冒険姫リーベ ―食堂の看板娘が英雄になるまで― 作:丘引みみず
リーベは氷魔法『アイス』を応用して
昨日習ったメガ・ファイアは魔弾に宿る熱を内に籠め、効率化する繊細さが求められたが、それに比べればこちらはとても単純だった。料理でたとえるなら、ぶつ切りと皮むきくらいに難易度の開きがある。
だが、簡単だからと侮ってもいられない。
師匠であるフェアの指示に耳を傾け、目的の形を目指す。
「そうです。この形と大きさをよく覚えておいてください」
「はい! ……あの、撃ち込んでみてもいいですか?」
「どうぞ」
「よーし……」
リーベはキッと的を見据え、その中央に狙い澄まし、叫ぶ。
「アイスフィスト!」
ヒュッと空気を裂いて飛翔した氷塊は的を外し、背後の壁面で儚く砕け散った。
「ああ……」
落胆しているとフェアが淡然と言う。
「アイスフィストは魔弾の生成は簡単ですが、当てるのが非常に難しいんです。ひとまずは中央に限らず、的の何処かに当てることを目標にしましょう」
「は、はい!」
彼の言葉に励まされたリーベは、とにかく数をこなすことを念頭に置いた。
それから撃ち続けること十数回。ようやく的に命中させられた。
「はあ……はあ…………こ、こんなに当たらないものなんですね」
額に浮いた汗を拭いつつ、問いを重ねる。
「アイスフィストって、精度が良いんじゃないんですか?」
「言葉が足りませんでしたね。アレはあくまで、比較の話です。両者を突き詰めていった場合、メガ・ファイアは魔弾から僅かに放たれる熱などが作用して精度が落ちます。対してアイスフィストはよほどの距離を空けないかぎり、環境に左右されることはありません」
「ええと……?」
「要するに、術者の力が及ばない部分で精度が落ちるかどうか、と言うことです」
「なるほど……じゃあわたしの魔法が当たらないのは――」
「経験が足りていないということですね」
ずばり言われてリーベ肩を落としていると、フェアは小さく笑った。
「ふふ。ですが、気を落とすことはありません。この魔法は石を投げるようなものですので、慣れてしまえば存外容易く当てられますよ」
「だと良いんですけど……」
そう答えながら水筒を傾けていると、彼は仕切り直すように手を打ち鳴らした。
「さ、休憩はこのくらいにして、訓練を再開しましょう」
理屈はどうあれ、彼女のやるべきことは変わらない。今はそれに専念するだけである。
「アイスフィスト……!」
高速で宙を駆ける氷塊は的の縁に当たって砕け散った。
あれから日が暮れるまで何十回も撃ったが、命中率は3割と言ったところだ。初日で3割なら十分な気もしたが、アイスフィストは正確性が求められる魔法なのだ。動かない的が相手なら10割――しかもど真ん中に命中させられないと話にならない。
スタッフを構え直そうとしたその時、リーベは例の倦怠感を覚える……魔力切れだ。
「ふう……ふう…………すみません。もう限界です」
呟くように訴えるとリーベはへたり込んだ。脚の力が抜けて崩れ落ちたのだ。この違いは監督してくれていたフェアにも伝わっており、例の劇薬を手渡してくる。
「これを飲めば多少楽になるでしょう」
その言葉とは裏腹に、彼女はさらなるダメージを負う羽目になった。
「うげえ……」
苦みに嘔吐いているとヴァールたち剣士組がやって来る。
「魔力切れか?」
「ええ。少し早いですが、今日は切り上げた方が良いでしょう」
「そうだな。んじゃ、10分休憩したらテルドルに帰るぞ」
「は~い……」
それから彼女らは車座になって、各々休息を取っていた。その間、ヴァールは弟子の剣術について講評していた。
リーベから見て、フロイデは模範的な剣士だ。それは基本に忠実であるという意味ではなく、ケチの付けようがないという意味でだ。
しかし師匠の目からだと違って見えることをリーベは知った。それは時に厳しい言葉を交えつつ、長々と語り聞かせている様子から見て取れる。
(フェアさんはわたしのこと、どう思ってるのかな?)
