「不死川君っ! 私ねっ! いつか一緒の御屋敷に住もうって思ってるんだけど良いかしら? それに祝言の日取りとかもいい加減決めたいわぁ。あんまり待たせてると私のお腹の赤ちゃんドンドン大きくなっちゃうわよ? 不死川君はそれでも良いの?」
「不安にさせて悪ィ、カナエ。けど確かにそうだなァ。柱もだいぶ増えたし身を固めるには丁度いい頃だァ。ただ蝶屋敷とかの仕事は平気なのかよ。以前は忙し過ぎて回らないって言ってなかったか?」
私はお茶の間に不死川さんを連れ込んで大量のおはぎを戦利品に待機を促した。そうして姉さんを呼び寄せる。案の定、姉さんはウキウキでお茶の間に到来した。
「じゃあ私、包帯と塗り薬一式取って来るわね。どうぞ気が済むまでごゆっくり」
「流石はしのぶ! 気が利くわね~!」
私はそのままお茶の間を退出し、入り口に『入るな。危険』の張り紙をした。これは以前、姉さんが不死川さんに迫ってあんなことやこんなことを仕掛けてた場面に私が偶々遭遇したのが理由だ。以来、それを教訓に注意喚起の張り紙をするようになった。とてもじゃないが、蝶屋敷の子達の情操教育に悪影響を及ぼしかねない。なのでその為の保険だった。まあ身重の身で流石の姉さんでもそこまでのことはしないとは思うけど・・・
私は内心溜息をつき、医務室に移動し必要なものを一式取りまとめる。そしてそれが終わり次第、別の個室で待機している同期の人物に声を掛けに行く。
「玄弥君。お兄さんをお茶の間に留めてるから、後で一緒に会いに行きましょう?」
「っ! 遂に兄貴と・・・!! でも俺・・・」
「大丈夫。もしお兄さんがキレ散らかしても私が庇ってあげるから。いざって時は鎮痛剤打って何とかするつもりだし。だから安心して?」
「・・・俺は兄貴にただ謝りたいだけなんだけどな・・・」
玄弥君はとても緊張していた。上背がこの数ヶ月で六尺程に成長した彼だが、その不安げな様子を見ると少しだけ小さく見える。彼は椅子に座ったまま拳を握っていった。
「俺・・・酷いこと言っちまったんだ・・・兄貴に・・・どうして母ちゃんを殺したんだって・・・兄貴は俺達を守るために鬼になった母ちゃんと必死に戦ってくれたはずなのに・・・」
「そう・・・」
「だからせめて謝りたいんだ。以前の家族だった時みたいに一緒に暮らしたいとかそこまで言うつもりはない。けどせめて・・・少しでも兄貴の辛かっただろう記憶をマシにしてやりたくて・・・」
「わかったわ。後で一緒に謝りに行きましょう?」
「いや、しのぶまで謝る必要は・・・」
「いや、十中八九私も怒られるわ。だって玄弥君を会わせること、不死川さんにまだ言ってないもの」
「・・・え・・・」
玄弥君は何を言っているんだという顔をする。私は清々しい笑顔で答える。
「だって不死川さん日頃『俺に弟なんかいねェ』とか言ってるのよ? それで玄弥君連れてっても会ってくれる訳ないわ。ならいっそ、もう適当に口実作って蝶屋敷で引き合わせる以外にないじゃない。他に何か代案あるなら聞くけど?」
「いや・・・代案なんてねぇけど・・・いや・・・しのぶ・・・お前マジか・・・でもまあうん・・・なんか悪いな巻き込んで」
「平気平気! いざってなれば奥の手があるから!」
「それは・・・聞かない方が良い奴か?」
私は満面の笑みで玄弥君に向き直る。彼は心底引いていた。
大丈夫。私の奥の手は不死川さん特効だから。余裕で完封できるはず。まあ下手すると共倒れするかもしれないけどその場合は仕方ないわ。同期切っての頼み事なんだし、ここは私が一肌脱いであげないと。
「さて。そろそろ不死川さんが待ちわび始めてる頃ね。私が玄関口まで引っ張り出すから、玄弥君は庭で待機してて」
