「何を言っているのかわからない。そんな話を承知するはずがないだろう? それにしのぶは本当に分かって言っているのか? 鬼になるって言う事がどういうことなのかを・・・!!」
「うん。勿論わかっているわよ。でも大丈夫。すぐになんて言わないから。痣で寿命が尽きる十年以内に了承してくれればそれで良いの。だから今すぐ答えを聞かせてなんて言わないわ」
「ふざけるのも大概にしろ!!!!!」
私が炭治郎に鬼になろうと提案をしたところで、炭治郎は烈火の如く怒号を上げた。私は肩をびくつかせる。
「大きな声出さないで。炭治郎。他の人に聞こえたらどうするの?」
「他の隊士に聞かれて困るようなことを俺に提案している時点で間違っている!! しのぶは俺に鬼殺隊を裏切り鬼舞辻無惨の手駒になれとそう言うつもりなのか!? そんな要求飲めるはずがないだろう!!!」
「あ、ごめんさない。そう言う意味で言ったんじゃないの。でもそうよね。そう勘違いしても不思議じゃないわよね。うん。私の言葉が足りなかったわ」
私は自身の言葉足らずを恥じた。これじゃあ冨岡さんのことを悪く言えないわね。とんでもない勘違いを炭治郎にさせるところだった。私は真意を炭治郎に伝える。
「鬼になるって言っても無惨の手下になれって意味じゃない。珠世さんに頼んで鬼にして貰おうって意味よ。それなら何も問題ないでしょ?」
「は?」
炭治郎は呆気に取られる。私は補足説明する。
「炭治郎。浅草で珠世さんが言ってたこと覚えてる? 二百年以上かかったけど、人を鬼にする方法を確立したって。そしてその処置は余命幾許もない人にならするって。だからもし炭治郎が痣の寿命を迎える直前になったのなら、珠世さんに頼み込んでこう伝えて欲しいの。『自分を鬼にすることで痣の寿命を克服させてくれ』って」
「・・・・・・」
炭治郎は閉口していた。私はその反応が引っかかり、思わず首を傾げた。
「どうしたの炭治郎。別に鬼殺隊を裏切る訳ではないのよ? それに鬼になったとしても、愈史郎だって滅多に人の血を必要としないって言ってたし、食事で嫌悪感を抱くことも滅多にないはずよ?」
私がそう炭治郎に促すが、炭治郎は表情を険しくしてかぶりを振った。
「いや、俺はそれでも鬼にはならないよ。二十五で死ぬなら、俺は人として死にたい。もし仮に無惨を殺し切れなくて、且つ禰豆子も人間に戻せていなかったとしたら、その時は考えるかもしれないけど」
「なっ・・・!!」
私は想像だにしない炭治郎の回答に酷く狼狽した。
「どうして!? 二十五で死ぬなんてあんまりじゃない!! あとたった十年で死ぬのよ!? 炭治郎は死ぬのが嫌じゃないの!?」
「いや・・・それは何の意味もなく死ぬのは御免だけど・・・でもそういう方法に頼ってまで生きようだなんて俺には思えない」
「なんでよ!? 私はもっと炭治郎と一緒に居たいっ!! たった十年でお別れなんて絶対に嫌よ!! 炭治郎は私と一緒に生きてくれないの!?」
「しのぶ。ちゃんとわかって言ってるのか? その場合しのぶだけが歳をとっていずれは死ぬんだぞ? そして俺は一切歳をとらずにしのぶと死別する。そんなの死ぬより御免だよ」
「あ・・・」
私は炭治郎に指摘されて冷静になる。つまり炭治郎は一人生き永らえるのが嫌だと言っているんだ。でも私が先に老いて死ぬのが嫌だという話ならまだ解決方法はある。私は提案する。
「なら私も炭治郎と一緒に鬼になるわ! それなら永遠に二人で生きられる! それなら良いでしょ?」
「しのぶ・・・でもそれは・・・」
「なんで!? どうして駄目なの!? 炭治郎は私とずっと一緒に居るのは嫌なの!? どうして私の提案を飲んでくれないのよ!! 炭治郎っ!!」
炭治郎は一度私から目線を切って天井を見つめる。やがて思考の整理が付いたのか私の問いに答える。
「禰豆子を人間に戻して、また日の下で青空の下で自由に過ごせてやるのが俺の願いなんだ。それに禰豆子が人間に戻ればいずれは先立たれて俺だけ永遠に生きることになる。そんなの承知できないよ。それに・・・」
炭治郎は再び私の目を見つめる。まるで射貫くような視線だった。
「俺は永遠の命なんてこれっぽちも欲しくない。仲間と、家族と、大切な人と、鬼のいない世界で穏やかに生きたいだけだ。それが叶うなら短命でも構わない」
それが炭治郎の意志だった。私は炭治郎の決意に異議を唱えることができなかった。やがて炭治郎は続ける。
「それになしのぶ。多分だけど珠世さんは了承してくれないよ。俺は兎も角、しのぶが鬼になるなんて。あの人は悲しむと思う」
「な・・・なんでよ・・・どうして珠世さんは・・・」
