「ゼェ・・・ゼェ・・・」
「ふむ・・・成る程な」
私は初日の鍛錬を一通り耐えきって、鱗滝さんが住む小屋の前で手を着いていた。その様子を見て鱗滝さんは感心している。
「およそ幼い女子とは思えぬ健脚。体力の方も申し分ない。町育ちでここまで動けるとは正直思わなかった」
「はあ・・・はあ・・・よく・・・父と薬草摘みに・・・野山に出歩いていたもので・・・」
「そうか。父に感謝せねばな」
一方、鱗滝さんはやや残念そうに息をつく。私は概ね、今の鱗滝さんが何を言いたいのか予想がついてしまった。
「だがやはり・・・八歳の女子の腕力では斧すら振れぬか・・・暫くは真剣ではなく木刀で素振りをさせねば怪我をするな」
「はあ・・・ふう・・・そうですか・・・」
私の息が落ち着いたところで鱗滝さんは小屋に入ろうとする。
「焦ることはない。まだしのぶの身体は発展途上。これから先、上背が伸びるかもしれぬし筋も育つかもしれん。まずは生き残れるだけの体力と身体づくりに精を出せ。夕餉にするぞ」
「はい。鱗滝さん」
すると鱗滝さんは小屋の中で夕餉の支度をする。私も手伝うと言ったら何故か関心していた。
「驚いた。疲れ果てていると思っていたのだがな」
「悲鳴嶼さんの屋敷でも、鍛錬後に妹に食べさせる食事は用意していたので。これくらいなら身体が言う事を聞かなくても平気です」
「ふむ。では遠慮などせず手を借りるとしよう」
そうして四半刻しないうちに夕餉の準備が終わる。鱗滝さんに食事を器によそって手渡しする。
「真菰も・・・よく夕餉の準備を手伝ってくれたな」
「真菰・・・確か今最終選別に参加している方ですよね?」
「ああ。無事生きて帰って来てくれるといいのだが・・・」
そこで鱗滝さんは言葉を切る。面で表情は視えずとも不安げな様子が見て取れた。
「大丈夫ですよ」
私がそう断言するので、鱗滝さんは意外そうにする。
「鱗滝さんが選別に行くことを許可できる程、鍛錬を積んだ弟子なんですから。それに私の妹だっています。丁度同じ機会の最終選別に参加するはずなので・・・」
「妹・・・ああ・・・例の」
鱗滝さんはそこまで呟いて思案する。やがて私に対して問いかけた。
「しのぶ。お前の目から見て、妹はどう映った?」
鱗滝さんの意図がわからなかった。ただ、鱗滝さんは悲鳴嶼さんからある程度の事情は聞いているはずだ。恐らくカナヲの実力を聞きたいのだろう。
「大丈夫ですよ鱗滝さん。カナヲは鬼を石臼で叩き潰せるくらいに強いんです。ましてや日輪刀が使える選別なら、そんじょそこらの鬼なんて一掃できるに決まってます。いざとなったらカナヲが真菰さんを・・・」
「そうではない。そのカナヲは一体何者なのだ? どうやら生まれながらに常中が使えるようだが・・・」
「常中?」
私は聞き覚えのない単語に引っかかる。鬼。鬼殺隊。全集中の呼吸。最終選別。日輪刀。鎹鴉。柱。基本的な話は既に悲鳴嶼さんから既に聞いていたが、常中なんて言葉は聞いたことがなかった。私は尋ねる。
「常中ってなんなんですか?」
「知らなくて当然だろう。常中とは全集中の呼吸を常時続けることだ。本来なら柱の第一歩とされており、普通の隊士ではそうそう身に着けられるものではない」
「全集中の呼吸を・・・常時続ける!?」
「ああ。常中を身に着けると、常に呼吸を使った時と同じ身体能力を発揮することができる。日に日に体力は向上し、その辺の鬼など即殺できる位に強くなれる」
「え・・・そんなの・・・反則技じゃ・・・!」
「しかしお前の妹は生まれながらにそれを身に着けていたのだろう? 聞いていないのか?」
「そんなの・・・カナヲから一言も聞いてない・・・」
私はカナヲと過ごしたこの三日間を振り返る。カナヲが教えてくれたのは、水の呼吸の型と肺を鍛えるための鍛錬の仕方(常人には再現不可能)。もしかしてあれが常中を身に着けるための方法だったって言うの?
