Dual Drive!-鉄翼のスカイタッグ- 作:都島 京子
ハイルゼンの属国“日本”で競技用アルマに情熱を注ぐツバサとソラ。
しかし、その日常は突如の爆撃で崩壊する。
生き残るため二人は、ツバサの家の地下に眠る正体不明のアルマを起動。見事な連携で、奇跡的に敵の迎撃した二人だったが、彼らを待っていたのは「重大な軍律違反」による拘束だった。罪の帳消しと引き換えに提示されたのは最前線への出撃。
ハイルゼン軍の思惑が交錯する中、大切な日常を奪われた二人は、自らの意志で戦火の中へ飛び込む覚悟を決めることとなった。
#16 決めたのはアイツ自身だ
――
ハイルゼン公国とその同盟諸国を突如として襲った、無差別爆撃の嵐。
それは、同盟国であったはずの“スバルト”が引き起こした世界規模の反乱であった。
その夜、スバルトは全地球規模のネットワークを通じて一つの声明を発表する。
『“自由”こそが我々の唯一の主君である。悪逆な独裁者に征伐を下す時が来た。
同志よ、ハイルゼンによる支配に終止符を打つべく、共に立ち上がるのだ』
この宣戦布告は、長きにわたり燻っていた各地の反ハイルゼン組織へ確実に火を点けた。結果として、ハイルゼンの支配を逃れようとする暴動が各地で勃発。
世界情勢は、一夜にして混沌の渦へと飲み込まれる事態となる。
◇
「――と、いうわけでだ、」
発令所の正面、巨大モニター前に佇む男――トット。その背後で明滅する被害マップの青白い光が、男の影を床へと引き伸ばしていた。手にした伸縮式の指示棒が、激しい音を立ててスクリーンを叩く甲高い金属音が、室内を満たす。
「現在、世界は未曾有の危機に瀕しており、それ故に本国からの支援も絶たれた。しかし、我々“シレーヌ先遣隊”に与えられた作戦目標は、さらに厳しいものへと変わった。カーラムへの進路を維持し、現地の敵対勢力を徹底的に殲滅する……」
指示棒を手のひらで押し込み、カチリと収納すると、トットは右手の中指でメガネのブリッジを強く押し上げた。
「なぜだ!?なぜそんなことができると思っているんだ!!“二階級特進”以外に私に道はないのか!?」
意味のない激しいジェスチャーを繰り返し、様子のおかしくなったトットの熱弁が、無機質な金属壁に虚しく反響する。
「また始まったよ……副長のこれ、長いんだよなぁ」
ラフに真ん中で分けられたワンレンロブの金髪の男――ジャックが、パイプ椅子に深く背中を預け、短パンのポケットに突っ込んだ両手をそのままに欠伸を噛み殺した。
その右隣。カッチリと着こなした制服の膝の上で脚を組む七三分けの男――ジンが、メガネを両側から指で挟み、淡々と持ち上げる。
「更年期だな」
「あの人、変だろ?いつもああなんだよ」
ジャックは、自分の横で直立不動の姿勢をとる軍服の似合わない少女へ視線を送った。
「……え、あっ、ど、どうでしょうか?」
「そこ!私語厳禁!貴様ら、初日だからといって緩んでいるんじゃないだろうな?」
トットの首が弾かれたように向き直り、鋭い視線が四人一列に並ぶ新米軍人――ソラたちを射抜いた。居心地悪そうに肩を縮める三人の横で、アネッサだけは壁に背をもたせ、腕を組んだまま目を瞑っている。
「すみません!」
深々と頭を下げるソラの頭頂部を見下ろし、トットは大げさに溜息を吐き出した。
「貴様らは軍人としての礼儀作法を何一つ知らんらしいな」
ソラのすぐ横で、ツバサの唇から「そりゃそうだろ」と漏れるが、幸いにもソラ以外の皆が気付くことはなかった。
「まあいい、そんなものには端から期待などしていない。来るときに自らの役割さえ全うしてくれればいいだけの話……」
トットの口角が歪に吊り上がる。
一瞬、密室の空気が引き締まった――かに見えたが、次の瞬間、トットは振りかぶった右手で背後の巨大モニターを思いきり叩きつけた。
「って、そんなことはどうでもいい!それより、なんだこの出席率は!」
発令所の中は、ソラたち四人の他に、オペレーション用コンソールに向かう通信士二人、モニター脇に控えるメイラ、そしてパイプ椅子の二人組しかいない。フロアより一段高い位置にある重厚な艦長席には、ギルバの姿すらない。
「他の連中はどうした!ブリーフィングだぞ!……どいつもこいつも今の状況を分かっているのか!」
両手で顔を覆い、上半身をクネクネと身もだえさせるトット。その奇怪な動作を断ち切るように、突如発令所の気密ドアが荒々しく開かれた。
