明治32年。私はついにお姉さんになった。と言うのも、私に妹が出来たのだ。それも同時に二人も。
双子の姉の方はしのぶで、妹の方はカナヲって言うの。どちらもすっごく可愛くて、目鼻も整ってるしきっと美人さんに育つはず。私はおくるみに包まれた妹達を見ているのが好きだった。
「カナエもお姉さんになるのね。二人のこと大事にしてね?」
「うん! 私に任せて! 私もうお姉さんだから!」
六つになったばかりの私は、母に言われずとも積極的に二人の面倒を見た。おむつを替えたりあやしたりと忙しなく。私の可愛い可愛い妹達。
しのぶは良く笑うし良く泣く子だった。私が遊んであげるといつもキャッキャッと嬉しそうに声を上げ、私が離れるとすぐに寂しいのかぐずり出す。私はそんなしのぶが可愛くて仕方がなかった。
一方カナヲはいつも目をパチクリするだけで表情を変えない大人しい子だった。私があやしてもずっとまん丸おめめでじっと見つめるばかり。お乳が欲しくなっても「うー」としか言わずぐずり出すこともない。
私はそんなカナヲが気掛かりで目が離せなかった。そして何より目を引いたのが・・・
「うーん。カナヲの眼の下に痣がある。大きくなったら気になっちゃうわよね・・・」
そう。折角整った可愛らしい顔なのに、泣きボクロの位置に妙な痣があったのだ。よく見ると花びらみたいだった。女の子の顔に生まれつき痣をつけるなんて、神様仏様は酷いことするわ。
「こうなったらお姉ちゃんが毎日祈って上げる! そしたら大きくなるころには消えてるはずよ!」
私はそう思って毎日お祈りをした。けど私がそうしてると決まってしのぶがぐずり出すのだ。
「もうしのぶったら。お姉ちゃんは贔屓しないわよ~? しのぶのこともすくすく大きくなるよう祈ってるからね~?」
そんな何気ない日常が過ぎていく。やがて私は十二歳。しのぶとカナヲは六歳になった。
「アハハ! 見て見て姉さん! お花で輪っか作ったのよ? 今までで一番の自信作なの! あげるっ!」
「まあ! いいのしのぶ? 姉さんとっても嬉しいわ」
しのぶは本当に器用な子だった。草花に関心が高く野花でこのような贈り物をしてくれることも多かった。加えて・・・
「あ! ヨモギ一杯生えてる! お母さんにヨモギ団子作ってもらおうっと!」
「まあ、いいわね。じゃあ姉さんもヨモギ摘み手伝うわ。」
「あ! そっちのはダメよ姉さん! よく似てるけどそれトリカブトだから!」
「ええっ!? どっちもそっくりじゃない! どうやって見分けたの? しのぶ」
「よく見て。葉っぱにの形が微妙に違うでしょ? こっちはトリカブトなの! お父さんが言ってたから気をつけないと!」
そう。しのぶはとても毒花毒草にも詳しかった。恐らく胡蝶家で最も薬師の才が受け継がれたのはしのぶだ。私はそんなしのぶが姉としてとても誇らしかった。
「うふふ~。しのぶがいれば胡蝶家は安泰ね~? 姉さん嬉しくなっちゃうわ~」
「もうっ! 姉さんったら! 毎回抱きつかないで! 動けないから!」
「照れなくていいのに~」
私はそんな満更でもないしのぶのことを度々抱きしめる。これはもう反射に近い。だって嬉しくなったんだもの。抱きしめちゃうのはしょうがないでしょう?
「あ! カナヲそれどうしたの?」
すると私たちの傍まで音もなく近づいて来たカナヲが不意にあるものを私に差し出す。
「えっと・・・これって・・・」
「あ! 姉さんこれシロツメクサ*1
よ! しかも葉っぱが四つもついてる!」
「え~と・・・それって珍しいの?」
「珍しいわよ! こんなの滅多に見つけられないわ! もしかしてこれって姉さんへの贈り物なの? カナヲ」
するとコクッとカナヲは頷く。どうやら私の為に探してくれて様だった。
しのぶは六歳と思えない程博識だ。庭の薬草からお父さんの真似事で薬まで自作しちゃうくらいに。加えてとてもお喋りだ。頭の回転も速い。
一方カナヲは無口だった。いや、無口どころか今まで家族に対してすら一度たりとも口を利いたことがない。最初は耳が聞こえていないんじゃないかとお父さんもお母さんも心配していた。
しかしカナヲはこちらの呼びかけには反応する。今さっきのように言葉を発することはないがよく頷くのだ。けど、どうして喋ることができないのか未だにその原因はわかっていない。
「カナヲありがとう。姉さんとても嬉しいわ。帰ったら押し花にするわね?」
私がそうお礼の言葉を言い、お返しに頭を撫でるとカナヲは目を瞑り心地よさそうにした。
「いつかちゃんと・・・お喋りできるようになると良いわね・・・」
私は思案する。カナヲは今のままでは将来どうなってしまうのだろう。大人になるまでにカナヲが自然と話せるようになればいいのだけれど。私は常に一抹の不安を抱いていた。
私がそう心配そうにしていると、しのぶはそれを察し、私に対して胸を張る。