「そう言えば・・・漆で固められた瓢箪を息で吹いて割るところを・・・目の前で見せられました」
「なんと・・・真なのかそれは」
私も鱗滝さんも思わず閉口する。やがて先に口を開いたのは鱗滝さんだった。
「生まれた時から常中を見につけていたとなると、下手をすれば8年以上は柱と同等の呼吸の鍛錬を積んでいたことになる。その辺の雑魚鬼が手も足も出ないのにも納得がいく」
「・・・・・・」
「恐ろしき才だ。しかしどうにも引っかかる。なぜそのような傑物が巷の町娘として生まれて来た? 加えて姉たちにはそのような形質は遺伝していない。親子の血は全く関係ないのか?」
「お父さんもお母さんも普通の人でした。なのにカナヲは・・・」
そう。胡蝶家は皆普通だった。まあ姉さんは華も琴も茶も全てできる器量良しで、私は父さんの影響で薬師の才があったけど、それでも生き物として見るなら家族全員普通だった。
なのにカナヲは違った。まるで日常に潜む異物。存在自体がこの世の理から外れたような異常な存在。いや、違う。少なくとも一緒に育った間でカナヲにそんな感情を向けたことは一度もない。向けるようになったのは・・・
「あの夜から・・・私の目に映るカナヲは変わりました・・・あの時私はカナヲのことを・・・気味が悪いとそう思い・・・っ!?」
私は何を言っているんだ? 実の妹にそんな感情を抱くなんて。私はずっとカナヲを大事にしてた。外に出るときは必ず手を繋いではぐれないようにもしていたし、口が利けないから私が代わりに周囲へ受け答えを返したりもしてた。なのにカナヲは、あの日からまるで別の生き物になってしまったみたいに私の目には映ってしまう。頭でそうじゃないと思っているはずなのに、既に私はカナヲのことが・・・
「しのぶ・・・平気か?」
私は今どんな表情を浮かべていたんだろう。鱗滝さんが心配してそう尋ねてきた。私は必死に作り笑いを浮かべ頷く。
「はい。平気です。あの夜見た鬼を思い出してつい取り乱してしまいまして・・・申し訳ございません」
「いや、謝る必要はないのだが・・・」
鱗滝さんは私を訝しんでいる様子だった。私は手持ちの器に入ったご飯を一気に平らげる。
「ご馳走様! 私、寝るまでに今日教わったこと書き残しておきますね! 机を少々お借りします!」
そう言って私は慌てて立ち上がり、部屋の隅っこへと移動した。
気分が悪い。考えるのはよそう。どの道今の私にできることは、一日でも早く強くなって姉さんの傍に馳せ参じることなんだから。休んでる間すら一分一秒たりとも無駄に出来ない。
「しのぶ。用が済んだらなるべく早く寝なさい。明日の鍛錬はもっとキツイ。疲れを残したままで乗り越えられるような甘い代物ではないぞ?」
「勿論わかってます! 徹夜はしないので安心して下さいね?」
「徹夜など以ての外だ。いいか。休むのも鍛錬のうちだ。兎に角今は身体を作るのに専念しろ。焦りは禁物だぞ?」
そう釘を刺す鱗滝さんに私は生返事で返す。後ろから呆れるような溜息が聞こえる。
兎に角、今日一日学んだ鍛錬法をしっかり復習して、頭の中で反復した上で眠ろう。そうすればきっと・・・あの夜のことを夢見ることもないはずだ。
続く
【イベント発生】
???「信じられぬものを見た」
【しのぶのお労しさが1上がった!】
まあ鬼が相手とは言え、頭部叩き潰して顔色一つ変えない妹が目の前に居たら怖いよね・・・筆者ならちびると思う・・・
読みたい路線はどっち?
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一部の層(継国兄弟ファン)にぶっ刺さる話
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万人受けしそう(マイルド)な話