結論から言うと宇随さんは丸一日掛けて姉さんを説得した。私とカナヲとアオイが三人共遊郭に潜入し上弦討伐任務に赴くことについて。
最初話を切り出した時の姉さんの様子はそれはそれは恐ろしいものだった。きっと宇随さんは寿命が相当縮む思いをしたことだろう。下手すると痣者以上に。
呪詛の如き姉さんの罵詈雑言を一心に受け止めた宇随さんは、それでも尚必要なことだと一切を譲らなかった。あくまでも柱として最良の判断であると繰り返し姉さんに丁寧に説明した。
長きに渡る舌戦の末に、遂に姉さんが苦渋の決断を下して折れた。その時の姉さんはとても辛そうにしていたのを覚えている。
「宇随さん。どうか私に貴方を恨ませないで下さいね? しのぶに、カナヲに、アオイに、もしものことが在ったらその時は・・・命を以て償って頂きますからね?」
「ああ。勿論だ。済まねぇカナエ」
「謝るぐらいなら思い直してくれれば良いのに。来週漸く実弥君と祝言挙げる予定で私舞い上がっていたところなのに・・・ホント今は最低の気分よ。どう埋め合わせしてくれるのかしら」
「任務が終わったら何でもする。好き放題言ってくれ」
「もうそんなことは良いですから、くれぐれも三人をよろしくお願いしますね?」
決着がついたのち、私達は再び道場に集められた。宇随さんが私達に説明を行う。
「明日、この屋敷を発ち、吉原遊郭へ向かう。便宜上俺が仲介人になるから、指示した店に一人ずつ潜入してくれ。俺の嫁には話を通しておくから、お前らが懸念するようなことは絶対に起こさないと約束する。その上で俺の嫁と協力しながら鬼を探せ。良いな?」
宇随さんが任務のあらましを説明した時点で私は静かに挙手をする。宇随さんは質問を促す。
「私とカナヲは鬼と戦闘になっても平気ですけど、アオイはそうもいきません。どう安全を保証するおつもりですか?」
その瞬間アオイの肩が跳ねた。横目で見たが顔は青ざめている。私は宇随さんに苛立ちの視線を送る。
「そこはカナヲの当初の提案通り、嘴平をお供につける。奴は上弦との戦闘経験もある。神崎が逃げ出すまでの時間稼ぎ位なら問題なくできるだろう」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!! 伊之助さんにそんな危険な役目を押し付ける訳には・・・!!」
「心配すんな神崎。嘴平は肌感覚が人一倍優れてるらしいし、鬼と会敵する前に事前に気配を感じ取れるはずだ。基本は索敵を主に任務に当たればそれで良い。鬼が店に居ることさえわかれば俺かカナヲ、しのぶの三人の誰かしらに伝えて速攻で逃げろ。神崎は兎に角安全を第一に考えて任務に当たれ。俺の嫁の一人、まきをもお前らの補助に回るからな。気兼ねなく頼れよ?」
「わ、わかりました・・・」
「宇随さん。気になったんですけど伊之助はどういう身分で遊郭に潜入するんですか? 下働きとしてならアオイと一緒に行動するのは不自然なのでは?」
「そこは安心しろ。嘴平には忍び直伝のとびっきり上等な化粧を施して遊女として潜入させる。下手したらお前よりも美人に思われるかもな?」
「は?」
私は一瞬青筋を浮かべそうになる。男の子の伊之助が化粧位でそんな美人になるとか本当? 別に私、自分のこと美女とか言うつもりないけど、でも化粧ぐらいで伊之助の方が綺麗になるなんて俄かには信じ難い。
「しのぶ姉さん。一度伊之助の被り物取って素顔見てみたら? かなり整った顔してるし遊女の振り位ならできると思うよ? 寧ろ女顔に近いから素でも誤魔化せるかもしれないし」
「そう言えば私まだ伊之助の素顔見たことなかったわね。そんなに整った顔してるんだ。意外過ぎる。でもそれ以前に伊之助のあの野太い声のまま遊女の真似事なんてできるの? 声聞かれたら一発でバレるわよ?」
「そこは安心してしのぶ姉さん。アオイ? 伊之助は口が利けないってことにして潜入先では喋らせないであげて? そうすればアオイが傍に居る理由の信憑性も上がると思うから」
「わ・・・わかったわカナヲ・・・でも伊之助さん筋肉相当付いてるから化粧して喋らないようにしてもバレるんじゃ・・・」
「それも大丈夫。丈の長い着物着せて誤魔化すから。ただ人前で脱ぎ出さない様アオイがちゃんと見張ってて。伊之助はすぐ上裸になりたがるから」
