それからの日々は私にとって地獄だった。最愛の人が自身の妹の虜となり、まるで熱に浮かされるように毎日足蹴く通うのだ。
炭治郎は暇さえあればカナヲに会いに行った。そして色々な話をしていたように思う。なんの話をしていたのかは、私の脳が拒んで聞き取ることができなかった。
炭治郎は私の診察中ですら、ずっとカナヲのことを話していた。まるで、カナヲに自身が夢中であると言わんばかりに。
その度に私の胸の中で、ドス黒い邪な思いが渦巻く。私の中には耐え難い怒りが蓄積され膨らみ続けていく。
身体の一番深い所にどうしようもない嫌悪感がある。でも私はそれを必死に表に出さない様努めていた。大好きな人に、そんな醜い素顔を見せたくなかったからだ。
でも炭治郎。貴方は本当は鼻が利くのでしょう? なら私が今どんな気持ちか、貴方にはわからない訳ないわよね? なのにどうしてそんな平気そうな顔するの? なぜ今も尚私の目の前でカナヲの話をしているの?
どうして。どうしていつも。カナヲばかりが。
何故いつもカナヲが、カナヲだけがいつもいつも特別なのか。
私と同じ双子の姉妹である貴方は常に姉さんの傍に居た。その愛想のない表情で振舞う様子も、常に気に掛けられ気を引き姉さんから愛を注がれる対象だった。
鮮やかに記憶が蘇る。八年前から四年間続いた怨毒の日々。骨まで灼き尽くすような嫉妬心。
貴方だけがこの世の理の外側に居る。この世全ての寵愛を一心に受けて生きている。
貴方が羨ましい。悔しくて堪えられない。
でもあの日私は誓った。大好きな姉さんの代わりにカナヲを支えると。一人にしないと。その為に私は血の滲むような鍛錬に必死に堪えて頑張って来たのだから。
その中で漸く手に入れた炭治郎との絆。私にとっての姉さんの想いに応える上で大切な弟弟子。初めはただそれだけだったけど、いつの間にか私にはかけがいのない繋がりになった。
炭治郎が私の刃として一緒に戦ってくれる度に、私の頑張りを肯定してくれる度に、私はどうしようもなく炭治郎に惹かれていった。焦がれて狂うまでになっていた。
だと言うのに。貴方はまたしても私の前に現れ、その炭治郎からの寵愛をも一心に攫って行く存在であると見せつけた上で、なんでもない風に私の居る蝶屋敷を歩いて鬼殺隊に貢献し続けている。
剣士としての実力も、蝶屋敷での医療従事者としての貢献度も、何一つ私は貴方より優れた部分を持ち合わせることができなかった。最愛の姉や大好きな男の子の寵愛すらも手に入れることができなかった。
何故? 何故いつも貴方は私に惨めな思いをさせるの? 嫌い!! 大っ嫌い!!