「ああ。わかった」
「じゃあ作戦開始」
私は玄弥君と別行動を取った。彼は心底不安そうだったがここまで来て尻込みすることもないだろう。多分二度目は通じない作戦だろうし。
私はお茶の間のふすまの前まで移動し、外側から声を掛ける。
「姉さん入って平気?」
「いいわよ~? もう大丈夫。丁度済んだもの~」
何が済んだのかは後が怖いので聞かないものとする。私は張り紙を剥がしてふすまを開ける。そこには心なしか肌ツヤが良くなった姉さんと、若干やつれ気味の不死川さんが座っていた。
「はあ・・・お楽しみ頂けたようで何よりだわ姉さん・・・」
「あら~? なんのことかしら~?」
「なんでもない。じゃあ不死川さん。これ言われていた包帯と塗り薬一式です。救急箱に詰め込んだので丸ごとお渡ししますね。他に縫合用の針とか消毒剤も入ってるんで必要になったら是非使ってください」
「済まねぇなァしのぶ。それとできればもうちょい早く来て欲しかったなァ。俺の身にもなれやァ・・・」
「不死川く~ん? 一体何の話をするつもりかしら~?」
「いや、なんでもねぇ・・・それじゃあいい加減お
そうして不死川さんを廊下まで見送る。途中で蝶屋敷の縁側を通るがそこで予期せぬ事態となる。
「えぇ!? 嘘っ!? 玄弥の兄ちゃんって風柱だったの!? しかも今この屋敷に居んのっ!? 早く逃げないとじゃん!! ヒィイイ!! 怖いィイイイイ!!!!」
「ば、馬鹿野郎!! 善逸大声出すなって!! 兄貴に気づかれたらどうすんだっ!?」
「・・・アア?」
善逸・・・あんた屋敷に戻ってたのね・・・任務ご苦労様と言いたいところだけど間が悪すぎるのよ・・・よりによって今この作戦決行間際で玄弥君の滞在をばらすなんて・・・
「オイ・・・しのぶ・・・テメェまさか・・・」
「なんのことですか不死川さん?」
不死川さんが私の肩に掴みかかりそうになったので、私は全力で躱し庭先に退避する。すると不死川さんが疾風の如く追いかけてくる。
「しのぶテメェ!! 謀りやがったなっ!!??」
「五月蠅いっ!! 弟切っての面会希望なんだから兄としてちゃんと応えてやりなさいよっ!!」
「俺に弟なんざ居ねぇつっただろうが!! 半殺しにされる覚悟できてんだろうなァ!!」
「待ってくれ兄貴!! しのぶは何も悪くないんだ!!」
すかさず玄弥君が私たちの揉める声を聞きつけて縁側に面した庭先に姿を現わす。すると不死川さんが目を見開いたまま突如固まった。
「兄貴・・・俺・・・話したいことがあって・・・」
すると不死川さんは青筋を浮かべて玄弥君に言い放つ。
「俺には弟なんていねェ。さっさと失せねェとぶち殺すぞォ」
「・・・うっ・・・」
なんでそんな酷いこと言うのよこの人。実の弟でしょ? 普通そんなこと言う? 確かに以前お母さんの件で誤解があったかもしれないけど、玄弥君はそれを悪かったと思ってる訳だし、現に反省もして謝ろうとしてるだけなのに。私は我慢できず不死川さんに物申す。
「不死川さん。玄弥君は貴方に謝りたいことがあるだけです。怒気を鎮めてください」
「心底どうでもいいわ。お前ら全員失せろォ」
私と玄弥君は閉口する。この場で無駄に声を上げてるのは物陰でこちらを見ている善逸だけだった。
「ヒィイイ!! なんであんな怖い兄貴に会おうとしてんのぉ!!?? 玄弥良いから早く逃げようって!!」
すると善逸が玄弥君の袖を引っ張って連れ去ろうとする。いや善逸。アンタなんでこの場にまだいる訳? さっさと一人で退散しなさいよ。
「そんな・・・俺・・・鬼を喰ってまで・・・戦ってきたんだぜ・・・」
「アア?」
その瞬間、不死川さんの怒気が膨れ上がった。私はすぐに身構えた。