「そ、それもそうね。わかったわ。絶対伊之助さんが脱ぎ出さない様私がちゃんと傍で見張っておくから」
「うん。これでアオイの潜入先はひとまず大丈夫そう」
「嘴平には俺の口から伝えて置く。もうじきあいつ任務から帰って蝶屋敷で朝飯でも食いに戻って来るだろうしな」
そこまで話し合いが進むと、私は踵を返してその場を去ろうとする。それを見て宇随さんが怪訝に思う。
「おい、しのぶ。どこに行くってんだ?」
「炭治郎の病室です。彼には今回の任務のあらましを私の口から説明しておいた方が良いと思うので・・・」
「わかった。暫く俺達はここで任務の段取りの話を詰めて置く。話が終わったら戻ってこい」
私は無言でうなずいて炭治郎の病室まで移動する。
炭治郎はどう思うんだろう。私が遊郭に潜入すると聞いて。やっぱり嫌がるかな。もしかしたら自分も任務に行くと言い出すかもしれない。
けど彼はまだ猗窩座と戦った時の傷が完全に癒えていない。機能回復訓練もまだ始められていない。そんな状態で任務に同行させる訳にはいかない。どうやって説得しようかしら。
そうこう考えているうちに、私は炭治郎の病室に辿り着く。彼は丁度入院食を摂っていたところだった。
「あっ! しのぶ! おはよう! 何だか昨日やけに道場の方が騒がしかったけど何かあったのか? 音柱の宇随さんとカナエさんで何やら一日中言い争いをしてたみたいだけど・・・」
「うん。そのことについて私から話すわね。炭治郎、よく聞いて。実は・・・」
私は炭治郎に吉原遊郭へ潜入任務に行くことを伝えた。そこには上弦の鬼が居る可能性が高く、危険な任務になるとも。でもカナヲが居るから大丈夫と付け加えて。炭治郎は静かに私の話を聞いていた。
「炭治郎は・・・嫌よね・・・私が遊郭に潜入するなんて聞いて・・・」
「ん? うーん。確かに危険な任務だとは思うけど、カナヲも宇随さんも居るし、俺何も心配してないよ! じゃあ気をつけてな! しのぶ!」
「え・・・」
おかしい。炭治郎ってこんなに冷たい人だった? 私が遊郭で遊女の振りすることについて何も言及しないなんてあり得る? 炭治郎って私が他の男の人の相手するかもとか心配してないの? なんだろう。すっごいモヤモヤする。
「炭治郎・・・私・・・遊郭に行くのよ?」
「ん? ああ、さっきも聞いたよ。応援してる」
「炭治郎・・・私・・・遊女の振りして潜入するんだけど・・・貴方は何とも思わないの?」
「え? 何に?」
嘘でしょ? 炭治郎何も心配してないの? 私なんて遊郭に売り飛ばされるかもとか見ず知らずの男の人の相手させられるんじゃとか最初はアレコレ懸念してた位なのに。炭治郎は私がそんな目に遭うかもしれないって微塵も気掛かりになったりしない訳?
「炭治郎・・・私が遊郭で遊女の真似事させられるって聞いて何とも思わないの?」
「え? いやそれは命の危険もあるし心配はしてるけど、しのぶならきっと大丈夫だろうし・・・」
「いや・・・そう言う事じゃなくて・・・」
「?」
なんでよ炭治郎・・・モヤモヤしてるの私だけなの? 私が他の男の人の相手を無理矢理させられるかもしれないって炭治郎は少しも嫌な気持ちにならないの?
「どうしてよ炭治郎・・・」
「え?」
私は遂に炭治郎に我慢ならなくなり、ため込んでいた不満をぶつけた。
「どうして私が遊女の振りしなきゃいけないって聞いてそんなに平気そうにしてるのよ!? 私が他の男の人の相手させられるかもしれないって心配したりしない訳!? それが嫌だって微塵も思わないの!? 私は嫌よ炭治郎っ!! 私こんなに嫌な気持ち抱えて任務に行かなきゃならないのに!! どうして炭治郎はそんな風に何も気にしてない感じで送り出せるのっ!?」
「え? えぇ!? しのぶ! 急にどうしたんだ!? いやそもそも俺・・・遊郭とか遊女とか何なのかよく知らないし・・・なら今一度詳しく教えてくれないか? じゃなきゃ俺、しのぶが何に悩んでるのかわかってあげられない気がするし・・・」
「・・・え・・・」
私は炭治郎の問いを聞いて呆気に取られる。
炭治郎・・・もしかして貴方もなの? 遊郭がどんな場所なのか知らないの? カナヲが知らないのは分かるけど、ひょっとして貴方も同じなの? 十五の男の子でそんなことあり得る?
