「じゃあ行ってきます。鱗滝さん。しのぶちゃん」
「ああ。必ず生きて帰ってこい。真菰」
真菰さんが日輪刀の支給まで待機となってから十五日後。刀鍛冶の里からひょっとこのお面をつけた人が訪ねて来て、日輪刀を真菰さんに手渡した。
当然だが、真菰さんの日輪刀は済んだ綺麗な水色と様変わりした。紛れもなく水の呼吸の適性がある証だ。
そうして支給された隊服を着て出発の準備をする。しかし私はこの時真菰さんの装いを見て一点気になることがあった。
「あの・・・真菰さん」
「どうしたの? しのぶちゃん」
「なぜ隊服の履物が短袴なのですか? 膝上くらいしか
「え? うーん。裁縫係の前田さんには女性の隊服はこれが標準って言われたんだけどなぁ」
「・・・そうなのですか? 鱗滝さんはご存じで?」
「いや・・・儂が現役の頃は男女問わず袴ではあったがここまで丈の長さは短くなかったはず・・・そもそも昨今の男性隊士は袴など履かぬ・・・これは一体・・・」
私も鱗滝さんも訝しむ。鱗滝さんは弟子から女性隊士を輩出するのが初めてだったようで、隊服について男女の差異や仕様については把握していなかったとのことだ。
決まりなら仕方がないとは思うが、私は正直嫌悪感があった。嫁入り前の女子が人前で素足を晒す? 誰だこんな馬鹿げた取り決めをした奴は。
「鱗滝さん。念のためお館様に聞いてもらえませんか? 短袴が女性隊士の正式な仕様なのかどうかを」
「わかった。私も正直疑問に感じる。肌の露出はそれだけ負傷の頻度を増やす。隊服の主旨を成していない。文を送って明らかにした方が良いな」
それまでは真菰さんはこの隊服で任務に赴くようだ。因み私は仮に最終選別を合格したとしてもこんな隊服は着たくない。
そうこうしているうちに、真菰さんは私たちの居場所を出立した。それを見送った後、鱗滝さんは私に向き直る。
「ではしのぶ。今日も変わらず山下りをして来なさい。一部致死性の高い罠を仕掛けて置いた。油断せず下りてくるのだぞ?」
「はい。鱗滝さん」
私はもう慣れたであろう日課に赴く。まずは狭霧山の山頂まで登る。この時点で相当空気が薄くなり、以前の私なら登るだけでクラクラしたが、今では身体が順応したのか特段苦になることもない。
そして下山。罠が仕掛けてあるであろう道順を進む。最初は石礫や丸太、落とし穴程度の罠だったが、今では普通に矢や短刀が飛んでくるし、落とし穴の底には竹槍が敷き詰められるようになった。
けど引っかからなければどうということはない。もし仮に引っかかったとしても、今の私なら呼吸を使って即座に躱すことができる。
自慢じゃないけど、敏捷性や足の速さだけは真菰さんと同等だった。彼女は数年鍛錬を積んだと言っていたから、回避行動については私の成長速度は目を見張るものがあるらしい。
「只今戻りました。鱗滝さん」
「早いな。儂が二刻かけて仕掛けた罠をものの数分で掻い潜り下山するとは。もう山下りは必要ないかもしれんな」
「わかりました。では今後は山頂付近で走り込みに専念します。肺活量と基礎体力はつけたいので」
「うむ。そうするといい。ではそこの木刀を以て素振りを千回程繰り返して来なさい。それが終われば儂と組手だ。全力で転がすからひたすら受け身の特訓を積む。容赦はせんぞ?」
「はい。いっそ鬼を投げ殺すつもりでお願いします」
「いや・・・それは流石に・・・弟子に積ませる鍛錬ではない」
「そうですか。では素振りに行ってきます」
私はそう断りを入れて木刀を片手に小屋の外に出る。
正直山下り以上にこの素振りの方がしんどかった。やはり私の腕は貧弱で、木刀ですら千回振るだけで二の腕がパンパンになる。これでは真剣を握れるようになるのはいつになることか。私はそう思案しながら日課をこなす。
そうして素振りが終わると鱗滝さんとの組手。鱗滝さんは言葉では私を気遣っているものの、手抜きは一切なかった。流石に私が怪我をしないように気を配って投げようとしているのが伝わってくる。
