Dual Drive!-鉄翼のスカイタッグ- 作:都島 京子
等間隔に配置された蛍光灯が、剥き出しのコンクリート床に冷たい光を落としている。壁に反響するのは、編み上げられた軍靴の足音。手首に冷たい金属を嵌めたツバサとソラの歩調は、前方を行く二人の
「さっさと中に入れ」
その時、重苦しい金属摩擦音を立てて、ソラのすぐ隣にある鉄扉が跳ね上がるように開いた。二人の衛兵に両脇を抱えられ、内側から引きずり出されるように
自由を奪われた両腕は力なく垂れ下がり、その瞳は二人を映すことなく、ただひたすらに地を這っていた。
「カケルッ……!」
ソラの鋭い呼気が廊下の静寂を割る。その声に、カケルの首がようやく正面を向いた。
「………あ、あぁ。二人とも無事でよかった」
再会を喜ぶことも、巻き込まれた文句を言うこともない、間の抜けた返事だけが返される。
「カケルも無事で――うっ」
半歩踏み出そうとしたソラの襟元が、背後から強引に掴み上げられた。突っ張った布地が喉を圧迫し、強制的に身体がのけ反る。
「やはりコイツも仲間だったわけだな」
「っ!仲間ですけど、そもそも私たちはテロリストじゃありません!」
ソラは首をねじり、至近距離の査問官を強く睨みつける。だが、男は表情を一切変えないまま、掴んだ襟首を前方の暗がりへと突き放した。
よろめいたソラの細い体が、開かれた鉄扉の奥へと吸い込まれていく。
「話したいなら中で話すんだな」
「ソラッ!」
男の傲慢な態度に、ツバサの肩が前に跳ねる。しかし、その行く手を阻むように別の査問官が回り込み、分厚い胸板で視界を完全に遮った。
「お前はこっちだ。早く入れ」
男は顎先で、もう一枚の開いた扉の奥を指す。
ツバサは奥歯を噛み締め、握りしめた拳を隠すように鋭い視線だけを男の顔面にぶつけたが、やがて静かに息を吐き出すと、自ら一歩を踏み出して暗い部屋へと足を踏み入れた。
――背後で、再び重い靴音が遠ざかっていく。
両脇を支えられたカケルの足先が、コンクリートの床をズルズルと擦る音だけが、廊下の奥へとゆっくり消えていった。
◇
窓のない密閉された個室。中央に置かれたスチールデスクを挟み、ツバサは錆びたパイプ椅子に深く腰掛けていた。
正面の男が発する威圧的な低音は、部屋の空気に溶けるだけで、ツバサにはただの雑音として通り過ぎていく。
「――それで?あのアルマはいったい何だ?お前がテロリストでないと言うのならば、アルマの入手経路・目的・なぜ爆撃後の街で搭乗していたのか、」
男の握ったボールペンのカチ、カチ、というノックが静寂に染み渡る――。
不意にその音が止むと同時に、男の両手がデスクの天板を激しく叩いた。重い衝撃音が室内に響き、男の鋭い顔面がツバサの鼻先へと迫る。
「全て答えろ」
ツバサは上体を動かさず、両手を椅子の間にだらりと落としたまま、頑なに俯き、コンクリート床の黒ずんだ油染みへと視線を落としていた。
「……崩れた建物の陰に逃げ込んだら、そこに地下室があって、安全だと思い、中に入ったら、あのアルマがありました。だから、遠くへ逃げるために乗りました」
抑揚を欠いた平坦な声、真っ赤な嘘だった。
ツバサは事実を何一つ口にしていない。保身のための嘘――しかし、ツバサの頭は、その嘘が抱えこんでいる“もしも”に埋め尽くされていた。
無意識のうちに、手のひらが制服の生地を強引に巻き込み、指の関節が白くなるほど固く握り締められる。
もし、本当のことを話して父親の存在に行き着いてしまったら。そこから判明する事実が、あのアルマが持つ本当の意味が、自分を裏切るような残酷なものであったら――。次々と脳裏を埋め尽くす暗い疑念に、ツバサは激しい自己嫌悪に
じわりと滲む汗が手に纏わりつく。喉仏が大きく一度、爆ぜるように上下した。
直後、前触れもなく空気が裂ける。
「っ!」
男の放った右の裏拳が、ツバサの白い頬を真横から薙ぎ払った。鈍い打撃音とともにツバサの頭部が横へ跳ね、パイプ椅子の脚が床を甲高く擦る。男は頬を押さえる暇さえ与えず、ツバサの黒い前髪を容赦なく掴み上げ、デスクの上へと強引に引き戻した。
「おい、ガキ。あんまり大人を舐めるなよ? 民間人による軍用兵器の不法所持、ならびに当該兵器による戦闘行為……これがどれほどの軍律違反か分かってるのか?」
耳元で吠える査問官の鋭い声音。それでもツバサは視線を逸らさず、男の
「どれだけ嘘を吐こうが意味ないんだよ。アルマなんざ本国で解析すればすぐに割れる」
髪を掴む拳にさらに力が込められ、男の口元が、歪な三日月型に吊り上がった。
「無期懲役か、はたまた死刑か……本国での処罰が楽しみだなぁ?」
◇
