私とカナヲが悲鳴嶼さんの屋敷を離れるまでの三日間。私はカナヲと顔を合わせるのがとても気まずかった。
だからと言って避ける訳にも行かなかった。どうしたって一日三回は食事を摂る必要がある。
けどカナヲは生まれてこの方炊事なんてしたことない。放っておけばお腹を鳴らしていつまでも黙っているままだろう。
流石にそれは私の良心が痛む。例え顔を合わせ辛くても、私は朝餉も昼餉も夕餉も用意しカナヲにも食べさせた。
私は鍛錬で疲弊した身体を少しでも回復させる為にさっさと食事は済ませて休憩を取るために切り上げる。
カナヲだって私と一緒には居たくなかったはず。それでもカナヲは食事が終わるとすぐ水の呼吸の型を見せると言って私の手を引いていった。
いつまでもカナヲに腹を立てている私と、そんな私に微塵も嫌悪感を抱かないカナヲ。果たしてどちらが姉としての正しい振舞いなのか。
それを理解してるからこそ、私は自身に対して苛立ちが募る。けどそれを表に出したらより一層自分自身が惨めになる気がした。だから私はカナヲの前でも可能な限り冷静を装った。
そんな三日間は気が遠くなるように長く感じられた。
「どうした二人とも。何かあったのか?」
「・・・何も」
「ごまかせると思っているのか。嘘をつくな」
私とカナヲが屋敷を出発する当日の朝。悲鳴嶼さんは任務から帰って来てそう尋ねた。加えて私がとっさの嘘で乗り切ろうとした矢先、悲鳴嶼さんにはあっさり看破されてしまった。
「私には目が視えずとも研ぎ澄まされた心の目がある。故に相手が偽っているかなどすぐにわかる。特にしのぶ。君は今どうしようもない程の苛立ちを抱えているな。正直に白状しなさい」
今の私は親に説教される子供同然だった。私は観念し正直に告白する。
「自分の・・・不甲斐なさに・・・苛立っていました・・・申し訳ございません」
「何も謝罪を求めている訳ではない。何が不甲斐ないというのだ」
「・・・・・・」
私は必死に自身の気持ちを噛み締める。
「私は・・・未熟者です・・・妹よりも優れていない事実に辟易し勝手に傷ついて・・・劣等感から怒りを感じカナヲに対し不満をぶつけていました・・・姉失格です」
私の吐露を聞き、悲鳴嶼さんは数珠をじゃりじゃり鳴らしたのちに呟いた。
「それを認められただけでも君は立派だ。しのぶ。君は不甲斐なくなどない」
私は思わず顔を上げる。悲鳴嶼さんは盲目の目で私を見据えていた。
「自分の弟や妹、後輩、教え子と言った、本来自身が守り育てねばならない立場の者よりも、自身が劣っていると正直に認めることは難しい。それができずに人の道を踏み外す者が如何ほど多いことか。」
私の息が震える。
「自身に足りないものを素直に認めることができてこそ、それを克服することができる。だから君は既に立派な人間なのだ。君はこれから如何様にも成長できる。自信を持ちなさい」
私の喉から嗚咽の音が漏れそうになった。それを必死に抑え、私はカナヲに対し言葉を絞り出す。
「ごめんなさいカナヲ・・・こんなお姉ちゃんで本当に・・・」
「大丈夫。私はしのぶ姉さんが大好きだから。それに・・・毎日美味しいご飯作ってくれてありがとう」
私は遂に顔を覆った。今は泣き顔をカナヲに見せたくなかった。姉さん以外に弱みなんて見せないって決めてたから一層悔しかった。
「どうやら和解できたようだな。ならもう何も言うまい。二人とも。既に出立の準備は出来ているか?」
私もカナヲも悲鳴嶼さんの問いに対して無言で頷く。
「宜しい。ではカナヲは藤重山に。しのぶは狭霧山の麓に迎え。二人とも武運長久を祈っている」
そうして私たちは屋敷の中に戻り、荷造りした風呂敷を担いで各々目指すべき場所へと向かった。
「儂は水の呼吸の剣士の育手をしている鱗滝左近次という者だ。現岩柱からは既に話は聞いている」
「初めまして、鱗滝さん。私は胡蝶しのぶです。ご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願い申し上げます」
