ある日、鬼塚教官が研二を呼び止めた。
白いRX-7の前に来る。
「調子を見てくれるか」
「……いいんすか?」
「構わない」
教官は近くのコンクリートに腰を下ろした。
研二はそっとボンネットを開ける。
実物は初めてだった。
「これが、ロータリー……」
思わず声が漏れて研二は教官を見た。
教官は腕を組んで、じっと座っている。
研二の瞳に光が灯った。
工具を選んで手に取る。
(ピストンじゃない。三角のローターが回って動力を生む仕組み。……本で見た通りだ)
その時、研二は顔の汗をぬぐった。
プラグの焼け具合やオイル量を確認し、ホース類の状態もひとつひとつ確認していく。
その指先は丁寧で無駄な力がない。
誰かの大切なものだから慎重に取り扱った。
やがてキーが回され、エンジンが目を覚ます。
「──ヴォン……」
低く滑らかで、どこか生き物のような独特のハミングが響いた。
「いい音だな」
教官が、険しい顔を少しだけ綻ばせた。
研二も肩の力を抜いて、教官に向き直った。
(最高だったな……)
「また呼ぶ。頼んだぞ」
「……はい!」
以来、研二は教官に呼ばれる度、RX-7と向き合った。ロータリー特有のオイルの消耗の激しさ、カーボンが溜まりやすい癖を知り、やがて必要になる『オーバーホール(エンジンの全分解)』の時期を教官に提案した。
そして卒業の時が来る。
RX-7との別れでもあった。
「萩原、お前がメンテナンスしている間快適だったよ。それと、機械なら何でも大丈夫そうだな」
教官の言葉に、研二は最高の敬礼を返した。
(……もっと触ってみてぇ……)
いつか願いが叶う日を楽しみにして、研二は警察学校をあとにした。
(おわり)
----------------------------
文字不足なので追加
『千速のバイクのメンテナンス』
千速がグローブを脱ぎながら言う。
「また勝手に触っただろ?」
「オイル交換しただけだって」
「頼んでない」
「わかってるって」
研二は得意げに笑った。
「前より静かだったろ?」
別の日。
キャップのつばを後ろへ回した研二が千速のバイクの前でしゃがんでいた。
「磨いてるのか」
「汚れてたから。あと少し」
「夕飯できてるぞ!」
「食べる!」
研二は少し笑って、静かにタンクを磨いていた。
また別の日。
千速はバイクで帰ってきた。
研二がやってくる。
「出ていく時、エンジン音が変だった」
「え?」
「点火か排気か……診ないとわからないけどな」
「わかるのか?」
「毎日聞いてるからな」
千速は修理の成り行きを眺める。
「……終わった」
千速は小さく息を吐いた。
研二は笑う。
「調子いいほうがいいだろ?」
千速は少し照れくさそうに視線をそらした。
「……ありがとう」
(おわり)
おまけ
さらに別の日。
「チェーン張っといた」
「タイヤの空気圧見といた」
「ブレーキも少し調整しといたぞ」
「わかったって!!」