「えっ! しのぶさんは鱗滝さんの下に来てもう6年になるんですか!?」
「ええ。情けないことに今だに最終選別に行く許可が貰えてないの。だいぶ寄り道をしてるっていう理由もあるけど、一番の原因はこれね」
私はしめ縄の巻かれた大岩の前に居た。その後ろで炭治郎が控えている。私は何度も刀を打ち付け傷だらけになった大岩の表面をなぞり、力なく息を吐いた。
「私は生まれつき人より腕力が弱いの。それで人より多くの鍛錬を積んでも中々この大岩が斬れなくて。悔しいけど鬼の頸を刎ねようって思ったらこれくらい真っ二つにできないといけないの。だから鱗滝さんも早々私に最終選別に行く許可を出せないんだと思うのよ」
「えっ!? しのぶさんが腕力弱いっ!? 以前俺のこと締め上げてましたよね!? あの時凄まじい膂力で正直死ぬかと思ったんですけど!?」
炭治郎は急に青ざめ、私に対し抗議をしてくる。私は若干眉をヒクつかせ、苦々しく炭治郎に言い返す。
「いや、あれはだって、炭治郎が急に慣れ慣れしくしてくるからでしょ? 私の方が先輩なのに」
「でも歳は一個しか変わらないって聞いたんで、早く打ち解ける意味でも堅苦しい敬語は抜きにして話しかけた方が仲良くなれるかなって思ったんです。それで・・・」
「いや・・・タメ語が悪いとかそう言う事じゃなくて・・・ほんとに貴方はそういうところ・・・」
そう。数日前、鱗滝さんからの紹介で私が十四、炭治郎が十三と聞かされ、彼はいきなり「一個違いか! じゃあ堅苦しいのは抜きにしないか? これからは改めてよろしくな! しのぶ!」とか言い出し、急に私への扱いが同期みたいになったのだ。
何なら日頃の生活でも「しのぶ。夜更かしは良くないぞ。ちゃんと良く寝ないと大きくなれないからな?」とか「沢山食べないと駄目だぞしのぶ。そんなに小食だと大きくなれないぞ?」とか突如年長者面し始めたので、私はそれが気に喰わず咄嗟に彼の手を後ろに回し固めて締め上げた。
「私が鱗滝さんの下で何年も修行をしてる先輩ってわかってる!? 妹扱いするならせめて私より早く最終選別合格してからにしなさいっ!!」
「痛い痛い痛いっ!? 捥げるっ!! 腕捥げるって!! ぐぁあああっ!? 凄い力だ!! まるで鬼みたいだっ!! ああぁ~!!!!!」
という感じで一度灸を据えた。それからというもの、炭治郎は私の前で舐めた口を利かなくなった。その時の私はせいせいした。
「まあでも、岩さえ斬れれば最終選別には行けるから。もしかしたら本当に炭治郎に追い越されちゃうかもね」
「えっ!? しのぶさんを追い越す!? 無理ですよそんなの!! だってしのぶさん鱗滝さんより足早いし組手は容赦無しで鬼より強いし!! なんなら鱗滝さんも『腕力以外は既にしのぶの方が圧倒的だ』とか言ってましたよ!?」
「それは私の方が若くて常中を毎日続けてるからよ。炭治郎も私と同じくらい長く呼吸の鍛錬を積んでれば同じくらい強くなれるはずよ。自信持ちなさい」
「う~ん・・・現状俺・・・しのぶさんみたいになれる気が微塵もしないんですけど・・・そもそも全集中の呼吸すらどうやって会得すればいいかわかんないし・・・」
そうやって二人で雑談を続けてるうちに、森の奥から鱗滝さんが姿を現わす。
「休憩は終わりだ、炭治郎。次は儂と組手だ。本気で転がすから覚悟しておけ」
「う、鱗滝さん!? もう休憩終わりですか!? 俺まだ真剣の素振りで腕パンパンで・・・」
「泣き言は許さん。鬼は待ってはくれないぞ。そしてしのぶ。お前はそろそろ蝶屋敷に戻る頃だろう。また来週来なさい。雑魚鬼で良ければまた儂が木に縛り上げて準備しておこう」