「遅れたわ」
片手にもったドリンクの氷をカラカラと鳴らしながら、ホワイトブロンドのロングヘアを
「遅刻だ!優雅に入ってくるんじゃない!!」
「うっさいわね。そんなに大声出さなくても聞こえてるわ」
トットの怒声を鬱陶しそうに手で払い、奥へ進もうとした少女の足が、ピタリと止まる。
「――は?」
少女の指先から失われた手元のカップが床の金属板へ激突し、砕けた氷と液体が勢いよく周囲へ弾け飛んだ。壁際で佇むアネッサの顔面に視線が縫い付けられると同時に、瞳孔が鋭く小さく収縮し、肩が激しく上下し始めた。
「ちょっ!おい!私にかかったらどうするつもり……だ?」
トットの抗議を完全に無視し、少女は床の水たまりを踏み荒らしながら、一直線に距離を詰める。直後、勢いよく伸びた両手がアネッサの軍服の胸ぐらを鷲掴みにした。
「っ!?」
突然のことにソラたちは思わず後ずさったが、アネッサは組んだ腕すらそのままに、ただ見下ろす目線で少女を見つめ返すだけだった。
「イブちゃん!」
メイラは慌てて二人に駆け寄るも、イブの口から放たれた叫び声の圧力に、思わず立ち尽くしてしまう。
「なんで……なんでアンタがここにいんのよ!!どういうこと!?」
唾が飛ぶほどの至近距離で、イブの両目は見開かれ、目尻の皮膚が裂けんばかりに引き攣っていた。
「ッ!もしかして、新入りってコイツのこと!?」
イブは首を捻るようにして背後のメイラへ鋭い視線を向けたが、メイラはそれを肯定するかのように押し黙っている。
「最ッ悪!!信じらんない!アンタどのツラ下げて戻ってきたワケ!?ふざけてんの!?」
捲し立てられる罵声をただじっと浴び続けていたアネッサだが、やがて乱暴にイブの腕を払い退けた。
「こっちにだって事情があんだよ」
ぶっきらぼうにそれだけ告げると、アネッサは誰の顔を見ることもなく、発令所を出ていく。
「待て貴様!会議はまだ――」
「逃げんな!!」
トットの声をかき消し、激昂したイブが足音を荒立ててアネッサの背を追う。カッカッと激しく金属を蹴る音が通路の奥へと遠ざかっていった。
「すみません、わたし様子見てきます!」
メイラもまた、頭を深く下げてから二人の後を小走りで追う。
「………………」
ぶちまけられた液体から、甘い人工甘味料の匂いが薄く漂う。沈黙の中、ジャックがパイプ椅子から立ち上がるカチャンという金属音が響いた。
「副長、一旦お開きじゃないっすか?」
「お開きだとォ?まだ、作戦の内容を1ミリも話してないだろうが!」
「いつものことだ」
ジンもまた立ち上がり、慣れた手つきでパイプ椅子を折りたたむ。ジャックは畳んだ椅子を抱え、壁際のモニターに向かって黙々とキーを叩く通信士の背中に声をかける。
「ティオ、内容はいつも通りデータで送っといてくれ」
キーボードの乾いた音だけが返事の代わりに返ってくる。
「おい!なに終わりの雰囲気出してるんだ!」
トットの叫び声が虚しく響く中、二人組は畳んだ椅子を壁にもたれさせると、ソラたちの元へとのんびりした足取りで歩み寄ってきた。
「え、な、なんですか」
ジャックはソラとツバサの間へ強引に割り込むと、両腕を回して二人の肩を組む。
「副長、俺たち今からこいつらの案内するんで」
「艦内案内……ふっ」
ジンは自らの言葉に独りニヤニヤしている。
「じゃ、そゆことで~」
反論の余地を与えず、ジャックはソラたちの背中を無理やり押し出し、部屋の外へと連れ出した。
「え、あの、大丈夫なんですか!?」
「ダイジョブダイジョブ♪」
「大丈夫な訳あるかァ!!」
男たちによって厚い金属ドアがしっかりと閉じられる寸前、中に残されたトットの絶叫が通路に響き渡った。
◇
天井を這う無数の配管。金属板の床を歩くたび、硬質な靴音がコツコツと響く。
「いやぁ、助かったわ。新入りのおかげでいつもより早く終われたな」
軍服のジャケットに短パンというアンバランスな格好の金髪男と、真面目そうな七三分けの男がソラたち三人の前を歩く。
「あっ、そうそう。俺はジャック、こっちはジン。よろしくな」
ジャックが振り返って、拳でソラの肩を軽く小突いた。
「お、
「
「
ソラのハキハキとした声に対し、後ろの二人は愛想の欠片もないダウナーな挨拶。しかしジャックは気に留める様子もなく、顎に指をあてて三人をまじまじと見比べた。
「ふーむ、ここがカップルか?」
