夜の本牧ジャンクション。
千速は愛車を次第に湾岸線へ合流させた。
ヘルメットの奥で流れる景色を見つめる。
研二がいないことを嫌でも思い出す。
本当に勝手な弟だった。
その時、サイドミラーに白い影が映り込んだ。
──RX-7。
気付いた瞬間、車は滑らかな加速で千速の右側を突破した。
千速はRX-7のテールランプを見つめた。
ブレのない車体。無駄のない操作。
気づけばますます興味が湧いた。
やがて川崎の工場地帯の灯りが流れ去り、海の向こうに羽田空港の滑走路が見えてくる。
RX-7は静かに速度を上げた。
千速は思わずスロットルを捻って限界まで後を追った。
そのまま空港駐車場へ滑り込んで、2台は並んで止まった。
千速はヘルメットを外した。
大きく息を吐き出す。
息が詰まるほどの緊張感と心地よい爽快感が胸を満たしていた。
「噂以上ですね」
声がした方を見ると、車から降りた男が近づいてくるところだった。
街灯に照らされたプラチナブロンドの髪が印象的だ。
「こんばんは。素晴らしい走りでした、萩原千速さん」
千速は表情を引き締めた。
「なるほど。噂の金髪だったか」
男は口元に柔らかくカーブを描いた。
「ただの通りすがりの車バカですよ」
千速は目を厳しくして笑った。
「ずいぶん気が利くんだな」
男はさらに悪戯っぽく微笑んだ。
「あいにく、恋愛にうつつを抜かす暇はないんです。仕事が恋人、というやつですから」
千早はわずかに眉をひそめた。
「……それは失礼したな」
これ以上踏み込まれたくないと察したのか、男はそれ以上何も聞かなかった。
男は手を軽く叩いて話題を変えた。
「使ってください。夜は冷えますから」
男はカイロを差し出した。
不意に、弟の大きな手のひらを思い出す。
千速は受け取った。
「悪いが、私の周りには昔からバカしかいなくてね」
「それは光栄です」
「ありがたく使わせてもらうよ」
千速は胸ポケットにしまった。
それだけで肩の力が抜けた。
(……どいつもこいつも過保護だな。)
(大切なら、これ以上泣かせるなよ……)
ついに千速は笑った。
ひとときの静寂の後、千速は再びヘルメットを抱えた。
「こんな時間まで引き留めて悪かったな」
「僕の方こそ。急な誘いに付き合っていただいて感謝します」
道を譲る男に、千速は不敵に笑ってみせた。
「じゃあな、真面目くん」
千速はスロットルを捻った。
(……ありがとう。研二の大切な友達)
千速のバイクは風と重力をまとい、ハイウェイを切り裂くように疾走して消えた。
(おわり)