「しのぶ姉さん。大丈夫?」
私が蝶屋敷の廊下を歩いている際、後ろからカナヲが声を掛けて来た。私は真顔で振り返る。カナヲは心底私を心配しているようだった。
「何? カナヲ」
「その・・・しのぶ姉さんの顔色が悪そうだなって思って・・・それで・・・」
私の表情筋がつりそうになる。思わず眉間に皺が入りそうになるのを必死に堪える。私は真顔を取り繕いながらカナヲに答える。
「そう? 気のせいじゃないかしら?」
「えっ・・・でも・・・」
「何よ」
私の冷たい対応とは裏腹に、カナヲは本気で私を心配そうに見つめ続ける。私は溜息をつく。
「そうね。実は私、最近炭治郎に実力を追い抜かれそうで焦っているの。彼、今貴方の下で目覚ましい成長を遂げているじゃない? だから私も彼に負けないくらい強くなりたくて・・・」
「ほんと? じゃ、じゃあ私がしのぶ姉さんの稽古相手になるね。しのぶ姉さんが炭治郎なんかに負けないよう私がしのぶ姉さんの伸ばすべき所直すべき所を教えてあげる」
「そう。じゃあ早速いいかしら」
そうして私達は庭先の広い場所に移動する。互いに木刀を握り打ち合うことになった。
けどやっぱり、私じゃどれだけ頑張ってもカナヲには敵わない。突きや駆ける速度だけなら現役の柱の人達にも負けない位に練り上げてる自負もある。なのにカナヲはそれをやすやすと防ぎ捌き逸らす。躱すことすらしないままで。
「くっ!!」
私はカナヲの一太刀を躱しきれず受けに回りそのまま庭先を転がる。そしてカナヲから申し訳なさそうに謝られる。
「ご、ごめんなさい。しのぶ姉さん。私、力加減が下手で・・・」
「何謝ってるのよ・・・」
「えっ・・・」
「炭治郎との稽古ではいちいち謝ったりしないでしょう? 何? 私の方が貧弱で根性無しだから心配してるの? 見くびられたものね」
「そ・・・そんなんじゃ・・・」
「もういいわ。やめましょう。それで? 何か指摘とかある?」
「あっ・・・えっと・・・しのぶ姉さんは主に・・・」
その後手短にカナヲから改善箇所を指摘される。回避に頼り過ぎている。自身の移動速度に振り回されている。受けに回る場合は手元を緩め捌く方が良いなど、至極まっとうな指摘ばかりだ。加えて私ですら知り得なかった突きを放った直後に相手の予備動作を見落としがちなる悪癖。それが原因で相手から返し技を喰らう恐れがあることまでも教えられた。やっぱりカナヲは凄いのね。見ただけでそんなにも私のことがわかっちゃうんだから。それも私以上に。
「ありがとうカナヲ。とても貴重な稽古が出来たわ。それじゃあ私、薬の研究に戻るから・・・」
「あ、待って。しのぶ姉さん怪我してる。せめて消毒だけでも・・・」
「これくらい自分でするわよ。貴方もこんなところでまごついてないで隊士達の看護に向かったら?」
「でも・・・」
「いいからっ!!」
私は我慢できず大声で拒否してしまう。カナヲは肩をびくつかせる。しかしそれでもカナヲはその場を動こうとはしなかった。
「し、しのぶ姉さん。お願い。困ってることや苦しいことがあったら教えて。私、しのぶ姉さんの力になりたいの」
私は堪え切れなくなり、カナヲから顔を逸らし背を向けてしまった。私はそのままカナヲの居る場所から離れようとする。
「し、しのぶ姉さん・・・」
もうやめて。私は貴方が嫌いなの。貴方の顔を見ただけで吐き気がする。貴方の声を聞くだけで腹が立ってこめかみが軋むのよ。
「傷の消毒はちゃんとしておくから安心しなさい。それじゃあ・・・」
私はその場からそそくさと立ち去った。直前のカナヲの表情が瞼の裏に散ら突き、私はそれを忘れ去ろうと必死だった。
今に始まったことじゃない。鱗滝さんの下で鍛錬を積んでいた時ですら何度あの子の顔が浮かび上がったことか。その度に私はそれを必死に忘れようと努めていた。
それなのに、八年間鍛錬を積み続けて、一番思い起こすことが多かったのは、一番嫌いな貴方の顔。
八年前に死んでしまった父の顔よりも母の顔よりも、育ててくれた鱗滝さんよりも最愛の姉さんよりもその他の鬼殺隊のどんな人の顔よりも、貴方の方がいつも鮮明だった。唯一無二の太陽のように。
貴方を目に浮かべる私はいつも、貴方に焦がれて手を伸ばし、もがき苦しむ以外に道はなかった。頑張り抜いて消し炭になるまで。
ああ、何も。何も手に入れることが出来ない。
岩も切れず、鬼の頸も刎ねれず、一人で戦うこともできず、それでも諦められなくて常中を修めて藤の花の抽出物をも開発し、鬼殺隊に入って炭治郎に力を貸してもらって今も尚努力し続けているというのに。ここまでしても私は自分の思い通りの人生を歩むことが出来ないって言うの?