私は絶句する。炭治郎は心配そうに私を見つめていた。私は溜息を付き、疲れた声音で炭治郎に無機質に忖度無い説明をした。
「炭治郎。遊郭って言うのはね、ピーしたい男の人の為に女の人がピーしてあげることで商売を成り立たせるお店が一杯ある所なの。それで遊女って言うのはそのピーしたい男の人相手にピーしてあげることでお店の為に働く女性達のことよ。大半は借金を理由に売られて来た女の子たちが無理矢理ピーさせられる所で・・・」
私が一連の説明をすると炭治郎は突如固まった。だがじきにフルフルと震えだす。気が付けば彼は病床を飛び跳ねて廊下へと駆けだしていた。
「ちょっ!? ちょっと!? 炭治郎っ!!?? 待ちなさい!! 説明は最後まで聞いてから・・・!!」
私の声は届いていないようだったので、仕方なく私は彼を追いかけた。どうやら行き先は宇随さんの居る道場のようだった。
「宇随さんっ!! ふざけるのも大概にして頂きたい!!!!」
「うおっ!? 竈門!? 急にどうした!? 」
私が追い付いた時には既に炭治郎は手近な木刀を掴んで握りしめていた。
「貴方は一体何を考えているんだ!!!! 嫁入り前のしのぶに任務の為とは言え見ず知らずの男に身体を売るよう真似を強要するなんてっ!! アンタには人の心がないのか!!?? 柱とかそれ以前の問題だっ!!!! 許せないっ!! 絶対に許せないっ!!!!」
「ちょっ!? ちょっと待て!! お前しのぶから一体どんな説明受けた!? 俺がいつしのぶにそんな強要なんざしたよっ!!」
ーヒノカミ神楽 炎舞ー
「なっ!? 速っ!! お前ふざけんな! よく見たら痣まで出てるじゃねぇか!! 一旦怒気鎮めろ!! 話聞けって!!」
「信じられない!! あんなに嫌がるしのぶに任務の為とは言えそんな無理強いをするなんてどうかしてる!! 上弦の鬼を倒すためなら遊女になっても構わないってしのぶはアンタはそう言ったのか!!??」
ーヒノカミ神楽 烈日紅鏡ー
「あぶなっ!? ちょっ!! 待て待て!! お前今俺の頸狙ったろ!! 本気で殺す気か!?」
「言うはずないだろうっ!!!! そんなことをっ!!!! 俺の知るしのぶがっ!!! しのぶを!! 侮辱するなァアアアアア!!!!!」
ーヒノカミ神楽 日暈の龍・頭舞いー
「待て待てっ!! 脳味噌爆発してんのかっ!? 誰がしのぶを遊女に売るっつったよ!!?? 派手な勘違いしてんじゃねぇぞ!!!!」
ー音の呼吸 壱ノ型 轟ー
その瞬間、蝶屋敷道場の壁ごと盛大に吹っ飛んだ。宇随さんは炭治郎の想像を絶する猛攻を無手で躱しきれなかったのか、つい反射的に音の呼吸で迎撃してしまったらしい。実に大人げない。
朝食時の朝っぱらから屋敷中に凄まじい爆音が鳴り響く。その結果、道場内では瓦礫と土煙が舞い起こり、視界が一気に塞がれた。
「ゲホッ! ゴホッ!」
「くっ・・・しまった・・・つい凌ぎ切れず反撃を・・・」
塵埃が治まると、やがて視界が開けた。倒壊した道場の先の庭先に、宇随さんが対の日輪刀を持って立ち尽くしていた。
一方で、炭治郎は道場の中心まで押し下げられおり、息を付いて片膝を着いていた。
「炭治郎っ!!」
私は大急ぎで炭治郎に駆け寄る。彼は苦しそうに脇腹を押さえていた。
「うっ・・・しのぶ・・・ごめん・・・俺はしのぶを・・・!!」
「馬鹿じゃないの!? 話は最後まで聞きなさいよっ!! 私は飽くまでも任務で遊女の振りをするので在って!! 本当に遊郭に売られる訳じゃないから!! 少し考えれば分かるでしょ!?」
「えっ・・・でもしのぶは・・・」
「だから話は最後まで聞きなさいって言ったでしょ!? 兎に角!! 炭治郎が想像するようなことする予定ないから!! ホントにこの子はもうっ!! 怪我だって悪化してるじゃないっ!! ほらっ! 良いから診せなさいっ!!!!」
うずくまる炭治郎の介抱に私が回り始めると、やがて宇随さんがバツが悪そうに私たちの傍まで近づいて来た。宇随さんは物凄く申し訳なさそうな様子で炭治郎に謝罪する。
