死者に祈りを、生者に花を 作:TSっていいよね
森の中を駆ける。泥に塗れた足は今にも縺れそうで、肺は破れそうなほど悲鳴を上げているが足を止めるわけにはいかない。何故なら、
「ルー、追いつかれちゃう!」
「わかってる!」
リズが叫ぶ。というか、元はと言えばリズの──!
「危ない!」
咄嗟の叫び声を聞き、体を横へと跳ねさせる。先ほどまで俺の体があった地面に鋭い爪が突き刺さっていた。
「ルー!」
「大丈夫! 走って!」
こちらを見ているリズの手を取って再び走り出す。……どうしてこんなことになったのか。その原因を話すには、朝の出来事にまで記憶を遡る必要があった。
夜に告げられた通り、朝になると騎士たちは馬に乗り村を出ていった。村人たちの中には不安そうな顔をする人も数人いたが、騎士たちが笑顔で応対すると納得した顔をして彼らを見送る。
そうして孤児院へ戻り、シスターが言った通りに院の中で静かに過ごそうとしていた時──。
「ルーシェ、リズのこと知らない?」
「知らないけど……いないの?」
「うん。シスターがカンカン」
でもルーシェも知らないんじゃ、誰も知らないか。リズの行方を聞いてきた子はそんなことを呟きながら立ち去ってゆく。それを見送る俺の頭に、一つの言葉が思い出されていた。
──ルー、明日森に行かない? 私聞いちゃったんだ。騎士様たち、すぐに出るんじゃなくて最後にもう一度森を調査するんだって。ケイシキテキ? なものって言ってたから、お話くらいできるんじゃないかな。
それを聞いた時は本気にしていなかったが、まさか……。
「大丈夫、大丈夫だ」
気が付けば院を飛び出していた。少し早足だったのがすぐに駆け足になり、更に速度を増していく。
そうして森を探して走り回り、リズを見つけた──その瞬間。
森中を震わせるような唸り声が響いた。
そして、時間は現在に戻る。
「ルー、どうするの!?」
「どうするって、言われても、私たちじゃ、どうしようも」
全力で走りながらリズへ声を返す。どうにかできるならどうにかしたいが、どうにかできるなど口が裂けても言えはしない。
今取れる選択は二つ。このまま死ぬか、村へ逃げるか。
村へ逃げたとしてもどうにかなるとは思えなかった。むしろ被害を拡大させるだけだ。かといって当然死にたくなんかない。ないけれど……。
ちらりと横を走るリズへ目線を向ける。半泣きで、小さく謝りながら必死に走っている少女。悪気などない、ただ話がしたかっただけ。
──仕方ない、か。
なんとかなんてならない。意味なんてないかもしれない。どうせすぐに死んでしまうかも。
でも、もしかしたらリズは、村は生き残るかもしれない。
──大丈夫、一度死んでるんだ。二度も変わらないさ。
そう思い込み、ふっと息を吸って。
「リズ、聞いて」
口を、開いた。
◇
「ほら、こっちだ!」
あえて大声を上げ、挑発をしながら森を走る。幸い魔狼は俺を追うことに夢中で逃げたリズのことなど目もくれていなかった。
──私があいつを引き付けるから、その隙に村へこのことを伝えて。
思ったよりも体が動けているのか、あるいはあいつが嬲って楽しんでいるのか、今のところは何とか避けられている。理由がどうであれ、時間が稼げるならなんでもいい。
──朝に出たなら、早馬を飛ばせばまだ間に合うはず。だから早く逃げて、騎士様を呼び戻してもらって。
リズにはああ言ったが、まぁ俺は死ぬだろう。村だって、うまくいったとしても犠牲者なしとはいかないと思う。それでも全滅するよりはマシなはずだ。
というか、そうでないと割に合わない。
(思ったよりも短い"二度目"だったな)
内心で自嘲する。元はと言えば降って湧いた二回目、泡沫の夢のようなものだ。誰かのためになるのなら幾分上等な死に方だろう。少なくとも前よりは。
そんなことを考えながら逃げ続ける。しかし──背後で風を裂く嫌な音がして。
「いっ……!」
激しい衝撃と共に体が地面を転がった。焼けつくような痛みが足を貫き、血が泥を濡らしていく。ただでさえ泥まみれだった服は最早汚れていない部分を探す方が難しい。もう走るのは無理そうだな、なんて他人事のような考えが頭をよぎった。
痛みに耐えながら半ば振り返るように視線を上げれば、そこには今の今まで俺を追いかけまわしてくれた魔狼が悠々と歩いていた。
身の丈は周囲の木々の半分ほどもあり、裂けるように歪められた口元からはよだれがぼたぼたと垂れている。一歩踏み出すたびに森の地面が僅かに揺れた気がした。
「俺は……美味しくないっての」
何とか身を捩って動こうとするが、結果は少しだけ体がずれた程度。なんなら無理に動かしたせいで余計に足が痛い。
まさに絶体絶命といったところだろうか。
(リズは、逃げられたかな)
そんな考えが脳裏を掠める。魔狼はゆっくりとこちらへ近づいている。せめて痛くなければいいんだけど。そんなことを思うも時は既に遅くて。
魔狼の爪が振り下ろされる。いやにゆっくりに見えるそれが目の前まで迫り──。
「ルー、だめぇ!」
「──?」
ぱしゃり、と生温い血が頭から降り注いだ。
◇
「隊長! 子供が!」
「リラは治療! 他は陣を組め! 予定通りここで仕留める」
リズが血塗れで倒れている。
──何故?
