Dual Drive!-鉄翼のスカイタッグ- 作:都島 京子
鉄格子の外、逆光の中に立つギルバの隣へ、軍帽の男――トットが滑り出るように一歩前へ出た。両手を背後に回し、胸元の勲章を揺らしながら、無機質な視線を室内の四人へと落とす。
「単刀直入に言おう。貴様らには、ここから無傷で引き揚げられる選択肢が
トットの低い声が、静まり返ったコンクリート壁に反響する。ソラとツバサが格子越しにその顔を向けた。
「……どういう、ことですか?」
「文字通り、
トットは軍帽のひさしに指をかけ、ゆっくりと深く被り直す。
「……手続きって何すか?」
隙間から覗くトットの輪郭を、ツバサの険しい視線が射抜く。
「特別なことはない。書類に軽くサインをもらうだけだ。それくらいは当然だろう?」
「何が目的なんだよ、あんたら」
ツバサの指先が、鉄格子を強く握り締める。
「なんだその物言いは……我々の善意を
「くだらん。貴様らが『ハイルゼン公国軍』の
「っ!?」
横から割り込んだギルバの吐き捨てるような声。トットの肩が大きく跳ね、丸くなった目でギルバを覗き込む。
「ちょと、艦長!何を言って――」
「軍所属の戦闘要員として登録手続を行えば、
ギルバは胸を大きく反らせ、静かに見下ろす。
「私の言っている言葉の意味、分からないわけはあるまいな?猿ども」
ツバサが半歩踏み出し、鉄格子へ鼻先が届きそうな距離まで顔を近づけた。
「断る」
直視したまま、短くそれだけを告げた。
二人の視線が数センチ間近で交錯する。ギルバはゆっくりと顎をしゃくり、つり上がった目元でツバサを見下ろした。
「貴様、自分の立場が分かっていないよだな。これは要請ではない、
「どうせ処罰されんだ。そんな脅し意味ねえよ」
「艦長に向かってその口の利き方は何だ!」
トットが横から身を乗り出し、怒号を上げる。だが、ギルバは片手を上げてそれを制すると、静かに瞼を閉じ、細い指先で襟元を優美に整えた。
直後、一瞬で見開かれた鋭い眼が、ツバサの正面を鮮烈に射抜く。
「減らず口のガキだな。私なら今ここでその処罰を下すこともできるんだぞ?」
「あの!」
二人の間に割って入るように、ソラが声を張り上げた。
「軍人になったら、どうなるんですか」
ツバサの後ろから、淀みのないまっすぐな瞳が前に向けらている。
「ソラ! 何言って――」
「教えてください」
ソラはツバサの制止に目もくれず、背筋を伸ばした。トットは整えられた声調で軍帽を再び被りなおす。
「軍に籍を置く以上、相応の任務が割り当てられる。編入後、貴様らはシレーヌ所属のアルマ部隊の一員として、前線に立つことになるだろう」
「――ッ!?」
ツバサの息が喉の奥で詰まる。前方の格子越しに見えるギルバの口元が、満足げに歪んでいた。
軍人となって戦場へ向かうか、テロリストとして処刑されるか――。
選択肢の形をした死刑通告。ツバサの奥歯が
「シレーヌに乗れば、街を襲った奴らを止めれますか?」
トットが淡々とした
「もちろん。それこそが当面の作戦となる見込みだ」
ソラは胸を大きく膨らませるように息を吸い込むと、時間をかけてゆっくりと吐き出した。
「――決めた。私、シレーヌに乗るよ」
「は!?おい!お前ふざけてんのか!!」
ツバサが弾かれたようにソラへと向き直り、声を荒げる。だが、ソラは身じろぎひとつせず、背筋を伸ばしたままにしている。
「いきなり街をぐちゃぐちゃにされて、みんなの日常が奪われたんだ……私は、このままじゃ納得いかない」
ソラの手首が小さく震える。握りしめられた拳が、自分の胸元へと強く押し当てられた。
「このまま閉じ込められて処分を待つくらいなら、自分の足で前へ行く。自分の手で、日常を取り戻す」
「本気で言ってんのか!? 軍隊だぞ! 向こうへ行けば、二度と戻って来られないかもしれないんだぞ!」
ツバサの手が伸び、ソラの襟元を強引に掴み寄せる。だが、ソラはそのツバサの手首を横から迷いなく掴み返し、真っ直ぐに見つめ返した。
「逃げてちゃ何も分からないよ。なんでこんなことになったのか、
刺すようなソラの視線が、ツバサの瞳孔を収縮させる。
「な、何で急にアルマの話が出てくんだよ……」
「急じゃないよ。
「ッ!!」
ツバサの呼吸が止まる。
ソラを掴んでいた右手から、急速に力が失われていった。指が滑り落ち、掴まれていた襟元が元へ戻る。視線は無意識のうちに己の胸元へと落ちた。
実家の地下室、起動した銀色のアルマ、そして父の姿。逃げ続けてきた問いの答えが、闇の向こうで渦巻いている。
沈黙の中、宙を彷徨うツバサの手へ、ソラは静かに自分の手を重ねた。
