「姉さん。もう行っちゃうの?」
遂にカナエ姉さんが育手の下へと赴く日が来た。私はギリギリまで姉さんを引き留めてしまう。
「もうしのぶったら。そんな悲しそうな顔しないの。姉さんはしのぶの笑った顔が好きだなあ」
「もう・・・姉さんったら・・・」
私は頑張って苦々しくも笑顔を作りだす。姉さんは頷く。
「心配しなくても平気よ。定期的にお手紙は書くから。それに・・・過ごす場所は違っても心はずっと一緒よ?」
「・・・うん」
姉さんは困ったように笑い、私を包み込むように抱きしめる。暫くしてそのまま離れ、手を振って悲鳴嶼さんの屋敷をあとにした。
「姉さんっ! ちゃんとご飯食べてね! 怪我や病気に気を付けて!」
「しのぶもよ~? 徹夜は駄目だからね~? ちゃんと夜は眠らないと大きくなれないわよ~?」
「なるからっ! もうっ! 余計な心配しないで!」
姿が視えなくなる前にお互いそんな言い合いをして、私は背後に立つ悲鳴嶼さんに振り返る。
「・・・平気か?」
「大丈夫です。もう平気です。弱音を溢すのは姉さんの前だけって決めてるんです。そんなことより、私の育手の人は見つかりそうなんですか?」
「うむ。かなり高齢だが、歴代でも群を抜いて柱在籍期間が長かった御仁に受け入れてもらえることとなった。その者の名は鱗滝左近次殿という」
「鱗滝・・・左近次さん・・・」
「丁度今育てている子が次の最終選別に向かうのでその入れ替わりになるとのことだ。カナヲ。君も次の最終選別には参加する予定だろう。もし会うことがあればその子に声を掛けてみてくれ」
「どんな人ですか?」
「私も鱗滝殿より聞いただけなのだが、その子の名は真菰という」
「真菰・・・」
「あれ? 悲鳴嶼さん。ひょっとしてその人女の子なんですか?」
私は悲鳴嶼さんが口にした人の名前が気になり不意にそう尋ねる。
「ああ」
「っ! それじゃあ! その子が最終選別を合格したら、水の呼吸なら女の人でも充分鬼と戦えるっていう証明になりますよね? なら私も頑張ればきっと・・・!」
「それはしのぶの成長次第だ。同じ育手の下で鍛錬を積んだからと言って、必ずしもその真菰という少女と同じ実力になるとは限らない。そもそもの話、その子が本当に最終選別を生きて合格できる保証も・・・」
「じゃあ悲鳴嶼さん。私も同じく最終選別を受けるので、ついでに現地にいる鬼一匹残らず切り伏せておきます。それなら皆助かるはずです」
「カナヲ。それでは駄目だ。仮にそんなやり方で他の者が合格したとしても、任務に赴く際に鬼と戦えなければ意味がない。もし仮に参加者を手助けすると言うのなら、その者が明らかに戦意喪失したか負傷し戦えなくなった場合のみにしておくのだ」
「でもそれだと何人かは死んじゃうと思います」
「言っただろう。どの道任務では鬼と戦う。遅かれ早かれ生き死にが懸かった正念場に立たされるのだ。命の尊さを理解するのは大切なことだが、鬼殺を志す者に対しては優しさと甘えをはき違えるな」
「・・・わかりました・・・」
悲鳴嶼さんの厳しい物言いにカナヲは押し黙る。正直私も他人ごとではない。私はカナヲみたいに人外じみた膂力も特別な視界もないのだから。最終選別に行くまでに、何としても鬼と戦う術を身に着けないと。
「しのぶが育手の下へ向かうのは、次の最終選別開催初日の三日後とする。それまではカナヲから水の呼吸の型でも見せてもらい自分なりに鍛錬をすると良い。私はこれから任務で屋敷を離れる。何か困ったことがあれば定期的に屋敷に来る隠の者達に聞け」
「はい。わかりました。どうかお気を付けて。悲鳴嶼さん」
「うむ。では行ってくる」
そうして、悲鳴嶼さんも屋敷をあとにした。残されたのは私とカナヲの二人のみである。
「じゃあカナヲ。三日後までにできることはやっておきたいの。早速水の呼吸の型とか見せてくれる?」
「わかりました」
するとカナヲは木刀を持ち出し、目の前で披露してくれる。その余りに流麗で綺麗な舞のような動きに私は思わず目を奪われる。
「・・・とまあ・・・こんな感じです・・・えっと・・・どうしましたか?」
カナヲが全ての型を見せてくれたのちにそう尋ねてくる。私は我に返り苦笑する。
「・・・悔しいけど・・・やっぱりカナヲは凄いのね・・・」
「悔しい?」
カナヲは首を傾げている。そうか。この子にはそういう感情は分からないのか。
「なんでもない。兎に角カナヲの動きを真似れば良いのよね?」
「あ・・・えっと・・・まだ早いです」
「え?」
私は思わず聞き返す。カナヲはバツが悪そうに答える。
「型を覚えられたとしても、正しい動き、正しい呼吸を覚えなければただの物真似です。まずは呼吸そのものを鍛錬しましょう」
「成程ね。じゃあ私は何をすれば良いの?」
「・・・こちらに来て下さい」
するとカナヲは縁側まで来るよう手招きしてくる。私は無言でついて行く。
「少々お待ちください」
すると更にカナヲは屋敷の中に入ってある物を持ってくる。
「まずこれに息を入れて、割る訓練をしましょう。悲鳴嶼さんが呼吸の基礎鍛錬だと言ってました」
すると差し出されたのは、漆で強度を上げたであろう掌大の瓢箪だった。
「んん?」
「まず実演しますね」
するとカナヲは私に差し出した物と同じ瓢箪を手に持ち、栓を抜いて息を吹き込んだ。
パァアアアアアンッ!!!
