「育手の下へは二人別々に行ってもらう」
「は? なんでよ」
育手を紹介してもらえることになった矢先、悲鳴嶼さんは新たな条件を出してきた。
「そんなの聞いてない! 後から条件付け足すなんてずるいわよ!」
「理由をお伺いしてもよろしいですか?」
私が不満の言葉を口にした矢先、姉さんが私を手で制す。代わりに悲鳴嶼さんに対してその理由について尋ねた。
「結論から言おう。鬼を斬るためには全集中の呼吸の鍛錬を積む必要があり、その呼吸の適正は人により異なる」
「全集中の呼吸?」
私は何のことだがサッパリわからず、思わず悲鳴嶼さんにそう聞き返す。
「そうだ。全集中の呼吸とは即ち、体中の血の巡りと心臓の鼓動を早くし、体温を上げ人間の身体を鬼のように強くする技だ。それを可能にする呼吸法がある」
「息の吸い方を変えるだけで鬼みたいに強くなれるわけ? なら簡単じゃない」
「勿論それを身に着けるためには血の滲むような鍛錬が必要になる。そして全集中の呼吸にはいくつか種類があり、人によって合う合わないがあるのだ」
「それってどうやって調べるの?」
「本来なら最終選別合格後、支給される日輪刀を握り、刀身の色の変化を見て判断する。日輪刀は別名色変わりの刀とも呼ばれ、その者に最も合った呼吸に応じた色へと変わるのだ。だがこの方法ではある程度の呼吸の鍛錬を積んだ後でなければ日輪刀の刀身の色は変えられない。つまり殆どの者は、それまで自分の適性呼吸など知ることができないのだ」
「はぁ!? じゃあもし自分に合ってない呼吸法で鍛錬積んじゃった人はどうするのよ!? そんなの時間と労力の無駄じゃない!!」
「こらしのぶっ! 悲鳴嶼さんに対して失礼でしょ?」
「だって! 余りにも非効率的過ぎるわよ! 適正なんて最初にある程度把握できた方が良いに決まってるじゃない!」
「ああ。正しくその通りだ」
私の指摘に対し、意外なことに悲鳴嶼さんも同意してくる。私は怪訝に思う。
「本来ならそんな非効率を受け入れなければならない。しかし今回だけはその限りではない」
「???」
私たちは悲鳴嶼さんの言う言葉の意図が理解できず首を傾げる。つまりどういう事? 今回だけは特別に裏技を教えてくれるってこと?
「カナヲ。頼めるか?」
「はい。悲鳴嶼さん」
すると傍らに佇んでいたカナヲが前に出る。私は思ってもいなかった事態に目を見開く。
「カナヲがどうしたって言うの? さっきから全然話が見えてこないんだけど」
「彼女は視るだけでその者の合う呼吸が分かる。今からお前たちに合う呼吸法をカナヲの眼で判定してもらう」
「えっ!? そんなことできるのっ!?」
私も姉さんも驚愕し口を覆う。なんで鬼殺隊に入ったばかりのカナヲにそんな芸当ができるのか。私は疑問に思う。
「・・・どうして・・・」
「ん?」
「どうしてカナヲだけが・・・そんなことが出来るの?」
私は言いようのない悔しさを噛み締める。ついこの前まで一緒に暮らしてたはずのカナヲがなぜそんな特別な才を持っているのか、私には納得できなかった。
「私も全容を把握できたのはつい先日になってからだ。私はカナヲを屋敷に連れて来てからいくつか確認を行った。彼女の身体能力、呼吸の適正、剣術の知識に至るまで。
結論から言うと、カナヲは私以上の膂力、脚力、身のこなしに加えて、生まれながらに特別な視界、全集中の呼吸を自然に身に着けている。そのため一度見た呼吸法とその流派の型は完全に再現することができるようだ。正直言って、カナヲの潜在的な実力は柱である私をゆうに超えているだろう」
「っ!!??」
私たちは絶句した。あの夜、家に鬼が出たあの時も、カナヲは人の理を超越したような動きで鬼の頭蓋を何度も叩き潰していた。
人外じみた力を隠していたんだとその時私は思ったが、まさか鬼を狩る仕事をしている悲鳴嶼さんよりも強いなんて。
「とは言え基本の五大呼吸しか見せていないため、それ以外の派生の呼吸についてはわからないだろうが、カナヲの驚異的な観察眼なら二人の適正呼吸を事前に読み取ることができても不思議じゃない。いや、私はそう確信している。カナヲ、頼めるか?」