しかし最近はただで掴まれる訳にはいかないと私は接近した際に身を捻ったり掴み技を回避するようになった。最終的には投げ飛ばされてしまうが鱗滝さんは感心する。
「ちゃんと儂の動きが視えているのか」
「いえ、完全には視えないので、危なそうだと思ったら反射で回避するようにしています」
「視えずに避けるか。しかも細かく呼吸を使っているな。真菰の仕上がりと同程度には動けている」
「お褒めの言葉ありがとうございます。鱗滝さんに掴まれないようにするのが当面の目標です」
「言ってくれるな。しのぶは穏やかそうに見えて中々に負けん気が強い。それくらいの方が良く伸びる。期待しているぞ」
「・・・っ! ありがとうございます」
最近鱗滝さんに褒められることが増えた。無茶な鍛錬を我慢し地道に鱗滝さんの言う通りに励んでいるのもあるだろう。確かに以前より遥かに動けるようになった自覚がある。薬師を目指してた頃の私が今の私を見たらきっと腰を抜かすだろう。
それから月日ばかりが流れ行く。私は一日たりとも気を抜かず、誠心誠意励み続けた。ところが・・・
「済まない。もう教えられることはない」
鱗滝さんの下で鍛えられ始めてから一年経つ頃になり、突如そう告げられる。私は唖然とし思わず食って掛かる。
「そ、そんな訳ないじゃないですか!! 私全然強くなった気がしないです!!」
「いや、しのぶはその歳の頃の子供達と比べ相当に動ける。後は繰り返すしかない。身体が仕上がるまで」
「・・・そんなのっ・・・!!」
納得できなかった。確かにここ一ヶ月は真剣も千回素振りできるようになった。腕力は以前とは比べものにならない程に向上している。
今では鱗滝さんとの組手で十合は掴まらずに距離を詰められる。確かに動きだけなら時々小屋に戻って来る真菰さん以上に仕上がった。そう自覚してる。だけど・・・!!
「今のままで岩を斬れと!? できませんよ!! まだまだ鍛錬が足りません!! 私はもっと強くならなきゃいけないんです!! 多少動けるだけじゃ足りません!!」
「しかし教えるべきことは全て教えた。全集中の呼吸も今では当たり前のように動きの中に組み込める程になった。その点においては真菰と同じかそれ以上の練度だ。あとは純粋に肉体の成長を待つしかない」
「待つっていつまでですか!? 一年ですか!? 二年ですか!? それで本当にあの大岩を斬れるようになるんですか!?」
私は居ても立っても居られず、鱗滝さんを最終選別に行くための許可証とも言える例の大岩の手前まで引っ張り連れ去った。
「見てて下さい」
私は呼吸を整え岩に向かって一直線に突進する。
ー水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突きー
私の突きによって、鱗滝さんから借りている日輪刀が大岩に深々と突き刺さる。その様子を静かに鱗滝さんは見つめる。
「突き技なら、確かに岩は貫けます。でも突き技だけじゃ鬼は殺せない。鱗滝さんも言ってましたよね? 如何に柱でも突き技だけでは鬼の頸は刎ねられない、と。なのでもう一度見てて下さい」
そうして私は刀を岩から必死に抜き取って、今度は別の型を振るう。
ー水の呼吸 壱ノ型 水面斬りー
教えられた通り、刃を振るった。全力で。腕の力だけじゃない。足腰のひねりや踏み込みの反動も駆使して全身全霊で斬りつけた。しかし岩にはキズ一つ付かなかった。
「は・・・はは・・・」
私の喉から乾いた笑い声が漏れる。その様子を痛ましそうに鱗滝さんは見ていた。
「私は諦めきれませんでした。だから水の呼吸最後にして最強の型も限界まで練り上げました。この技なら、突きで鬼の胴体を木や岩に縫い付けて、そのうちに鬼の頸を刎ねることもできるんじゃないかと思って。そのまま見てて下さい」
ー水の呼吸 拾ノ型 生生流転ー
