「良し。ここまで離れれば・・・!!」
俺は刀鍛冶の里から数里離れた距離まで走り切り、やがて停止し日輪刀を引き抜き構える。
やがてそう間を置かずに暗闇から音もなく上弦の壱が現れる。
「観念したか・・・縁壱の足元にも及ばぬ存在・・・」
「観念なんてするはずないだろう。それに縁壱さんに比べれば俺もお前もドングリの背比べだ。言ってて悲しくならないのか?」
「なんだと・・・」
俺は敢えて黒死牟を煽る。奴に冷静になられて刀鍛冶の里へと戻られるのが一番厄介だ。俺の足じゃ絶対追いつけないし行く手を遮る実力もない。どうにかして夜明けまでこの場に縫い止めなければ。
幸いなことに樹林の密集地帯であるものの、十二分に朝日が隙間を差す余地はある。日さえ昇れば生き残れる可能性はぐんと上がる。何があろうともそれまで持ち堪える。しのぶの為にも俺は絶対に死ねない。そう固く決意した。
「愚かな・・・貴様のような有象無象と・・・私が対等だとでも思っているのか・・・」
「流石にそこまでは思っていない! だがすぐさま諦めなければならない程の実力差があるとも思えない! やりようによっては充分戦えるはずだ!」
「戯言を・・・お前と私では鍛錬した月日がまるで違う・・・痣と透き通る世界が多少維持できる程度で図に乗るな・・・猗窩座の頸を一度刎ねた程度で随分と増長したものだ」
すると黒死牟は刀を構えもせず無形の位で自然体に構える。これだけ挑発しても斬りかかってはこないのか。余程俺を殺す自信があるのだろう。俺の首筋に汗が伝う。
やがて暫く両者睨み合いが続く。俺は正眼の構えで奴を睨む。すると黒死牟は痺れを切らしたのか俺に対し問いを投げかけてくる。
「どうした・・・掛かってこないのか?」
「・・・隙があればすぐにでも斬りかかっている・・・!!」
「ほう・・・その程度はわかるのか・・・並みの柱程度には鍛錬を積んでるようだ・・・生半可に打ち込んでくるなら一刀両断にするつもりであったが・・・面白い」
俺は努めて冷静を保っていたが、正直凄まじい緊張感だ。少しでも気を抜けば即座に間合いに入られて斬り捨てられるだろう。緊張の糸を切る余裕など微塵もない。
すると奴はほんの気まぐれなのか、雑談めいた話を持ち掛けて来た。
「斬り捨てる前に・・・聞いておこう・・・その耳飾り・・・どこで手に入れたのだ・・・縁壱は・・・死の間際それを身に着けていなかった・・・奴からいつ譲り受けたのだ?」
「っ!!」
俺は一瞬、緊張の糸が途切れそうになる。集中を解くなど以ての外だ。透き通る世界を常に維持しろ。でなければ一瞬であの世行きだ。落ち着け。落ち着け。
「・・・この耳飾りは代々俺の家に伝わるものだ。ヒノカミ神楽とこの耳飾りだけは、途切れさせず継承していってくれと、死んだ父さんから頼まれたんだ。大事な約束だからと・・・」
「約束・・・」
すると黒死牟は不意に夜空を見上げる。どうやら物思いに耽っているようだ。夜明けまでの時間稼ぎしか生き残る術を持たない俺からすると、非常に有難いことなのだが、それは奴も重々承知しているはず。
やがて黒死牟は閉じていた目を開けて再び俺に視線を戻す。
「私には・・・私達には呼吸の継承者がいなかった・・・私達に次ぐ実力者は戦国の世では現れず・・・呼吸術の継承は絶望的だった・・・故に私は鬼となり・・・極めた自身の剣技と肉体を共に保存した」
「は?」
「縁壱も同じ立場だったはずだ・・・私でさえ・・・日の呼吸は使えなかった・・・私ですら会得したのは日の呼吸の派生に過ぎない月の呼吸だった・・・故に・・・縁壱は私以上に後継に恵まれなかったはずだ」
「何の・・・話をしているんだ?」
「なのに奴は・・・突如奇妙な楽観視をし始めて・・・笑ったのだ」
俺は閉口する。この男はさっきから何を言っているんだ? 頭がおかしいのか?
