Dual Drive!-鉄翼のスカイタッグ-   作:都島 京子

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#10 信じるしか、ない

 崩落したビルが落とす深い影の中、『Ferrum Avis(フェルムアヴィス)』はエンジン音を極限まで絞り、半壊したコンクリート壁の裏側に身を潜めていた。

 

「追いかけなくて良かったのか?」

 

「いい」

 

 ソラは生返事のまま、発光するモニターを瞬きもせず凝視し続けている。

 

 ツバサの指先が操縦桿から離れ、レバーの金属面に滲んだ汗を、制服の膝のあたりで乱暴に拭う。先ほどの長距離射撃。その射線を切る位置を維持したまま、機体は沈黙を続ける。

 

「うん、どこもまだ大丈夫。さすがは軍用機って感じ。左が結構削れてるけど、フレームの駆動軸は生きてる」

 

 後方シートからソラの硬い声が響く。その指先は、軍用仕様のシステム階層を高速でスクロールさせていた。パネルの青白い光が、その鋭い瞳を規則的に照らす。

 

「えっ……これ、『ロストルム』の個別データファイル?」

 

 画面に展開されたのは、競技用のものとは明らかに異なる、複雑な三次元構造図と、びっしりと並んだ識別コードだった。画面の最上段には、太いシステムフォントで固有の名称が刻まれている。

 

『対MHD P.F 兵装:ブースター推進式重突撃槍ロストルム』

 

 ソラの瞳がわずかに見開かれ、コンソールへの距離が縮まる。画面をなぞる指の速度が一段と跳ね上がった。

 

 構造図の各所に配置されたマルチチャンバー、高圧電流の循環経路、そして複数の段階を持つ点火シーケンス。競技用の槍には存在し得ない、純然たる殺傷のための機構が、冷徹なグラフィックとなってディスプレイ上に浮かび上がっていた。

 

「なんでそんもんがあんだよ」

 

「分からない……最初から、兵器として造ってた……のかも」

 

 ソラの声が一段トーンを落とす。

 

 ツバサは自分から発せられた低く冷たい声にハッとして、逃げるように視線を正面のモニターへと戻した。操縦桿を握り直す手の、親指の付け根が小さく強張る。

 

 瞬間――メインモニターの隅で休止していた索敵ウインドウが、突如として静かに赤い光を放った。ひとつの光点が、自機の座標と完全に重なる。

 

「――っ、ツバサ、真後ろ!」

 

 叫びと同時に、背後の壁が内側へと爆散した。

 

「ッ!?」

 

 飛び散るコンクリートの破片を突き破り、ロイヤルブルーのアルマが姿を現す。

 

 失った右腕部には、歪んだフレームが鋭く尖った断面を晒していたが、機体は着地と同時に滑るように突き進んでくる。青いスラスターの光が狭い屋内を真っ白に焼き、左腕のブレードが、Ferrum Avisの頭部に目掛けて突き出される。

 

 ツバサはペダルを踏み抜き、操縦桿を右へ強く傾けた。

 

 銀灰色(ぎんかいしょく)の巨躯が右前方へと鋭く沈み込み、受け身を取るように路面を転がる。背部装甲とコンクリートが激しく擦れ合い、重い金属音とともに凄まじい火花の帯が走った。回転の慣性を利用して強引に両脚を突っ張り、機体を反転させる。

 

「ゔっ」

「悪い!」

 

 砂塵を割りながら正面を捉えたメインカメラの視界中央に、ロストルムの鋭利な穂先を引き戻し、ぴたりと固定させた。

 

 しかし、片腕となった敵機の肉薄は途切れない。床のアスファルトを細かく破砕しながら迫る不規則な足運び。残された左の刃が繰り出す手数は倍化し、下段から喉元へ、側面から関節部へと、息つく暇もなく連続で叩きつけられる。

 

「っ、速いッ……!」

 

 ツバサのスニーカーが、左右六つに並ぶフットペダルを激しく踏み鳴らす。逆噴射の火線を引いて後退するFerrum Avis。その喉元へ迫る白刃の軌道へ、両手で引き絞ったロストルムの鋼のシャフトが滑り込んだ。

 

 ――ガガギィィンッ!