私は狭霧山の麓の案内された場所へと到着し、天狗のお面をつけた翁に声を掛ける。案の定私の育手を引き受けてくれた鱗滝さんだった。私は挨拶をする。
「うむ。言伝には聞いていたが育ちの良いお嬢さんだ。だが、しのぶ。なぜ鬼殺の剣士を志す? お前は薬師の才もあると聞く。亡くなったご両親も娘にはどこか安全なところで平穏に家業を継いで生きていて欲しいと願っているのではないか?」
「・・・姉が・・・鬼殺隊に入ろうとしているので・・・」
私は目を伏せ、気まずく答える。それが鱗滝さんには釈然としなかったらしい。
「姉がそう言っているからお前も同じ道を志すのか? それだけの理由でいつ死ぬかもしれぬ道を敢えて進むと?」
「・・・それだけ・・・ですって・・・!」
その瞬間、育ちの良い町娘の外面は、私の激情を以て一瞬で剥がれ落ちってしまった。
「私にはもう・・・姉さんしかしないの・・・!! 姉さんを鬼殺の道の途中で死なせるなんて絶対に我慢ならない・・・!! 私が姉さんを守る・・・今度こそ必ずっ!! だからその為に強くなりたいんですっ!! いけませんかっ!?」
「ほう・・・」
鱗滝さんは感心したかのような声を出した。私は自身の怒りを鎮め一礼する。
「申し訳ございません。教えを乞う方に怒りをぶつけるなど・・・」
「いや、構わない。両親を鬼に殺され普通に生きていける者などそういない。儂はお前の嘘偽りない本音が聞きたかった。もし『姉に言われたから鬼殺隊士を目指す』など言おうものなら、儂はお前の育手の話をこの場で断っていただろう。どうやら見かけ道理の育ちの良いお嬢さんという訳ではなさそうだ。安心した」
「・・・・・・そういうことでしたか」
私は納得する。この人は私の入隊動機の気持ちの強さを見ていたのだ。怒りだしてしまった私もどうかしているが、結果的に私の思いは鱗滝さんに伝わったらしい。
「だが、しのぶ。初めに入っておく。鬼殺の道は過酷だ。自身が傷つくだけならまだいい。場合によっては目の前で多くの者の命が奪われることもあるだろう。もっと自分に力があればと悔やむことも多いだろう。どれだけ鍛錬を重ね努力を積み重ねても足りないと毎日思うはずだ。生半可な気持ちでは道半ばで心は折れるぞ? そこまでの覚悟は出来ているか?」
「この期に及んでまだそれを聞きますか。だったら覚悟は出来てます。私は例え腕を折られようが足を引き千切られようが絶対に諦めません。姉さんの傍で最後まで戦って、そして姉さんより早く死ぬ。それすらも本望です。自身が他の人より恵まれない体躯なのも自覚してます。だから私は、他の人よりも何倍何十倍もの鍛錬を積み重ねることになっても絶対屈しません。それで姉さんの力になれるんだったら絶対に耐えきって見せます。だから私に鬼と戦う術を授けて下さい!! 鱗滝さん!!」
「・・・ふむ・・・」
鱗滝さんは私の決意表明を聞いてやや困った様子だった。
「当初抱いた第一印象とは逆の意味で問題児かもしれんな。相分かった。私が必ずやお前に鬼を狩れる術を身に着けさせてみせよう。早速だが荷物を置いて着物から動きやすい装いに着替えなさい。まずはお前の体力を見る。山を登るぞ」
そうして初日より鱗滝さんの下での鍛錬が始まった。
私は折れない。挫けない。絶対に。一日でも早く力を手に入れて、あの日のカナヲみたいに私が姉さんを守るんだ。
続く
【イベント発生】
???「私はただ。縁壱。お前になりたかったのだ」
【しのぶのお労しさが1下がった!】
しのぶはカナヲみたいにお姉さんの力になりたいだけなんです。その為に必死に修行します。でも最終的に鬼の頸は切れない模様(人の心・・・)
読みたい路線はどっち?
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一部の層(継国兄弟ファン)にぶっ刺さる話
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万人受けしそう(マイルド)な話