「まさか・・・そんな・・・!!」
私も炭治郎も禰豆子ちゃんも全員が目を見開き驚愕する。なんと今目の前に突如として上弦の壱、黒死牟が現れたのだ。私はその絶望感に思わず腰が抜けそうになる。
私たちは刀鍛冶の里で宿泊中だった。刀の修繕も終わり、明日にでも蝶屋敷に帰る予定だった。なのに私たちは突如として上弦の参、半天狗と呼ばれる頸を斬っても死なずに分裂する上弦鬼達に強襲された。
でもそれだけならまだ何とかなったはずだった。私と炭治郎の二人なら充分撃退できたはずだ。頸を斬っても死なないのは非常に厄介だが、一体一体の強さは精々下弦の壱程度。珠世さんと共同開発したとっておきの毒薬だってある。充分健闘できる余地は残されていたはずだ。
そこに追加で上弦の壱、黒死牟の到来。突如空間に襖が現れ、その奥より奴は現れた。
私は開いた口が塞がらなかった。どの鬼の血鬼術か知らないけど、もういい加減にして欲しい。どうして毎回こうなるの? どうして私達ばかりがこうも上弦の鬼と対峙しなければならないの? どうせならカナヲか悲鳴嶼さんの目の前に現れて欲しい。ホント信じらんないっ!!
「半天狗・・・お前は玉壺が抜けた穴を埋めろ・・・里を襲い・・・日輪刀の生産拠点としての機能を失わせるのだ・・・刀無しに奴らも私達とは戦えまい」
「構わないが、貴様はどうするつもりだ黒死牟。お前ほどの男がわざわざ駆け付けたのだから、それ相応の役目をあの方から仰せつかっているはずだ。一体何を・・・」
「私の目的は唯一つ・・・そこに居る耳に花札の飾りをつけた少年・・・竈門炭治郎の息の根を止めることだ・・・他にも柱が居るなら引き受けてやってもいい・・・どうする?」
「ふん。なら他の雑魚は儂らに任せろ。小僧一匹狩る為だけにわざわざお前が出向いて来るなど拍子抜けでしかないがな。そこに居る小娘共は儂らが代わりに引き裂いてくれる」
「ほう・・・本体を隠さなければ戦えない臆病者の癖に随分と大きな口を叩くものだ・・・鼠狩りが相応しいのは貴様の方であろう・・・半天狗よ」
錫杖を掲げる鬼に対し、黒死牟は嘲笑の笑みを浮かべる。それに対し半天狗と呼ばれる鬼は歯ぎしりするばかりだった。力の差故に言い返せないのだろう。
「黒死牟め。序列が上だからと好き放題言いおって。だが良いだろう。そこまであの小僧に拘ると言うのなら貴様にくれてやる。煮るなり焼くなり好きにすると良い。儂はその間他の小娘共を・・・」
「む・・・いや待て半天狗・・・少々確かめたいことができた・・・貴様は私が許可するまでその場で待機するのだ」
「は?」
どういう訳か黒死牟は半天狗に待機命令を出す。私は怪訝に思う。
やがて奇妙な沈黙が続いた。そうこうしている間に、半天狗の血鬼術で痺れた身体の感覚が戻って来た。私は炭治郎に支えられていたが、もう平気と合図して自身の両足でその場を立ち上がる。
「お前・・・その格好・・・気づくのが遅れてしまったが・・・あの時の娘なのか?」
黒死牟は私を真っすぐ見据える。私は一瞬肩をびくつかせるが、虚勢を張り負けじと奴を睨み返す。
「久しぶりね黒死牟。猗窩座同様、あの日炭治郎を殺せなくて逃げ帰るしかなかった貴方が懲りずにまた来たって訳? 本当にご苦労なことね」
私は挑発したつもりだった。しかし黒死牟はまるで信じられぬものを見たと言わんばかりに目を見開いて固まっていた。私は一層怪訝に思う。
「貴様・・・どういう意図で・・・そのような装いをしているのだ・・・もしや気でも触れたのか・・・正中線である胸部の中心をなぜ晒す・・・何よりもその異常に短い丈の袴・・・大腿部が露わではないか・・・隊服が高位の鬼相手では意味を成さぬと開き直り逆に軽量性を重視したのか・・・しかしそれを考慮しても正気を疑う・・・利点より懸念点の方が多いはずだ・・・何より貴様は年相応の
「なっ!!??」
私は黒死牟より至極真っ当な指摘をされて、すぐに今の自身の格好を思い返す。そうだった。今の私は通常の隊服ではない。ゲスメガネが下心で私に用意した例の短袴の隊服のままだった。本来これは炭治郎と二人きりの時の為にと今夜着用してただけなのに。あろうことかこの隊服を着た状態で上弦の鬼と遭遇する羽目になるとは。私は思わず羞恥に顔を染め、苦し紛れに蝶の羽織で自身の胸部と大腿部を必死に覆い隠す。
「成る程・・・大方貴様に・・・惚れた男でもできたという事か・・・それにここは温泉地・・・意中の男と湯浴みに興じ・・・己が武の研鑽を忘れて遊興に耽っていたのだろうな・・・軟弱千万・・・!!」
黒死牟から一方的に言いたい放題言われた。ただ私もこの隊服の装いが常軌を逸したものであると自覚があるだけに一切反論ができなかった。私は顔を真っ赤にしたまま言い返すこともできない。
「私はかつて・・・お前に期待していた・・・期待していたのだ・・・私と同じ境遇・・・同じ思いで高みを目指し・・・兄弟姉妹に負けまいと必死に研鑽と鍛錬を積む姿勢・・・私はそれを高く評価していたのだ・・・まさか暫く見ぬうちに・・・このように心変わりし見るに堪えぬ姿へと成り下がるとは・・・貴様には失望した・・・」
なんか勝手に期待して勝手に失望してる。ホント良い迷惑なんだけど。黒死牟が一方的に私に共感を示してるだけで私達に共通点なんてないじゃない。本当に意味が分からない。それよりこの話いつまで続く訳? いい加減にして欲しい。ほんとに何? 嫌がらせのつもりかしら?