「ごめん、ずっとツバサ一人に背負わせてた。だから……今度は私にも背負わせて。一緒に取り戻そう。私たちの日常も、ツバサの探してる答えも」
重ねられた手のひらから、ソラの体温が伝わってくる。
ツバサの喉元が一度大きく動いた。詰まった息を深く吐き出すと、固くゆっくりと、その手を握り返した。
「……一人で行かせるわけ、ないだろ」
「ツバサ……!」
二人の間に漂っていた張りつめた空気の角が取れる。
しかし、その微かな温度を砕く、激痛のような叫びが室内に突き刺さった。
「いい加減にしろ!!」
「っ!!」
ソラとツバサが同時に跳ね上がるように振り返る。部屋の隅、膝を抱えていたカケルが弾かれたように立ち上がっていた。制服の肩が荒く上下し、眼鏡の奥に気迫がこもる。
「何が『取り戻す』だ! 何が『一人で行かせるわけない』だ!歓談にでもしたつもりか!?君たちはアドレナリンの過剰分泌で正常な判断ができていないだけだ!死ぬかもしれないんだぞ!? 本物の戦場に行けば、命なんて一瞬で吹き飛ぶんだ!」
カケルの捲し立てた叫びが途切れ、荒い呼吸音だけが部屋に響く。ソラとツバサは伏せるように視線を落とした。
「……そんなつもりじゃねえよ」
ツバサが低い声で言葉を落とす。ソラはツバサの横で深々と頭を下げた。
「ごめん、カケル……アネッサ先輩も、本当にごめんなさい」
壁に背を預けていたアネッサが、ゆっくりと組み着けていた腕を解くと、ローファーの底でコンクリートの床を硬く踏み鳴らしながら、直線的に二人の目の前へと寄ってきた。
「軍人は、遊びじゃない」
低く、地鳴りのような声。いつもの軽妙さは欠片もない。アネッサの射るような視線が、二人の顔を刺し穿つ。
「敵機を追い返せたのは、単に運が良かっただけだ。カケルの言う通り、戦場じゃ一度の失敗がそのまま死に直結する。それに――」
アネッサはソラの胸元を指先で強く突いた。
「戦場では自分の命を守ることと、他人の命を奪うことは同義だ」
「ッ!」
「分かってんのか?お前たちの口から出る覚悟なんて、ただの絵空事なんだよ」
ソラの体が突き飛ばされたようにわずかに後退する。アネッサの圧倒的な
「お前たちがやるべきことは、戦場で引き金を引くことじゃない。軍の誤解を解いて、無事にここから帰ることだ」
ツバサが顎を引いたまま、歪んだ口元から低い声を吐き捨てた。
「俺らに帰るとこなんてもう無いっすよ」
室内の温度が一瞬で氷点下へ滑り落ちる。
その直後、廊下の奥から重い金属扉の開閉音と、硬く甲高い足音が近づいてきた。
「すみません、 駐屯兵のみなさんへの説明で遅くなってしまいました」
一人の女性士官が廊下の光源の中から現れる。鮮やかなラベンダーブラウンのショートヘアを小さく揺らした女性――メイラだった。
メイラはギルバたちへと視線を向けながら歩み寄るが、格子の中、壁際に佇むアネッサの影をとらえた瞬間、その足取りがピタリと止まった。
「……ッ!?」
アネッサの全身が強張る。大きく見開かれた瞳孔がメイラを捉え、次の瞬間には顔を真横へと背けた。
「アネッサ……! 良かった、無事だったのね……!」
メイラが駆け寄り、鉄格子に両手をかける。その目には明らかな安堵の色が浮かんでいた。突然の出来事に、ソラとツバサ、そしてカケルまでもが困惑の表情で交互に視線を往復させる。
「なんだ、コイツと知り合いなのか?」
ギルバが二人の間に目線を走らせる。だがアネッサはそれに応じることなく、冷ややかな声を吐き捨てた。
「……全員、出ていけ」
「ハァ? 貴様、誰に向かって口を――」
アネッサがゆっくりと顔を上げた。
その瞳に宿る濃密な殺気が、鉄格子の隙間を抜けてギルバとトットを直撃する。ギルバの言葉が途切れ、首筋の毛が逆立つように身体を硬直させた。トットもまた、無意識のうちに半歩後ろへ身を引く。
「用は済んだろ……二人を連れて、さっさと失せろよ」
アネッサが親指でソラとツバサの立つ方向を荒く差し示す。
室内を襲う凄まじい圧迫感に、ギルバは吐き捨てるように舌を鳴らした。
「チッ……行くぞ、トット! こんなカビ臭い檻に長居は無用だ!」
「は、はい」
鍵が合わさり、鉄扉が重い音を立てて開く。後ろに控えた衛兵たちが困惑した声を上げるが、ギルバは王族の紋章が刻まれた肩章を誇示するように一蹴し、ソラとツバサの襟首を掴むようにして廊下へ連れ出した。
「先輩……すみません」
去り際、ソラが振り向いて声をかけたが、アネッサの視線が戻ることはなく、横顔のままピクリとも動かない。
部屋の隅に取り残されたカケルが、開いた扉と去っていく背中を、ただ呆然と見送り、力が抜けたようにそのまま床へ座り込んだ。
