星になったヒーロー 作:日暮 蛍
「ふざけないでください! それは一般的な筋力鍛錬だ。しかも大してハードでもない。通常レベルだ!」
次に口を開いたのはジェノスだ。
強くなる方法を聞いたのに、聞かされたのは何の変哲もない一般人向けのトレーニングメニュー。自分達をからかっているのかとジェノスは激昂する。
「俺は、俺は強くならなければならないんだ。そんな冗談を聞くためにアナタのもとに来たのでは断じてない! サイタマ先生の強さは明らかに身体を鍛えた程度のものではない! 俺はそれが知りたいのです。」
サイタマを除くこの場の全員が思っている事を全て言葉にするジェノスのすぐ近くでアズマは同意するように何度も頷く。
「ジェノス。んな事と言われても他に何もねーぞ。」
しかしサイタマの返答は変わらない。実際、トレーニングしかやっていないのだ。他にもあるだろと言われても無いとしか答えようがない。
「そーかい。」
しかしその答えは阿修羅カブトも納得しない。
「おい、阿修羅カブト!? よせ、また暴走するつもりか!?」
ジーナスの焦った声を聞いて皆阿修羅カブトの方へと視線を向ける。
「秘密を教える気がねぇなら構わねぇぜ!! どうせ俺よか強くはねぇんだ!!」
阿修羅カブトの全身が膨れ上がっていきより凶暴な見た目に変わっていく。サイタマに向ける視線には先ほどまであった怯えや恐怖が一切無い。あるのはただ1つ、
「ただしムカついたからテメェは嬲り殺す!!」
殺意。
それに気がついた瞬間アズマは自分と同じようにサイタマの話を聞こうと近くにいたジェノスとジーナスを抱えてその場から離れる。
「ふぅうううう。こうなるともう丸一週間は理性が飛んで闘争本能が静まる事はない。お前を殺した後は町へ降りて来週の土曜までは大量殺戮が止まらねぇぜ。」
背後から聞こえてくる恐ろしい宣言。距離を取ったアズマはジェノスとジーナスを降ろして阿修羅カブトとサイタマがいる方へと視線を向ける。
「強いヒーローだったら俺を止めてみろ!!」
そうして見たのが暴力の塊と化した阿修羅カブトによって吹っ飛ばされるサイタマの姿だった。
部屋のあちこちを破壊しながらサイタマに猛攻を与えていく阿修羅カブト。
一方的にやられているサイタマの姿を見たジェノスとジーナスはこのままサイタマが阿修羅カブトにやられてしまうと考えた。
「今日がスーパーの特売日じゃねーか!!!」
しかしそんな考え事ごと阿修羅カブトはサイタマのパンチ1つで粉砕された。阿修羅カブトの強烈な攻撃を受けていたはずのサイタマ自身は無傷。
圧倒的な差を見せつけられたジーナスは呆然と立ち尽くす事しか出来ず、頭の中にあった新人類計画を放棄する事を決めた。
「うおおおおお! しくじったああああ!!」
「先生!」
「サイタマ様!」
一方、行きたかったスーパーの特売日を逃してしまった事に気がついてしまったサイタマはその場で膝をつき頭を抱える。阿修羅カブトに殴られた時よりも精神的にダメージを受けている。
駆け寄りはしたがそんなサイタマにどう声をかけようかと迷うジェノスとアズマは思わず顔を見合わせる。
とりあえずアズマは携帯端末を取り出して現在の時刻を確認する。
「あの、サイタマ様。スーパーの閉店時間が何時か分かりますか?」
「え? 22時だけど、それがどうした。」
現在の時刻は夕方ごろ。
アズマは携帯端末の画面に表示されている時刻をサイタマに見せる。
「サイタマ様。ここに来るまで4時間ほどです。現在の時刻から、お2人の足であればかなり急げば間に合うのでは?」
アズマの考えを聞いたサイタマは顔を勢いよく上げる。
「かなり急げば間に合うのか?!」
「可能性だけで断言はできませんが」
「行くだけ行ってみるわ!! ありがとなアズマ!」
「あっ、はい! 後始末は任せてください!」
「お供します、先生! またなアズマ。」
「またねジェノス君!」
スーパーに向かう為に回り道する暇なんて無いと言わんばかりに基地の壁を破壊して外へと向かうサイタマとジェノスを見送った後、アズマは両頬に手を当ててにやける顔を抑えながらうずくまる。
「サイタマ様の活躍をあんな間近で、たくさんおしゃべりしてしまった! お礼までぇ。ジェノス君のおかげだぁ。」
嬉しそうに独り言を呟いた後、手で顔の表情を作り直して立ち上がる。
「さて。」
ジーナスの方へと向き直ったアズマに先ほどの嬉しそうな表情は一切無い。淡々とした様子でアズマはジーナスに話しかける。
「さて、ジーナス。後始末をしましょうか。」
「...私を殺す気か?」
アズマからただならぬ様子に自身が始末されると思ったジーナスは身構える。しかしジーナスからの問いに少し考え込んだ後、アズマは首を横に振る。
「いえ、出来ればここにある研究データを全て破棄した上で逃げてほしいですね。」
「...は?」
長年の研究の成果を捨てろというのは予想の範囲内だったが、逃げろという提案はジーナスにとって予想外の提案だった。
「何故、そんな事を。お前はヒーローじゃないのか?」
「ヒーロー協会には所属していますから私も一応ヒーローですね。」
「ヒーロー名はなんだ?」
「凶人といいます。」
その名前にジーナスは覚えがあった。人造怪人を作る為のサンプル候補の1人としてリストに載せていたヒーローの名前だ。
「...まったく気が付かなかったよ。どうりで阿修羅カブトの攻撃に耐えられたわけだ。」
凶人というヒーローの姿はその都度違うが服装が派手な事と仮面で顔を隠している。世間ではその姿が認知されている為顔を晒しシャツとズボンといった一般的な服装の今の姿ではほとんどの者達が凶人だと気がつく事はないだろう。
「それで? ヒーローであるお前が何故私を見逃す。」
「理由は2つあります。1つ目は貴方の研究を悪用されない為です。」
きちんとアーマードゴリラの話を聞いていたアズマはジーナスの研究の危険性をしっかりと理解していた。
特に若返りの技術はまずい、圧政者の手にその技術が渡れば大きな混乱が巻き起こる。そう考えたアズマはジーナスの研究の詳細をこのまま誰にも知られないまま逃げてもらった方が安全だと判断した。
「そして2つ目の理由は」
アズマはジーナスが口を挟む前に2つ目の理由を口にする。
「人は殺したくないのです。なるべく。」
だが研究成果を破棄しなければ今すぐお前を殺す。
漆黒の意思が宿る片目が雄弁に語っていた。
本気だ。その目を見てジーナスの脳内で危険信号が鳴る。
「...分かった。君の提案を呑もう。」
アズマの意図を把握したジーナスは脂汗をかきながらも了承する事を決めた。
長年の研究成果を破棄するのは惜しい気はあるが、死んでしまえば元もこうもない。ならば生き延びておとなしく暮らす方がよっぽどいい。
むしろ良い転機だ。逃げ延びた先でたこ焼き屋でも開こうかな。少しでも恐怖を紛らわせようと前向きに今後の方針を決めていくジーナス。
ジーナスの返事を聞いたアズマは殺気を鎮める。
「では早速片付けと行きましょう。私も手伝いますから。早くしないとヒーロー教会の人が来てしまいますよ。」
「そう、だな。」
微笑むその表情にも恐怖心は感じたが、ジーナスは何とか返事を返しアズマと共に研究室の奥へと向かって行った。