「今何つった? テメェ・・・鬼をォ? 喰っただとォ?」
間一髪で間に合った。恐らく玄弥君は見えてすらいなかったはずだ。不死川さんの指が彼の眼球に迫り、私はギリギリで玄弥君を救出しその勢いのまま庭先を転がる。不死川さんは一層怒気を強めた。
「いい加減にして下さい!! どうして実の弟なのにそんな酷い真似できるんですか!?」
私は玄弥君を庇いながら一喝する。けど不死川さんは悪びれもせず開き直っていた。
「見たところ呼吸も使えねぇだろォそいつはよォ。鬼殺隊続けても鬼の餌になるだけだァ。だったらここいらで再起不能にして二度と戦えねぇようにしてやった方がマシだろうぜェ」
「不死川さん。不器用過ぎますよ。どうして素直に本音を伝えてあげられないんですか?」
「アア? 俺がいつお前に本音伝えたよォ。しのぶ。あんまり舐めたこと言ってるとテメェも半殺しにすんぞォ?」
「本気ですか? 後悔しますよ? ほら、丁度後ろに居るんで振り返ったらどうです?」
「アア? 後ろがなんだって・・・」
「不死川く~ん?」
その瞬間、条件反射のように不死川さんが振り向いた。次いで大汗を流し始める。やはり私の奥の手は不死川さんに効果てき面らしい。まるで蛇に睨まれた蛙のようだった。
「不死川君。こんなところで何してるの? しのぶと揉めごと?」
「カナエ・・・これには訳が・・・」
不死川さんが弁明を始める前に姉さんは詰問を続ける。
「どうして庭先で暴れているの? どうしてしのぶと揉めているの? どうしてしのぶを半殺しにするなんて酷いこと言うの? どうしてどうしてどうしてどうしてどうして・・・」
「うっ・・・これには深い事情が・・・」
すると姉さんは大きな音を立てて縁側の廊下を踏みしめる。その瞬間空気が揺れる。私も思わず肩をびくつかせる。
「どうしてそんな酷いこと言うの!? 貴方言ったじゃないっ!! 大好きなお母さんが鬼にされてそれでも弟たちは守りたくて必死に戦って唯一人守れた弟の為に!! お母さんや弟たちや妹たちにしてやれなかった分まで弟には幸せになって生きて欲しいからとその為に一生懸命鬼と戦っているんだって!! 貴方そう言ったじゃないっ!! 私はそんな心根の優しい誰よりもお兄さんな不死川君を本気で好きになったのに!! 家族を誰よりも愛して大切に想える男の人だから本当に好きになったのに!! どうしてそんな貴方が実の弟を傷つけるような真似できるのっ!!?? 黙ってないで答えなさいよっ!!!!!」
凄まじい剣幕に不死川さんは勿論、私も、玄弥君も、部外者であるはずの善逸すらも震えあがり絶句した。私は思い直す。姉さんは普段誰よりも優しいけど、怒ると誰よりも怖いから。どんな人もその激情を以て言い伏せられてしまう。でもそのせいで姉さんに嫌な思いさせちゃったな。私は内心とても反省する。
「え・・・兄貴・・・それって・・・」
「玄弥君。聞いたでしょ? 今姉さんが言ったのが貴方のお兄さんの本音なのよ。お兄さんは貴方が鬼殺隊に入って自ら命の危険に晒されるような真似をしてることが我慢ならないの。でもそれは裏を返せば何よりも誰よりも貴方を大切に想ってるってことよ。それだけはわかってあげて」
「しのぶ・・・余計なこと言うんじゃねェ・・・殺すぞォ」
「もういいでしょう不死川さん。意地を張らずに本音を吐いたって。そこまで意固地になると寧ろ格好悪いですよ。気恥ずかしいからって感情表現拗らせすぎです。そんなだから姉さんに叱られるんですよ」
「しのぶちゃん。それ君が言う? 炭治郎に気恥ずかしくて尻込みしてたのどこの誰だっけ?」
「善逸。命が惜しければ黙っていなさい」
