Dual Drive!-鉄翼のスカイタッグ-   作:都島 京子

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#13 作戦は続行だ

 鉄の机と簡素なパイプ椅子だけが置かれた狭い査問室に、蛍光灯の白色光が冷たく落ちている。

 

 壁際で腕を組む軍服姿の男が、椅子に背を預ける赤髪の女――アネッサの顔を見下ろしていた。

 

 端末の液晶画面を、男の指先が冷淡にスクロールしていく。

 

 本名、生年月日、年齢――そして、一般人にはおよそ無縁な“とある経歴”。

 

「ほう……この現状、君の父が知れば、さぞ悲しむだろうね」

 

 嫌味な声が、血縁者を持ち出すが、アネッサは眉ひとつ動かさない。ただ、机の上の虚空に焦点を合わせたまま、頑なに沈黙を貫いていた。

 

 

   ◇

 

 

 静寂を割るように、洋上に露わとなった「シレーヌ」。

 

 発令所の自動扉が重い音を立てて開いた。

 

「ほら、着きましたよ」

 

「フン」

 

 踏み込んできたロマンスグレーの紳士――ナレムの斜め後ろで、煤けた豪奢な服を身にまとったギルバが、襟元を苛立ちまぎれに引きはがしている。

 

「艦長、ご帰還お待ちしておりました」

 

 入口に控えていたメイラが敬礼をする。

 

「おお、艦長! ご無事で何よりでございます!」

 

 軍帽の男――副長であるトットは、飛びつくように出迎えたが、ギルバはその肩を粗雑に突き飛ばす。

 

「黙れ、ごますり」

 

「おぅ……」

 

 一段高い場所にある艦長席へと靴音を響かせて登り、ギルバは革張りの背もたれに乱暴に体を投げ出した。

 

「えー、始めますよー」

 

 ナレムがコンソールをリズミカルに叩き、二人に視線を向ける。

 

「報告します。先ほどの爆撃、ならびに所属不明のアルマによる強襲により、出撃した10機のうち9機をロスト。搭乗していたパイロットおよびオペレーター計18名は――()()()()()。生存者は、私を含め2名のみです」

 

「ッ!!」

 

 トットの顔が絶望に歪む。

 

 シレーヌに与えられた本来の任務は、ハイルゼン公国との同盟から離脱した小国『カーラム』への内偵と、本隊進行に先駆けた環境整備に過ぎなかった。

 

 ハイルゼンの威光を背景にした、いわば政治的な軍事パレード。

 

 お飾りであるギルバの艦長としての体面を保ちつつ、副長トットが確実に昇進の経歴を稼ぐための「楽な遠征」のはずだった。

 

「……作戦続行は不可能だ」

 

 トットが眉間を指で揉みながら吐き捨てる。

 

「フン、当然だろ」

 

 ギルバは頬杖を突き、心底どうでも良さそうに正面のモニターを見ていた。

 

 トットがメインモニター脇の通信士へ指を差し、本国への撤退要請を口にしかけたその瞬間――。

 

『……撤退命令など、出していないはずだが?』

 

 モニターが突如として切り替わり、軍服の装飾を輝かせた男のバストショットが映し出される。

 

「っ!?」

 

 トットが慌てて直立不動の姿勢をとり、ギルバもまた、艦長席の背もたれから弾かれたように上体を起こした。

 

()()!?」

 

『違うな。私は本作戦における最高司令官――ドルマ・ハイルゼンだ』

 

 重く体に響く声が、発令所内を息苦しいものへと変える。

 

「し、失礼しました。最高司令官殿……」

 

 ギルバはいつになく縮こまって次の一言を待つ。

 

『ギルバ艦長、ならびにシレーヌ先遣隊の諸君、作戦は続行だ』

 

「なっ!お言葉ですが、それは少々無茶ではないですか?!現在のシレーヌの被害状況で目的を果たすのは、ほぼ不可能と思われます!」

 

