「始まりの呼吸・・・日の呼吸・・・炭治郎にそんな凄い呼吸の適性があるなんて・・・」
「しのぶ姉さんが驚くのも無理ないと思う。それに、日の呼吸の適性がある人は上弦の壱が血眼になって探し回って殺してるって言ってたから、黒刀を持つ人が滅多に見かけないのも仕方がない話だろうし・・・」
「俺が・・・始まりの呼吸の剣士と同じ呼吸を・・・?」
カナヲが始まりの呼吸の剣士が使ったとされる日の呼吸について丁寧に説明してくれた。思い返してみれば上弦の壱も似たようなことをカナヲに対して言っていた。
全ての呼吸は日の呼吸の派生であり、それらは全て後追いに過ぎない。日の呼吸の猿真似をし劣化した呼吸。水も風も岩も雷もそうして生まれたのだと。
けど私はそれ以上に気掛かりなことがあった。それは黒刀を持つ剣士は上弦の壱に執拗に狙われるという事だ。
「カナヲッ!! もしその話が本当ならっ! 今後炭治郎はずっと上弦の壱に狙われるってことよね!? そしたらいずれ炭治郎はっ・・・!!」
「うん。殺されるだろうね。今後任務を続けていればいずれは遭遇するだろうし」
「だったら今後どうすればいいのっ!? 炭治郎がこれから先、鬼殺隊で生き残っていく為にはどうすれば・・・!!」
「強くなるしかないと思う。少なくとも上弦の壱を退けて朝日が昇るまで耐え忍ぶくらいには」
「そんなのっ・・・!!」
無理に決まってる。私はそう言いかけた。でもその瞬間炭治郎が私を懇願するような目で見つめる。私は思わず口を噤んだ。
「しのぶ。カナヲの言う通りだ。どの道俺は、禰豆子を人間に戻すために、鬼舞辻の血が濃い鬼と戦い続けなければならない。珠世さんともそう約束したし・・・」
「珠世? 誰それ」
「あっ!」
ほんともうっ・・・この馬鹿ん次郎はっ!! この美しき世界を汚す鬼は一匹たりとも許さないっていう思想の下で戦ってるカナヲの目の前で、鬼の珠世さんの名前を出すんじゃないわよっ!!
ほら、そのせいでカナヲが怪しんでるじゃない。
私は溜息をつき、カナヲに頼み込む。
「ごめんなさいカナヲ。今の名前は聞かなかったことにして。もしどうしても気になるなら、お館様経由で聞き出して」
「お館様はご存じなの?」
「うん。多分。実は私が鬼を殺す毒の研究をする上で大事な協力者でもあるの。けど素性を隠しておきたい方だから、できればお館様と内密に把握し合うようにして。お願い」
「わかった。しのぶ姉さんがそう言うなら。それにお館様と繋がってる人なら多分悪い人じゃないだろうし。気にしないでおくね」
「ありがとう。カナヲ」
私は炭治郎を睨む。炭治郎は申し訳なさそうにしてる。ほんとにこの子は口が軽いんだから。先日カナヲに殺されそうになったこともう忘れたの? 危機感がないというか本当にもう。
「兎に角、しのぶ姉さんが任務に行く以上、炭治郎も一緒について行かないといけない訳だし、しのぶ姉さんを危険な目に遭わせるのは私が許さない。だから炭治郎。貴方には強くなってもらう。柱以上に。そして上弦と互角に渡り合えるように」
「えっと・・・俺はどうすればいいんだ?」
するとカナヲは顎に手を当てて考え始める。やがて何かを思いついたのか再び口を開いた。
「炭治郎。貴方、どうやって下弦の伍を倒したの?」
「え・・・」
カナヲは真剣な眼で炭治郎を見つめる。炭治郎はやや言いにくそうに答える。
「えっと、最初は水の呼吸で戦ってたんだ。けど水の呼吸の型だと下弦の伍が繰り出す糸の攻撃が防げなくて、最強にして最後の型である生生流転で勝負に打って出て、それでも敵は糸を自身の血で強化して俺を切り刻んで殺そうとたんだ。あの時は本当に死ぬかと思った。まさか下弦の伍が常中を身に着けても尚勝てない程強いなんて思わなかったから・・・」
「それで?」
「それで・・・咄嗟に家に代々伝わる神楽を呼吸に転用したんだ。ヒノカミ神楽って言って、その一つの舞で赤い糸の檻を破って、そのまま奴に斬りかかった。それでも俺一人じゃ相打ちだったと思う。でも・・・」
「でも?」
カナヲが促す。炭治郎は顔を上げる。
「その時禰豆子が、血鬼術で助けてくれたんだ。そしたら糸が全部燃えて、俺の折れた日輪刀も黒から真っ赤に変わって、凄い熱を発し始めて、それで頸を刎ねることができたんだ。でもそいつは直前で自分の首を糸で先に刎ねて、死んだ振りをして俺の隙を突こうとした。でも俺は嗅覚で直前気がついて、ヒノカミ神楽の躱し特化の舞で背後に回り込んでそのまま頸を刎ねたんだ。その時は糸すら斬れなかった俺の日輪刀が凄まじい切れ味を発揮して、まるで下弦の伍の頸を豆腐でも切るような手応えで刎ねたのを今でも覚えている。おかげで身体の筋と骨に凄い反動が来たけど、ヒノカミ神楽のおかげで俺は死ななかったんだ。もしかしたら、俺の家に代々伝わったた神楽は日の呼吸に関りがあるのかも・・・」
「見せて」
すると即座にカナヲが炭治郎にヒノカミ神楽を見せるよう促す。私も炭治郎も驚き肩を跳ねさせる。