 

 火花の帯がメインモニターをまばゆかせ、密閉されたコックピットへ重い金属鳴動が突き抜ける。

 

 守勢(しゅせい)に回らされた銀灰色の巨躯。しかし、青き影の連撃が僅かに大振りになった瞬間、ツバサは操縦桿を捻り、カウンターの突きを放つ。

 

 ロストルムの鋭利な穂先が、がら空きの胸部を捉えた。

 

 しかし、刃が装甲に触れる寸前、再び異常な熱による陽炎が()()()()()()()()()()

 

「チッ!またかよ!」

 

 泥沼に突っ込んだような重い抵抗。突き出された穂先が、ズズズ……と不自然なスローモーションへと変わる。大気が軋むような高周波の金属音が響き、失速したロストルムは青い左腕のシールドによって容易く弾き飛ばされた。体勢を崩したFerrum Avisは、容赦のない蹴りを腹部に受け、半壊したビルの外へと大きく吹き飛ばされる。

 

「くっ!」

「っ!ツバサ、落ち着いて!打たされてる!」

 

 背中から路面に叩きつけられ、土煙が舞い上がる。荒々しいペダル捌きで姿勢を立て直し、槍を構えるが、ロイヤルブルーのアルマは外までは追ってこなかった。

 

 崩落した壁の暗がりに佇んだまま、赤く鋭いカメラアイだけが、じっとツバサたちの機体を見下ろしている。

 

 吹き抜ける風が土煙を横へ流し、青く引き裂かれた装甲の隙間で、パチ……と小さな火花が弾ける音だけが響いた。

 

「なんだ……?」

「ツバサ、一旦逃げて!」

「えっ――」

「いいから!早く!!」

 

 ソラの鋭い叫びに、ツバサの喉仏が大きく上下した。

 

 反射的に操縦桿を強引に引き倒し、フットペダルを踏み抜くツバサ。Ferrum Avisの後方スラスターが白煙を吹き上げ、アスファルトを滑るように青い機体から距離を取る。

 

 

   ◇

 

 

「ロストルムがいきなり止まったの……間違いなく敵の防御システムだよ。あれのタネが割れない以上うかつに突っ込むの危険だと思う」

 

「なるほどな」

 

 移動の振動に曝されながらも、ソラは先ほどの“謎の静止現象”のログをモニターへ呼び出していた。展開されたウインドウには未解明のデータ群が溢れ返っている。

 

「はぁ、データ多い割に()()()()()()()……気になるのはこの熱反応……と、変な音?……んぁー!ダメだ、全然分かんない」

 

 ソラは両手で頭を抱え、乱れた前髪越しに青白く光るディスプレイを睨みつける。

 

 息の詰まる沈黙を、前席からの低い声が破った。

 

「どんなシステムかわからなくても、別にゲームみたいに無敵って訳じゃ無いんだろ?」

 

 声につられてソラの顔が上がる。

 

「狙撃されて、中に引き籠もってるし。案外、何とかなるんじゃねーの?」

 

「うぅん……狙撃……弾速とか……?」

 

 生返事を落としたソラの視線が、再びデータ群へと戻る。

 

 そのわずか数秒後、Ferrum Avisが逃れようとする進路の先、半壊したビルの影から青い機体が突如として現れ、一直線に距離を詰めてくる。

 

「っ、しつけえなッ!“一旦逃げる”でいいんだな!?」

 

 返事を待たずしてツバサはスロットルを全力で押し込む。最高速に到達しようとしたまさにその時――。

 

「ストップ!ツバサ、ここ!ここで、正面から迎え撃って!」

 

「はっ!?」

 

「敵、来てる!!」

 

 ツバサの足がペダル上で一瞬泳いだが、ソラの鋭い声に押されるようにして、スラスターを限界まで吹かす。銀灰色の巨躯が反転し、迫り来る青い影へと突進する。

 

 正面衝突の刹那、メインモニターに拡大されたロイヤルブルーの左腕――そのブレードは、先ほどのように空気を切り裂く高音を立てていなかった。脚部の油圧シリンダーは限界まで収縮した状態になり、赤く鋭いカメラアイは、正面のFerrum Avisを捉えながらも、周囲の半壊したビル群の稜線と、眼前の銀灰色機との間を規則的に往復し続けていた。

 

「ツバサ、アイツの裏取って!」

 

「注文がッ多い、なあ!」

 

 吐き捨てると同時に、ツバサは右のフットペダルを激しく踏み込み、ロストルムのシャフトでブレードを受け流しながら、銀灰色の躯体を左前方へと滑らせる。敵機の背後へ位置関係を逆転させようとする機動。

 

 しかし、青い影の追従は一瞬だった。

 

 ロイヤルブルーの左背面スラスターが火線を吹き、ツバサの回り込みを遮るようにして右へと高速スライドする。金属のぶつかり合う鈍い音とともに、青いアルマがFerrum Avisの前面をぴったりと抑え込む。

 

「やっぱり……ここに()()()()()()が通ってるんだ」

 

「はっ?何――ッ!」

 

 青い左腕が最小限の軌道で突っ込まれ、ツバサの言葉が遮られる。

 

 ツバサの攻め手がわずかに緩んだ瞬間を正確に捉えた突き。ツバサは反射的にペダルを蹴り、装甲が火花を散らす寸前で後退ステップを刻む。敵のスラスター音は静かなままだが、Ferrum Avisのわずかな挙動の乱れに合わせて、冷徹に間合いが詰め直されていく。

