「やあやあ、初めまして。俺の名前は童磨。いい夜だねえ。」
私が花柱の称号をお館様より頂いておよそ半年、私の前にそう名乗る鬼が現れた。白橡の毛髪に頭から血を被ったような出で立ちの鬼だった。瞳は虹色で淡く光り、闇夜の中で輝いているが、それには『上弦』『弐』の文字が刻まれていた。
「上弦の・・・弐・・・」
私は息を飲む。最初街中の夜道でばったり遭遇した時は、気のいい声を掛けて来たので私は然程警戒していなかった。寧ろ打ち解けられるのではと頬が弛緩した。
気配は鬼だったけど、私はまず対話に応じることにした。
「こんばんわ。上弦の弐、童磨さん。私は花柱 胡蝶カナエって言います。折角だから先に貴方のことを聞かせて下さらない?」
私には、他の隊士に言えない夢があった。それは、『鬼と仲良くする夢』だった。
多分、しのぶが聞いたら卒倒するわね。悲鳴嶼さんも正気の沙汰ではないと戒めると思う。けど私は、鬼を悲しい生き物だと思っていた。
人でありながら、人を喰らい、美しいはずの朝日を恐れる。
もし鬼の中で、その事実に苦しんでいる者が居るなら、私はその者に救いの手を差し伸べてあげたい。もしなんの後悔もなくなく人を殺め貪り喰らう者ならば、せめてその鬼を斬り哀れな因果から解放してあげたい。それによって多くの人を救うことができるなら、人も鬼も救ってあげられる。それがきっと私の使命なのだとそう思っていた。
「わあ! 君は俺とお喋りしてくれるの? 嬉しいなあ! 他の柱なら問答無用で斬りかかって来るのに」
「良い鬼か悪い鬼かもわからずにそんなことするなんて酷いじゃない? だから聞かせて。貴方がどういう存在なのか。貴方がどういう考えの持ち主なのか、この眼で確かめたいの」
私はそう尋ねる。正直上弦の弐と聞いて、良い鬼の可能性は限りなく低いとは思っていた。けどこれは私の性分だ。まず相手を理解し、その上で頸を刎ねたい。まだ良い鬼には当たったことがないけれど、それでももしかしたら一人くらいは巡り合うかもしれない。そう思っていた。だけど・・・
「いつもは俺が人の話を聞いてあげる立場なんだけどね。でも君みたいな純粋な子に話を聞かせて欲しいって言われたら、俺も正直に言わなくちゃいけないってそう思うんだ。だから特別に教えてあげる。実はね、何を隠そう俺は万世極楽教の教祖なんだ。みんなを幸せに導くのが俺の役目。生きることはつらく苦しいことばかりで、誰もが死を怖がるから、だから俺が食べてあげてるんだ。みんなは俺とともに生きていく。永遠の時を。俺は信者たちの想いを、血を、肉を、しっかり受け止めて救済し高みへと導いている。だから君の言う良い鬼悪い鬼で言うと、俺は明らかに良い鬼だと思うんだ。だからカナエちゃん、俺と仲良くしないかい? 君さえ乗り気なら寺院に連れてってあげるよ?」
童磨の考えを聞き、私は思わず身の毛がよだつ。そしてすぐにカナヲが私の袖を後ろに引っ張った。
「カナエ姉さん。アレは駄目だよ。人とか鬼とか、良い悪い以前の問題だと思う。はっきり言って話すだけ時間の無駄」
「・・・そうね・・・カナヲの言う通りだわ・・・」
「えー・・・ちょっと辛辣過ぎない? 特に後ろの小さな子は刺々しいなあ。あ! わかった! 何か辛いことがあったんだね? 聞いてあげるよ。話してごらん?」
するとカナヲは私の袖を引いて私の気を引く。視線を移すとカナヲは指文字で合図する。
「っ!! カナヲ・・・それって・・・!!」
「ごめんカナエ姉さん。悲鳴嶼さんから言われてるの。無理させちゃうと思うけど・・・平気?」
「・・・わかったわ・・・やってみる・・・!!」
するとカナヲは回れ右してその場をあとにする。その様子を見て童磨はあっけに取られる。
「えー・・・待ってよ。そっちの子ともお喋りしたかったのに」
「お前の相手は私よっ!! 良い鬼なら事情を聞いて優しく頸を刎ねてあげるつもりだったけど、お前は駄目よっ!! ここで絶対に食い止めるっ!!」
「あー、成程ね? 君が身を挺してあっちの子を逃がそうって訳だ。涙ぐましいなあ。良く見たら君ら姉妹だよね? 俺は鬼だから血の種類や遺伝子とかでそういうのすぐ分かるんだ。折角なら姉妹仲良く救済してあげ・・・」