俺が僅かに動揺していると、奴はその隙をついて斬りかかる素振りも見せずにポツリと呟く。
「・・・気味が悪かった・・・」
「は?」
「今でも覚えている・・・私はあの時・・・気味の悪さと苛立ちで吐き気を催したのだ・・・何が面白いのだと・・・」
すると奴は再び空を見上げる。その先には満月が輝いていた。
「何を理由に・・・浮き立つような気持ちになると言うのだ・・・私は当時絶望していた・・・後継に恵まれず・・・痣を発現し二十四を迎えた当時の私に・・・自身が磨き上げた呼吸と剣技を遺す術など思いつくはずもなかった・・・あの御方に・・・魂を売る以外には・・・」
「それは・・・ちょっと・・・おかしくないか?」
「・・・なん・・・だと・・・」
俺はつい口を挟んだ。このまま奴に自分語りや昔話に興じさせてやる方が遥かに時間稼ぎにはなっただろう。けど俺には黙ってられないことがいくつもあった。
「どうして無惨なんかに寝返るような真似をしたんだ!! お前は少なくとも縁壱さんの次に凄い剣士だったはずだ!! 理解できないっ!!」
「何が・・・理解できないと言うのだ」
「自分の想いを、剣技を、大切なものを後世に遺したいって言うのなら、いくらでも方法はあったはずだ! 鬼殺隊には炎柱の手記だってある! 俺はまだ読んだことないけど、煉獄さんはそれを読んで独学で今代の炎柱になったってしのぶが言っていた! 俺が使うヒノカミ神楽だって竈門家で何代も受け継がれて必死に継承してきた! 人の想いは、絆は、とても尊い! 力強いものなんだ! その繋がりが後世に自分の大切なものを遺してくれるんじゃないのか!? 継子が居なかったのなら、手記でも口伝でも言い伝えでも何でも良いから遺せば良かったじゃないか! いつか後世の誰かがお前の意志を継いで大切なものを継承してくれたかもしれないだろう? それなのにどうして・・・鬼になんか・・・!!」
「黙れ」
その瞬間凄まじい威圧感がぶつけられる。俺は必死に堪える。かつての俺なら失神してたかもしれない怒気だった。俺は呼吸を必死に整える。
「黙らない・・・!! 俺は・・・今の話で・・・お前が命欲しさに鬼になったんじゃないって充分にわかったけど、それでも! お前が鬼になる道を選んだのだけは絶対に納得できない! お前は間違っている!!」
「黙れと・・・言っている」
「黙らないっ! お前は人の想いの強さを信じ切ることができなかっただけだ! 人の想いは何よりも、何よりも強い! 何百年経っても色褪せることはない! 俺にこの神楽と縁壱さんの耳飾りが今も尚受け継がれているのが何よりの証拠だよ。それ程までに切実に想っていたのなら、きっと誰かがお前の想いに応えてくれたはずなんだ。それを諦めて鬼になるなんて・・・簡単な道に逃げるなんて・・・お前は・・・根っからの軟弱者だっ!!」
「そうか・・・どうやら貴様にとって命は余程軽いと見える・・・武士の情けで多少の猶予は与えたつもりだったが・・・致し方なし」
来る。透き通る世界で事前に察知できた。俺は息を吸い込み身構える。
ー月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮ー
ーヒノカミ神楽 幻日虹ー
黒死牟にぴったりと呼吸を合わせるように俺は舞った。幻日虹は躱し特化の舞い。視覚の優れた者程残像を捉えて惑わされてしまう。俺は黒死牟が抜刀した後、隙だらけとなったの奴の頭上の背後に回り込んでいた。そしてそのまま繋ぐように次の型を放つ。
ーヒノカミ神楽 火車ー
俺の刃が黒死牟の頸に迫る。しかしその瞬間怖気が走る。
「遅すぎる」
型ですらない唯の一閃だった。振り向きざまに俺は黒死牟に剣を振り抜かれ辛うじてそれを受ける。恐ろしく速い。カナヲの特訓がなければ反応すらできなかっただろう。俺はそのままはじき飛ばされる。
「ぐあっ!」
俺はすぐさま防御姿勢に戻ろうと倒れた状態から上半身を起こす。しかしそれを遮る者がすぐ傍に居た。
ズン・・・!!
