「え・・・しのぶちゃんもう常中の鍛錬してるの・・・?」
「ああ。止む無くだがな」
私が小屋の中で座禅を組み、全集中の呼吸を維持していると、里帰りした真菰さんがそう疑問の声を上げる。
鱗滝さんは渋々教えていると伝える。真菰さんは口元を手で覆った。
「は、早すぎるんじゃないの!? しのぶちゃんまだ九つなのに。肺にどれだけの負担が掛かることか・・・」
「儂も重々承知している。だが、しのぶのあの様を見ていたらどうにも力になってやりたくてな。どうか目を瞑ってはくれんか。真菰」
「まあ、鱗滝さんが認めてるならいいんだけど、う~ん」
鱗滝さんと真菰さんの会話が一区切りついたところで、私は閉じていた目を見開き、その場に突っ伏す。
「ハアッ! ハアッ! オエッ!」
「ちょっ!? しのぶちゃん大丈夫!? 桶! 桶持ってくるから!!」
「しのぶ。休憩だ。暫く横に慣れ」
「はあ・・・はあ・・・」
私は鱗滝さんに介抱され、真菰さんが持ってきた桶の上に覆いかぶさる。口や耳から内臓がまろびでそうな感覚だった。
「しのぶ。落ち着いたら常中の鍛錬は止めて走り込みをしてきなさい。ゆっくりでいい。身体をほぐすつもりで外を走って来るんだ」
「はい・・・鱗滝さん・・・」
そうして私は起き上がり、小屋の外に出た。
常中の鍛錬を開始してから二カ月近く経った。私は鍛錬のきつさに何度も反吐をぶちまけそうになった。可能な限り常中を維持し、限界が来たら休憩。その後走り込み。落ち着いたらまた常中の鍛錬。それを夕方まで繰り返す。
夜は寝る前まで瞑想。昼間のように肺を酷使するのではなく、肺を休ませる回復の呼吸を行う。そして落ち着いたら就寝。それを日々繰り返す。
姉さんは無事最終選別を突破し、日輪刀も支給され、今は初任務に赴いている。心配だ。心配だが、今私が姉さんにできることは何もない。
今は一日でも早く常中を修め、岩を斬る膂力を身に着ける。それしかできることなどない。
そんな気の霞むような鍛錬を結果的に一年近く続けた。最初こそ吐き気で死にかけていた常中も、今ではかなり身体に馴染んだ。肺が慣れて来たのだろう。
「しのぶ。お前はある意味鍛錬の天才だ。その年で常中の一歩まで辿り着くとは」
「ありがとうございます。鱗滝さん。いつも傍で私を見守ってくれて。感謝してもしきれません」
「寧ろ目を離したらどんな無茶をするかわかったもんじゃない。しのぶは自分の負担を勘定に入れない節があるからな」
そうして私は一年振りに大岩の前に立つ。今なら切れるだろうか。一抹の不安を抱えながらも抜刀し構える。
ー水の呼吸 壱ノ型 水面斬りー
手応えが以前と違った。かすかに、岩の表面に切り傷ができた。私は表情を明るくする。
「やった! できた! ほんの少しだけど岩を斬ることができた!」
「うむ。しのぶの努力の成果の賜物だな」
壱ノ型でこれなら、拾ノ型ならいけるか? 私は期待に胸を振らませる。そうして大岩から距離を取り、助走をつけて乱回転して突進する。
ー水の呼吸 拾ノ型 生生流転ー
その瞬間、確かな手応えがあった。私は回転を止め、大岩に視線を移す。そこには僅かながらに刀で削ったであろうくぼみが出来ていた。
「おお・・・! やったぞ、しのぶ。ついに岩を僅かとは言え削り切ることができたぞ」
鱗滝さんは嬉しそうだった。けど私は酷く落胆した。
「鱗滝さん。鬼の頸は岩よりも硬いんですよね?」
「む・・・ああ・・・」
私はそう確認を取って刀を鞘に納める。
「もっと鍛錬しないと。岩でこれなら鬼の頸は刎ねられない。傷をつけても立ちどころに再生されてしまう」
「・・・そうだな・・・」
私は鱗滝さんに向き直って質問する。
「常中の鍛錬方法をもっと効果的に行う方法はありませんか?」
「・・・あるにはあるが・・・」
「なら教えて下さい」
私は催促する。すると鱗滝さんは静かに答える。
「起きている間だけでなく、寝ている間も常中を続ける。周囲の者が寝ている間傍に控え、常中が止まり次第叩き起こして体に染みつかせる。かなり無茶な鍛錬法だ」
「ならそれをやります。迷惑かけるかもしれませんが、鱗滝さん協力してくれますか?」
「・・・わかった」
