冒険姫リーベ ―食堂の看板娘が英雄になるまで― 作:丘引みみず
013 魔法杖を買おう!
それを見かねて、隣を歩いていたフロイデが尋ねる。
「緊張、してる?」
「はい……わかっちゃいます?」
「手と足、一緒に動いてる」
言われて初めて気付いた。
慌てて直していると、
「だはは! こりゃ、道化師に弟子入りした方がいいんじゃねえか?」
「道化じゃないよ! ……もお、おじさんったら」
リーベが溜め息をつくと、正面を歩いていたフェアが涼やかに笑う。
「ふふ、初めは誰でもそうなるものですよ。むしろ、緊張できるということは、冒険者という職業を正しく認識できているということですから、良い兆候です」
「そう、ですか?」
小首を傾げているとヴァールが同意する。
「その通りだ。ピクニックに行くくらいのノリでいられるよりかは、その方が良いに決まってる」
「そう、なんだ。……なんだか、ちょっと自信が湧いてきたかも」
「たく、チョロいヤツだな」
ヴァールが穏やかに笑んだとき、スーザンの武器屋の前に差し掛かった。
以前は休業を告げる張り紙があったが、今はそれがない。その代わりに『営業中』の札が掛かっている。
(ダルさんは大丈夫かな? 無理をしてないといいんだけど……)
心配していると、フェアが言う。
「私とリーベさんは魔法杖を買いに行きますので、ヴァールたちはお先にどうぞ」
「おう。いくぞ、フロイデ」
彼は物思いにでも
「フロイデ?」
「あ………うん。いこ」
2人が東門へ向うのを見送ると、彼はリーベの方に振り返る。
「それでは、参りましょうか」
「はい――あ、でもお金……」
「お金ならありますので」
「でも……」
リーベは自分が使うものの代金を払って貰うのは気が引けた。
そんな心情を察して彼は微笑んだ。
「お金はクラン共有の財産ですから、そこからリーベさんの装備代を出すのは当然のことですよ?」
優しい言葉に申し訳なさは解け、やる気へと変わっていった。
「……ありがとうございます。わたし、お代を還元できるくらい、頑張ります!」
「ふふっ。そのためには良い杖を選ばないといけませんね」
「はい!」
2人は笑みを交わし、店舗へと向う。
リーベは店舗に近づくごとに相棒となる武器との出会いに胸がときめき、到達する頃にはすっかり上機嫌になっていた。この感覚は服を買いに行くときと似ているが、若干違う。彼女は『武器を買う』という未知の行いに対し、昂揚しているのだ。
「こんにちは」
ドアを開けると、そこにはダルがいた。
案の定、顔色が悪く、うつろな瞳が呆然と天井を見上げていて、まるで病んでしまったかのようだ。来客に気が付くと緩慢な動作で、覇気のない瞳を向けてくる。
「リーベか。また来やがって……なんの用だ?」
「杖を買いに来たんです」
「ワンドならそこだ」
彼は無愛想に顎をしゃくるが、生憎と目的の品はそれではない。
「違いますよ。今日はスタッフを買いに来たんです」
「なに⁉」
スタッフというのは日用品の類いであるワンドと違い、戦闘や儀式に用いる歴とした武器である。だから食堂の娘であるリーベがスタッフを求めていることにダルが驚愕したのは無理からぬことだった。
「お前、まさか冒険者になるんか!」
「はい。今日はそのためにスタッフを――」
「自分の娘を冒険者にするなんて! エルガーめ!