お、重いっ!! なんて重さなんだっ!! まるで巨岩の下敷きになったみたいだっ!!
「日の呼吸の使い手の姿か? これが・・・」
「うっ・・・ぐぅううううああああああっ!!!!!」
俺は間一髪で黒死牟の踏みつけを日輪刀の柄で受け止めていた。しかしその凄まじい重圧に押し返すことができない。徐々に押し下げられてしまう。
「痣者であっても・・・この程度の膂力しかないのか・・・哀れな・・・お前のような軟弱者が継承者だと知って・・・縁壱はあの世で何を思うのか」
駄目だっ!! 微塵も押し返せないっ!! 呼吸でどれだけ体温を上げても痣を発現させてもまるで押し返せる気がしないっ!! 同じ痣者なのに!! これ程までに違うものなのかっ!?
「私は今でも疑問に思う・・・縁壱・・・お前と私がどうして大層なものでないと言い切れる? 長い長い人の歴史のほんの一欠片だと何故思う? 私たちの才覚を凌ぐ者が今この瞬間にも産声を上げているなど・・・どうしてそのような妄言を口にできるのだ・・・現にお前の呼吸を継承したこの少年は・・・私達に遠く及ばない軟弱者でしかない・・・一笑に付す程度の腕前しかない・・・ただ軽く踏みつけるだけでこの者の命は風前の灯・・・刀で止めを刺す必要すらない・・・このような後世の者共しかおらぬと言うのに・・・どのように安心して人生の幕を引けば良いと言うのだ・・・あの世でこの光景を見て・・・歯痒い気持ちにならぬか・・・縁壱よ」
駄目だ駄目だ駄目だっ!! 死ぬっ!! 確実に死んでしまうっ!! ごめんしのぶっ!! ごめん禰豆子っ!! 約束守れなくて・・・ごめん・・・!!
俺は不意に涙を溢す。愛する人と家族を遺して死ぬことを悟り、心が折れそうになる。日輪刀に柄に込める力が思わず緩みそうになった。
ー霞の呼吸 肆ノ型 移流斬りー
「っ!!」
その瞬間、死の重圧から解放される。俺は反射的に息を吐きだしゼェゼェと息を付く。
「新たな柱か・・・ん? お前は・・・何やら・・・懐かしい・・・気配だ」
「ギリギリ間に合ったね。炭治郎、まだ戦える?」
「と、時透君・・・!!」
その瞬間、俺の命を救ってくれたのは、霞柱の時透無一郎君だった。そして彼を注意深く黒死牟は見定めていた。
続く
当初は兄上に対し炭治郎から長男煽りをさせるつもりでいました。でも止めました。なぜなら兄上が本気でブチギレたら炭治郎が瞬殺されるからです。
例:
炭治郎「長男の癖に鬼になったのか!! お前は長男失格だ!! 縁壱さんに申し訳ないとは思わないのか!!」
黒死牟「兇変・天満纎月っ!!!!」
end
ハッキリ言ってストーリー展開もあったもんじゃないです。プロット崩壊します。鬼滅世界で本気の兄上に勝てる人間なんて居ないのでしょうがないです(縁壱除く)。
カナヲの恋人候補は?
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冨岡義勇
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時透無一郎
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煉獄杏寿郎
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竈門炭治郎※しのぶ付き
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輝利哉君※産屋敷家へ嫁入り確定
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鬼が存在しないこの美しき世界※独り身