 自身の兄ということもあってか、ギルバは無謀にも最高司令官に嚙みついた。

 

『フゥ……“視野が狭い”とは罪なものだな。くれぐれも軽挙は慎みたまえ。君たちの作戦継続にあたり、現在の状況をまとめたデータを送った』

 

 トットは通信に乗らないように絞った声で、通信士に指示を出す。

 

 ――画面に映し出されたデータ。それが目に飛び込んできたと同時にトットは顔面蒼白となった。

 

「はぁ!?っ!失礼しました!!」

 

 思わず突き出た大声を、両手で口を覆い強引に止める。

 

『君たちが襲撃を受けたのと同時刻、極東からハイルゼン本国、さらには同盟諸国に至るまで、()()()()()()()()()()()()が確認された』

 

 爆撃による被害状況の数字、世界規模のダメージマップ、そのどれもが非現実的であり、リアリティの欠片もない。ギルバは呆然と開いた口が塞がらなくなってしまう。

 

『主導国は、同盟国でもあった「スバルト」と判明。本国はこれを“スバルトによる叛逆(はんぎゃく)行為と、その煽動(せんどう)”と断定した。そして、現在「カーラム平定作戦」にあたっている我々本隊は、当作戦を一時中断し、これより目標を“スバルトの粛清”へと変更する』

 

「!?では、なぜ――」

 

 画面の中のドルマは、弟の焦燥など視界に入っていないかのように冷徹な目で続ける。

 

『これほどまでの入念な準備と武力の調達を同盟国内で行うことは不可能だ。あえて断言しよう――敵の本山は間違いなく()()()()だ。したがって、シレーヌは当初の予定通りカーラムへの進路を維持、現地の敵勢力を徹底的に殲滅せよ』

 

「補給を!せめて補給のため、一度本国に帰還することは可能でしょうか?こちらの部隊はほぼ壊滅しているんです!」

 

 トットの悲鳴に近い訴えに、ドルマは薄く唇を歪めた。

 

『世界情勢は混沌へ踏み入りつつある。無論、援軍も補給も許可することはできない。現存の戦力で任務を完遂したまえ』

 

「そ、そんなぁ……」

 

 ドルマの視線が、モニター越しにギルバを射貫く。

 

『――そしてギルバ、我が弟よ。最後に、()()()()を心に刻んでおくがいい。「与えられた役割を全うできない者に、ハイルゼンの席はない」……健闘を祈る』

 

 通信が一方的に切断され、発令所の画面がブラックアウトする。

 

「は……?」

 

 ギルバの喉から、ひきつったような乾いた音が漏れた。

 

 トットがコンソールを両手で叩き、頭を抱えて所内を練り歩き始める。

 

「クソッ!何だ今の通信は!?夢か!夢じゃないか!?夢じゃなきゃまずいか!!何なんだ!何が起こったんだ! 」

 

 トットは額の脂汗を軍帽のひさしごと乱暴に拭い、バタバタと無様に靴音を響かせる。その乱れる背中を、ナレムのお気楽な声が呼び止めた。

 

「まあまあ、副長。一旦、落ち着きましょう」

 

「シャッラップ!黙れい!この、死に損ないが!」

 

「えぇ、仲間が死んだ後によくそんなこと言いますね……」

 

 皆に軽蔑の目を向けられても文句の言えない発言を平然とするトット。

 

「他人の命を尊べる者に軍人が務まると思うな!私は現実主義なんだよ!」

 

「ハハッ、その現実が行き詰まってますよ?」

 

 他人事のようににへらと笑うナレムの胸ぐらを、トットが裏返った呼吸のまま掴み上げる。仕立ての良い制服の袖が品なく引きつれた。

 

「貴様ァ!おちょくるのも大概にしろよ!」

 

「ちょっと二人とも、いい加減に――」

 

「うるさい!!……耳障りだ、静かにしろ」

 

 メイラが割って入るより先に、ギルバの叫び声が所内の時間を止めた。

 