「悪い。竈門。俺が直接説明に行くべきだった。兎に角、しのぶにはお前が懸念するようなことは絶対させないと約束する。その上でお館様からも了承頂いてるんだ。だからその・・・納得してくんねぇか?」
宇随さんも物凄い冷や汗を流している。
蝶屋敷道場の半壊。じき柱候補の炭治郎の怪我の悪化。宇随さんも現状を冷静に分析して、現時点での悲惨な有様を認識し肝を冷やしていると思われる。こんなところ姉さんに見られでもしたら・・・
「うげえ!? ナニコレ一体どういうこと!!?? 帰って来た途端なんか道場ぶっ飛んでんだけど!?」
「スゲェ!! スゲェぜっ!! 柱ってこんな技まで使えんのか!? よっしゃぁあああ!! 今の俺は任務帰りだが力が有り余っているからな!! 勝負勝負ゥ!!」
いつの間にか善逸と伊之助が道場の倒壊部分から様子を伺いに来て、各々好き勝手に叫んでいた。私も宇随さんもそれを無言で見つめる。
その後まもなく、騒ぎに気付いた姉さんが道場に現れた。私は背筋に冷や汗が伝うのを感じた。
「あらあら~? これは一体全体どういうことかしら~? 誰か説明して下さる~?」
私たちは結局この後正座をさせられ、こっぴどく姉さんに叱られた。
宇随さんも姉さんを先日の朝から今日の明け方まで必死に説得したばかりなのにこんな大騒ぎを起こしてしまったので猛省していた。基本は私達を庇い、甘んじて全ての責任は自分にあると姉さんの怒りの矛先を一心に引き受けていた。
しかし姉さんが事の顛末を聞いて不意に炭治郎に説明を求めた後、彼が私を遊郭には絶対連れて行かせまいと烈火の如く怒り狂ってしまったと聞いて、姉さんは一転して雰囲気を柔和なものにした。
「あらあら~? そういうことだったのね~? まあ宇随さんが道場を吹っ飛ばしたのは頂けないけど、炭治郎君に免じて許してあげようかしら~。うふふ~?」
「お、おう。すまねぇ、カナエ。恩に着る」
「別に宇随さんのことを許した訳じゃないのよ~? 任務から帰ってきたら覚悟なさって下さいね~?」
「・・・心得た・・・」
結局、小一時間程でお説教会はお開きになった。気が付けばカナヲとアオイまで私と炭治郎を生温かい目で見つめ微笑を浮かべていた。
「しのぶったら愛されてるわね~? 姉さん嬉しくなっちゃうわ~!」
「はあ・・・とりあえずカナエ様が怒りを鎮めて下さって良かったです」
「カナエ姉さん上機嫌だね。じゃあ次はアオイの番だよ?」
「はっ!!?? ちょっと!! カナヲは何言い出すのよ!?」
姉さんが居なくなったことで、遊郭潜入任務の打ち合わせが再開されるに至った。
ここだけの話、炭治郎が必死に怒ってくれた事実に嬉しくなってしまった自分が居た。でも正直滅茶苦茶疲れた。今日はもう休みたい。
続く
炭治郎「非道いなぁ、人の心とかないんか?」
宇随「ああ、嫁が全部持ってっちまったからな」
呪術廻戦は知らないけど直哉ミームは知ってるって人多そう。改めて考えるとドブカスって凄い。
カナヲの恋人候補は?
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冨岡義勇
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時透無一郎
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煉獄杏寿郎
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竈門炭治郎※しのぶ付き
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輝利哉君※産屋敷家へ嫁入り確定
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鬼が存在しないこの美しき世界※独り身