「ありがとうございます。鱗滝さん。おかげで藤の花の抽出物もだいぶ鬼の身体で治験が進んで助かってます」
「構わん。正直儂はしのぶがこんなところで燻っているのは鬼殺隊の損失だと思っている。お前は鬼さえ倒す方法を確立すればいつでも柱になれる。かつての花柱の残した忘れ形見、再現できることを祈っているぞ?」
「はい。必ずやご期待に応えて見せます。それでは・・・」
そうして私は狭霧山をあとにし、蝶屋敷へと戻った。平日は怪我人の治療に加え、医学薬学の研鑽、藤の花の抽出物の研究。そして週末は狭霧山での日輪刀を用いた鍛錬。私の上背もこの6年で一尺は伸びた。常中もかれこれ四年半は継続している。もう少し。もう少しだ。恐らく半年後の最終選別には間に合う。それまでには岩も切れるはず。抽出物も完成する。私は漸くこの6年の集大成が実を結ぶのではと気分が高揚していた。
そして半年が経った。藤の花の抽出物は完成した。鱗滝さんが週末に生け捕りにしてくれる雑魚鬼の身体で夜な夜な試作品を打ち込んで様子を観察する。傷口が塞がらないことを確認したり、暫く動けなくなることも確認済みだ。これなら抽出物を塗布した突き専用の日輪刀と、生生流転で首を刎ねる用の日輪刀を対で携帯すれば、私は鬼を狩れる隊士になれる。そうに違いないと思っていた。
しかし神様は一体どこまで私に対し残酷な仕打ちをすれば気が済むのか。遂に私の上背の伸びが止まった。最終的に上背は五尺程度で頭打ちとなった。これ以上私の身体能力が伸びることはない。何せ常中もかれこれ五年は継続しているのだ。これ以上鍛えても伸びしろなどたかが知れている。
「は・・・はは・・・結局私は・・・どれだけ努力しても鬼殺隊の剣士にはなれない・・・つまりはそういうことなのでしょうか・・・」
「しのぶ・・・」
私はあちこち抉れ傷だらけになった大岩の前でそう弱音を吐き立ち尽くす。その後姿を鱗滝さんは物悲しく見つめる。私は天を仰いだ。
「もう・・・ここまでかしら・・・姉さんは二度と戦線に復帰することもないし・・・私が守らなくたって姉さんが鬼に殺される心配はない・・・ただ・・・」
私は目尻に溜まった涙を溢さないようひたすら上を向く。
「ただ・・・カナヲとの誓いが果たせなくなってしまった・・・姉さんに託された思いに応えられなくなってしまった・・・それがどうしようもなく口惜しい・・・」
私は目を閉じる。一筋の線が私の頬を伝う。鱗滝さんが近づき私の肩に手を乗せる。
「しのぶ。お前は充分に頑張った。例え柱であっても、これ程長い期間常中の鍛錬を積み重ねた隊士もそう多くは居まい。引き続き蝶屋敷で鬼殺隊全体を支える道もある。それだって尊い重要な役目だ。誰もお前を責めたりなんかしない。お前の姉や妹だって、しのぶの頑張りを認めるに違いない。どうしてお前のこれまでの努力を否定することができようか。お前は儂の自慢の弟子だ」
「鱗滝さん・・・」
私は顔を下げ、鱗滝さんに振り向く。私の頬が緩む。もうこれで終わり。もうこれ以上、自身を追い込むこともしなくていいのか。そんな安堵が私を包み込もうとするが・・・
「しのぶさんっ!!! せめてあと半年待ってください!!」
「え・・・炭治郎・・・?」
すると山下りを終えて私たちの下に駆け付けた炭治郎がゼエゼエと息を付きながら私たちの下に駆け寄ってくる。私は疑問に思う。
「待つって・・・どうして・・・」
「俺が・・・俺がっ!! しのぶさんの代わりに鬼の頸を刎ねる刃になるっ!! しのぶさんは凄い人だ!! 鬼殺隊の誰よりもっ!!! 柱と同等の鍛錬を毎日積み重ねて、それと併せて蝶屋敷で怪我人の治療もするし薬の研究も毎日してるっ!! 他の人が鬼を斬ることしかできない中、しのぶさんだけがそれ以上のことを一人で全部してるんだっ!! しのぶさんは柱に成るべき人だっ!! ならなくちゃ駄目だっ!! 俺が次の最終選別までに!! 絶対大岩を斬って見せるから!! だから諦めないで下さい!!! 絶対にっ!!!」