彼は弟子を励ますことはあれど、厳しく叱責することはない。そういう方針というべきか、性格というべきか……何れにせよ、リーベは真相を知りたかった。
「…………」
どう切り出したものか、様子を伺いつつ考えていると、彼と目が合った。
「おや、どうかしましたか?」
「ああ、いや……その…………」
答え
「リーベさんは立派ですよ。たった3日でここまで進めたのですから、自信を持ってください」
「……でも……」
「私は言葉が足りないことはあるでしょうが、嘘は言いません。なので全て、言葉通りに受け取ってください」
「フェアさん……」
彼の微笑を見ていると澱のように積もっていた不安が解消されていく。自然、心も軽くなり、不安に感じていたのが馬鹿らしく思えてきた。
ちょうどその時、ヴァールが立ち上がる。
「うっし、帰るぞ」
その言葉を受け、リーベは脚に力を込める。
あの劇薬の効果か、不調は取り払われており、難なく立ち上がることが出来た。
帰る道すがら、ヴァールは相棒に問う。
「リーベの具合はどうだ?」
「ええ、至って順調ですよ。アイスフィストは命中に不安がありますが、メガ・ファイアの方は完璧です」
「そんな! 完璧だなんて、言い過ぎですよ!」
リーベが照れくさくなって口を挟むとヴァールは声をあげて笑った。
「はは! フェアがそこまで言うんなら、よほど好調なんだろうよ!」
「もーっ! 揶揄わないでよ!」
彼は
「そんだけ魔法が使えるなら、連れて行っても問題ないな」
「え?」
リーベは唖然として歩みを止めてしまった。
固定された視界の中で、フロイデが小さな口を、小さく動かす。
「冒険に出る、の?」
「そうだ――」
「で、でも! まだアイスフィストの方は全然ダメなんだよ!」
「わかってる。だが、最低限自衛できる魔法があるんなら今はそれでいい」
「…………」
釈然としないでいると、フェアが言い添える。
「不安に思う気持ちはわかります。可能であれば、あなたが納得できるだけの訓練をしてあげたいのですが、そうもいかないのです」
「どういうことですか?」
「ぼくたち、王都から派遣されてきた」
フロイデの言葉に、リーベはヴァールの手紙を思い出した。
第三級以上の魔物が数を増やしていると書いてあった(リーベにはその等級がなんなのかわからないが)。
「……そっか。みんな、仕事でここに来たんだよね」
「そう言うこった。お前を育てる前に、まずは使命を果たさないとなんねえ。じゃねえとギルドに怒られるし、余計な被害を招くかもしんねえからな」
「ごめんなさい。わたし、自分のことばっかりで……」
「自分を鍛えるのがお前の仕事だ。気にすんな」
「……うん」
不甲斐なさに押し黙っていると、ヴァールが決定を告げる。
「とにかくだ。明日は訓練を中止して、依頼選びと準備にあてる。いいな?」
メンバー全員から承知する声が上がると、彼はリーベに言う。
「リーベ。お前はリュックとかは持ってるのか?」
「うん。お父さんのお下がりを貰ったの。あ、あと中身も食べ物以外は一通り用意してあるよ」
「さすが師匠。用意がいいな」
「この分だと、明日は余裕を持って過ごせそうですね」
フェアの言葉にフロイデが項垂れる。
「? 何かあったんですか?」
「むう……」
フロイデは押し黙って口を開こうとしなかった。
心配になる中、ヴァールがケタケタと笑う。
「はは! こいつは最初、せっかく確認してやったのに『心配だから~』ってリュックをひっくり返して、あげく忘れ物をしやがったんだ!」
「ヴァール……!」
フロイデが顔を真っ赤にして黙らせに掛かるも、リーベは既に聞いてしまった。
冷静に見えて存外おっちょこちょいなその一面に、彼女は思わず噴き出してしまうのだった。
