60話 遊郭
「しのぶ姉さん。今少し時間ある? 道場の方に来て貰ってもいい?」
「何? カナヲ。勿体ぶって。大事な話?」
「うん。それもあるけど、少し急ぎの話なの。実はお願いしたいことがあって・・・」
私が調剤室で治療薬の調合をしていると、突如としてカナヲが入室し、そのように声を掛けてくる。
珍しいわね。カナヲが私にお願いなんて。しかも急ぎの用事なんて猶更。
私は怪訝に思うものの、案内されるがまま閑散とした道場の方へと移動する。道場の真ん中には宇随さんが背を向けて待機していた。
「えっ、宇随さん? どうしてここに?」
「お、漸く来たな、しのぶ。待ちくたびれたぜ」
「カナヲ? 一体これはどういう・・・」
私はカナヲに視線を移す。カナヲはペコリと頭を下げる。
「ごめんなさい。しのぶ姉さん。実は宇随さんからのお願いなの」
「宇随さん? わざわざカナヲを介してまで一体何の頼み事ですか? 厄介ごとになる予感しかしないんですが・・・」
「悪いなしのぶ。どうしても女性隊士が三人は必要なんだ。既にカナヲは同行が決まってる。是非お前にも来て貰いたい」
「私もカナヲも蝶屋敷の仕事で忙しいんですけど・・・」
「今週はまだ比較的余裕ある方だろ? 入院中の隊士も竈門一人な訳だしな。それに寧ろ来週以降の方が何かと忙しくなるはずだ。何せお前らのとこの大事な姉さんが遂に嫁に出て行っちまう訳だからな」
私は眉をひくつかせる。宇随さんが言わんとしていることは、とどのつまり姉さんの祝言のことについてだった。
遂に姉さんは不死川さんと晴れて
因みに私は散々駄々をこねたものの、姉さんやアオイ、ましてやカナヲにまで言い包められてしまい、結局引き留めることが叶わなかったのだ。
要するに今後姉さんが蝶屋敷で住み込みで働くことはなくなる。当然姉さんが抜けた分は仕事が忙しくなる。隠の人達が居るとは言え、姉さんは貴重な看護担当だったのだ。その穴埋めを担うのは当然私かカナヲ、アオイの誰かしらになる。暫くの間蝶屋敷の体制はややバタつくことが予想される。
「つー訳で、お前ら二人には任務に同行して貰うぜ? カナエが蝶屋敷に残っている間しかこんな頼み事はできねぇだろうからよ」
「はあ・・・そもそもなんで私達に頼むんですか? 数が少ないとは言え、他の女性隊士も鬼殺隊には居る訳ですし。柱権限で他の人招集したりできないんですか?」
「そいつは無理な相談だな。今回の任務に生半可な実力の隊士を連れてったら速攻でお陀仏だ。最低でもしのぶと同等かそれ以上の女性隊士が必要だ」
「は? なんですかそれ。まさか上弦の鬼の討伐任務でもこれから赴くつもりですか? 全く宇随さんも
「いやいや、冗談じゃねぇっつーの。カナヲを連れて行くんだから勿論上弦狩りに決まってんだろ?」
「・・・え・・・」
私は宇随さんの返答で全身凍り付く。寧ろ宇随さんの方がやれやれと肩を竦めだした。
「しのぶ。マジで覚悟決めろよ。この任務は上弦の鬼と会敵する可能性が非常に高い。わかってると思うが、柱であっても気を抜けば一瞬で持ってかれるぞ? 気を引き締めろよな」
「ちょっ・・・ちょっと待ってください・・・上弦? 本気で言ってます? 何の悪い冗談ですか?」
「いや、だから冗談じゃねぇっつーの。俺が調べた限りだと気配の隠し方、地味さ、どちらも下弦の域を超えている。今回の任務、ド派手な殺り合いになるぜ。多分な」
「・・・・・・」
上弦の鬼。またあんな奴らを相手にしなきゃならないなんて。童磨と言い猗窩座と言い黒死牟と言い、どいつもこいつも私とは比べものにならない程の化け物だ。下手したら私今回の任務で・・・
「大丈夫、しのぶ姉さん」
不意にカナヲが私の手を握る。私はハッとして顔を上げる。
