先程起こった戦争が終結し、条約も締結したことにより、おにーさんに丁度良い場所にパラソルを立たせ、避暑地を作ってもらった。
「で?これからどうするの」
私はそう問いかける。この海がおにーさんの思い出の場所なのだろうか。
「特になにもしないさ。適当に遊べばいい」
「…遊ぶ」
何をすればいいのか、分からなかった。そういえば私は海に来たことなんてなかったな。
「そう。こんな場所で遊ぶ機会なんてめったにないぞ。おら、心のまま遊んで来い」
「遊ぶって…水着持ってないわよ」
私が持っているのはこの制服と数着の着替えだけ。水着を持って行く余裕なんてなかった。
「あそこでレンタルしてる」
おにーさんの指をさす方向を見ると、水着やビーチボール無料で貸し出ししている家があるらしい。
「ここは、飯以外は基本無料だ。気にすんな」
「随分と気前がいいですねここにいる人たちは」
「まぁな。ここはそういう場所だからな」
「そ。…そういえばおにーさん。さっきはぐらかした話聞かせて」
「おっと、俺は釣りに行って…」
そう言って、また逃げようとするおにーさんに足払いをかけて馬乗りになる。これでもう逃げられないだろう。
「さっさと吐きなさい。私はなぜ、この場所に来れたの?」
目の前で悶えているおにーさんが連れてきたのか…それとも…。
「…まったく、尋問がお上手なことで」
「誉め言葉として受け取るわ」
「ここは基本、俺たちが勝手に来ることはできない」
おにーさんは私の目を見て、語りだす。
正直、おにーさんの視線は苦手だ。今まで誰も私を見てなかったのに、おにーさんは私を見てくる。私に声をかけてきた人たちも結局は私を見ることはなかった。私じゃない人を見ていた。
だから、こんなにも私を見てくる人は珍しかった。
…まぁ、胸元に視線が行くことも多いけど。この視姦おにーさんめ。
「…俺はその基本から外れるんだが、どうでもいいことだ」
まったくどうでもよくない。本当にこのおにーさんは何者なんだろう。怪しさだけなら、今まであってきた中で断トツだ。
「ようは、この場所に呼ばれるんだよ…それにつられてここに来る」
そう言って、おにーさんは体を起こす。おにーさんの顔が近づく。不思議と悪い気はしなかった。おにーさんは変わらず私の目を見ている。
「だから、お前を呼ぶ声に気を付けろ」
ドクンと私の心臓が跳ねる。初めて聞く本気の忠告だった。私を気遣う言葉だった。私に掛けられたことのない言葉だったから、少し、驚いて…
うれしかった。
注意事項はそれぐらいだ。そう言って、おにーさんは私を下ろして立ち上がる。
「…少しは意識してもいいんじゃない?」
「はっ。首から下を見ないようにしてた俺の努力が水の泡になるだろ」
そう言って、おにーさんはパラソルの下に戻っていった。
「…意識してんじゃん。変態」
むっつりなおにーさんの背中に私はそう吐き捨てた。
おにーさんが言うように、私は遊ぶために水着に着替えた。レンタルのおばちゃんに着せ替え人形にさせられたけど、自分でも似合っていると思う水着だ。不能のおにーさんは
「おぉ、似合ってるじゃねーの」
なんて一言で済ませやがった。もっとこうあるでしょ。
「俺にそんな期待すんじゃねーよ。端的にしか感想が出てこねぇ」
「本当にもてない理由の一つよそれ」
「…黒のビキニで大胆さと妖艶さを出しつつも薄手の上着で清楚感を失わせない。お前に似合っている」
「…40点。細かすぎてむしろ、きもいわ」
事実を告げたらおにーさんは不貞寝してしまった。無視して遊んでみようと思う。
「とは言ったものの…何をして遊ぶのかしら」
本やテレビで知ったものでは海で水をかけあったり、ビーチバレーなる遊びをしていた。どれもこれも一人ではできない者ばかりだ。なんだ?海という場所はお一人様お断りの場所なのだろうか。
ふと周りを見てみる。私の他にもちらほらと海で遊んでいる人がいるが、誰もが隣や後ろに誰かがいる。パラソルがある方を向けば、不貞寝をやめたおにーさんが子ども達に群がれている。こんなにも暑いというのに彼の身体を遊具のように使い、まとわりついている。
あ、引きはがして小銭をぶん投げた。なんて汚い大人なんだ。騙されるな笑顔の子どもたちよ。そんな事を思っていたら、手を引かれる感覚があった。
視点を下げると日焼けした少年がこちらを見上げていた。
「ねーちゃん、さっきからキョロキョロしてどうしたの?迷子?」
「違うわ。何して遊ぶか考えてたのよ」