そうしてそれから起きている間も、寝ている間も、常中の鍛錬を絶え間なく続けるようになった。この辛さにも徐々に慣れて来た。辛いのが当たり前だと思えばいい。いずれ慣れてくる。心が。そして身体が。
私はその鍛錬を更に一年近く続けた。そうしてある日のこと。姉さんより信じられない知らせが届いた。
「姉さんが・・・花柱に・・・!!」
隊士になって二年。姉さんは柱になっていた。私も鱗滝さんも驚愕する。姉さんの鬼殺の才は私たちの想定を遥かに超えていた。
「凄い・・・流石は姉さん・・・」
「凄まじいな。まさかこれ程の才女だとは」
やっぱり姉さんは私の自慢の姉さんだわ。姉さんは華も琴も茶も全てできる器量良しなことに加えて、鬼殺の最高位でもある柱程の剣の才があるんだわ。一方で私は焦る。今だ最終選別に向かうことすらできない自身の現状を顧みて。
そうして姉さんからの手紙を読み進めるうちに、ある文言を読んで私の全身は強張った。
「どうした。しのぶ。何が書いてあった?」
「・・・・・・」
私の脳は理解を拒んでいた。その手紙には姉さんにカナヲが継子入り、即ち弟子入りしたとの記載があった。漸く屋敷を持てて妹と暮らせると嬉しそうな姉さんの文体を読んで、私は全身が嫉妬で灼けつく音を聞いた。
「・・・しのぶ・・・平気か・・・?」
鱗滝さんがあからさまに私に気を遣い始める。鱗滝さんは何でも嗅覚が鋭く、匂いで相手の感情がわかるのだとか。即ち今の私が内心狂ったように憤りを抱えていることにも一早く気づいたのだろう。
「しのぶ。お前が望むなら姉の屋敷に移り住んでも良いのだぞ?」
不意に鱗滝さんがそう提案する。私は手紙からバッと顔を上げて鱗滝さんに振り返る。
「何を・・・言っているんですか・・・?」
「常中は一日してならず。生涯続けていくものだ。もうお前は儂がいなくても鍛錬を積み重ねられる。最愛の姉が恋しいのだろう? 我慢しなくてもいい。鍛錬を終えたらまた帰ってこい。大岩さえ斬れるようになっていれば儂は最終選別に参加することを許可しよう」
なんと甘美で逆らい難い誘いであろうか。私は揺れ動く。本音は今すぐ姉さんの下に行きたい。姉さんに会いたい。姉さんの傍に居たい。それが紛れもない私の思いだった。だけど・・・
「もし・・・今姉さんと会ったら・・・私はきっと心が折れてしまう・・・一生岩が切れない気がする・・・だから・・・!!」
「・・・そうか・・・」
私は鱗滝さんの提案を断った。最終選別を突破し、大手を振って姉さんに会いに行く。その為に今はこの地獄の鍛錬にも耐えられる。そう思っていた。だから私は依然として鱗滝さんの下で鍛錬を積むことを決心した。
そうして私が常中の鍛錬を継続し更に半年経った頃、火急の知らせで鎹烏より伝達があった。その文には、姉さんが上弦の弐と遭遇し再起不能の深手を負ったと記載されていた。加えてその場には継子であるカナヲが同伴していたとも。
私はその知らせを読んで理解してしまった。
姉さんを守ったのはカナヲだ。カナヲのおかげで姉さんは一命を取り留めたのだと。
喜ばしいことだ。本来なら最愛の姉が助かった事実に安堵し、その立役者であるカナヲに感謝し尽くさねばならないと頭ではちゃんとわかっていた。
けどこの時の私は、カナヲに対する妬みと自身への怒りで胃の腑を焼いた。
続く
【イベント発生】
???「私はその時、全身が嫉妬で灼けつく音を聞いた。縁壱という天才を心の底から憎悪した」
【しのぶのお労しさが最大値まで上がった! これ以上は上がらないようだ!】
兄上との類似点と相違点、どちらも楽しんで頂けたら幸いです(え)。
次回、久々にカナエ視点です。本作初の戦闘描写です。童磨戦どうなるか、是非とも楽しみにして下さい。因みになぜカナヲが柱に成らずカナエの継子に甘んじているのか、その理由も次回描写する予定です。
ヒント:臆病者が引きニートするため
読みたい路線はどっち?
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一部の層(継国兄弟ファン)にぶっ刺さる話
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万人受けしそう(マイルド)な話