「えっ、ち、違いますよ!」
「っすよ」
慌てて両手を振るソラの後ろで省エネに返すツバサ。
「じゃあこっちか」
ジンが無表情のまま、ツバサとカケルを二本指で指し示した。
「あ、あの!」
男たちの悪ふざけを遮るようにソラが声を張り上げる。
「さっきのホントに大丈夫だったんですか?」
「副長か?あの人は、ああいう人なんだ。まともに取り合ってたらストレスで禿げちまう」
「副長みたいにな」
ジンの余計な補足が、絶妙に微妙な空気をつくる。
「は、はは……」
引き攣った笑いを浮かべたソラは隙を見て、コミュニケーションを丸投げしているツバサとカケルを睨みつけたが、二人は悪びれる様子もなく明後日の方向を向いていた。
「じゃなくて!あのパイロットスーツの女の子とアネッサ先輩の方です!」
ソラが気になっていたのは副長の帽子の中ではなく、先ほどの突然起きた口論についてだった。
「んー、さあな。俺はその“アネッサちゃん”とかいうのを詳しく知らないし、
「女のヒステリーだ、気にする必要はない」
ジンのフォローとは思えないフォローに、「この人たちに訊くのは無意味だ」とソラは尋ねるのを諦めて肩を落とした。
やがて通路の左側、重厚なドアの前でジャックが足を止める。
「と、いうわけでとうちゃーく。ここは艦長室だ。ちなみに、艦長は副長と同じくらい面倒くさい。だから、あんまり関わらない方がいいぞ。王子だしな」
小声で耳打ちされたが、わざわざ艦長室の目の前で言う内容ではなく、ソラは心の中で冷や汗をかいた。
「そ、そうなんですね……」
「よし、じゃあ次!」
ジャックがパンと手を叩いて向き直ったその時、一番後ろを歩いていたカケルが、低く重い声を上げる。
「すみません……体調がすぐれないので、自室に戻ってもよろしいでしょうか?」
その表情は薄暗く、カケルは全身から淀んだ空気を醸し出していた。
「おぉ、そりゃもちろんだが大丈夫か?」
「カケル……部屋まで送ろうか?」
ソラが顔を下から覗き込むように傾ける。しかし、カケルは僅かに首を逸らした。
「ッ……結構。一人で大丈夫だ」
少しの棘を吐き捨てたカケルは、一礼を済ませると、すぐ横にある階段へ姿を消した。軍靴の重い足音が吸い込まれていく。
「休める時に休んどけよ~」
「牛になるかもな」
ジャックとジンはその背中に軽く声を掛け、それ以上構うことなく、踵を返す。
「さてと、俺たちはこのまま直進だ」
二つの足音が、再び廊下の奥へと進み始めるが、その後ろで一つの足音が止まったままだった。
ソラは半開きになった口で、ただカケルが消えた階段を見つめている。
振り返ったツバサの視界が、その横顔で埋め尽くされた。
「……大丈夫だって言ってたろ。行くぞ」
ツバサが短く促す。
「う、うん……」
気を取り直してツバサが踏み出したその時、ソラがポツリと呟く。
「私が……巻き込んじゃったのかな」
俯くソラに、ツバサの眉間が寄る。
「私が軍に入るなんて言っちゃたから、カケルは仕方なく付いてきたのかな……もし、私が――」
「ソラ」
漏れ出す悔言を、ツバサが断ち切る。
「ッ!……あっ、ごめんね!行こっか!」
肩をびくつかせて勢いよく顔を上げたソラは、無理に引き伸ばしたような笑顔を残したまま、慌てて背を向けた。
「おーい!何してんだ~、次行くぞ~!」
十数メートル先。小さくなった男たちのシルエットから、間延びした呼び声が飛んでくる。
「すみませーん!……ね、ツバサ!」
ソラが小走りで駆け出し、硬い靴音が、廊下の静寂を打ち破った。それに並ぶように、ツバサも歩調を速める。
二人の肩が並び、ツバサが前を向いたまま口を開いた。
「どんな理由であれ、決めたのはアイツ自身だ。アイツだってそこまで子供じゃない。ソラが気にすることじゃない」
「……そう、だね」
ソラの視線が泳ぎ、また少しだけ下を向く。
「それでも気になるなら、また構ってやれ。アイツはああ見えて寂しがり屋で、構ってもらえると泣いて喜ぶからな」
淡々と紡がれたツバサの言葉に、ソラの歩調が一瞬だけ乱れた。
「ふっ、なにそれ。そんなカケル見たことないよ」
吹き出した拍子に、ソラの強張っていた頬がふっと緩む。
「じゃあ、見れるまで構ってやらないとな」
「……だね!」
横顔に確かな笑みを取り戻したソラが、床を蹴る力を強める。前方を歩く先輩たちの背中を追って、二つの足音が並走しながら廊下の奥へと響き渡っていった。