「そりゃよかったな」
「陣平も早く食べろ。アイスが解けるぞ!」
陣平は飲み物を置いてスプーンを入れた。
口に広がる甘さにわずかに目を細める。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
千速が上機嫌で歩いている。
てっきり「お前水臭いぞ」とか言われると思っていた陣平は口元をを緩めた。
(おわり)