ダルは赫怒した。魔物によって妻の命を奪われた一方、同様に魔物に襲われながら生きながらえたリーベが冒険者になるという事実を拒絶するのはとても人間的な感情だった。
リーベは彼を哀れに思ったが、だがそれでも自らの意思で選んだことを曲げるつもりは無かった。
彼女はダルには申し訳なく思いながら事情を告げる。
「違います! わたしの方からなりたいって言ったんです!」
「……お前が?」
落ちくぼんだ目が彼女を睨む。元来強面のダルだ。その形相たるや、まるで鬼のようだ。
リーベは慄き、顔を背けたくて仕方なかったものの踏ん張った。
ダルを怖がってるようでは、魔物に立ち向かえないからだ。
そうして睨み合った末、ダルは憤然と鼻息をつく。
「理由はどうだっていい」
彼は椅子を蹴って立ち上がる。
「……だけどな、お前はスーザンと違って、魔物に襲われて助かったんだ。そのくせ死んだら、タダじゃおかねえぞ」
それは激励なのか、単なる当てつけなのか。リーベには判然としなかったものの、発破を掛けられる思いだった。
「……死にません、絶対に……!」
変わらぬ形相で彼女を睨むダルであったが、納得をしたのか、はたまた呆れたのか、喉を鳴らしながら勢いよく腰を下ろす。それから鍛冶ギルドの機関誌に視線を落としながら、吐き捨てるように言う。
「愚かな娘だ。だったらせめて、マシなもんを持っていくことだな」
「それって……」
フェアの方を見ると、彼はにっこりと言う。
「杖を売ってくれると言う事でしょう」
「やった!」
「ふふ、では早速、リーベさんに相応しい杖を探しましょうか」
「はい!」
魔法杖のコーナーへ向う途中、リーベはダルに睨まれているのに気付いた。彼女と目が合うと、彼は視線を遮るために機関誌を持ち上げた。
魔法杖はその特性によって3種に大別される。
まずはワンド。携行しやすい大きさと重量で、魔法の精度は低い。主に日常の中で魔法を使う場合に用いられる。
次にロッド。棍棒や槍などの機能を兼ねる金属製のもので、精度は中程度。その多機能さ故に、腕の良い魔法使いが好んで使うとされている。
最後にスタッフ。大型の魔法杖であり、軽量である代わりに強度が低く、長柄武器としては扱えない。精度は3種の中では最も高い。これらの特徴により、魔法使いの基本的な武器とされている。
そしてリーベは純然たる魔法使いであるため、スタッフを買うのだが――
「う~ん……魔法杖ってどうやって選べば良いんですか?」
問い掛けると、フェアはお互いが手にした杖を見比べながら答える。
「大きさと重量。そして先端に取り付けられた
「なるほど……大きさとかは分かるんですけど、純度っていうのは?」
「魔法を使おうとした時、珠の部分で僅かながら魔力が無駄に消費されているんです。この損失の少なさを純度と呼びます。日常であれば問題になりませんが、冒険者にとってこれは重大な要素ですので、是非覚えておいてください」
「わかりました――それで、純度の高いものはどうやって選ぶんですか?」
重ね重ね問い掛けるも、彼は嫌な顔一つしなかった。むしろ熱心な弟子を愉快そうに目を細めている。その様子を頼もしく感じている間にも彼は杖を両手で握りしめ、珠を自身の目の前に
「このようにして、ほんの少しだけ魔力を流します。すると微かに珠が光ります」
よく目をこらして見ると、
「きれい……」
「何本か同程度魔力を流してみて、最も明るく輝いたものが純度の高い珠を備えていることになります」
「むう……やり方は分かりましたけど、わたしにはちょっと難しそうです」
「確かに。杖の目利きは熟練者にも難しい事です。ですがこれも良い機会ですし、2人で
「はい、お願いします」
フェアは満足そうに頷くと、「では早速取りかかりましょうか」と検め始める。
(わたしもやってみよう!)
「むむむ……!」
(少しずつ……慎重に……)
そう念じながら魔力を籠めていくも、スタッフの珠は想像以上に敏感で、煌々と輝かせてしまった。
「うわっとと!」
慌てて魔力を引っ込めると光は消え、額には冷や汗が伝う。
「ふう……危なかった」
(あのままじゃ爆発していたかも……)
汗を拭いながら
「やはり、珠の鑑定は私の方でやりましょう」
「……すみません」
「謝らねばならないのは私の方です。スタッフに取り付けられた珠はワンドのそれより純度が高く、その分、敏感に反応してしまうんです。私としたことが、すっかり失念していました」
「そう、なんですね……」
心臓がバクバクとしていて、生返事をするのが精一杯だった。
「教えるのはどうも不慣れでいけません。これからも迷惑を掛けることが多々あるでしょうが、どうぞご容赦ください」
「い、いえ! こちらこそ」
ペコペコ頭を下げていると、フェアは小さく笑った。
「ひとまずは一通り持ち上げてみて、軽くて握りやすい物を数点選んでください。その内で最も純度が高いものを購入しましょう」