「はい。悲鳴嶼さん。ではカナエ姉さんから先に前に一歩出てください」
「よ、よろしくね? カナヲ」
私があの日の夜を思い起こしているうちに、先に姉さんの呼吸の適性をカナヲが確認することになった。流石の姉さんもカナヲを前に戸惑っている。
「えっと・・・カナヲ?」
カナヲは姉さんを見ていた。見ていたはずなのに、その奥の何かを見ているようだった。その得体の知れない視線を前に私は嫌悪感を抱いた。
「カナエ姉さんは・・・柔軟性とバネの強い体質をしています」
「ふむ・・・」
「私が知る呼吸法の中では・・・水の呼吸が最も合うかと思います」
「いや、寧ろそのような体質であるならば、水の呼吸の派生である花の呼吸を学ぶべきだ」
「花の・・・呼吸?」
カナエ姉さんが聞き返す。悲鳴嶼さんは頷き返答する。
「花の呼吸は柔軟なバネを持つ女性隊士がしばしば身に着ける呼吸法だ。水の呼吸はどちらかと言うと持久力を重視しているが、花の呼吸はどんな体勢からも放てる鋭い剣撃が特徴的だ」
「そう・・・なんですね・・・」
「カナエは走り回るのは得意か?」
「えっと・・・激しく走ったりするのはあまり・・・けど確かに身体の柔らかさには自分でも覚えがあります」
「よし。決まりだな。カナエには花の呼吸の育手を紹介しよう」
流れるように姉さんの学ぶべき呼吸法が決まった。私はハッとしカナヲからの視線に気づく。
「じゃあ次はしのぶ姉さん」
「・・・・・・」
私は無言で姉さんと入れ替わりになる。するとカナヲは私の頭のてっぺんからつま先までを行き交うように眺め始めた。
これだ。この視線。私を見ているようで私を見ていない。もっと奥側の見られたくないところまで見られているような感覚。気味が悪い。
私は訝しむ視線をカナヲに送るが、カナヲはどこ吹く風だった。もしかして気づいてないの?
「しのぶ姉さんは・・・昔から走り回るのが得意でしたね」
「・・・そう・・・だけど・・・」
「少し視てみましたがやっぱり下半身の筋の質が良いです。持久力瞬発力ともに女性のものとは思えない位です」
「そうか。それなら水の呼吸以外にも雷の呼吸も適性がありそうだ」
「ただ・・・」
悲鳴嶼さんが一人納得しかけたところでカナヲがそれを遮る。私は突如、心の臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。
「二の腕の筋肉の量が・・・一般的な女性に比べてもかなり少ないです・・・握力の方はかなりあるとは思うのですが・・・」
「ふむ・・・やはりそうか」
カナヲが告げた事実は、私にとって死刑宣告に等しい内容だった。
「上背がなければ体重が、腕の長さがなければ腕力が稼げない。鬼の頸を刎ねるには苦労するだろう。加えて筋肉の量も少ないとなると・・・」
「こ、これからつけるわ! 頑張って必死に鍛えて悲鳴嶼さんみたいに丸太みたいな腕にしてみせるわよ!」
「え・・・しのぶそれはちょっと・・・姉さんそれは嫌だなぁ・・・」
「えっ!? 姉さん的にはダメなのっ!?」
「う~ん・・・我儘だとは思うんだけど・・・やっぱりしのぶにはそのままで居て欲しいなぁって思っちゃうなぁ・・・」
「くうっ!!」
私は葛藤する。筋肉をつけなければ鬼の頸が斬れない。でもつけすぎると姉さんから嫌われる。そんなの嫌っ! 一体どうすれば・・・
「あの、しのぶ姉さんは多分、どんなに頑張っても鬼の頸を刎ねれる程腕の筋肉は付かないと思う」
「っ!! カナヲっ!! それって一体どういうことっ!?」
私が鬼殺を取るか姉の愛を取るかで必死に悩んでいる矢先、カナヲがそんなとんでもないことを宣う。私はカッとなった。
「そんなのっ!! やってみなくちゃわからないでしょっ!?」
「・・・・・・残念だけど」
私はカナヲを睨む。その横で姉さんがおろおろと慌てている。
「カ、カナヲ。ちゃんと説明してあげて? しのぶもほら、そんなに怖い顔しないで?」
私は必死に自身を落ち着かせる。感情を制御できない者は未熟者。平常心平常心。ふぅ~~~~~・・・!