「・・・・・・」
「とまあ・・・こんな感じで息で瓢箪を割ります。そしたら次は・・・」
「待って??? 瓢箪って息で割れるものだっけ???」
「え・・・割れるんじゃ・・・ないでしょうか・・・悲鳴嶼さんも割っていましたし・・・」
「悲鳴嶼さんは柱だもの。呼吸法も相当の熟練者だろうし多分割れると思うわ。でもこれを普通の人がいきなり割るのって無理じゃない?」
「・・・そう・・・なのですか・・・」
つまりカナヲにとって、この漆でカチカチになった瓢箪程度、息で割れて当然だと思っていたということだろう。
加えて基準が全部悲鳴嶼さんになってると思われる。即ちカナヲは恐らくではあるが普通の人の基準を知らない。
「はあ・・・わかったわ。呼吸って言うくらいだから兎に角肺活量を鍛えれば良いのよね? じゃあ私暫く屋敷の周辺走って来るから。カナヲは留守番よろしく。」
「えっと・・・何だかごめんなさい」
「気にしてないから。じゃあ私早速行くわね? 正午前には帰ってくるから。お昼食べた後小休憩の代わりにまた水の呼吸の型だけ見せて。今はできなくても予習はしておきたいから」
「うん。こけないよう気を付けて」
「こけないわよ! じゃあ行ってきます!」
そうして私は屋敷の外に出る。それから暫くの間走り込みに精を出した。
一刻程ぶっ続けて走り、私は全身汗だくになった。その結果心臓が早鐘のように鳴り続け、肺が張り裂けそうになった。
「しのぶ姉さん・・・お水」
私が屋敷の敷居をくぐって戻ってくると、庭先にはカナヲが竹筒と手拭いを持って立っていた。
「ありがとう、カナヲ」
私はそれを受け取ると一気に水を飲み干し、汗を手拭いでふき取る。
「じゃあ私、また走って来るから。次戻ってきたら昼餉作るわね」
「あ、待ってください」
私が再び屋敷の外に出ようとすると、突如カナヲに引き留められる。
「何?」
「上半身の鍛錬もすべきです」
私は押し黙る。しかしずっとそうしている訳にもいかないので適当な言い訳で返答する。
「まずは呼吸のために必要な肺を鍛えないと。それに足腰を鍛えて損することなんてないじゃない? なら暫くは走り込みを・・・」
「交互に鍛えた方が良いです。その方が偏らないので。それと身体の一部分をずっと酷使するのは怪我の原因になります。それに肺を鍛えるだけなら最悪瞑想でも充分です」
「・・・足腰の鍛錬と肺の鍛錬を兼ねた方が効率が良いんじゃないかしら? 三日後までには育手の下でも恥ずかしくない位に鍛えておきたいし」
「しのぶ姉さんは昔から頑張り過ぎてしまう節があります。幼い時から見て来たのでわかります。あまり無理して足を痛めたら一大事です」
私は閉口する。カナヲもそんな私の雰囲気に気づいたのかそれ以上何も言ってこなくなる。私は絞り出すようにカナヲに反論する。
「・・・そんなこと言ってたら・・・いつまで経っても・・・カナヲに追いつけないでしょう・・・!?」
私の呼気が荒れる。汗が噴き出る。思わず頭に血が昇る。
「私は・・・! あの夜みたいに!! 姉さんにしがみつくだけの弱いままの自分で居たくない!!
カナヲは姉さんの役に立っているのに自分は役立たずのままでいるような、あんな惨めな思いはもうしたくないのっ!!
悲鳴嶼さんだって言ってた!! 鬼を前にして言い訳は許されない!! できるできないじゃない! やらなければならないって!!
足を痛めようが怪我をしようが関係ない!! それでも私は姉さんを守れるくらい強くなりたい!!
私のその想いを・・・カナヲに止められる筋合いはないわっ!!!」
そう激高し、私は再び屋敷を飛び出していった。背中越しに、カナヲから注がれる視線を感じたまま。
続く
【イベント発生】
???「何故だ? 何故いつもお前は私に惨めな思いをさせるのだ?」
【しのぶのお労わしさが1上がった!】
まあしのぶの場合は兄上よりも万倍建設的動機だと思いますけどね・・・
読みたい路線はどっち?
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一部の層(継国兄弟ファン)にぶっ刺さる話
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万人受けしそう(マイルド)な話