山中に響き渡る程の大声で、炭治郎がそう叫ぶ。そして膝に手を着いて肩で息をし始める。私はその様子を見て苦笑する。
「もう・・・何言ってるの? 私一人で鬼の頸を斬れなくちゃ意味ないじゃない。隊士になったら単独任務だってこなさなきゃいけないのに・・・」
「しのぶさんは!! 妹と一緒に戦う為に鬼殺の剣士を目指しているんですよね!? だったら一人で鬼を斬る必要なんてない!! まずは俺がしのぶさんの傍で鬼の頸を刎ねる刃になるっ!! しのぶさんが他の隊士に付きさえすれば、どんな鬼でも倒せるようになるって俺が証明してみせるっ!! だから・・・!!」
再び大声で炭治郎が叫ぶ。山彦のようにその声が周囲に響き渡る。私は鱗滝さんに視線を移し意見を求める。
「いいんですか? そういうのって・・・鬼殺隊士って単独任務が殆どって聞きましたし・・・」
「確かに普通なら認めてもらえないだろう。だがしのぶの実力、これまでの蝶屋敷での功績、藤の花の抽出物を開発した実績。これらを全てひっくるめればお館様も例外を認めるかもしれない。儂からそのように手紙で打診しておこう。全く以て炭治郎の言う通りだ。しのぶは何も一人で鬼の頸を刎ねる必要などない。それ以上の力量を持っているのだから」
「・・・っ!!」
私は嗚咽を漏らしそうになる。けど必死にそれに堪える。まさかそんな選択肢があったなんて。確かに私の願いはカナヲ一人で戦わせないこと。姉さんにその思いを託されたのだから。それが叶う方法が眼前にあるのなら、私はまだ諦める訳には行かない。
「不肖な弟子で申し訳ございません。もし叶うならば、そのような例外を認めて頂きたい。お願いします」
「うむ。相分かった。では至急文をしたためる。それと炭治郎。男が人前で大層な宣誓をしたのだ。必ずや約束を守って見せろ。今年の最終選別は間に合わなくていい。だが来年までには必ず間に合わせろ。それまでにあの大岩を必ずや斬って見せるのだ。頼んだぞ?」
「はいっ!!!」
そうして鱗滝さんはその場を離れていった。私と炭治郎だけが取り残され、私は不意に笑う。
「全く・・・貴方と言う子はもう・・・炭治郎は時々とんでもないことを言い出すわね」
「鬼の妹をいつか必ず人間に戻すって言ってる時点で、とんでもないことを言い続けてる自覚はあります」
「ふふっ。そうね」
私の心は晴れやかだった。まさかそんな道があったとは。私は憑き物が落ちたような顔をしていたと思う。
その翌日。お館様より二人一組の隊士の特例を認めると、正式な書面で手紙が届いた。私は新しい課題に胸を躍らせる。これからは炭治郎と二人で一つの隊士として強くならなければならないとそう決意した。
続く
少年少女が二人一組で力を合わせて強敵を打ち倒していく物語。尊い。お労しいしのぶも書いてて楽しいですけど(は?)、やっぱり普通の女の子の幸せを手に入れるしのぶも書きたいんですよね。ただまあ、もし炭治郎がカナヲと出会って惚れかけたら、しのぶのお労しさがまた爆発しそう。兄上とは違う意味でメッチャお労しい展開が書けるかも。唆るぜこれは(おい)。
読みたい路線はどっち?
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一部の層(継国兄弟ファン)にぶっ刺さる話
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万人受けしそう(マイルド)な話