死者に祈りを、生者に花を 作:TSっていいよね
さて、アデルに連れられて中央教会へと向かうことになった俺だったが、大変なのは俺ではなく孤児院の方であった。
というのも、俺自身は納得──というか諦め──していたのだが、他の孤児たちが俺が出ていくことに反対しているらしいのだ。
「というか、既に魔狼騒ぎから三日が経過してるわけですけど。こんなところに留まってていいんですか?」
「まあ君の体調が第一だからね。多少の遅れ程度、聖女候補の安全に比べたらゴミみたいなものさ」
「わあ、うれしいです」
「せめて顔くらい嬉しそうにしてから言ってほしいね」
ぱくり、と硬いパンを頬張りながらアデルが呆れたように突っ込む。実際、いまだに体はダルさを訴えているので嬉しいのは本音でもあるのだが。
というか、いちいちこんなにキツくなるって考えると奇跡ってそうホイホイと使えるものではないのでは。
「教会の資料によると、初めて奇跡を行使した者は主の力を浸透させるために必要以上の祝福をその身に受けるらしい。次からはそこまでキツくないと思うよ」
「口に出てました?」
「顔に」
そんなにわかりやすい表情をしていただろうか。……まあいいか。
「教会まではどれくらいかかるんですか」
「馬に乗って五日から七日ってところかな」
俺の疑問に対してすらすらと答えていたアデルだったが、途中で「……あ」と何かに気づいたように声をこぼす。少し悩むような素振りを見せたアデルは、やがて恐る恐るといった様子で口を開いた。
「ところで、なんだけど」
「はい」
「馬、乗ったことある?」
「あると思います?」
「だよねぇ」
馬は貴重だ。この村にも数頭の馬が飼われているが全て厳重に管理されており、村長の許可がなければ私的に使うことは許されない。
当然、俺も乗ったことはない。
「歩かせるのは流石にまずいけど、すぐに乗れるものでもないし……。まぁおいおい考えようか」
「それでいいんですか、教会騎士」
「隊長がいいって言うからいいのさ」
適当すぎる。公私を分けるにしても人格が違いすぎないか?
俺が呆れていると、ふと部屋のドアが叩かれる。ついで、外からは「隊長、ルーシェちゃん。失礼します」と声が聞こえてきた。
アデルが「入れ」と入室を促す。……変わり身が速すぎるだろ。
「失礼します。……食事中でしたか」
「いや、大丈夫だ。何か問題でも?」
「いえ、それが……」
入ってきたのは先日俺にシスターの場所を聞いてきた銀髪の騎士──リラというらしい──だった。アデルの言葉を受けたリラは俺のことをちらりと見ると、声を潜めてアデルに何かしらを耳打ちする。どうやら俺には聞かせたくない内容らしい。
「ふむ」
「いかがしましょう」
「……ま、いいでしょ。何をどうしても決定は覆らないんだし、その辺は当人同士できっちり話した方が後腐れもない」
険しかった表情を崩し「怖い顔してるから"そっち"かと思ったよ」なんて言いながらリラへ言葉を返すアデル。
そのままこちらへ向き直ると、すこしばかり真剣そうな目をして口を開いた。
「さて、ルーシェちゃん。そろそろ体も癒えただろうし、明日辺り出発しようと思っているんだけど」
「はい」
「その前に、ルーシェちゃんから少しお話をして欲しいんだよね」
「みんなに、ですか」
「そういうこと」
先ほども言ったが、三日も孤児院に留まっていたのは何も俺の体を休めるためだけではない。孤児院のみんな──特にリズ──が、俺がここを出ていくことに拒否感を示しているのも大きな理由の一つだった。
中央教会の命令なのだからそんなもの無視していけばいいのではと思ったが、どうやらこの隊長殿はその辺りの感情を大事にしているらしい。
なんでも──
──無理やり連れていくことも可能だけど、そんなことする利点が少なすぎるからね。
とのこと。
「それに、ルーシェちゃんだって話したいんじゃない? なんだかんだ一度も話せてないでしょ、あの後」
「それは……」
そうだ。そうだけど。
「……教会騎士の隊長ってみんなこの人みたいなんですか?」
「隊長は特別です」
「特別ちゃらんぽらん、と」
「ひどいねぇ」
ひどくない。
◇
そんなこんなで。
俺のベッドの周りは、今やすっかり泣きじゃくる子供たちに包囲されていた。服の裾を引っ張られ、シーツにしがみつかれながら俺は順番に飛んでくる声に対処していく。
「ルー! 本当に出て行っちゃうの? 私のせい?」
「違うよリズ」
「ルーシェお姉ちゃん、行っちゃ嫌!」
「私も残りたいけど、どうしようもないの」
「ルーシェはいいのかよ」
「残りたいって言ってるでしょうが。……まぁ、いい機会かもね」
がやがやといった騒がしい声。これも聞き納めかと思うと少しばかり寂しい気持ちが湧いてくる。
そんなことを考えながら子供たちの相手をし、泣いていた子も多少は落ち着いてきた時。
「リズ」
「……なに?」
「ありがとう。それから、あんまり気にしすぎないで」
無理だろうけど。でも、言うだけならただだ。気にしすぎてほしくないのも本当。
「でも……」
「それに、ほら。中央に行けばいつもの薄いスープじゃなくてもっと美味しいのが食べられるかもだし。……死ぬわけじゃないし。ね?」
多分。