「しのぶ姉さんは・・・そういう体質なの・・・上半身の筋肉が生まれつき付きにくい造りをしてるから・・・無理に鍛えると骨を痛めるかも・・・」
「・・・」
あまりに真っ当な指摘に私は奥噛みする。だがそれでも納得できなかった。
「カナヲにっ!! 貴方にっ!! どうしてそんなことまで言われなくちゃならないのっ!? 呼吸の型を見ただけで覚えられるのならまだわかるわよ! 目が良くて物覚えがいいなら後は才能次第でどうとでもなるわっ! でもこれからの筋肉の付き方までどうして断言されなくちゃいけないのっ!? 貴方の眼には未来が視えてるって言うのっ!?」
「・・・私の視界は・・・生き物の身体が透けて見えるの・・・それで・・・」
「は・・・???」
私はあっけに取られる。視界が透ける? 意味がわからない。もしかしてそれでさっきから私たちを見てるようでその奥を見てるような視線を送ってたの?
「成る程・・・カナヲの特別な眼にはそういうカラクリがあったのか」
「・・・信じるんですか悲鳴嶼さんは・・・!!」
「うむ。現にカナヲは正確に君達姉妹の身体の特性を看破した。私もカナヲの実力を確かめるのに稽古したことがある。今思えば透けて見えていたのか。確かに言われてみればその節がある」
そんなの・・・ずるいじゃないっ!! 鬼を斬るだけじゃないわ!! その気になれば、カナヲは薬師や医師としても才覚を発揮できるということになる!!
今まで胡蝶家の家業を継ぐのは私しかいないって父さんにも母さんにも姉さんにも言われて、私にとって医療の道は他の才とは比べものにならない程の誇りだった!! その道の才まで私はカナヲに刃が立たないって言うの・・・!?
「・・・・・・結局・・・私はどうすれば鬼を殺せるって言うのよ・・・このままじゃ・・・姉さんが鬼に殺されそうになっても指を加えて見てることしかできないじゃない・・・・・・」
「・・・しのぶ・・・」
でも何より、一番悔しいのはそれだった。いざって時、私じゃ姉さんを守れない。またカナヲが姉さんを守る。こんなに姉さんを大事に思ってるのに、私は姉さんの役にすら立てないって言うの・・・?
「一つだけ・・・方法はあると思う」
「・・・?」
私は顔を上げる。カナヲが気の毒そうに付け加える。それが正直勘に障るけどその先が気になった。
「何よ・・・勿体ぶらず言いなさいよ・・・」
「・・・突き・・・」
「・・・っ!」
一瞬遅れてカナヲが何を言い出したのか理解した。
「突き技なら・・・しのぶ姉さんでも戦える・・・握力と・・・脚力は寧ろ常人以上だから・・・鍛え上げれば鉄扉でも日輪刀で突き刺せるようになると思う」
私の鼓動が早くなる。鬼と戦う武器があると聞いて。それを極めればもしかしたら・・・
「無理だ。突き技で鬼は殺せない。息の根を止めようとするなら首を刎ねなければ」
だが悲鳴嶼さんの呟きでその一縷の望みはかき消えてしまう。私は落胆しそうになるもすぐにカナヲが異議を唱える。
「ではなぜ・・・水の呼吸には突き技があるのですか?」
「・・・それは・・・」
「もしかしたらただの牽制技かもしれません。けど数百年残っている型ならその意義と目的は明確にあるはずです。しのぶ姉さんは水の呼吸の突き技をまず覚えるべきだと思います。脚力も体力もしのぶ姉さんの強みですから。もし水の呼吸の型でも得るものがないなら、そこから新たに派生の型なり派生の呼吸なり生み出せばいいだけです。しのぶ姉さんならきっとできます」
「・・・カナヲ・・・」
私は驚く。私の可能性を潰すようなことを言ったかと思えば、反対に悲鳴嶼さんの意見を真っ向から訂正しようと異議を唱えるカナヲを見て。
「それに・・・しのぶ姉さんの一番の強みは誰も思いつかないような柔軟な発想と堅実な創意工夫を重ねる姿勢です。もともと胡蝶家の跡取りはしのぶ姉さんのはずでした。薬師の才も、きっと何かの役に立つはずです」
「ふむ・・・わかった」
そして悲鳴嶼さんは頷き、私の方を見る。
「しのぶ。君には水の呼吸の育手を紹介しよう。どうせなら現役時代最も実績を上げた水柱の御仁が良いだろう。私の方で探しておく」
私は少しだけ、カナヲに対する見方が変わった。
続く
【イベント発生】
???「縁壱はそれぞれの者が得意であることできることに合わせて呼吸法を変えて指導していた」
【しのぶのお労わしさが1下がった!】
尚、今後のイベント次第ではステータス値が乱高下します。
読みたい路線はどっち?
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一部の層(継国兄弟ファン)にぶっ刺さる話
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万人受けしそう(マイルド)な話