「一人で?」
「…ええ」
「それって楽しいか?」
「…わからない」
そう。一人だろうと二人だろうと遊ぶことがなかった。遊ぶことは楽しいことなのだろうか。
あぁ、きっと楽しいことなんだろう。だってクラスメイトがあんなにも楽しそうに話していたのだから。
「じゃあねーちゃん、俺らと遊ばない?」
「え?」
「暇なんでしょ?なら、遊ぼう!」
「でも、私は遊び方なんて知らないわ」
「俺らが教えるって!行こうぜ!」
少年に手を引かれる。少し気になってパラソルがある方を見た。そこには変わらずおにーさんが居て、子ども達とアイスを食べている。私の視線に気が付いたのか、ため息をついて私を見た。
まるで、気にせず遊んで来いと言うように。
おにーさんは子ども達に何か言った後、パラソルを閉じ私の荷物を持った。子どもにも荷物を持たせるのは普通に最低だと思う。
「おう、ボッチな少女。こいつらも一緒に連れてってくれ」
「えー!おじさんは遊ばないの!?」
「おじさんと言われる歳じゃねーよ」
そう言って、おにーさんは子ども腕にしがみつく少女を地面におろす。ナイスよ。名も知らぬ少女。もっと言ってやりなさい。
「おねーさん?笑ってる?」
「ふふっそうね。ちょっと面白かったから。さて、一緒に遊びましょうか」
「気をつけろよ。ったく、昼寝もできやしねぇ」
そう愚痴りながら、おにーさんはパラソルを開き、避暑地を設営していく。
「手伝うわ」
「なんだいきなり」
「お年を召した体を労わろうと」
「おい、このクソガキをさっさと連れ出せ」
結局、子ども達はおにーさんも巻き込んで私に遊ぶということを教えてくれた。きっと、それは一人では得られないものだった。ビーチバレーで転んで、砂だらけになって笑われた。つられて私も笑う。
砂遊びをした。一人でも楽しい遊びだと教えてもらった。それでも、子ども達と大きな城を作った時の方が楽しいと思った。
ただ、私が作った城を水害で破壊した愚か者は砂に埋めてやった。
「…俺が悪かったからここから出してくれ麗しき少女よ」
「黙りなさい愚かなおにーさん。ゴーグルの少年。これでスイカ買ってきて。お釣りはあげるわ」
「いいけど、何すんのねーちゃん?」
「スイカ割りというものをやってみたいのよ」
「おい待てや」
「おねーちゃんスイカ割りするの?わたしもやりたい!」
子ども達もスイカ割りをすると聞いて、集まってきた。
「いいわよ。スイカは3つほど用意するつもりだから」
「それに俺は入ってねーだろうな鬼畜な少女よ」
「入れるわけないでしょう。…でも、スイカ割りは目隠しをするのよね?」
それなら、間違って割ってしまうかもしれないわね。
「おーいガキどもー!俺をここから出してくれー!」
「大丈夫よ。おにーさんの中身スイカと同じ赤じゃない」
「子どもの情緒的にアウト。そもそも、俺の命を散らそうとするな」
首から下が砂に埋まっているおにーさんと私はそんな言い合いをしている。子ども達も買い物にもう少しかかる。
目の前の人は私をよく見ている。初対面の人にそんなことをする人は珍しい。今までも何人かの人たちと会ってきたけど、全員が私の体を見ていた。…それか…
…やめよう。せっかく楽しい気持ちになっていたのに、わざわざそれを台無しにする必要はない。
もう少し、この怪しいおにーさんのことを聞いてみようと思った。
「ねぇ、余命宣告されたおにーさん」
「なんだ?死刑執行人の少女よ。命の大切さに気付いたか?」
そんなことはとうに分かっているわ。それ以上のこともね。
「おにーさんはここに何度も来てるのよね?」
「…あぁ。長いことな」
「そんなに、夏の思い出は見つけられないものなの?」
おにーさんは私を見る。
「そうだな。記憶だけを頼りに思い出を探すのは骨が折れる」
「ちょっと待って。その思い出って一回見た後から見たことないの?」
おにーさんは頷く。その口角は少し上がっていた気がした。怪しいおにーさんはかなりのロマンチストかもしれない。
「…記憶にある思い出をもう一度見るなんて難しくない?他に手がかりはないの?」
「この場所で見た記憶がある。それは俺にとって美しいものだった。それだけさ。どうした?こんなことを聞いて」
「気になったのよ。ここは美しい場所だと思うわ。…だけど、おにーさんが探しているものはない」
砂に埋まっているおにーさんの髪に触れる。おにーさんの瞳をのぞき込む。おにーさんは変わらずに私を見る。
お前はどうなんだ?