「いただきます!」
言い終わるや、リーベはラタトゥイユに飛びつく。
トマトの酸味とナスのほくほくとした食感とが調和し、とても野菜料理とは思えない満足感があった。母の手料理なのだから当然と思う一方で、今晩は一段と美味しく感じる。
「はあ……おいし…………」
一瞬、訳を考えたが、干し肉とビスケット、そしてフェア手製の劇薬によって口内が蹂躙された結果、反動で美味しさが倍増しているのだと悟る。
同時に携行食への不満が膨らみ、気付けば愚痴っぽく父に問い掛けていた。
「ねえ、携行食って、もうちょっと、どうにかならないのかな?」
「俺が若い頃から味が変わらねえんだ。一生変わらねえだろうよ」
「そんな……」
がっくりと項垂れるとシェーンがくすりと笑う。
「ふふ。でもその分、お夕飯を美味しく頂けるのだから、それでいいんじゃないの?」
「むう……わたしはどっちも美味しく食べたいの!」
子供みたいに剥れて見せると両親は笑った。
「あらあら」
「はは! リーベは贅沢だな!」
その笑みが嬉しくて、彼女もまた笑った。
食堂の仕事を離れ、両親とは生活サイクルを異にしたリーベだが、それでも朝晩は一緒に食事をするべきだと思い、帰ってきてから今まで何も口にしないでいた。空腹を堪えるのは大変だったが、それでも我慢して良かったと思える。
(やっぱりご飯は家族みんなで食べないとね♪)
食器を片付け終わった時、入浴を終えた両親が帰ってきた。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい」
リーベが流しを掃除しながら呼び掛けると、シェーンが厨房を覗き込んでくる。入浴を終えたばかりの肌は血色が良く、潤っていた。
「ごめんなさいね。あなたは休まないといけないのに」
「いいのいいの。これくらいやらせてよ」
「訓練の疲れもあるだろうし、無理にやることはねえんだぞ?」
エルガーが心配する。
「ありがと。でもさっき仮眠とったから大丈夫だよ」
「そうか? なら良いんだが」
そう言い残して父が背を向けたとき、リーベは大事なことを思い出した。
「あ、そうだ。ねえ、聞いて」
その改まった物言いに両親は悟り、心配そうに歪んだ目を娘へ向ける。
「あのね、わたし明日、おじさんたちと依頼を受けに行くの」
「……依頼って…………リーベは冒険者になったばかりじゃない。大丈夫? 自分の身は守れるの?」
「大丈夫。攻撃魔法は覚えたし、フェアさんに太鼓判も捺してもらったんだから」
気丈に言って聞かせるも、両親の顔からは不安の色が拭えないでいた。
一方で両親の心配を受けるリーベは、その感情が如何に尊く素晴らしい物なのか痛感させられた。だがそれで両親が苦しむのは良くない。気休めでもいいから、今はどうにか両親を安心させてあげなければならない。
「それにね、おじさん言ってたよ。相手にするのはそこまで強い魔物じゃないって」
「……そう、なのね」
今にも消え入りそうな母の答えにリーベは胸が締め付けられる思いだった。
これ以上、どんな言葉を用いれば良いのかわからないでいると、エルガーが妻を慰めるように言葉を添えてくれる。
「大丈夫だ。ヴァールもフェアも、それにフロイデも。みんな優秀なヤツだ。そんな連中と一緒にいるんだから、億が一にもケガはしねえさ」
元冒険者のエルガーがこんな希望に満ちた言葉を使うわけはない。
それは無論、妻子も理解している。
だからこそ、シェーンは夫の気持ちに応えるように健気な笑みを浮かべて、娘に言う。
「ヴァールさんたちの言うことをよく聞いて、危ない真似は絶対しないこと。いいわね?」
「……うん…………!」