「えっ!? カナヲ!? でもその神楽は炭治郎の身体に無理を強いる危ないものなんじゃ・・・!!」
「見てみないと分からない。だから見せて。もしかしたら日の呼吸の手がかりが掴めるかも。私の眼なら多分見極められる」
「わかった。やってみるよ」
「炭治郎っ!?」
炭治郎はそのまま立ち上がりヒノカミ神楽を舞おうとする。けど私は炭治郎を必死に止める。
「待って! 炭治郎はまだ怪我も治り切ってないし病み上がりなのよ!? それなのに身体に無茶を強いるようなこと、主治医として見逃せないわ!」
「しのぶ。でもカナヲなら俺のヒノカミ神楽の正体に辿り着けるかもしれないんだ。大丈夫。これが終わったらちゃんと病室に戻って休むから。約束するよ」
「炭治郎・・・」
「しのぶ姉さん。離れてて。できればしのぶ姉さんにも見てて欲しい」
いつの間にかカナヲが私の袖を掴んでいた。私は炭治郎を見る。すると彼は優しく笑みを浮かべて安心させようとしてくる。私は不本意ながらも渋々了承した。
「じゃあカナヲ。ヒノカミ神楽を舞うよ。全部で十二個の舞があるんだけど・・・」
「じゃあ全部見せて」
「ちょっ!? カナヲッ!! いくらなんでも炭治郎の身体のこと気遣って! たった二つの舞で身体が反動に耐えられなくなるのよっ!? それを一気に十二個もなんてっ・・・!!」
「じゃあ一個目だけ呼吸を使って舞って。それ以降は呼吸を使わずに形だけでいいから。それだけでも充分わかると思う」
「わかったカナヲ。それじゃあ行くぞっ!! ヒノカミ神楽!! 円舞っ!!」
それから炭治郎は一つの舞を呼吸込みで放つ。凄い剣圧。今までの炭治郎じゃないみたい。こんな呼吸、水の呼吸とは比べものにならない程の負担が掛かるはず。どうして炭治郎の家にはこんな呼吸が伝わっているの?
そして一呼吸間を空けて、炭治郎はゆっくりとその他の型を舞い始める。最初のを含めると全部で十二個。とても綺麗。まるで精霊のような舞い。私は見惚れる。
「ふう・・・今のが全十二のヒノカミ神楽の舞だ。カナヲ。何かわかったか?」
するとカナヲは突然私をその場から遠ざけて木刀を構える。そして信じられないことに、炭治郎がヒノカミ神楽で舞った時と同様の呼吸音を響かせ始める。そしてその場で型を全て模写して見せ、私たちの前で実演する。
ー日の呼吸 壱ノ型 円舞ー
ー日の呼吸 弐ノ型 碧羅の天ー
ー日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡ー
ー日の呼吸 肆ノ型 幻日虹ー
ー日の呼吸 伍ノ型 火車ー
ー日の呼吸 陸ノ型 灼骨炎陽ー
ー日の呼吸 漆ノ型 陽華突ー
ー日の呼吸 捌ノ型 飛輪陽炎ー
ー日の呼吸 玖ノ型 斜陽転身ー
ー日の呼吸 拾ノ型 輝輝恩光ー
ー日の呼吸 拾壱ノ型 日暈の龍・頭舞いー
ー日の呼吸 拾弐ノ型 炎舞ー
「成る程・・・そう言う事か・・・日の呼吸・・・拾参ノ型・・・!!」
「えっ!!??」
そして私たちは、更に常軌を逸脱した信じられないものを見た。
カナヲは、炭治郎が最初に見せたヒノカミ神楽全十二の舞を呼吸込みで完全再現しただけでなく、更にその十二の舞を切れ目もなく全て繋いだ。それを二巡、三巡、四巡と繰り返していく。やがてカナヲが満足したのか、舞を辞めてその場で止まり、立ち尽くす。私も炭治郎も只々息を飲み静観することしかできなかった。
「うん。間違いない。これなら無惨を殺せる。力技で千、二千と斬りかかる必要もない。無惨が再生できなくなるまで斬り続けることができる。非常に理に適った素晴らしい型だと思う」
「カナヲ・・・貴方はなんて・・・」
私は驚きにそう声を漏らす事しかできなかった。それから不意に私は炭治郎に視線を移した。なぜ移したのか。それをあとから説明することはできない。ただ何となく気になったとしか言えない。でもそれが大きな間違いだったと、私はこの時後悔した。
「凄い・・・なんて綺麗なんだ・・・カナヲは・・・まるでヒノカミ様を降ろした巫女のようだっ・・・!!」
私はこの時の炭治郎の恍惚とした表情が目に焼き付いて離れなかった。声音もまるで心を奪われてカナヲの虜になってしまったように甘い声だった。
ズグリと胸を何かで抉られたような気がした。炭治郎が私以外の誰かにそんな溶け堕ちるかのような表情をしている事実に吐き気を催した。
私はその瞬間、全身が嫉妬で灼けつくような音を聞いた。カナヲという天才を心の底から憎悪した。私の中のドス黒い感情が、再びどうしようもない程立ち昇っていく。
続く
次回、久々にお労しい姉上回(極み)をやります。筆者にとっては次回が本作のグランドフィナーレです(え)。とは言え、炭しの甘々描写を期待されている読者の皆様も居ると思うので、前半だけに留める予定です。後半は元に戻るので安心して読んで下さい。乞うご期待。
読みたい路線はどっち?
-
一部の層(継国兄弟ファン)にぶっ刺さる話
-
万人受けしそう(マイルド)な話