「もっと早くに・・・貴様を鬼にすれば良かった・・・であれば・・・巷の町娘のように・・・恋愛に現を抜かすこともなく・・・・真っ当な武芸者として大成してたはずだ・・・何せ私はお前を育て鍛えるつもりで居たのだから・・・」
は? 何言ってんの? 嘘でしょ? 冗談じゃないわよ。誰が鬼になんてなるものか。そもそもなんでアンタに鍛えて貰わないといけないのよ。私一言もそんなこと頼んでないし願ってもないわよ。意味不明なんだけど。
「期待した私が愚かであった・・・やはり・・・
本当に頭に来る。なんで人の話聞かずに一方的に勝手な想像で話進めるのよ。馬鹿野郎。そもそも女だって大切な人を守る為なら必死に強くなって鬼とも戦えるわよ。勝手に明後日の方向で話を進めて一方的に馬鹿にしないで欲しいわ。
「もういい・・・今宵・・・貴様には興味が失せた・・・半天狗・・・小娘共は好きにしろ・・・弱者を甚振るのは貴様の得意とするところであろう」
「全く!! 下らん戯言で儂らを待たせおって! 漸くか! 全く以て腹立たしい!」
諦観の様子で黒死牟がそう呟くと、待ち侘びたとばかりに半天狗の一体が錫杖を掲げる。私はそれを見て身構える。
「しのぶっ!! 分身鬼の方は任せた!! 禰豆子をどうか頼んだぞ!!」
「えっ・・・ちょっと!! 炭治郎っ!!!」
突如、炭治郎は全速力で倒壊しかけた旅館を飛び出し、誰もいないであろう森へと向かう。その後ろ姿を静かに黒死牟は見つめていた。
「敵前逃亡など・・・士道不覚悟・・・やはり縁壱とは比べるべくもない・・・今宵引導を渡してやろう」
すると黒死牟は一瞬でその場から姿を消して炭治郎の後を追う。
黒死牟は炭治郎が逃げたと思っているようだが本当は違う。炭治郎は皆を守るために一人で囮になったんだ。このままこの場所で二体の上弦鬼と乱戦になれば、里の人達に多大な犠牲を強いることになるから。少しでも被害を減らすため、炭治郎は黒死牟を一人で引き付ける役目を負ったんだ。
でもそれは即ち、炭治郎は一人で黒死牟の相手をしなければならないということ。私はその結末の光景がありありと想像できてしまい、一気に血の気が引いて取り乱す。
「どうしようっ! 炭治郎が死んじゃうっ! どうしようっ!!」
私が錯乱しかけた瞬間、発砲音が鳴る。それと同時に、私達に襲い掛かろうとしてた半天狗の分身体が二体とも頸を撃ち抜かれる。
「しのぶっ!! テンパってんじゃねぇ!! お前柱だろっ!! 今一度冷静になれ!!」
「むー! むー!」
すると倒壊した旅館の屋根より玄弥君が飛び降りてくる。すっかり彼が潜伏していることを忘れていた。禰豆子ちゃんも必死に私の羽織を掴んで訴えかけてくる。
「ご、ごめんなさい。二人のおかげで落ち着いたわ。もう大丈夫」
「ならさっさとお前は炭治郎の後を追え!! ここは俺と炭治郎の妹で・・・」
「あっ! 言うの忘れてた!! 玄弥君! 奴らの頸狙ったら駄目だから!! あいつら頸が取れると分身するの!!」
「はぁあ!? おまっ! 先に言えよ!! 俺早速やらかしたじゃねぇか!!」
後悔したところで遅かった。案の定、半天狗の分身体は四体に増えてしまった。錫杖、団扇、槍を持つ鬼。そしてもう一体は・・・
「っ!! 上っ!!」
ー蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡きー
「ぐぎゃぁあああ!!!」
私はすぐさま対空迎撃用の突きで上空より飛来する半天狗の分身体を串刺しにする。そしてそのまま足蹴にして地面に叩きつけた。
「良し。まずは一体」
「ぐがぁ!? な、なんだこれは!? ごふっ!? まるでこれは・・・あの方の呪いが働いたような・・・!!」
私が咄嗟に打ち込んだのは、従来の藤の花の毒ではない。珠世さんと共同開発した『細胞破壊』の薬だ。上弦が毒にどれだけ耐性があろうと関係ない。分解しない限りその薬は鬼の細胞を破壊し続ける。
「残り三体・・・流石に玄弥君と禰豆子ちゃん二人だけだと厳しいわね・・・せめてあと一匹潰せれば・・・!!」