「珠世さんは鬼として生きることの辛さを身を以て体感している。だからその苦痛を俺達にも味あわせるような真似、了承するはずないよ。しのぶだって言ってたじゃないか。珠世さんは『鬼にする処置は余命幾許もない人にならする』って。裏を返せば只々長生きする為だけに人を鬼に変えたりなんかしない。しのぶはきっと鬼にして貰えないよ」
私は何も言い返せなくなる。炭治郎の見解に間違いはないとそう思ってしまったからだ。
「ならしのぶや禰豆子、他の皆に旅立たれて俺一人孤独に鬼として生きていく位なら、俺は短くても人として生きてしのぶと残りの人生を分かち合いたい。可能な限り精一杯生きたい。それが俺の嘘偽りない本音なんだ。だからこの話はもうこれで終わりだ。もう二度と鬼になるとか言い出さないでくれ」
炭治郎はそう言い終えると寝返りをうって私に背を向ける。やがて私は堪え切れなくなり、徐々にフルフルと震えて思わず言い返してしまった。
「私に先立たれて一人で生きるのは嫌だって言う癖に、私より先に炭治郎は死ぬつもりで居るんだ。そうなんだ」
「えっ・・・しのぶ?」
「私が炭治郎に先立たれて先の長い人生を生きて行かなくちゃいけないってわかってる癖に、そんなこと言うんだ。そうなんだ」
「ちょっ!? ちょっと待ってくれしのぶ! 俺は何もそんな風には・・・!!」
「私だって炭治郎に先に死なれるのは辛いわよ!! それなのに炭治郎は自分の我儘ばかり言って!! 私の気持ちなんてどうでも良いんだ!! そうなんだ!! うっ・・・うっ・・・!」
「まっ、待ってくれしのぶ!? 何も泣き出すことはないだろう!? 俺別にそこまで言うつもりは・・・ぐっ!?」
炭治郎は上体を起こそうとするもあばら骨の痛みで悶絶する。私は一人泣き続ける。
「私っ!! いつか炭治郎と夫婦になって愛を囁き合って愛し合って子どもを産んで二人で家族をつくって幸せに生きていきたいっ!! でもそれがあと十年しかないのよっ!? 短い・・・余りにも短すぎるわっ!! どうして私たちがそんな理不尽受け入れなくちゃいけないの!? 私も炭治郎も他の大勢の人達の為に必死に頑張ってるのに!! どうして・・・!!」
「し・・・しのぶ・・・」
炭治郎はあばらを抑えて脂汗を噴き出しながら私の手を必死に握る。私はハッとし炭治郎を見つめる。
「大丈夫だよしのぶ。短いなら短いなりに一生懸命生きれば良いんだから。俺の父さんだって短命だった。でも俺の兄妹姉妹は五人も居たんだ。大丈夫。短命でも家族は作れる。幸せに生きられるよ。俺が必ずしのぶを幸せにして見せる。だから安心しててくれ。俺はこの命が続く限りしのぶの傍に居てみせる。約束する」
「た、炭治郎・・・」
私は炭治郎の手を握り返し、自身の涙を拭う。そうして必死に作り笑いを浮かべて炭治郎に微笑み返す。それを見て炭治郎も安心してくれたようだった。
「ごめんなさい炭治郎。私、取り乱しちゃって。貴方はこんなに重傷なのに。私の癇癪一つでこんなに痛い思いさせて本当にごめんなさい」
「平気だよ。しのぶの癇癪にはもう慣れてるし」
「ちょっと。それってどういう意味よ」
「あ・・・ごめん今の聞かなかったことにしてくれ」
私は思わずムッとする。炭治郎はあからさまに自身の失言に冷や汗を浮かべていた。でも私はこれ以上炭治郎の心身に負担をかけても仕方ないと思い溜息をつく。
「もう・・・今は兎に角安静にしてなさいよ。炭治郎の怪我早く治ってくれないと、私ずっと単独任務に駆り出されるわ。そしたら二人で過ごす時間も減っちゃうだろうし」
「ああ。ごめん。一日でも早く治すよ。とりあえず今日はもう寝かせてもらうな? 回復の呼吸しながら安静にしてるよ」
「うん。そうしてて。定期的にこの病室にも巡回しに来るから。じゃあまたね。炭治郎」
「ああ。いってらっしゃい。しのぶ」
そうして私は炭治郎の手のぬくもりを名残惜しくも思いつつその場を立ち去った。いつまでも蝶屋敷の仕事を放り出している訳にもいかない。私は定常業務に戻ることにした。
けど私は、内心では諦めきれないでいた。炭治郎に先立たれるなんて想像するだけで耐えられない。結局私は、珠世さんに一通の手紙、いや寧ろ嘆願書に近いものを送った。
続く
本作のしのぶは覚悟ガンギマリではないので少し危ういですね。変に暴走して兄上を喜ばせる展開にならなきゃいいのですが(え)。とは言え、流石の筆者もそこまでの胸糞ルートは書くつもりはないです。最後はやはりハッピーエンドじゃないとね。
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