「ヒィイイ!! しのぶちゃん御免なさいィイイイイ!! もう二度と口答えしないからぁ~~~!!」
「うるせェよお前らァ」
すると不死川さんは玄弥君に振り返る。
「玄弥。カナエとしのぶが言ってた通りだァ。俺は本当はお前にさっさと鬼殺隊辞めてもらって所帯でも持って生きて欲しかった。なんでテメェまでこんな危ねぇ道に足突っ込んでんだよ。何の為に俺がお袋殺してまでテメェを守ったと思ってやがる」
「あ・・・兄貴・・・」
「俺が柱続けてる限り・・・お前の下には絶対鬼なんて来させねぇから・・・だからさっさと鬼殺隊なんて辞めちまえ・・・この通りだァ・・・」
不死川さんはそう言って頭まで下げた。玄弥君には衝撃的過ぎたのだろう。そのまま号泣してポロポロと大粒の涙を流す。
「ゴメン!! 兄貴本当にゴメン!! 俺あの時兄貴に酷いこと言った!! なんで母ちゃん殺したんだって許されないこと言った!! 本当はあの時兄貴が一番辛かったはずなのに!! それなのに俺はなんて酷いことをっ・・・!!」
「玄弥。そんなの、どうでもいいっつっただろうがァ。俺はそんなこと気にしてねェ」
「そんな訳ない!! 兄貴があの時どれだけ打ちのめされていたか!! 俺はそんなことも知らずにあんな酷いことを!! 許してくれ!! 許してくれ!! どうか許してくれ・・・!! 許してくれよ・・・兄ちゃん・・・!!」
か細い声になりながらも玄弥君は地面に手をつきそう謝り続ける。嗚咽は止まることはなく、止めどもなく零れた涙が地面に吸い込まれていく。不死川さんはバツが悪そうにしていたが、やがて彼の肩に優しく手を乗せた。
「馬鹿野郎がァ・・・俺がお前を恨んだことなんて一度もねェよ・・・勘違いしてんじゃねェぞォ玄弥ァ・・・」
その時の不死川さんはとても穏やかな顔をしていた。この時だけは、誰よりも弟を慈しみ大切に想うような所作で優しく玄弥君の頭を撫でていた。私も漸く理解する。これが不死川さんの本来の素顔なのだと。姉さんが惚れた理由が何だか分かった気がした。
そうして暫く時間が過ぎて、玄弥君は泣くことを辞めた。
「でも兄貴。俺、やっぱり鬼殺隊は続けるよ」
「アア!? テメェ・・・俺の話聞いてなかったのかァ!! ふざけんじゃねェよ!!!」
「違う!! だからこそだよ!! 俺は兄貴を一人で戦わせたくねぇ!! 今はまだ弱っちいかもしんねぇけど!! いつか俺も同期のしのぶや炭治郎みたいに上弦とも戦える位に強くなって!! その上で兄貴を傍で支えたいんだ!! それが弟ってもんだろうが!!」
「玄弥・・・いい加減にしろよ・・・!!」
「いい加減にするのは貴方もよ? 不死川君。それとこの件、しのぶも善逸君も一枚噛んでるわよね? 折角だからまとめてお説教しようかしら。貴方達全員覚悟なさい?」
「えぇ!? 俺も!? なんでぇ!!??」
「姉さん。この後私蝶屋敷の仕事があるから・・・」
「しのぶ~?」
あ、これ駄目な奴だ。多分小一時間は正座でお説教な気がする。どうしよう。夜から任務なのに。
そうして、私たちは縁側で仁王立ちする姉さんの下で正座をし、反省会を開くに至った。私たちは無言で姉さんの説教を聞き続けた。唯一人、善逸だけは小声で泣き言を繰り返していたが。
続く
カナエが不死川に惚れた理由を想像の範囲で書いてみました。筆者的にはこれしかないかなって思ってます。逆に不死川は『立ちなさい。蟲柱 胡蝶しのぶ』みたいな芯の強いところに惚れたんだろうなって勝手に思っています。信じるか信じないかは貴方次第。
カナヲの恋人候補は?
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