私の強みは誰も思いつかないような柔軟な発想と堅実な創意工夫を重ねる姿勢だと貴方は言った。しかし私はそれでも結果が出せず貴方の足元にも及ばないところで足踏みしている。
私はでき得ること知り得ること全てを懸けて心血を注いで最善を尽くし抜いた。それなのに私は何も成すことができず、貴方は私の欲しいもの全てを手に入れている。姉さんの愛も。炭治郎の愛も。そして鬼を滅することすらできるその実力も。
何故私は何も手に入れられないの。何故私は誰かの一番になれないの。何故私と貴方はこれ程までに違うの。私は一体何の為に生まれて来たの。教えてよカナヲ。
「しのぶっ!」
「っ!!」
私が自身の薬剤研究室に向かっている途中で、炭治郎が私を追いかけて来た。私は彼の顔を見た瞬間、表情が和らぐと同時に言いようのないやるせなさを感じた。
「どうしたの? 炭治郎」
「いや、カナヲが言ってたんだ。しのぶが辛そうにしてるって」
ズキリと胸が痛んだ。炭治郎が自分で気づいて私を心配し追いかけて来たのではなく、カナヲに言われて来たのだと知って。
私は炭治郎に背を向けたまま力なく答える。
「・・・なによ・・・カナヲには気のせいって言ったのに・・・」
「いや、正直俺から見てもしのぶは辛そうだぞ? その、なんて言うか・・・どうしようもなく打ちのめされているような・・・」
何よ。今更気づいたの? 散々私の前で「カナヲは凄い」「カナヲは綺麗」「カナヲは俺の憧れ」とか言ってた癖に。
その度に私がどんな思いで炭治郎と向き合ってたかわかってるの? まるで気に掛けるような素振りもしないで、いつもいつもカナヲカナヲって・・・!!
「カナヲの傍に行けば? あの子暇してたし。きっとまた鍛錬なり呼吸の指導なりしてくれるはずよ? 私と違って」
「いや。今はいいよ。それに指導の巧さならしのぶの方が圧倒的に上手だよ? 俺、鱗滝さんの下に居た時、何度しのぶに教えられてきたか。しのぶが居なかったら今の俺はここまでになってなかったと思う」
「そう。でも今はカナヲから色々と教わってるんでしょ? もう私が教えられることなんて一つもないわ」
「そうかな? しのぶはいろんなことに気づくし。ずっと前から俺のことよく見ててくれたから。しのぶは俺自身が気づかないところも一杯教えてくれるし本当に頼りしてるんだ」
炭治郎はそう言って、私に笑顔で語り掛けてくる。私は閉口する。じわじわと今まで抑え込んでいた感情がせり上がり、ついに私の中でそれはどうしようもない位に大きくなってしまった。
「なんで今更・・・」
「えっ?」
私は衝動的に炭治郎の腕を掴み、そのまますぐ目の前の薬品庫に引きずり込む。内側から鍵をかけて炭治郎を壁に押し付けて、胸に縋り付いてどうしようもない本音を訴える。
「なんで今更そんなこと言い出すのよっ!!?? もう私なんて炭治郎にとってなんの価値もないじゃないっ!! 炭治郎をカナヲみたいに強く育ててあげることもできないし!! 任務も一緒について行ったところで鬼の頸すら斬れないんだから足手纏いにしかならないっ!! どんなに頑張ってもっ!! 私はカナヲみたいに成れない!! そう分かり切ってたはずなのにっ!! それなのに私はカナヲに嫉妬したっ!! 大好きな人達の傍に居られることを!! 役に立てることを嫉妬してたっ!!!!」
「えっ・・・しのぶっ!?」
「それに炭治郎はもう一人で柱に成れるくらいに強い!! でも私はっ!? 私は未だに一人で鬼と戦えないっ!! 藤の花の抽出物だってもうこれ以上改良できないっ!! 常中も長年続けて尚鬼の頸すら斬れない私にこれ以上の伸びしろはないのっ!! 私なんて役立たずなのよっ!! 炭治郎にとっての私なんて何の価値もない役立たずっ!! もう私なんて居る価値なんてないっ!! 炭治郎の傍に居たって何の価値もない役立たずなのよっ!!!!」