「……ルー、食い意地張りすぎ。それに、教会の食事はどこも変わらないはずだよ」
俺の冗談を受けたリズが涙を拭いながらくすりと笑って言う。
……やっぱり笑ってる方がいい。当たり前だけど。
「あれ、そうだっけ」
「ホントに……。ううん、こっちこそありがとう。……また会える、よね」
「きっとね」
嘘。多分無理だろう。この世界において、辺境と中央の差はそれほどに大きい。しかも自慢じゃないが──本当の意味で──俺は聖女……候補、らしいし。多分普通の暮らしは送れないんだろうな。
そんなことを考えていると、涙を止めたリズがこちらの顔を覗き込みながら口を開いた。
「もう行っちゃうの?」
「明日の朝に出発だって」
俺の答えを聞いたリズは「じゃあ、今日は大丈夫なんだ」と小さくこぼすと、そばにいたシスターへ何やら相談を始めた。それを聞いたシスターは少しばかり驚いたような表情をした後に笑顔で頷き、リズの頭を撫でる。どうやら相談は受理されたらしい。
そうして、リズが笑顔で戻ってくる。
「で、なにごと?」
「今日は部屋じゃなくて、礼拝堂にシーツを敷いてみんなで寝ようって」
「みんなって、もしかして全員?」
「そりゃそうでしょ」
「……」
なんと、まあ。よくシスターが許したものだ。と、いうか。
「……寒くない?」
「みんなでくっつけば平気だよ」
「そういう問題じゃ──」
と言葉を返そうとして、じっとこちらを見つめるリズの表情を見て口を閉ざす。
それに。
「……まぁ、いっか。賑やかな夜になりそうだけど」
「それがいいんでしょ?」
最後くらいは、こういうのも悪くはない……のかも。なんて。
「そうと決まればほら! 準備しないと」
「一応は療養の身なんだけど」
「騎士様はもう治ってるって言ってたよ」
「……へぇ」
アデルには後で文句を言おうと思った。
◇
「というわけで、アデルさんには色々と言いたいことがあるんですが」
翌朝。村を出るために早朝からアデルに連れられていた俺は、昨夜の出来事──主に肉体労働──の元凶と言えるアデルへ一言文句を言っていた。
対するアデルはと言えば、いつもの──といっても精々が数日の付き合いだが──飄々とした態度を崩さず、むしろ楽し気な口調で言葉を返してくる。
「でもそのお陰で良い感じの最後の夜が過ごせたんじゃない?」
「それとこれは別です」
「否定はしないんだ」
「……」
そりゃあ、否定できるはずもない。ないが、それとこれは別だ。
「私、一応は聖女候補なんじゃないでしたっけ」
「それも教会で認められてからだし。今はただの奇跡が使える女の子」
ま、それでも十分凄いんだけど──。そう小さく呟きながら出立の準備を進めるアデル。そんな風に思っているようには微塵も見えないが、これでも一応は教会騎士の、しかも隊長だ。信心深い部分もあるのかもしれない。
「それに、治ってるのはホントでしょ」
「体はまだ少しきついんですが」
「肉体的な傷じゃないでしょ」
ああ言えばこう言う、という言葉はこの男のためにあるのではないだろうか。口喧嘩では勝てる気がしない。こんな男の部下は大変だな、と他人事ながらに同情する。
「なんか失礼なこと考えてるでしょ」
「そんなことはありませんよ」
騎士なんかよりも政治家や策謀家の方が向いているんじゃ。それか扇動家。……冗談でもこんなこと言えないけど。
そんな風に言い合っている間にもアデルは準備をしっかりと進めていたようで、教会の裏へ繋がれていた一頭の馬を連れてこちらへ戻ってくる。
黒い毛並みが朝日を受けて艶々と輝いており、そういったことに詳しくない俺でも思わず見とれてしまうような綺麗な馬だった。
「お待たせ。……ってどうかした?」
「いえ、綺麗な馬だなと」
「でしょ?」
馬を誉められたアデルはまるで自分のことのように喜んだ顔を見せ、聞いてもいないのにやれこの馬は誰々に賜っただの、一晩でどれほどの距離を走るだの、賢くて可愛いだのと惚気始める。
その意外な一面には驚かされたものの、今は出発の準備をしなければならないのでは、と口を開く。だが、アデルから矢継ぎ早に繰り出される愛馬自慢にかき消されてしまい。
「隊長! こんなところにいたんですか!」
結局、リラが呼びに来るまで話が終わることはなかった。
……二度とこの人の前で馬の話はしない。
◇
「いやぁ、ごめんごめん。ついね」
「つい、の熱量ではなかったと思いますが……」
「つい、ね」
リラによってようやく会話を中断したアデルは軽い謝罪を口にすると、手綱を手に持ったまま俺の横へと歩いてくる。当然、それに連れられて先ほどの黒馬も俺の前へと移動してきた。
「で、結局この馬は?」
「ルーシェちゃんが乗る馬だよ」
「乗れないって言いませんでしたっけ」
いや、先ほどの自慢と合わせて考えればこれが誰の馬でどう乗るのかの想像はつくけれど。
「隊長、言葉が足りません」
「そう? わかってるでしょ」
馬の世話をしながらそんなことを言い放つアデル。わかっているが、それを当然と捉えられているのは何というか……複雑な気持ちだ。良くも悪くも。
「説明した方がいいならするけど」
「ちゃんと支えてくださいね」
言外に「二人乗りでしょ」と答えた俺の言葉を聞いたリラは小さくため息をつくのであった。
失礼な。