物心ついた時から、私は空っぽだった。
親というものはお母様一人しか知らなかったし、そもそもお母さまが言う家族というものがどういうものなのかもよく理解していなかった。本にあった、心というものもよく理解できなかった。
自分さえも分からなかったから、私はずっと言われるがままに従って生きてきた。ただただ、求められるがままに一道具としての役割をひたすらにこなして生き続けてきた。肉が削れ骨が折れたことがあっても、永遠にそれを何回も繰り返し続けた。
他の家族に与えられたコードネームというものも、私には与えられなかった。おそらく、お母様にとって、私は本当に必要とされていなかったから。でも、それでもよかった。
自分なんてどうでもよかった。誰かに求められることだけが私の存在価値だった。使われなければ、自分が何故存在しているかさえも分からなくなってしまうと思っていたから。
だからこそなんだろう。あの日、お母様が私の別の家族に殺された時。私を道具として扱ってくれた人が、私の存在証明をしてくれる人がいなくなったとき。
私も、異端者となったその家族と一緒に、生まれた時からずっと傍にあった家を出ることになったのは。
そして、新しい家となるとある骨董品屋に、その家族と身を寄せることになったのは。
◆◆◆
一日を過ごすための身支度を整えて、静かに部屋を出る。キッチンでは、既にエイボンの専属執事ことアドレーさんが朝食の支度をしている。
時は午前6時30分と、多くの人が自分の用事のために朝支度を始めるために動き出す時間で、それは私が所属している骨董品屋エイボンでも変わりない。私は着々と、配膳へと着手を進めていた。
「アドレー様、こちらのオムレツはナナリの席へ用意しておきます。それと、醤油が少し少なくなっていたので、補充しておきました。清掃は完了しています」
「助かります、ローレルさん。今日はナナリが少し起きるのが遅くなりそうとのことなので、準備は後ほどお願いいたします。」
「分かりました」
片手に3枚の皿を抱えて、さらにもう片方でも1枚の皿を手の上に載せ、机へとそれを置く。ここに来た当初は不慣れで何枚かお皿を落としてしまったこともあったが、今はもう手慣れたものだ。
私がここにきて、もうかなりの年月が経過していた。最初は潯様とアドレーさん、早霧にダフォディールと私だけだったエイボンのメンバーも、タギドという可愛らしい異象が増え、ナナリが増え、エドガーも来て...
気がつけば、エイボンの規模はどんどん拡大していっていた。もっとも、売り上げは上昇するどころか下降の一途をたどるだけだったが。
それでも、ここにいた年月は着実に私を変化させていった。当初は何をするにしても人への許可が必要で、振り返れば本当に生きているのかもわからない、意思のない人形のような存在だったが...潯様や先に変わっていったダフォディールに、エイボンのみんなのおかげで、今では多少自分というものを持てるようになったと思う。
現に今も、自分から考案した料理のアイデアがアドレーさんの手によって再現され、手に持つ皿の上に並べられている。
本当は自分で作ってみたかったが...私は調理をすることは出来ないから、せめてアドレーさんが作ってくれた料理を運んだり、机の上の掃除をしたりするだけだ。大体後もう少しもすれば、みんなも朝食を摂りに次々と階段を下りてくるだろう。それまでに支度を終えなければならない。
ひとまず手に持った皿を並べ、その後スプーンやフォークといった食器を形式通りに並べておく。そうこうしているうちに、何やら上から足音がしてきた。早霧やエドガーが起きてきたのかと思ったが、これは...
「...潯様?こんなお早くから...」
「私だって偶には早く起きるさ。いやぁ、相変わらず朝が早いねぇ、ローレル」
足音に反応して階段の方に視線を向けると、そこには普段着を丁寧に着こなした、エイボンの店主でもあり私の主人でもある潯様がそこに立っていた。
潯様がこの時間に起きてくることは相当珍しい。昨日一切お酒を飲んでいないならまだ理解できるが、昨日は確かにお酒を嗜んでいたはず。いわば前代未聞の事態ともいえる。
しかも、いつもなら持っているはずのお酒も煙管も何も持っていない。扇以外手に握られていないその様子がなんだか珍しくて、少し違和感を覚えてしまった。
「...なに豆鉄砲食らったみたいな顔して突っ立ってんだい?私の顔に何かついてるとか?」
「あ、いえ...その、失礼ですが、お早く起きられることも、何もお持ちでいらっしゃらないことも珍しいな...と思いまして…」
「はっ...なるほど、そういうことかい。いやぁ、私もアンタに話をしに来ただけだからねぇ」
そういって、いつの間にやら扇を広げて壁に寄り掛かる潯様の様子にも、また一つ疑問を重ねることになった。
わざわざ早起きしてまでしたかったことが、私に、話?
