今の笛の音、聞き覚えがある。私がまだ小さかった頃、何度かカナヲが街中で吹いた笛の音と同じだった。
そしてその少し前に響き渡った轟音。建物が砕け散るような凄まじい音。十中八九、カナヲが鬼と戦闘を始めたと考えるべきだ。私はすぐさま須磨さんに声を掛ける。
「うぇええ!? 何今の音っ!? 何の音ぉおおお!!??」
「善逸五月蠅い!! 須磨さんすみません! 恐らく鬼との戦闘が京極屋の方で始まりました! 私先に行きます!」
「ふぇえ!? し、しのぶちゃん!? 夜が明けたのに鬼が出たんですか!? そんなこと有り得ます!?」
「わかりません! でも先ほどの凄まじい音と外の騒ぎ。無関係とは到底思えないんです! 善逸!! 鬼が複数居た時に備えてここで待機してて!!」
「いやいや待って!? 朝方に出たってそれ陽の光克服した鬼の可能性もあるじゃん!! そんな鬼に挑み掛かるなんて自殺行為だって!!」
「いいから善逸は待機!! 須磨さんとお店の人達は任せたわよ!!」
「ちょっと待ってよしのぶちゃん!!」
私はすぐさまその場を去り、須磨さんの部屋に持ち込んで隠していた自身の日輪刀だけ携えてそのまま店を飛び出した。
京極屋の傍まで走ると、案の定、日向で煙を上げながらうずくまる鬼らしき影が見えた。
「アァアアア!!! 熱いっ!! 熱いよっ!! お兄ちゃぁあああああん!!!」
遊女若しくは花魁らしき姿をした鬼がそう助けを呼ぶように声を上げると、その体からもう一体の鬼が生えてくる。煙を上げているものの、動きに一切無駄は無く動揺も迷いも見受けられない。
すぐにその鬼は京極屋の倒壊した建物の日陰へと女の鬼を連れて避難していた。
「ふざけた鬼狩りだなぁ。夜が明けてから挑みかかって来る奴なんて初めてだなぁ」
「うぅ・・・痛い・・・熱いよ・・・お兄ちゃん・・・」
「不覚を取ったなぁ。まさかあんな女に投げ飛ばされるとは思わなかったなぁ。ひょっとして柱の鬼狩りかぁ?」
日向に出てたカナヲは日陰に避難しているのを黙って静かに見つめていた。片や幽鬼のようにガリガリにやせ細った長身の男鬼。片や全身火傷の痕が残る女鬼だ。
「んん? こいつまさか・・・黒死牟さんが言ってた例の鬼狩りかぁ? 成る程なぁ。道理で馬鹿みたいに強い訳だぁ」
「え? もしかして例の奴!?」
「何? 私のこと知ってるの?」
遂にカナヲが口を開く。暫く両者睨み合う中、私がカナヲの傍に駆け付ける。
「カナヲ! 状況は!?」
「目の前の鬼は上弦の伍。元々は蕨姫花魁っていう遊女の鬼だった。でも日向に力尽くで投げ飛ばしたらもう一体が身体から生えて来た。発言からして兄妹の鬼っぽい」
「上弦の鬼が二体居るってこと!?」
私がそう驚愕すると、兄の鬼の方がガリガリと首元を掻きながら呟く。
「俺達は二人で一つだからなぁ。俺達二人で上弦の伍だからなぁ」
「お兄ちゃん! もう一人増えたわよ! もしかして黒死牟さんが言ってたもう一人の方の鬼狩りじゃない!?」
「アァ? あー・・・そうかもなぁ。確か姉の方を気に掛けてるって仰ってたなぁ。まあ姉は妹みたいに強くはねぇみたいだが・・・」
「成る程。上弦同士で情報は共有してるって訳ね」
どうやら目の前の鬼、上弦の伍は私たちが那田蜘蛛山で黒死牟と会敵したことを知っているらしい。私達の柱合会議みたいに上弦もそういった場が設けられているのだろうか。