「大丈夫よ姉さん! もしカナヲが口が利けなくても私がいるもの! カナヲがこの笛を吹けば私がすぐに飛んでいくわよ!」
そう言って、しのぶはカナヲが首から下げる木製の笛を指さした。しのぶがカナヲの為にと街に出歩いた時に露店で買った代物だ。しのぶは本当に妹思いで優しい子なの。私はそんなしのぶの頭もついつい撫でる。
「うふふ。しのぶがついててくれるなら安心ね? 姉さん心強いわ~」
「もうっ! 姉さんったら!」
しのぶは言葉とは裏腹に一層私の掌に頭を擦り付けようと頭を動かす。そんな仕草もとっても可愛い。私の自慢の妹達。
そんな穏やかな日々を過ごしていくうちに、私は十四歳、しのぶとカナヲは八歳になった。そして私たちの運命を大きく狂わす出来事が起こる。
「貴方っ!! どうしてっ! どうしてこんなことに・・・きゃああああああっ!!??」
家族みんなで寝室で眠っていると、突如廊下から足音が聞こえた。あまりに不規則で不気味な音だった。
異変に気付いたお父さんがすぐに起き、廊下へと出て様子を確認した。するとすぐにお父さんの断末魔が聞こえた。
私は布団の中で震えあがり、思わずしのぶとカナヲを抱きしめた。
お父さんが床に音を立てて崩れ倒れる。鉄のような匂いがする。その正体はお父さんの血の匂いだった。廊下に血だまりができる。
慌てて駆け寄ったお母さんもすぐに悲鳴を上げお父さんに覆いかぶさり動かなくなる。何者かに首をかき切られたのだ。私はその光景を見てしのぶとカナヲ抱えて部屋の端まで下がることしかできなかった。
お父さんとお母さんを殺してその死体をむさぼる化け物が目の前にいた。地獄絵図だった。私は吐き気を催し気を失いそうになる。
「姉さん・・・どうしよう・・・お父さんが・・・お母さんが・・・!!」
しかし私の手を必死に握るしのぶの声を聞いてハッとした。
「大丈夫。大丈夫よ。いざとなったら姉さんが時間を稼ぐから・・・」
「で・・・でもっ・・・!」
私たちは震えて互いに抱き合う事しかできなかった。この夜の出来事は悪夢だと思いたかった。けどおぞましい咀嚼音と血の匂いのせいで、これが紛れもない現実だということを突き付けてくる。
不意に私は目を開けて、しのぶを抱きしめる中あることに気づく。
「あ・・・あれ・・・カナヲは・・・?」
「・・・え・・・」
私の呟きにしのぶも気づく。私たちは二人で震えながら抱き合うだけ。カナヲの姿がどこにも見当たらなかった。私は一気に血の気が引いた。しかし次の瞬間、凄まじい物音がした。
「え・・・カナヲっ!!??」
私としのぶは驚愕に目を見開く。音もなくカナヲが、到底人一人が持ち上げられないであろう石臼を両手で担ぎ、あろうことか両親の死肉をむさぼる化け物の頭部に上から打ち付けて粉々に潰したのだ。
私の震えは止まらなかった。目の前にいるのは本当にカナヲなの? あんな小さな身体で大の大人ですら一人では持ち上げられない重さの石臼を軽々と持ち上げて、それを何度も異形の化け物の身体に打ち付けるなんて。
とても八つの女の子の成せることではない。その後も肉が潰れ骨が砕け肉塊がへしゃげる音が闇夜の中で無常に何度も繰り返される。
するとその時、突如鎖の音が鳴り響いた。一拍遅れて石臼がより巨大な鉄球の塊に叩き潰され凄まじい轟音が鳴った。カナヲは一早く気づいていたのか、その場から既に退避していた。
「驚いた。君のような幼子がまさか日輪刀も無しに鬼をこのような肉塊に変えるなど・・・」
再び鎖の音と共に鉄球が宙を浮く。それは家の庭に立つ樹木のような巨大な人影へと引き寄せられていた。
「君の名はなんという?」
その人影から問いが投げかけられる。化け物の返り血で真っ赤に染まった妹らしき影が、静かにその問いに答える。
「胡蝶カナヲ・・・私の名前は胡蝶カナヲ・・・貴方は・・・?」
「カナヲ!? 貴方喋れて・・・!!」
初めて妹が言葉を発した。今まで口が利けないと思っていた妹が。
私は命の危機を脱した事実以上に、カナヲが漸く言葉を口にできたことに言いようのない感動を覚えた。
しかしこの時、カナヲに注がれるしのぶの視線には、別の感情が宿っていた。
続く
本作ではしのぶとカナヲの関係性をモデル継国兄弟で描写していく予定です。現状、一部の層にぶっ刺さる路線にするか、万人受けする路線にするかで検討中です。アンケート出してるので宜しければ意見下さい。今後ともよろしくお願いいたします。
読みたい路線はどっち?
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一部の層(継国兄弟ファン)にぶっ刺さる話
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万人受けしそう(マイルド)な話