私は大岩から距離を取り、助走をつけながら自身を乱回転させ、最高潮まで剣速が上がり切ったまま大岩に剣をぶつけた。凄まじい反動とは裏腹に、衝突音が空しく響き渡るだけで岩にはキズ一つ付かなかった。
「はあ・・・はあ・・・」
私は呼吸を使い果たし、玉のような大汗をかいてその場にへたり込む。すると鱗滝さんは私に近づいて肩に手を置く。
「言っただろう。今は身体の成長を待つしかない。しのぶはまだ九つだ。仮に男として生まれていたとしてもこの大岩は早々割れるものではない。今は鍛錬を続けながら待つのだ」
「・・・もう・・・待てません・・・!!」
「どうしてだ、しのぶ」
私は懐から一通の手紙を取り出しそれを鱗滝さんに差し出す。
「この一年、悲鳴嶼さんを経由して姉さんと文通を繰り返してきました。それは最後の手紙です」
「・・・なんと・・・」
その文面を見て鱗滝さんは息を飲んでいた。
「姉さんは・・・今月の最終選別に参加すると・・・そう書いてあります・・・私は最終選別で姉さんを死なせないよう必死に自身を鍛えてこれに間に合わせる思いで腕を磨いてきたのに・・・それでも間に合わなかったっ!!」
私は遂に嗚咽を漏らす。
「姉さんを一人で先に行かせてしまう。私がこんなところでもたついている間に、もし姉さんが鬼に殺されたらと思うと・・・私・・・私はっ!!!」
私は堪えきれずわんわんと泣き出す。年相応の少女のように。今までずっと我慢してきた。身体を壊さないギリギリの鍛錬量を維持して最高効率で腕を磨いてきた。
でもそれでも間に合わなかった。姉さんは私が思っていた以上に鬼殺の才があった。その結果私よりも早く最終選別に赴くことになった。私はそのことが堪らなく口惜しかった。
「私はこんなところで足踏みしてる暇なんてないんですっ! 一刻も早くこの大岩を斬って姉さんと同じ最終選別に行かないとっ!!」
私は腫らした目元で鱗滝さんに振り返る。鱗滝さんは観念したように息を吐いた。
「正直・・・これはしのぶにはまだ早過ぎると思っていた・・・どんな負担がかかるかもわからん・・・だが・・・」
すると鱗滝さんは私の目を見て提案する。
「しのぶ。これまで以上に苦しい思いをするぞ。それでも堪えられるか?」
「・・・一体・・・何をするんですか・・・」
すると鱗滝さんは懐からあるものを取り出す。私はそれを見て目を見開く。
「この瓢箪を息で割れるまで、呼吸法を鍛錬する。しのぶの歳でそれをやればもしかしたら肺への負担で心肺に取り返しもつかぬ後遺症を抱えるかもしれない。それでもやるのか・・・?」
鱗滝さんの提案、それは最終選別に向かう前に、常中を修めることだった。しかし鱗滝さんは私の身体の負担を懸念しているようだった。私は涙を拭う。
「勿論です。やります。やらせてください。限界まで自身を鍛え上げたいんです。常中をものにして、どうにか姉さんと同じ最終選別に・・・」
「無茶なことは言ってはいかん。しのぶが最終選別に参加するのは早くても来年だ。ひと月で身に着けられると思うな。兎に角、身体が重要なのだ。儂がギリギリを見極めて鍛錬の面倒を見る。いいな?」
最後に鱗滝さんはそう念押しした。どうにもそこだけは譲れないようだった。私は姉さんの一年遅れの入隊になるだろうことを渋々了承した。
続く
【イベント発生】
???「もっと鍛錬を重ねれば縁壱に追いつけるのだろうか」
【しのぶのお労しさが1上がった!】
まあ考えようによってはここで常中マスターしておくと後が楽なんですけどね。最終的には突き技にシフトする訳ですし。つうか早く炭治郎入門してくれ。頼むからしのぶのメンタルケアしてくれ。
読みたい路線はどっち?
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一部の層(継国兄弟ファン)にぶっ刺さる話
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万人受けしそう(マイルド)な話