「気を付けた方が良いなぁ。確か鬼に効く毒を使うらしいからなぁ。お前もうっかり喰らわないようにしろよなぁ」
「任せてお兄ちゃん! 私があっちの弱い方の相手をするわ! 見たところ容姿は整ってるみたいだし折角だから殺した後喰ってやるわよっ!」
「あー・・・それはどうすっかなぁ。黒死牟さんが後でなんて言うか・・・」
「でも鬼狩りなんだから殺さないと駄目でしょお兄ちゃん! 黒死牟さんよりあの御方の命令の方が優先順位上に決まってるでしょ!? だから殺して喰っても別にいいはずじゃない!」
「まあ良いかそれで。じゃ任せたからなぁ。因みに目の共有は居るか?」
「大丈夫! あんな弱そうな鬼狩り私一人で完封して見せるから!」
「なら頼むぜ。じゃあ俺はあっちの厄介そうな妹の方だぁ。俺たちのねぐら台無しにしてくれた分は取り立てるぜ。俺はなぁ」
なんだか作戦会議してるみたいだけど私はそれが滑稽で思わず鼻で笑う。
「馬鹿じゃないの? こっちが日向に居ればアンタ達何もできないはずよ? 血鬼術だろうが何だろうが陽の光を浴びればたちまちに霧散して・・・」
「そうかぁ。じゃあ店の中に居る遊女共を人質にとっておびき寄せるとするかぁ。お前らに何人救えるかなぁ?」
「っ!!」
すると兄鬼は背を向けて店の奥の方へと進んでいこうとする。私は大慌てでその場を蹴り後を追うが・・・
「馬鹿ね! お前の相手はこの私よ!」
無数の帯が振り回され、それらの凶刃が私目掛けて殺到する。
ー蟲の呼吸 虻咬ノ舞 切裂の誘いー
私は帯の斬撃を巧みに回避しつつ女鬼の周囲を飛び回るように舞う。そして隙を見て鬼の頸に毒を撃ち込んだ。
「がっ!? ゲホッ!! ごっ・・・これ・・・!!」
「この程度が上弦の伍? 私の動きにすらついて来れないなんて。アンタなんてただの雑魚鬼よ」
「俺の妹に毒を使うんじゃねぇよなぁああ!!」
ー血鬼術 飛び血鎌ー
すると店の奥から兄鬼の方が激高して血鬼術を撃ち放って来る。私はギョッとする。見たところ無数の血の刃。そしてこの速度と数。妹の攻撃とは比べものにならないっ!!
私は全速力で店の外に飛び出す。私の背を穿とうと血の刃が追随するが、日向に出た途端ジュウっと音を立てて煙を上げて燃えて消え去った。
「はあ・・・はあ・・・今のは危なかった・・・」
「チィ・・・陽の光が無ければ今ので殺せたんだがなぁ」
私は日向に着地し振り返る。日陰の奥に悪態をつく兄鬼が見えた。奴は苦々しくぼやいている。
「やっぱり日中は分が悪いなぁ。仮にも他の上弦が殺し損ねた鬼狩りだしなぁ。ここは逃げた方が良いかもなぁ」
「うっ、うっ、お兄ちゃん・・・苦しい・・・気持ち悪いよこれ・・・」
「泣いたってしょうがねぇからなああ。毒位自分で分解しろよなぁ。お前はすぐ攻撃喰らうからなぁ」
すると兄鬼が近づいて妹鬼の頸に手を当てる。すると瞬く間に藤の花の毒が分解された。
「そんなっ・・・!!」
「いやあよく効いたぜこの毒はなぁあ」
恐らく兄鬼に毒を移してそのまま分解したのだろう。それにしてもなんて分解速度。猗窩座の方がまだ毒の分解に手間取っていたっていうのに。
「これでわかったよなぁあ。毒じゃ俺達を殺せねぇってなぁあ。ここいらで手打ちにするってのはどうだぁあ?」