 枯れた花のように萎びたギルバは、目の前のモニターにぼんやりと自分の顔を映したまま、ずりずりと椅子の底へ体を滑らせていく。だが、そんな様子にお構いなくナレムは再び口を開いた。

 

「あ、そうそう、報告が途中だったか。私たちを襲った所属不明のアルマは、これまた所属不明の学生パイロットによる別のアルマが迎撃したよ、以上」

 

 「それじゃあ」と、腕を振り払おうとしたナレムだったが、その掴んでくる手に一層力が入れられ、トットの目が鋭く光った。

 

「なんだ今の話……詳しく教えろ。三行で」

 

「私、襲われる。学生、来る。敵、迎撃」

 

 何一つ詳しくない返答を、トットは気にも留めない。

 

()()()()9()()()()()()()()()()だって?ソイツは今どこにいる」

 

「たぶん、近くの駐屯地じゃないかな」

 

「学生……?」

 

 メイラまでも興味を示す。

 

「ナレムさん、その学生ってもしかして赤い髪の女の子じゃありませんでしたか?」

 

「うーん、どうだろうね。私は通信をしただけだから。見た目までは分からないな。けど、通信の音声は確かに若い女性だったね」

 

 メイラの指先が、手に持ったファイルを少しだけ押すように握り込む。その視線が、一瞬だけフロアへと落とされる。

 

「フフ、フフフ……まさに天啓だな」

 

 トットの目が血走り、口元に卑屈な笑みが張り付く。

 

 そのまま艦長席のギルバへと歩み寄り、その白い耳元へ唇を寄せた。トットの口元が忙しなく動き、ギルバの眉が怪訝に跳ね上がる。

 

「…………」

 

「……!本当か!?」

 

「ええ、もちろんですとも。なんならこのままスバルトまで私たちで……」

 

 ギルバの顔に生気が戻る。

 

「ふ、ふはははっ!おい!貴様ら!今すぐ駐屯地へ向かへ!」

 

 軍の規定や体面などと言ってはいられない。使える手駒は、なんだろうとすべて引きずり込む。

 

 ギルバとトットによる不愉快な高笑いが艦内に響き渡った。男たちの浅知恵は、とどまるところを知らない。

 

 

   ◇

 

 

 ――同時刻。 波を切り裂き、白い飛沫を上げて進む高速艇の内部。 振動が響く船室で、碧眼の青年は身体にパイロットスーツを馴染ませて、隅の椅子で寛いでいた。その正面を最短距離で、紫のカラーレンズの男が詰め寄ってくる。

 

「何が「失敗はない」だぁ?!やられて帰ってきてンじゃねぇか!!」

 

「おかえり、ハロルド。間に合ったんだね」

 

「なぁに話逸らしてンだ、おい!」

 

 ハロルドは額がこすれ合うほど顔を近づけ、紫のカラーレンズに船内の薄暗いインジケーターの光をぎらつかせながらさらに詰め寄ったが、青年はそれが見えていないかのように会話を続けた。

 

「まあでも、必要なものは手に入ったんだ。別に問題ないだろ?シレーヌなんてまた今度でもいい」

 

「……チッ!こんなのが必要なんてあのおっさん、頭おかしンじゃねぇか」

 

 青年からようやく離れたハロルドは腕を組み、船室の床に転がる『必要なもの』へと冷たい視線を落とした。

 

「さあね、ドクターの言ってることはどうせ僕らには分からないよ」

 

 わざとらしく肩をすくめてお手上げだと主張する。

 

 二人のそばで、後ろ手に重い金属製の手錠を掛けられ、床に転がっている男。

 

 服はあちこちが破れ、煤に汚れているが、その目は死んでいない。男は余裕そうに顔を上げて、手錠を床にカツリと鳴らし、ハロルドたちを見据えた。

 

「……なあ、結局俺はどこ連れてかれるワケ?」

 

 ――()()()()()()()()()()の声が、エンジンの低い駆動音の中に溶けていった。




次回は、8/4(火)です。
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