「話...どのようなものでしょうか?」
「なに、簡単な話さ」
「ちと、お使いを頼みたくてねぇ。受けてくれるかい?」
お使い...少なくとも、一般的な意味で使われる意味合いのお使いではないはずだ。まだ酔い覚ましの数は十分にあったはずだし、お酒もこの前買いにいったばかりだ。
つまり、これはただならない意味を含んでいるということ。しかし、直近の依頼には何か特別な行動が必要だとか、そういったものはなかったはず。いったい、何だろうか。皆目見当もつかない。
「お使い...ですか?」
「あぁ、お使いさ。今日の10時くらいに、管理局に行ってくれるかい?そこで、拾い物をしてほしいのさ。うちの新しいお宝を迎えるためにね」
少し興奮した様子の潯様から発された言葉は、案の定私の予想からはかなり外れたものだった。管理局、拾い物、お宝。どれもこれも、潯様の口からは出ると思わなかった単語の羅列だ。いや、お宝はともかく、最初の二つは本当に想定外だった。
しかし、管理局とお宝...どういう繋がりがあるのか見当がつかない。異象を新しく仕入れるにしろ、管理局から仕入れるなんてことは聞いたことがない。
収容二課のミント殿が加入する...?それもあり得ないだろう。そもそもミント殿はあの仕事をいたく気に入っている、エイボンのことは好意的に思っていても来る理由がない。
となると...ミント殿以外の、新しい人員が加入する、とかなのだろうか?
「...新しいメンバーがいらっしゃるのですか?」
「その通り!いやぁ、スイセンちゃんもそうだけど、やっぱアンタは特に察しがいいねぇ!」
上機嫌に扇を振るう潯様をよそに、その新しい迎え人という人について少し頭を捻らせてみる。
今までそんな人が来るなんて、そんな情報を見たことも聞いたこともなかった。おそらく、また潯様が強引に引き抜いてきたのだろう。
しかし、潯様のお眼鏡にかなう人物なんて...どうやらよほど、潯様はその人を気に入ったらしい。どんな人物なのだろうか...自分も、関心が湧いてきた。
「お褒めいただきありがとうございます。では、私でよろしければお迎えにあがります」
「もちろん!もう既に先方に話は通してあるから、アンタは車を出すだけでいいからね」
そういった後、上機嫌に食事を始めた潯様の言葉に了承の合図を出したのち、私は急遽入った予定外の仕事について色々とスケジュールを合わせることにした。
今日は依頼も副業のタクシーもおやすみする予定だったから、久しぶりに九原さんのところへ行って車について談義を交わそうと思っていたのだけれど...それは申し訳ないが、キャンセルということにしなければならない。
アドレーさんに頼まれていた買い物は...送迎を終えた後でも出来るだろう。時間をずらしていけばいい。上手くいけば、セールの時間にありつける。
そうだ、せっかくなら衣服も買いに行くべきだろうか。最近送迎の需要が高いのか、副業がいい収入になっていて、多少の余裕はある。前に衣服が少なすぎとも言われたし、いいかもしれない。
「うん...悪くない計画だ」
「ローレルさん、お食事の用意が完了しました。こちらに置いておきますね」
「あ...アドレーさん、ありがとうございます。わざわざ申し訳ありません...」
......しまった。全員分の食事も出したし、潯様からの用事の確認も終わって満足して、すっかり自分のことを忘れていた。
というか、待て...思い出した。そういえば、今週分の洗車をまだしていない。今日はゲストを乗せることになったのに、それは非常によろしくない。一番の緊急事態といってもいい。
汚れたままの車にゲストを乗せるわけにはいかない。外装も内装も全て一切の汚れがないくらいに綺麗にしなくてはならないし、そうなると洗車機では絶対ダメだ。ステーションに行かなくてはならないが、猶予は今の時間から逆算して...食事やら諸々の支度を考えると...1時間あるかどうか?
「......不味い。いや、料理は絶品だが時間が不味い...!」
考え事をしている暇など残されていなかった。急いでちょうど食べごろであった食事を済ませ、すぐさま自室に戻って車のキーを取ってくる。
私はこういう事態を避けるため、朝は基本的に余裕をもって動きたいと思っているが...これは失策だ。完全に自分の失態だ。潯様直々の任務というのに、もう早速危機が訪れてしまった。
こんな最初から、こんなあまりにも小さな失敗をして潯さんの顔に、いや、エイボンの看板に泥を塗るわけにはいかない。命を削っても、間に合わせなければ。
「潯様、少々用事が出来たので今から出発致します。申し訳ありませんが先方に遅れるかもしれないと伝えておいてください!」
「あいよ。事故らないよう気を付けな!別に少し遅れたって取って食われやしないんだからさ」
「はい...では、行ってまいります!」
駆け足で扉を開け、車の置いてある駐車場へと向かう。忘れたものはない、ないはずだ。財布と、携帯、それからキーに、ドライビンググローブ。よし、完璧に違いない。
タイムリミットまで残りおそらく1時間。遅刻は絶対に許されないし、こうなれば多少治安官に怒られるような速度でも...飛ばすしかない。最悪振り切ればいい。
どうか、間に合いますように...!
あまりにもNTEの二次創作少なすぎるだろ!こうなりゃ自分で供給するしかねぇと思って自力で書き始めました。Ver1.3が来てから書けばいいのに...
不定期投稿ですがどうかこれからもよろしくお願いいたします。ちなみにローレルちゃんの異能とか設定は後々公開します...!