「馬鹿言わないで。上弦の鬼を目の前にして見逃すなんてあり得ないわ。お前たちはここで必ず討伐する。覚悟しなさい」
「そいつは無理な相談だなぁ。お前の毒はあっさり分解できるし、そっちの妹の鬼狩りも今は日輪刀が無いから俺達に止めは刺せないからなぁ。どうやって俺達を殺すって言うんだぁあ? ひひっ!」
私はカナヲを見る。確かにカナヲと言えども日輪刀が無ければ戦えない。上弦以上の膂力を持つとしても無手で鬼となんて戦えるはずがないのだ。しかしカナヲは驚くべき行動に出る。
「じゃあ私が無理矢理日向に引きずり出すから。そしたら流石に死ぬでしょ? いくら上弦の鬼でも」
そしてカナヲの姿が消える。気が付けば兄妹鬼の傍まで距離を詰め、妹の方の髪をひっつかんで全力で外へとぶん投げていた。
「ギャァアアアア!!! 熱い熱い熱い!! 助けてお兄ちゃんっ!!!」
「俺の妹を二度も投げんじゃねぇよなぁああ!!」
反応が遅れた上弦達だったが、すぐさま兄の方がカナヲに斬り掛かる。しかしカナヲは紙一重で攻撃をいなし回避を続けその上で私に呼びかける。
「しのぶ姉さん! 妹の鬼は地面に縫い付けて! そのまま太陽で灼き殺して!」
「っ!! わかったわ!」
「ギャァアアアア!! 死ぬ死ぬ!! 死んじゃう!! 助けてお兄ちゃぁあああん!!」
「このっ!! 俺の妹を何だと思って・・・ぐっ!?」
カナヲが片腕を振るうと兄鬼の頸筋から鮮血が舞う。奴は驚愕に目を見開いていた。
「か、簪だぁああ!?」
「はあ・・・やっぱりこれじゃ切れないか。宇随さんまだかな」
遊女として支給された物なのか、カナヲは袖に簪を隠し持っていたようだ。やっぱりカナヲは規格外過ぎる。あんな玩具同然の獲物で上弦の伍と切り結ぶなんて。
「マジでどうなってんだコイツ!! 簪一本しか持ってねぇんだぞ!? ふざけんなよなぁああ!!!」
「やだやだやだやだ!! 死んじゃう!! 死んじゃうよ!! お兄ちゃぁあああん!!」
「このっ・・・いい加減にしろよなぁあ!!」
ー血鬼術 円斬旋回 飛び血鎌ー
すると血の刃が竜巻の如く巻き起こり、半壊していた京極屋を一気に飲み込んだ。一瞬でバラバラに建物全てを切り刻み、そのまま瓦礫ごと吹き飛ばす。私はその光景を見て血の気が引く。
「カ、カナヲ!? それにお店の人達はっ・・・!!」
「大丈夫!! 京極屋の人達の避難は完了してるから!! 今は勝つことだけ考えて!!」
すると突如、どこかしらの屋根から飛び降り駆けつけた雛鶴さんが、私の下に合流してそう説明する。私は一瞬肩を跳ねさせる。
「え、ホントですか雛鶴さん!!」
「ええ! あの子が戦い始める前に全員眠らせて近くの建物に運び出したから! それでこっちは・・・」
雛鶴さんが質問しかけたと同時に、私は何者かに斬りつけられ、雛鶴さんは足蹴にされて吹き飛んだ。下手人は上弦の伍の兄の方だった。
「ぐっ・・・このっ・・・!!」
「今はお前の相手をしてる暇ねえんだよなぁああ!!」
全身を陽の光に灼かれながらも、上弦の伍は必死に妹を抱きかかえ、花魁の着物を二人で被った後、その場を急いで立ち去った。
「なっ! 逃げるな卑怯者っ!! 逃げるなぁああ!!」
「うるせぇんだよなぁああ!! 鬼なんだから太陽から逃げるのは当然だろうがぁああ!!!」
私はすかさず立ち上がって後を追おうとするが、凄まじい悪寒に膝を着く。これは・・・毒っ!?