「上弦が相手だろうと何だろうと、しのぶ姉さんだけは私が必ず守り通して見せる。だから安心して?」
「カ、カナヲ・・・」
宇随さんはそんな私達を見て声も出さずに上機嫌に笑っていた。私もカナヲを真っすぐ見返し、やがて頬を弛緩させる。
「・・・ありがとうカナヲ・・・実を言うと私怖かったの・・・今まで会った上弦の鬼はどいつもこいつも信じられない位の化け物で・・・とてもじゃないけど勝てる気がしなかったから・・・」
「大丈夫。そいつらよりも私の方が強いから。仮に無惨が相手だったとしても平気。何があっても必ず守り切って見せるから。だから安心して。しのぶ姉さん」
「そうね。違いないわ」
私はクスリと笑った。確かにカナヲに勝てる鬼なんてこの世の何処にも存在しないわ。ある意味炭治郎よりも一緒に居てくれて頼もしく感じる。
「良し。しのぶも納得したことだし話を先に進めるぜ? 潜入先が三か所ある以上、あと一人任務に連れて行きたい。他にぱっと思いつく候補とか居たりするか? できればすぐにでも都合がつく奴が良い」
「そう言われても・・・他の女性隊士で上弦とも戦える人なんてそれこそ甘露寺さん位しか・・・」
「あ~、甘露寺は無理だな。髪の毛の色が派手過ぎる。悪目立ちして潜入任務には向かねぇな」
「じゃあ他に誰が居るって言うんですか?」
「もうこの際弱い女の隊士でも良いわ。すぐに出立しねぇとお前らの姉の晴れ姿見るのに間に合わねぇしな。蝶屋敷で働いてる奴に誰か居ねぇのか?」
「そう言われましても・・・」
「ではアオイを推薦します」
突如としてカナヲがそのようなトンデモな提案をする。私は思わずギョッとした。
「カ、カナヲ!? アオイは無理でしょ!? あの子普通の任務すら出れないのよ!? 本気で言ってる!?」
「大丈夫。しのぶ姉さんもアオイも私が必ず守るから」
「いや無理でしょ!? 宇随さんが言うには潜入場所が三つもあるんでしょ!? いざ鬼と会敵したらアオイだけじゃ身を守るどころか逃げることさえも・・・!!」
「じゃあ付き添いで伊之助をお供につければ良いと思う。ついでに二人の仲も進展するかもだし一石二鳥。カナエ姉さんに良い土産話ができるし・・・」
「待って!? そんなノリで上弦討伐任務を恋模様の進展に使わないでくれる!? もう少しアオイの身にもなってあげて!?」
「そうだぜカナヲ。そもそも今回の潜入場所は遊郭だ。男の伊之助を店の内部に潜入させんのは色々と無理あるんじゃねぇのか?」
「は???」
私は宇随さんの口から出た唐突な単語に思わず固まる。私はフルフルと震えて宇随さんに質問した。
「宇随さん・・・今何て? どこに潜入するって言いましたか?」
「あ? 鬼の棲む遊郭だよ。あれ? まだ言ってなかったか?」
「言ってませんよっ!!!!」
私は我慢ならず大声を上げた。宇随さんは私の剣幕にたじろぐ。
「何ふざけたこと言ってるんですか!? まさかとは思いますけど私達を遊郭に売り飛ばすつもりですか!? 見ず知らずの男共に手籠めにされながら鬼を探して見つけて来いと!?」
「いや、そこまでしろとは言ってねぇだろうが」
「貴方には人の心がないんですか!? 私もカナヲも嫁入り前の娘なんですよ!? 任務とは言えあんな場所に売り飛ばされてたまるもんですか!! そもそもカナヲはなんで了承したのよ!!」
「え? しのぶ姉さんは遊郭って場所について知ってるの? 私正直あまり詳しくなくて・・・」
「っ!? 宇随さん!! もう私怒りましたよ!!!! カナヲが何も知らないことを良いことに遊郭に潜入しろとか頼み込むなんて!! もういい!! 姉さんに言いつけてやるっ!!!」