深い黒の瞳が私に問いかけているような気がした。
私の探し物なんてきっと、どこにもないわ。元々、私のものではなかったし、そこら辺に落ちてるものでもない。
そういえば、それを見つけようとしたことが旅をするきっかけだった。結局は何も見つからないし、むしろ、見失っている気がした。
別にそれでもいいかって思った時に、この怪しいおにーさんと出会ったんだ。
「その思い出は見れない可能性もあるの?」
私は問いかける。それは手に入るものなのかと。記憶の中の思い出という曖昧なものを探すことは疲れないのかと。そう言葉の裏に隠しながら、私は問いかけた。
「…まぁな。それはそれで、そういう結末なんだろうよ。少し悲しいが悪くはないだろう」
「なぜ?ここに何度も来るほどに探し続けていたものなのに、納得しちゃうの?」
「しちまうだろうな」
本当に分からない。怪しいおにーさんがほかの人より強いから?それとも私が弱いから?
「分からないって顔だな」
「頑張ってきたことが報われないのは嫌なのよ」
「あぁ。そりゃそうだ」
「じゃぁ、なんで?」
おにーさんは少し考えた後、笑った。
「お前がいるからだ」
そう言ったのだ。恥ずしがることもなく、当たり前のことを言うように言いのけたのだ。
「…なにそれ…」
…自分でもわかるほど顔が熱い。いきなり何を言い出すのだろうかこの女誑しのおにーさんは。
「思い出を見れない状況で一人ぼっちだったなら、後悔の一つや二つするだろうな。一人じゃなければ、何とかなる」
…つまり、なんだ?この女誑しは一人じゃ無理だけど私と一緒なら、思い出が見られくてもいいというのか?
「どうした?顔が赤いぞ?」
にやにやとした顔でクズなおにーさんは私に問いかける。分かって言ってるあたり本当にたちが悪い。だから、私は遠くから聞こえる子ども達にこう声をかけた。
「みんなー。スイカここに持ってきて。外れのスイカ用意したから」
「おいまて。悪かった。まだ死にたくない」
「目隠しつけてあげる。余計な恐怖を感じないように」
「恐怖増大なんだが?」
砂に埋まっているおにーさんがごちゃごちゃ言っているが、すべて無視だ。乙女の心を弄んだ罪は重い。
「まったく、困ったもんだな?初心な少女よ」
「こっちの台詞よ。いい薬になるんじゃない?女誑しのおにーさん」
夏の浜辺で男の悲鳴と子どもの楽しげな声、少女の笑い声が流れる。
「あっぶねぇ!ヘルメットあると言っても怖いわ!」
「惜しい!下がってもう少し右だよー!」
「そのままの位置で左に3歩よ」
「鬼の少女よ。その位置は俺に当たる位置だ」
「わざとよ。罪なおにーさん」
そう言って、私は笑う。
あぁ、私はこんな風に笑えたのね。
この時だけは、砂に埋まっている怪しいおにーさんに感謝した。
感想待ってます。