私は嗚咽を漏らす。駄目だ。我慢できない。涙が止まらない。感情が制御できず堰を切ったように溢れて止められない。
「炭治郎にとっての私って何!? 私の存在意義って何なのっ!? 教えてよ炭治郎っ!!!! 私は一体何の為に生まれて来たのっ!? 私はどうしたら炭治郎の傍に居てもいい人間になれるの!? 炭治郎の役に立てないなら・・・私・・・炭治郎の傍に居る意味なんてないのにっ・・・それなのにっ・・・うっ・・・うっ・・・!!」
ああ、何言ってるの、私は。炭治郎困ってるじゃない。大好きな炭治郎を困らせて、子供みたいに癇癪で泣き出して、それで結局どうなるって言うのよ。私って本当に馬鹿。女々しい。こんな私・・・大っ嫌い・・・
私の嗚咽が薄暗い薬品庫の中で響き続ける。すると炭治郎は一呼吸吸い込み、腹の底から響くような声ではっきりと言い返した。
「何を言ってるんだしのぶ。俺は今まで、君を役立たずの必要ない人間なんて思ったことは一度もない。そんなこと、しのぶ自身でも言う事は許さないっ!! 取り消せっ!!」
「っ!!」
私は炭治郎にしがみついたまま硬直する。私の肩が跳ねる。そんな私の肩を炭治郎は両手で掴んで私の目を見て真っすぐ問いかける。
「なんでそんなことが言えるんだ? しのぶは立派じゃないか。こんな小さな身体で、柱に負けない位必死に常中まで修めて、藤の花の抽出物まで開発して、蝶屋敷で大勢の人の命を救ってきた。それの何が無価値で役立たずって言うんだっ!?」
「うっ・・・そ・・・それは・・・」
「俺はしのぶがしのぶのことを無価値だなんだと卑下することは絶対に許さないっ!!! 俺は誰よりもしのぶの価値を知っている!! しのぶの凄いところを知っている!! しのぶの良いところを知っている!! しのぶの素晴らしいところを知っているっ!! 数えきれないくらい知っているんだっ!!! だって俺、ずっとずっとしのぶのことを見続けてきたからっ!!!」
「えっ・・・」
私は涙で頬を濡らし、腫らした目元で彼を見上げる。彼が私の肩を掴む両手の力がその瞬間とても優しくなったのを感じた。
「俺は・・・ずっとしのぶを見てた・・・気が付いたらしのぶを目で追いかけ続けていたんだ・・・ずっと・・・ずっと前から・・・出会った時からずっと・・・」
「えっ・・・それって・・・どういう・・・」
私はあっけに取られる。炭治郎の言葉の意図がうまく読み取れない。私は目を丸くしたまま彼の言葉を待った。
すると炭治郎は、泣きたくなるくらい優しい笑顔で、私にこう言ったんだ。
「だって俺、ずっと前からしのぶのことが好きだったから。だからしのぶにはこれからも傍に居て欲しい。俺にとってのしのぶは、何者にも代えがたい大切な存在なんだから」
続く
やっぱり男性側からの告白の方が良いなって思ってしまう。やはりこれは王道と言いますか浪漫ですね。勿論女性側が勇気を振り絞ってする告白も大好物ですよ? 恋雪ちゃんとかその辺り滅茶苦茶可愛いですし。あれはホント脳が溶けますよ。その後が只々地獄ってだけで・・・
遂に次回で結ばれる二人。やはり恋愛成就は良い。とても良い。この為に二次小説を書いてると言っても過言ではない。まあ純粋に鬼滅が好き過ぎてずっと熱に浮かされてるだけなんですけどね。はっ! もしや筆者は吾峠呼先生に恋をしているのか!?(違う)
読みたい路線はどっち?
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一部の層(継国兄弟ファン)にぶっ刺さる話
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万人受けしそう(マイルド)な話