「お、落ち着けってしのぶ。それとカナエに言うのだけはマジで勘弁してくれ。俺が後日殺されちまうって・・・」
「とっととくたばれ糞野郎っ!! 宇随さんなんて一人で上弦と戦って痛い目に遭えば良いのよっ!! カナヲ!! ほらさっさと行くわよ!!」
私はカナヲの手を握る。カナヲは終始ぽかんとしていた。
「しのぶ姉さん。なんでそんなに怒ってるの? 遊郭ってそんなに怖いところなの?」
「カナヲみたいに純粋な子は知らなくて良いの!! ほら! こんな人でなし放っておいて私たちは仕事に戻るわよっ!!」
「ちょっ、ちょっと待てよしのぶ!? 落ち着けって!! 少なくとも俺の嫁が先に潜入してるしお前らがいきなり客を取らされることはねぇって!! だからマジで考え直してくれ!! この任務はお館様からの頼みでもあるんだぞ!?」
私が手を引いていたのに急遽その最後の一言でカナヲが立ち止まる。私が引っ張ってもビクともしなくなった。
「それ本当? 宇随さん」
「あ、ああ。本当だ。お館様はお前が上弦を討伐することを期待されている。今後多くの命が奪われないようにと・・・」
宇随さんが続けた弁明により、一気に潮目が変わった。カナヲは私から手を離す。
「しのぶ姉さん。お館様の頼みを断っちゃ駄目だよ」
「カ、カナヲ!? いくらお館様の頼みだからってそんなの・・・!!」
私はカナヲに思い直すよう説得を試みるが、カナヲの意志は変わらなかった。
「お館様の命令は絶対だよ? しのぶ姉さんも言う事聞かないと駄目だよ?」
「っ!! 宇随さんっ!!」
私は我慢ならず宇随さんに怒鳴り込む。宇随さんはバツが悪そうに頭を掻いていた。
「勘弁しろってしのぶ。お館様にはちゃんと事前に全て相談した上でご理解頂いているんだっつーの。同行させる隊士の安全を最大限保証すること。遊女の振りをさせても絶対に客は取らせないこと。この二つを遵守することを前提に今回の任務を承認して貰ってんだよ。そもそも俺の嫁が事前に店には潜入済みだし、既に根回しも充分に出来ている。数日の辛抱だ。遊女の振りをさせても客は絶対取らせねぇ。ここまでお膳立てしてる訳だし、ここは一つ、上弦を討伐しお館様の期待に応える為にも一肌脱いでくんねぇか? しのぶ」
私はフルフルと怒りで震えていたが、やがて感情が落ち着き、深く息を吐きだした。
「今の言葉。一遍たりとも嘘偽りありませんね?」
「あ? ああ・・・勿論だ」
「ふ~・・・・」
私はクソデカ溜息を吐く。様々な葛藤はあるものの、渋々ではあるが顔を上げ了承した。
「わかりました。私もカナヲも了承します。但し姉さんには報告しますからね? 説得は全て宇随さんにお任せしますので」
続く
天元「あ、俺死んだわ」
上弦の鬼より恐ろしいと思われている女傑、それがカナエ姉さんです。
カナヲの恋人候補は?
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冨岡義勇
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時透無一郎
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煉獄杏寿郎
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竈門炭治郎※しのぶ付き
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輝利哉君※産屋敷家へ嫁入り確定
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鬼が存在しないこの美しき世界※独り身