そうすれば二対二で戦力が拮抗する。そうすれば炭治郎の救援に向かえる。このまま放っておけば炭治郎は日が昇る前に還らぬ人となってしまう。そんなの想像するだけで私は辛い、耐えられない。
「空喜っ!! この大間抜けがっ!!」
「積怒。あの女は不味い。何やら厄介な毒を使うようだ。悲しくなる」
「カカッ! 寧ろ甚振り甲斐があるではないか! ただの鼠狩りではなくなった故楽しいのう!」
「何も楽しくはないわっ!! 全く以て腹立たしい!!」
奴らは揉めている。ここは混乱に乗じて無理してでも先手を打つべき? 最悪反撃を貰っても致命傷さえ貰わなければ私はそのまま炭治郎の救援に向かえる。
でもと私は逡巡する。あの黒死牟相手に私一人が駆け付けてなんとかなる? とてもそうは思えない。不意に私は炭治郎が最後に言い残した頼みごとを思い出す。
『しのぶっ!! 分身鬼の方は任せた!! 禰豆子をどうか頼んだぞ!!』
私は奥噛みする。炭治郎の命を案じて役に立つかわからないまま駆け付けるか、炭治郎の意志に応えるためにこの場に残って戦うべきか。日輪刀を握りしめ私は葛藤する。
どうする? どうすれば良いの? 私一人でどちらも守れる訳ない。私にとっては炭治郎が全て。でも仮にこのまま駆け付けて、彼が既に殺されてしまってたら?
もしそうなら私は瞬殺され、黒死牟は里に引き返しより甚大な被害を与えに戻って来るだろう。里には多くの刀鍛冶職人たちが居る。柱なら彼らの命と技術を優先すべき? でも禰豆子ちゃんのことだって炭治郎には託された。それを反故にしてまでこの場を離れるの? 私は一体どうすれば・・・
「ねえ。これ今どういう状況?」
すると必死に葛藤する私の背後から聞き慣れた声が聞こえる。振り返ればそこには時透君が既に控えていた。
「時透君!!」
「胡蝶さん。状況教えて。炭治郎が居ないみたいだけど」
「炭治郎は今上弦の壱、黒死牟って鬼と一人で戦ってるの!! 彼の救援にも行かなくちゃいけなくてそれで・・・!!」
「上弦の壱・・・」
時透君は僅かに逡巡するもすぐに決断する。敵を目の前にしてる状況故、彼の判断は鱗滝さんも賞賛する程に早かった。
「じゃあ俺が炭治郎の救援に行くよ。どの道頸を斬っても死なない鬼相手じゃ俺が居ても役に立てないだろうし。だったら毒で鬼を無力化できる胡蝶さんがこの場に残った方がずっと良い」
「と、時透君・・・」
「心配しないで。胡蝶さん。俺、炭治郎のおかげで思い出したんだ。確固たる自分を。かつての自分を。大切な記憶を。だから大丈夫。上弦の壱だろうが何だろうが、俺が炭治郎を守るよ。約束する」
彼の表情は今までと違っていた。今まではどこか空虚で冷たい印象だった。でも今の彼は目にも声にも熱が灯ったように覇気があった。何があったのかわからないけど私は彼の様子を見て少しだけ落ち着いた。
「時透君・・・お願い・・・炭治郎を助けて・・・私じゃ力不足なの・・・黒死牟相手じゃ・・・」
「うん。任せて。炭治郎は胡蝶さんの大事な旦那さんだもんね。二人にはちゃんとした祝言挙げて貰いたいし俺頑張るよ。だから安心してて」
そう言って、時透君は私に微笑みかけてくれる。彼は透き通る世界に入れる。カナヲみたいな剣の才もある。痣は出てないけど・・・もしかするともしかしたら・・・!!
「おい二人とも!! 鬼共が来るぞ!! 話し合いはまだ終わらねえのかよ!!」
突如の発砲音で私は我に返る。玄弥君と禰豆子ちゃんで半天狗の分身体達を喰止めに掛かっているようだった。私は腹を決める。
「任せたわ時透君!! 炭治郎をお願い!! 私たちはこっちの半天狗って鬼を必ず倒すから!!」
「うん。任せて。それじゃあ行ってくる」
そうして時透君は森へと一切の迷いもなく向かっていった。恐らく透き通る世界で炭治郎が居る場所を既に捕捉しているのだろう。本当に頼もしい。私も、私の役目を果たさなければ。
続く
悲報:しのぶ、刀鍛冶の里を出るまで短袴隊服を強いられる。ゲスメガネは大歓喜(殴)。
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