星になったヒーロー 作:日暮 蛍
「大丈夫大丈夫。大丈夫か?」
アパートの扉の前で1人でぶつぶつと独り言を呟きながら封筒を手に固まっている。
「何度も何度も確認した。だから大丈夫。何度も何度も確認した。だから大丈夫。」
独り言を呟きながら扉の隙間に封筒を差し込もうとするが、その直前で止まりまた封筒を自分の元に戻して不安そうに独り言を呟く。かれこれ1時間この繰り返しだ。
「やっぱり止めるか? でもここで止めたら絶対に先延ばしにするし。でも迷惑じゃ。でも渡したいし。」
封筒を手に悩み続ける。
「どうしよう。やっぱり止める? でもやっぱり渡したい。」
「人の家の前で何してるんだ?」
「へ?」
声をかけられ勢いよく振り向く。そこにいたのは扉の部屋の住人。
「誰?」
「え?! えっその。あの。」
住人が帰って来た事に驚き、緊張で言葉が詰まる。それでも手元の封筒を見て、そして住人の顔を見て決心した。
「あの!」
「ん?」
一歩前に出て頭を下げて封筒を住人に向かって差し出す。
「ファンです!」
「え?」
勢いに任せて声を出す。その調子で伝えたい事の一部を口にする。
「サイタマ様の活躍、陰からこっそりと見ていました! これからも応援しています! これはファンレターです! 良ければ受け取ってください!」
頭を下げたまま言い切り、いつもより早い心臓の鼓動を感じながら返事を待つ。時間がとても長く感じていたが、実際は数秒程度。差し出した封筒の感触が無くなってようやく顔を上げる。封筒は住人、サイタマの手の中にあるのを確認すると満面の笑みを浮かべる。
「では失礼します!」
これ以上邪魔にならないように。そしてそれ以上に推しに認知された事に興奮を隠せなかった為逃げるように塀に足をかけてそのまま下へと飛び降りた。
「え?! おい。」
サイタマは慌てて下を見ると何事もなかったように走り去る後ろ姿を見てひとまず安心し、再び受け取ったファンレターを見る。
「ファンレター、か。」
少し嬉しそうにしながら早速中を見ようとサイタマは部屋の鍵を取り出したところで
「あれ? あいつなんで俺の家の住所知ってたんだ。」
とんでもない事実に気がつき背筋に寒気を感じた。
◆◇◆◇◆
「受け取ってもらえた受け取ってもらえた受け取ってもらえた!」
しばらく走った後、その場でしゃがむ。通行人は他にいない為邪魔にはならない。顔を赤らめ興奮が冷めない様子だ。
「変な顔してなかったかな? でもいつもの仮面をつけるのは流石にアウト。仕事着で行くのはあれだし。でも変な格好じゃないよね? 大丈夫だったよね?」
近くにあった大きな窓ガラスを鏡がわりにして全身を確認する。シャツにズボンに靴。そして、顔を半分隠せるほどの大きな眼帯。手袋までして首から下の肌を徹底的に隠していた。
「変じゃないよね。雑誌のを参考に新しく作ったし。」
それでも不安そうに窓ガラスの前に立ち尽くす。そんな後ろ姿を襲うものが現れた。
「おっと。」
振り下ろされたノコギリによる攻撃をかわして襲ってきたものを見る。
「ちくしょう避けやがって! 俺は何でもかんでも解体したくて解体しまくって怪人になったのに! ちくしょう避けるんじゃなぁい!」
ノコギリだけでなく様々な工具を手にした異形のもの、世間では怪人と呼ばれるものが睨みつけてくる。
「解体! 解体させろ!」
凶器として工具を振りまわして怪人が襲いかかってきた。
◆◇◆◇◆
「これとこれとこれも貰おう。」
怪人が持っていた工具を手に取り次々と服の中へとしまっていく。なのにしまう前の姿と変わりがない。異次元の収納術を行った後、工具の持ち主だった怪人の死体を冷たく見下ろす。
「つまらないなぁ。」
すっかり興奮が冷めたのか落ち着いた様子で背を向けて帰っていった。
こいつの名前はアズマ。ヒーローをやっている。