ー花の呼吸 肆ノ型 紅花衣ー
私は一息で接近し、上下に捻るように行き交う斬撃で童磨に斬りかかった。その瞬間金属音と共に私の斬撃が全て防がれた。
「っ!?」
「待ってよ。まだ話の途中じゃないか。つれないなぁ」
気が付けば童磨は得物を手元に持っていた。それは金色に装飾された対の扇。衝突音からして鉄扇? なんにしても上弦の弐が持つ武器なのだ。ただの扇子な訳がない。
「くっ!!」
「おっと?」
私は深入りせず、すぐさまその場を離れる。童磨は扇を振り切ろうとしていたが予備動作の途中でそれを辞めた。今一瞬、童磨の手元から嫌な寒気を感じた。
「あれ? もしかして気づいた?」
「? 何に?」
私は警戒を緩めずそう尋ねる。
「うーん・・・その感じだと気づいてないかな? まあいいや。ゆっくりお喋りできる時間ができたと思えば」
私はなんのことかさっぱりわからず緊張する。一方で童磨は扇子で自身を仰ぎ始める。
「ねえカナエちゃん。さっきの妹ちゃんの名前って何て言うの? 聞き洩らしちゃってさ。教えてよ?」
「駄目よ。あの子にはお前みたいな悪鬼、絶対に近づけさせないわ」
「酷いなあ。今まで大勢の人を救済し善行を沢山積んでるって言うのに」
「人をためらわず喰い殺すことを善行とは言わないわ。お前のそれは詭弁よ」
「ええ? どうしてだい? だって俺は救って欲しいって頼み込んできた信者しか喰らっていないのに」
「嘘つき。さっき道端で喰いかけの女性の死体があったわ」
私は街の道端で無残に喰い殺されていた遊女の死体を思い出してそう問い詰める。
「あー・・・あの子はねぇ・・・梅毒かな? 病気で痩せ細ってたし栄養もあんまりなさそうだっからねぇ。でも今は苦しくもないし、辛くもないし、怯えることもない。だから救ってあげたも同然じゃないか。カナエちゃんもそう思わない?」
「呆けたことを・・・」
私は刃の向きを傾ける。そのまま再び突進し、自身最高回数の斬撃の型を童磨にぶつける。
ー花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬ー
「七、八、九連撃! いいねぇ。綺麗だねぇ。じゃあ俺も!」
ー血鬼術 枯園垂りー
(っ!!?? 冷たいっ!! なにこの技っ!?)
私は後ろに押し下がる。暫くの間、奴の周囲に冷気の軌跡が滞空していた。私は驚愕に目を見開く。
「俺の血鬼術。綺麗でしょ? 君の花の呼吸が余りに綺麗でついお返しに使っちゃった!」
気が付けば私の蝶の羽織の袖が凍り付いていた。私は冷や汗を垂らす。
「喰らえば・・・一瞬で凍り付いて死ぬってことね・・・」
「うん。せめて氷漬けにして、君の綺麗な顔を眺めながら食べてあげようかな? まあ正直そんなめんどくさいことしなくても良いんだけどね」
童磨はそんな意味深な発言をする。私は怪訝に思う。
正直疑問だった。鬼の首領、鬼舞辻無惨直属の精鋭、十二鬼月。その中でも上位二番目に位置する上弦の弐がこの程度の中途半端な血鬼術しか使わないなんて。
何か種があるはず。それは一体何なのか。気が付けば周囲の温度が氷点下だ。これでこちらの体温を下げて動きを鈍らせようとしてる? そんな手ぬるい技を上弦の弐が使う? 腑に落ちなかった。
「こほ・・・こほ・・・多少空気を冷やしても呼吸で体温は上げられるわ? これくらいへっちゃらよ」
「そう? じゃあもう少し試してみようか。君の身体でね?」
すると童磨は一瞬で接近して来た。扇の一閃が私の目を狙う。
ー花の呼吸 陸ノ型 渦桃ー
私は上下反転させるように回避しそのまま跳躍して、童磨の頸に刃を振るう。その瞬間、童磨の笑う顔がはっきり目に映った。
「凄く鍛えられた体感だね? バネみたい」
「っ!!??」
ー血鬼術 凍て曇りー
私が着地する前に童磨は血鬼術を展開する。私はそれを半身に浴び、全速力で後ろへ下がった。
「うぅ~・・・!!」
「うん。まあ空中じゃ躱せないよね? とは言え身体のバネの反動でギリギリ直撃しなかったみたいだけど」