 

 後方シートでソラが顎に手を当て、視線を規格コードの文字列の間で鋭く往復させる。

 

 一拍の後、その顔が弾かれたように跳ね上がった。

 

「……信じるしか、ない。ツバサ、私の合図で極限まで機体を低くして。」

 

 ソラの指先が、システムの階層を高速でスライドしていく。コンソールパネルに浮かび上がる『警告:補助推進器系(背面中央部)/戦術パルス発信モード切替』の文字が点滅する。

 

 直後、ソラはハーネスを乱暴に外し、前席のツバサの足元へと滑り込んだ。狭いコックピットの床に膝をつき、ツバサの制服の膝のあたりを右手できつく掴む。

 

「は、ちょ、何してんだよ!」

 

「ダッキングだよ。いい?チャンスは、たぶん一回。集中して」

 

 ツバサの眉が大きく跳ね上がったが、すぐに操縦桿を握る手のひらに過剰な力がこもる。足元から伝わるソラの指先の小刻みな震えに呼応するように、ツバサの視線は正面の敵機へと完全にロックされた。

 

 ソラは前席コンソールの隅にある、これまで一度も使われていなかったカバー付きのロータリースイッチを何度か回しながら、その横に並ぶ金属製のトグルを連続で弾いた。

 

 ツバサの視界にその手の動きが映り込み、視線がコンマ数秒だけそちらへ逸れたが、すぐに眼前の青い影へと引き戻す。

 

「3……2……1……」

 

 ソラのカウントダウンとともに、パチ、パチ、とトグルスイッチが規則的に切り替えられる。Ferrum Avisの背面中央にある小さな補助バーニアが、その指の動きと完全に同調し、鋭い明滅を刻み始めた。

 

 短く一回。次に二回。そして、最後に一回、ソラがトグルを押し下げたまま固定し、()()()()()()

 

「――ゼロッ!!」

「っ!!」

 

 掛け声と同時にトグルが弾かれ、ソラの手がツバサの脚をギュッと力任せに締め付けた。

 

 ツバサは操縦桿を限界まで前方へと叩きつけ、左右のペダルを同時に踏み抜く。

 

 ベアメタル剥き出しの脚部が深く折れ、上体を大きく前傾させて、地を這うように重心を落とした。

 

 直後、Ferrum Avisがたった今まで存在していた上空の空間が、轟音よりも早く、凄まじい衝撃波によって激しく引き裂かれた。

 

 遠方からの超音速の弾丸が、ロイヤルブルーの胸部装甲へと一直線に奔る。

 

 弾丸が迫るコンマ数ミリ秒――青い機体の全身に配置されたスラスターが、爆発的な火線を吹き、自重で脚部フレームがきしむ音を立てて姿勢を崩す。

 

 ()()()――弾丸の放つ強烈な風圧と衝撃に耐えかね、頭部左側の装甲やセンサー類が弾け飛んだ。

 

「うっそぉっ!!避けたッ!!??」

 

 急降下したコックピットの床で転げていたソラが、這い上がるようにして大声を上げる。メインモニターに映し出された怪物の挙動に、二人の視線は完全に吸い付けられていた。

 

 しかし、頭部を損壊した青いアルマの挙動に、コンマ数秒の猶予も存在しなかった。

 

 片側を失ったカメラアイを赤くたなびかせながら、ロイヤルブルーは姿勢を崩した勢いのままアスファルトを踏み抜き、爆発的な推進力でツバサたちに迫る。

 

 脚部シリンダーが瞬時に収縮し、跳躍。

 

「やばっ――」

 

 カウンターを狙っていたツバサだったが、瞬時に操縦桿から片手を離し、自らの胸元へソラの身体を強く抱き寄せ、固定する。

 

 直後、走る慣性をすべて乗せた青い膝装甲が、銀灰色の顔面へと叩きつけられた。

 

 凄まじい金属の圧壊音。コックピット全体が上下に激しく反転し、メインモニターが一斉に激しい砂嵐へと変貌する。衝撃を吸収しきれないFerrum Avisの巨躯は、地面の上を数度激しくバウンドしながら横転し、路地裏の壁をへし折り、激しい瓦礫の煙の中に沈んだ。

 

「――ゔぅっ!!!!」

 

 数秒の後、明滅を繰り返しながら辛うじて復旧した、サブカメラ映像。

 

 そこに映し出された青い機影は、瓦礫の中に倒れ伏す銀灰の躯体へ一度の視線も向けることはなかった。背面ブースターの火線を最大出力で解放し、先ほど超大型弾丸が飛来した遠方の大通りに向けて、猛烈な砂煙を置き去りにしながら一直線に疾駆していく。

 

 その青い背面だけが、ノイズの向こうへと高速で遠ざかっていった。

 




次回は、8/1(土)です。
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