ガチャリ、と再び重い
アネッサは床に丸まったカケルを一瞥し、何かを言いかけたが、唇を固く結び直すと、眉を顰めて顔を逸らした。
――静寂が戻った拘留室。隅に沈むカケルをよそに、鉄格子を隔ててアネッサとメイラが互いの距離を測る。
アネッサは横の壁に深く背をもたれかけ、組んだ腕を崩さないまま、目も合わせずに口を開く。
「……イブから目を離すなって言ったよな?何でこんなとこに居んだよ」
メイラの肩が小さく跳ねる。眉根を寄せ、アネッサの視線から逃れるように顔をうつむかせる。
「おい、何かあるなら、はっきり言え」
「……イブちゃんは今、正規軍人として……シレーヌに乗っているわ」
アネッサの動きが完全に止まった。
緩慢な動きで顔を上げ、格子越しにメイラを凝視する。アネッサの目元が跳ね上がり、一歩前へ踏み出された。
「……何を言ってる?」
「ごめんなさい……私には、止められなかった……!」
メイラは頭を深々と下げ、絞り出すような声で謝罪を繰り返す。
アネッサの拳が、爪が皮膚に食い込むほど強く握り締められた。激しい言葉が喉元まで突き上げ、幾度も唇が動く――が、やがてその口は引き結ばれ、深々とした溜め息とともに吐き出された。
アネッサは薄汚れた天井を仰ぎ、自嘲気味に口元を歪める。
「なにも……上手くいかないもんだな」
湿ったコンクリートの冷気が、沈黙の中に重く漂っていた。
◇
陽が完全に落ち、
仮設された大型照明が吐き出す青白い光の中に、巨大な影が佇んでいる。海水に洗われ、黒く塗り潰された強固な装甲――潜水揚陸艦シレーヌ。
停車した装甲車の後部ドアが開き、ソラとツバサがひび割れたアスファルトの上へ足を踏み出す。
「さて、詳しい手続きは中でしてもらおうか」
車脇で待機していたトットが、二人を促すように手を出したその時、上空から激しいローター音が降り注いだ。
「な、なんだ!?」
風圧が二人の前髪を激しく散らし、周囲の砂塵を巻き上げる。装甲車のすぐ脇へと一機の輸送ヘリが垂直着陸し、側面のドアが滑るように開いた。
最初に降り立ったのは、メイラ。その背後から、軍用バッグを肩にかけたアネッサが姿を現す。
さらにその後ろから、死んだ魚のような目で、嫌そうに足を引きずる
「先輩……!?カケル!?」
ソラの高く掠れた声が夜風に散る。アネッサはソラたちの横を通り抜けざま、小さく鼻を鳴らした。
「事情が変わった。私とカケルも、そのバカげた入隊手続とやらに混ぜてもらおうか」
「えぇ!?」
トットの怪訝そうな視線にメイラが無言で短く頷き返すと、それを受けたトットの口元が満足げに歪んだ。
「……いいだろう」
メイラから差し出されたバインダーを受け取り、トットは端末の書類に軽く目を走らせた。
「っ!……ほう、なるほど。
トットは軽く咳払いをすると、目の前にいる四人を改めてじっくり見回す。
「整列!!」
「っ!」
不意の号令に体を跳ねさせながらも、正面一列に並ぶ四人。トットはバインダーに視線を落とし、淡々と名前を読み上げていく。
「
「は、はい……」
「アネッサ・フルブライト」
「……」
アネッサは返事をせず、軽く手を上げる。トットは不快そうに眉根を寄せたが、そのまま次へと視線を滑らせる。
「
「……はい」
「
「はい!!」
「只今より、以上の四名を“ハイルゼン公国軍の正規軍人”として、我々『シレーヌ先遣隊』へ迎え入れる。ようこそ、学生諸君。歓迎しようじゃないか」
ソラとツバサは鋭い眼差しでトットの背後――洋上に揺れる黒い鋼鉄の巨躯を真っ直ぐに見上げた。
夜風が通り抜ける中、シレーヌの影が重々しく闇の中へ沈み込んでいる。
鉄のタラップを上るバラバラの靴音。開かれたハッチの底へと吸い込まれていく四つの影。
最後尾を歩くソラは、ハッチの縁に手をかけると、足を止めて振り返った。
視界いっぱいに、半壊した
それを見たところで懐かしさなど感じず、今日一日の無慈悲な記憶しか蘇って来ない。
己の胸元に手を当て、静かに瞼を閉じる――。
「行ってきます」
小さく、しかし力強さのこもった声が、荒れる夜風にかき消された。
重厚な金属音が噛み合い、分厚いハッチが完全に閉ざされると、猛烈なベンチレーションの重低音が響き渡り、白く泡立つ海水が船体を覆い尽くした。
漆黒の鋼鉄は波を断ち切り、光の届かない真っ黒な海原の底へと、姿を消す。
ここまでをお読みいただきありがとうございます。
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第二章の開始は9月初旬頃を予定しています。気長にお待ちいただけると幸いです。