私は膝を着く。左半身が凄まじい冷気を浴びた。片肺どころか左半身全部痛い。そのまま壊死しないよう必死に呼吸で血液を回す。だが・・・
「大丈夫。もう頑張らなくていいんだ。辛いよね? 苦しいよね? でもそんな苦痛から今すぐ解放してあげる。優しく首をストンと落としてあげるよ。そうして夜明けまで愛でた後、俺が欠片も残さず食べるから。俺の血となり肉となり骨となって未来永劫俺の中で生きるんだ。大丈夫。今すぐ俺が君を救済してあげるからね?」
そうして童磨は扇を構えてゆっくり私に近づく。私は凍てついた左半身を動かせず、その場で震えることしかできない。私は固く目を瞑る。
しかしその瞬間、ストンと落ちたのは私の首ではなく童磨の頸の方だった。
「あ・・・れ・・・?」
「ふ・・・ふふ・・・油断するからよ・・・」
童磨は心底信じられないと言わんばかりに目を見開いて地面を転がる。なぜ自分の頭部が落ちたのか、その理由が心底理解できないと言った顔だった。
「え・・・嘘・・・どうやって俺の頸を・・・」
「言ったでしょ・・・油断するからよ・・・哀れな因果から解放され救われたのは貴方の方だったみたいね・・・ゆっくりとお眠りなさい・・・」
そうして童磨は自身が死ぬ理由すら理解することもなく、そのまま塵となり消えた。そうして私は周囲を見渡して誰も居ないことを確認し、童磨の頸を刎ねた当人に呼びかけた。
「もう大丈夫よカナヲ。ありがとう。助けてくれて」
闇の中から気配もなくカナヲが姿を現わした。しかしカナヲは泣き顔で顔をクシャクシャにしていた。
「ごめんなさい姉さん・・・!! 私が・・・私がもっと早く童磨の頸を刎ねていればこんなことには・・・!!」
「大丈夫。死んだりしないわ。呼吸で温かい血液を可能な限り凍傷を負った部分に循環させたから。でもこれで柱引退は確実ね」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!!」
「もう・・・泣かなくていいのよ? だって悲鳴嶼さんとお館様様には口酸っぱく言われているんでしょう? 『何があっても絶対に鬼側へカナヲの実力は悟らせてはいけない』って。だから貴方を敢えて柱の階級に置かず、私の継子として一般隊士を装わせて鬼側を騙してきたんだから。それに相手は上弦の弐だったのよ? 完全に勝利を確信し油断しきった時じゃないと、カナヲと言えども気取られず音もなく背後から頸を刎ねるなんてできなかったはず。だから私が深手を負うのは仕方がないことだったのよ。寧ろ貴方のおかげで命拾いしたの。本当にありがとう、カナヲ」
カナヲは嗚咽を漏らしていた。私の左半身は恐らく一生不自由になる。柱引退どころか普段の生活自体が不便になるわね。でも生きてる。カナヲのおかげで。
こちらは一人も死なず、百年ぶりに上弦の鬼を倒したんだから。きっとお館様もお喜びになるはず。私は使命を果たしたのだと満足げに笑い、泣き続けるカナヲの頭を撫で優しく慰めた。
でもきっとしのぶは、烈火の如く怒り狂うわね。その矛先がカナヲに向かわないよう、私がしっかり言い訳しないと。
続く
カナヲが即時回れ右したのは、童磨から一度離れて透き通る世界に入ったまま、気配無く背後に回り込んで姿すら見せずに即殺するのが狙いでした。なぜこんな回りくどいことをするのかと言うと、カナヲの実力を見せれば無惨が縁壱の再来だと思って雲隠れしちゃうからです。カナヲを必殺の刺客として運用するよう提案したのは悲鳴嶼さんで、それに同調したお館様がカナヲの実力を隠すよう取り決めをしました。今後カナヲが柱達の間でどう立ち回るのか是非楽しみにしてて下さい。もし本作が面白いと感じた方いましたら、感想、高評価、お気に入り登録お願いします。
読みたい路線はどっち?
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一部の層(継国兄弟ファン)にぶっ刺さる話
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万人受けしそう(マイルド)な話