それからリーベはスタッフの選別を続け、7本あるのを2本にまで絞り込んだ。
「お願いします」
フェアは2本にそれぞれ魔力を流し、珠の純度を確かめていく。その眼差しは職人の如き鋭さで、この作業が如何に難しいことか、それだけでも推し量れる。
そんな繊細な作業を自分がやろうとしていた事実にリーベは驚かされるが、これも良い経験になるだろう。
「ふむ……こちらの方がよろしいでしょう」
選ばれたのは先端が弓なりに湾曲して、その中に珠が収まっているものだ。
「これが……」
繁々と見る。
他の杖と比較して飾りっ気がないが、その分実直で、燻し銀のような風格を感じた。
(これがわたしの相棒になるんだ……)
そう思うとなんだか胸が熱くなってきた。
「如何でしょう?」
「はい! これが良いです!」
素直なところを言うとフェアさんはにっこりと笑んだ。
「では、これに致しましょうか」
リーベは上機嫌にカウンターの方へ足を向けたが、呼び止められる。
「お待ちください」
「はい?」
振り返ると、彼はダガーのコーナーを示した。
「魔法使いはもちろん魔法で戦いますが、時として魔法が使えないことがあります」
「? どういうことですか?」
「魔力が枯渇してしまったり、閉所など魔法が有効でなかったり。そうした場合に備えて魔法使いも刃物を携帯しておくのが一般的なんです」
「そっか……いつでも魔法が使えるとは限らないんですね」
「そういう事です。さ、リーベさんの手に合ったものを選びましょう」
「はい!」
彼女は早足で師匠の元へと向かった。
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リーベとフェアと別れたフロイデはヴァールと共に東門の外にやって来た。
空は雲一つ無い晴天で、そよ風が吹いている。剣術の鍛練をするにはちょうど良い天気だ。
「素振りからで良い、よね?」
尋ねると、ヴァールは大きな喉仏を動かして「ああ」と言った。脇に抱えていた2本の木剣を足下に置き、クマのように極太い腕を組む。小さな瞳にはいつもの快活さから一転、厳格な眼差しを放っていた。
日頃のフレンドリーさからは想像も付かないが、ヴァールは彼の師匠だ。これからの数時間、彼は威厳を以て弟子に接していくのだ。
フロイデは多少の緊張を覚えつつもヴァールから十分距離をとって剣を抜く。その状態で90度橫を向くと長剣の柄に手を被せる。確かめるように小指から順に柄を握り込み、ゆっくりと息を吐き出す。するとフロイデの頭は鎮まり、剣士としての彼が浮き上がる。
「…………」
今は戦闘中ではないため、最初の1回はゆっくりと時間を掛けて構える。
左足の親指から小指のラインを目標に対して垂直に据え、右足のつま先を右肩のほぼ真下に置く。左手で柄頭を握り込むと、剣を体の向きと並行に構え、切っ先を立てる――垂直ではなく、肩に担ぐつもりでやや後方に倒すのがコツだ。
「すう……」
「…………くっ」
素振りを中断するも、叱責を受けることはなかった。
ヴァールはむしろ淡然と、聡明であるかのように彼の心を言い当てて見せた。
「リーベのことか?」
「……わかる、の?」
「弟子の考えくらい分からねえとな」
分厚い唇を微かに吊り上げ、鼻で小さく笑う。
「そんで?」
「……ヴァールはいい、の? リーベちゃん、冒険者にして」
「良いも悪いも、アイツが決めたことだ。俺がやるべきはそれに答えることだけさ」
彼らしい男気に溢れた回答だったが、フロイデにはどこか嬉しそうにも感じられた。
その直感は間違いでは無い。ヴァールはリーベを、彼女の両親に負けないほどに愛していた。今までは年に数回しか会うことが出来なかったが、これからはずっといっしょにいられるのだから。喜ばないではいられない。
フロイデは師匠の考えに想像が及ばないまでも、その
「…………」
批難してやりたい気持ちを抑えて、疑問を述べる。
「……わからない。リーベちゃんには家族がいるのに……どうして離れたがるの?」
「それは自立ってもんだ」
「自立……」
「自分で選んだ道が親のそれと違うなんてのは良くあるもんだ。そうなりゃ、自然と家族からは離れていくものだろ? お前もそうだったんじゃないのか?」
「…………」
(ぼくは……違う……)
今の議論においてフロイデ事情など、どうでも良い。
彼はリーベの家庭を思い出す。
愉快な父親に、優しくて美人な母親。それに店も繁盛していて裕福であることは想像に容易い。そんな絵に描いたような幸せを手放してまで、どうして冒険者になるのだろうか。
「…………」
熟考の末、考えたところで意味がないという結論に落ち着いた。
(それよりも、今は剣を頑張らないと)
こんな雑念が入り込む余地のないくらい集中して臨まないと
フロイデはそう胸に言い聞かせると、訓練に望んだ。