逃げたはずだ。何故戻ってきた。
「ルーシェちゃん、大丈夫? しっかりして」
誰かが話しかけている。うまく聞き取れない。そもそも誰が。
──頭が痛い。静かにしてくれ。
「ルー……よかった。私の……せいで、死んじゃったら……いやだもん」
息も絶え絶えという様子のリズがこちらを見ながら喋っている。
違う、俺はいいんだ。元から違う。でも、お前は
「出血が多い……このままじゃ」
周囲が騒がしい。視界が揺れる。耳鳴りが止まらない。頭が割れそうだ。
「ルーシェちゃん!?」
「────!!!!」
口から言葉が漏れる。自分の口なのに何を言っているのかが理解できない。それでも口から零れる言葉は止まらず、視界が白へと染まっていく。
「────!!!!」
上も下も分からない。ただ自分の口から漏れ出る言葉と、周囲を覆う眩い光だけが俺の感覚を支配して──そこで、俺の意識は途絶えた。
◇
声が聞こえる。
「──は間違──跡──何故──」
「──この──河で──拾っ──」
ここはどこだ。俺は……そう、リズと森を逃げていて──。
「──リズ!?」
意識が覚醒する。身を起こし周囲の確認をしようとして、全身を襲った激痛に思わず呻き声を漏らした。
「っつぅ……!」
「ルーシェ! 目が覚めたのね!」
俺の声を受けて誰かが──シスターが駆け寄ってくる。そこで初めて自分が孤児院のベッドに寝かされていることに気づいた。
「シスター……リズが」
「ルーシェ、リズは無事です。今は別室で眠っていますよ。あなたの方が重傷なくらい」
「……え?」
俺の方が重傷? そんなバカな。確かに俺も無傷ではなかったが、リズは明らかに致命傷だったはずだ。仮に生きていたとしても、俺より傷が軽いなんてありえない。
そんな混乱をよそに、シスターと話していたもう一人の人影──隊長と呼ばれていた教会騎士が声を挟んでくる。
「それについては私から説明しよう。結論だけ述べるが、ルーシェくん。君は
「聖女?」
「君が森で発したあの力は紛れもない奇跡の一端だ。それによって、死ぬはずだった
奇跡。俺が?
「ちょ、ちょっと待って! さっきから奇跡だ聖女だっていったい何のことなんですか!?」
思わず叫ぶ。状況を理解できてないのに、更に情報の波を浴びせられても困るんだ。一からちゃんと説明してほしい。
そんな俺の言葉を受けた騎士──アデルと名乗った──はちらりとシスターへ目配せをすると、小さく頷いてから口を開いた。
曰く。
教会騎士たちは魔狼が身を潜めていることは知っていて、誘き出すためにあえて一度村を離れて近くに潜んでいた。そして森に魔狼が出たことを察知し、討伐のために向かっている途中で森から逃げてきたリズと出会う。そのまま
「我々の不注意により
「だから、奇跡ってなんなんですか」
「ルーシェ、あなた……。毎日のお祈りを聞いていなかったのね」
「……」
いや、興味なかったから……。
「奇跡とは主の力をその身に降ろすことだ。無論、極一部のみだが、それでも主の力は絶大なものだ。それこそ死人を蘇らせることすら可能なほどに」
「死人を……」
「さて、ルーシェくん。君は中央教会に来なければならない」
「騎士様、それは」
「いずれ伝えねばならぬのなら、早い方がお互いのためだろう」
中央教会……は、流石に知っている。この国の宗教の全てを司る権威の塊で、なんでも王族ですらおいそれと口を出すことが叶わぬ伏魔殿。一応はこの孤児院も大本を辿れば中央教会に行きつくらしい。
で、そこに行く必要がある。
誰が? 俺が。
何故? ……とは、言えないよな。
「選択の余地はないということですか」
「察しが良いのは助かるが……」
アデル……隊長はどこか訝し気な視線を俺に向ける。孤児の少女にしては聞き分けが良すぎる、とでも思っているのだろうか。
「ルーシェ……」
「大丈夫だよシスター。むしろ私だけ豪華な場所に行っちゃって申し訳ないくらい」
正直状況はまだよく呑み込めていない。奇跡や聖女が何なのかは未だあやふやだし、そもそもなんで俺が奇跡とやらを使えるのかもわからないし、アデル隊長は昨日と打って変わってにこりともしないし。
でも、ひとつだけ分かっていることがある。
それは──。
「よくわからないんですが、リズは生きてるってことでいいんですよね」
「ああ、君のおかげだ」
「なら、今はそれでいいです」
俺のやったことは無駄ではなかった、ということだ。
◇
「ところでアデル……さん? 昨日とは口調も表情も全然違くないですか?」
「あちらが素だ。公私は分けている」
「堅苦しいので昨日みたいに喋ってもらえませんか?」
「……そういう君も、シスターの前とは随分と違うんじゃないか?」
「こちらが素です。公私は分けているので」