尋問を終えたツバサは、査問官の男を先頭に、武装した兵士に両脇を挟まれたまま廊下のさらに奥へと歩かされていた。
つき当たりの曲がった先、太い鉄格子で区切られた薄暗い空間の前で足が止まる。その奥から、小走りな足音が格子越しに近づいてきた。
「ツバサ!」
心配そうな顔をしたソラが、鉄格子へ手を伸ばそうと身を乗り出す。
「何をしている!扉から離れろ」
脇の兵士が銃口を水平に構え、格子越しに威嚇した。
「っ!……ご、ごめんなさい」
ソラの伸ばしかけた手首が空中で止まり、拳を握り締めながら強引に胸元へと引き戻される。
鉄格子の奥には、さらに二つの影が静かに佇んでいた。壁際、膝を抱え込んだままつま先でコンクリート床を小刻みに叩き続けるカケル。そしてその数歩隣、壁に深く背を預け、片足を伸ばし腕を組んで静かに両瞼を閉じているアネッサ。
ガチャン、と重苦しいシリンダーの回転音が響き、鉄扉が口を開ける。ツバサが中に突っ込まれると同時に、再び格子の向こう側で重い金属音が噛み合わさった。
鍵を握った査問官の男が、事務作業のトーンで格子越しに吐き捨てる。
「お前たちの身柄は、現在発生しているテロ事案が終結するまで、本駐屯所で拘束することになる。事態の収束後は、本国へ送還し、軍事法廷にて相応の処分が下されるだろう……人生最後のバカンス、せいぜい楽しめよ」
「そんな……」
ソラの乾いた吐息が漏れる。男は一瞥もくれず
重苦しい沈黙が、低い天井から
「まぁ、二人とも座れよ。体力残しとかなきゃいざって時に動けねえぞ」
壁際から投げかけられたのは、いつもの部室と変わらない平然とした声音だった。閉じられていたアネッサの瞼が静かに開く。
「先輩……」
力なく俯くソラを横目に、ツバサはまっすぐアネッサとカケルの前へ歩み寄った。そのまま一切の予備動作なく両膝を折り、コンクリートの冷たい床へ勢いよく額を叩きつける。
「……なんだよ、急に」
「アネッサ先輩、
床に擦り付けた額から、冷気がじんわりと広がる。自分の軽率な判断が招いた現実の重みが、圧迫感となってツバサの背に重く
「フッ、二人とも同じだな。謝罪ならさっきソラからもらった。それに、巻き込まれたなんて思ってねえよ。私は、な」
アネッサは口元をわずかに緩めると、呆れたように頭の裏で腕を組み直した。しかし、その視線の先にいるカケルは、膝を抱えたまま微動だにしない。
ツバサは
「
――返事はない。
カケルのスニーカーの爪先が、トン トンと規則的な音を鳴らすだけだった。やがて、その動きがピタリと止まる。
「……辞めてくれないか。今更謝られたところで、どうにもならないんだ……さっきの男も言っていただろう?僕らは本国に連れていかれ、そこで裁かれる。もう、すべてが手遅れなんだ……」
顔を上げないまま吐き出された掠れ声。
「だ、大丈夫だよ。まだそう決まったわけじゃないし、きっと話せば――」
「黙れ!!」
「っ!」
突然の叫びとともにカケルの肩が跳ね上がり、狭い部屋の空気が裂ける。ソラは言葉を詰まらせ、一歩後ろへと身を引いた。
「……すまない。今は放っておいてほしい」
荒い息を一つ吐き出すと、カケルは再び折りたたんだ両膝の間へと深く顔をうずめた。
ソラがすがるようにアネッサへと視線を向けたが、アネッサは何も言わず、ただ静かに首を横に振るだけ。
崩壊した街、奪われた居場所、そして囚われの身。出口のない現実に、濃密な絶望の静寂だけが、四方のコンクリート壁を伝播していた――。
◇
閉ざされた室内、動きを止めた四つの影は、沈黙の時間を冷たいコンクリートの上へ刻み続けていた。
その静寂を割り、湿った廊下の奥から慌ただしい靴音が重なり始める。擦れ合う微小な金属音と、取り乱した男の抑えた叫び。
「……なに?」
ソラが腰を上げ、格子へ指先を滑らせる。ツバサもすぐ隣へと立ち、二人の視線が鉄格子の向こう、薄暗い廊下の曲がり角へと固定された。
迫る足音のピッチが早まる。
「お待ちください!彼らはテロリストの仲間と思われる危険人物です!いくら
「口を慎め、愚か者」
衛兵の背中が、押し出されるようにして後方へと後退する。
制止を押し切り、二つの影が廊下の仄暗《ほのぐら》い光源を背負って現れた。
先頭を行く男の胸元で、
格子の手前、ソラたちの目の前で、先頭の男が編み上げた軍靴を叩きつけるように足を止める。
「一時の
逆光の中で浮き上がるつり上がった目元、整えられた金髪、そして何よりこの傲慢な態度――ソラとツバサには見覚えがあった。
「ギルバ王子!?」
ギルバは薄い唇を吊り上げ、短く鼻を鳴らすと、格子の隙間からのぞく室内を見下ろす。
「喜べ罪人ども、蜘蛛の糸を垂らしに来てやったぞ」
薄暗い檻の中、ソラたちに強い光明が差す。
次回は、8/5(水)です。