私はすぐに藤の花の抽出物から調合した解毒剤を首筋に打ちこみ注入する。そして可能な限り呼吸で血の巡りを遅らせて毒の進行を抑えようとする。
しかし、今の私にはそれが精一杯で、とてもじゃないが鬼を追いかける余力はなかった。折角ここまで追い詰めたのに・・・!!
「しのぶ姉さん。借りるね?」
一瞬カナヲの声が聞こえたと思ったら、私の日輪刀が鞘含めて持ち去られた。そして瞬く間に一陣の風と共にカナヲが鬼の背後へと迫り、私の日輪刀で心臓を串刺しにした。
「がっ!!??」
「諦めて。もう貴方は終わりよ」
「ふざけんなよなぁああ!! 鬼狩りの毒程度で俺が死ぬ訳ねぇんだよなぁああ!! こんな細い日輪刀すぐにへし折って・・・なっ!!??」
余りに遠くで詳細には分からなかったが、何故かその鬼は身体を強張らせていた。私の日輪刀をへし折ると豪語しておきながら何もできずその場で固まっている。
「なんだこれ・・・灼けるように痛む・・・身体が・・・筋肉が強張るっ!?」
「そっか。貴方はこれ知らないのね。まあ知ってたとしてもどうしようもないと思うけど」
するとどこからともなくもう二つの影が上弦の鬼に接近する。どちらも対の日輪刀を掲げる人影だった。そして上背六尺を優に超える方が一早く上弦の鬼へと接近する。
「胡蝶カナヲ!! お前に感謝する!!」
「待たせたな!! この伊之助様が来たからにはもう安心だぜ!! 派手にな!!」
「二人とも遅いです。良いから早く止め刺してください」
ー音の呼吸 壱ノ型 轟ー
直前カナヲが日輪刀を串刺しにしたままその場を退避する。そして一拍遅れて爆音が鳴り響いた。しかし上弦の鬼は、頸を斬られたはずなのに肉体の崩壊が始まらなかった。
「うお!? まだ生きてるぞアイツ!? こんな鬼どうやって殺せって言うんだありゃぁあああ!!!」
「こいつ!! しのぶの報告にあった猗窩座と同じで頸を斬っても死なないのか!?」
「問題ありませんよ宇随さん。今の爆発で日を遮る花魁の着物も燃えましたし、このまま三人で袋叩きにしてこの場に縫い止めて灼き殺しましょう」
そこからは拍子抜けするくらい一方的な展開だった。陽の光を遮ることもできず、カナヲと伊之助と宇随さんの妨害に遭い日陰に逃げ込むことすらできず、上弦の兄妹鬼は全身を灼き焦がされやがて塵になって消えて行った。
「梅・・・すまねぇ・・・守ってやれなくて・・・」
「ごめんなさい・・・お兄ちゃん・・・足引っ張って・・・」
燃え尽きる直前、兄妹鬼は確かにそう呟いた。勝負がついた後、カナヲは私の折れた日輪刀を回収して私の居る場所まで引き返してきた。
「ありがとうしのぶ姉さん。おかげで倒せたよ。日輪刀駄目にしちゃってごめんね」
私は目を見開いた。カナヲから返されたその日輪刀の刀身は普段の藤色ではなく、何故か赤熱し赫赫とした色へと変わっていたからだ。
潜入開始して僅か一夜と少し。蓋を開けてみれば何てことはなかった。私たちは、上弦討伐任務を一人の犠牲者も出さずに完遂したのだ。
続く
やはり縁壱スペックはチートですね。妓夫太郎には正直同情します。
因みに無惨はこの惨状を見ても尚鬼狩りに嵌め殺されたとしか思っていません。カナヲが痣、赫刀、透き通る世界をセットで見せれば警戒するかも。そこまで行って漸く生き恥ポップコーンが起動します。
カナヲの恋人候補は?
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冨岡義勇
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時透無一郎
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煉獄杏寿郎
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竈門炭治郎※しのぶ付き
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輝利哉君※産屋敷家へ嫁入り確定
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鬼が存在しないこの美しき世界※独り身