Dual Drive!-鉄翼のスカイタッグ- 作:都島 京子
「いよいよメインだぜ~?」
「サビだな」
廊下を進むソラたち4人の目の前、突き当りに現れた『パイロット待機室』と印字されたプレートが掲げられた部屋。
「おぉ、それっぽい!」
中へと入ると、手前が男女に分けられた更衣室になっており、その奥は待機所となっていた。ナチュラルに男性側の更衣室を通されそうになったソラは、慌てて右のドアへ逸れる。
「ここはアルマに乗り込む前のロッカールームだな。で、その奥が――」
壁面に大きめのモニターが設置されており、ベンチの並んだ待機所を通り抜けると、目前の空間が一気に開けた。
「『マルチ・ウェルドック』だ!」
三階層分の吹き抜け構造。ソラたちが立っている2階はキャットウォークとなっており、下層のフロア全体を見下ろせる。油とオゾンの焦げた匂いが鼻腔を突き刺し、眼下では溶接の青白い閃光が辺りを照らしていた。
「うおぉぉ!!」
ジャックとジンの隙間をすり抜け、ソラがキャットウォークの手すりから落ちそうなほど身を乗り出した。広大なフロアに並ぶ整備用アームやクレーン、そしてアルマのパーツ群に目を輝かせる。
「ねぇ!見てよツバサ!ドックだよドック!シレーヌの生ドック!!」
「おい、危ねえぞ」
ツバサが一つ息を吐き、はしゃぐソラの脇下へ後ろから両腕を差し込む。そのまま後方へ引き戻すと、ソラの靴底が軽く床を擦った。ソラは身体を浮かされながらも、首を振ってフロア全体を見回し続ける。
12機のアルマを格納できるはずのハンガーは、現在
足元から響いていたバチバチという激しい溶接音が止む。下層に居る厚手のつなぎを着た人物がトーチを引き、顔を覆っていた遮光面をカチリと頭上に跳ね上げると、そのままキャットウォークを見上げて眩しそうに目を細めた。
「なんだ!」
吹き抜けを通り抜けて届く大声に、ジャックが手すり越しに身を乗り出し、口元に手を添えて声を張り返す。
「昨日入った新入りの案内っす!……ほら、いちゃついてないでさっさと挨拶行くぞ」
ジャックは階段を顎で指すと、ジンとともに甲高い靴音を反響させて先を行く。残されたツバサは口をヘの字にして、抱えたソラを上から見下ろした。
「ん?なに?」
視線に気づき、ソラが首をひねってツバサを見上げるが、その目はまだ興奮に揺れていた。
ツバサは差し込んでいた両腕を無言で引っこ抜き、ソラの両足がストンと床につく。
「痛てっ、ちょっと急に放さないでよ!」
「自分で歩け」
背中で抗議を受け止めながら先に階段へ向かうツバサを、ソラは不満げに口を尖らせつつも追いかける。
◇
「主任エンジニアのテッドさんだ。こう見えてシレーヌの年長者だから、しっかりと敬うように」
ジャックが親指で背後の人物を指す。額に防塵ゴーグルを乗せ、口元に煙草を燻らせたダンディな男が、作業台から二人を鋭く睨みつけた。
「エンジニアは三人しかいないがな」
ジャックの横で、ジンが胸ポケットから取り出したクロスでメガネを拭きながらボソリと呟く。
「なぁにが敬うだガキ。テメェらの敬意が一番足りてねぇだろうが」
テッドが咥え煙草の端から苦言を吐き捨てた。
「まあまあ、あんまり怒ると新入りが委縮しちゃいますって」
ジャックがひらひらと手を振って間に入る。ソラは場の空気に呑まれそうになりながらも、背筋を伸ばして腹から声を張り上げた。
「このたびシレーヌ先遣隊に着任した
「同じく、
隣でツバサも短く一礼する。
「ほう、お嬢ちゃんたちが“アレ”のパイロットか」
テッドの不機嫌そうな視線が、ドックの奥へ向く。そこには、天井照明の影を落として佇む巨体――『
「は、はい!」
「こんなの、どこで手に入れたんだか……」
ジロリと戻された視線に、ソラは誤魔化すように首の後ろをさすり、眉を下げた笑みを浮かべた。
「いやぁ、え、えへへ……」
「フンッ、まあいい。用が済んだならとっとと散れガキども」
テッドは短くなった煙草を灰皿に揉み消すと、背を向けてしゃがみ込み、スパナを握り直した。
「口
ジャックが肩をすくめ、居住区画へ続くドアのハンドルを回す。ツバサがそれに続いて歩き出す中、ソラだけが足を止め、背中を向けたままのテッドを振り返った。
「あの!今度、作業を手伝いに来てもいいですか……?」
「……駄目だ」
しゃがみ込んだテッドの背中は動かない。
「えっ……あっ、す、すみま――」
「手伝いは要らねぇ。来るんなら、テメェで勝手に作業してろ」
再びスパナが動き、ボルトを締め直す音が響き始める。ソラは目を丸くすると、その無骨な後ろ姿に深々と腰を折った。
「ッ!ありがとうございます!」
「……おっさんのツンデレは流行らんな」
開いたドアの外で、ジンがメガネのフレームを持ち上げる。
作業台のテッドがぴくりと肩を揺らし、低い声を唸らす。
「おい、いい加減にしねぇと
「ッ!?お邪魔しましたー!」
ジャックは冷や汗を流して顔色を失うと、ソラとツバサの背中を強引に通路へと押し出し、90度に頭を下げて脱兎のごとく逃げ去った。
◇
「いやぁ、危なかったぜ。」
灰色の金属板と均一な扉が一定間隔で並ぶ居住区の通路を、四人が足を揃えて歩く。
「テッドさんはああ見えて子供が好きだから、じゃんじゃん甘えるといいぞ。コツは“自分を孫だと思い込むこと”だ」
「あっちを祖父と思い込むことも可」
得意げに奇怪な発言をする二人を横目で見やり、ソラは口元を引きつらせて視線を逸らした。
「お二人とも、少し変わってますよね……」
「フッ……俺たちが特別だって?あんまり褒めるのはよせよ。照れちまうだろ」
ジャックが振り向きざまに前髪を指で跳ね上げ、キメ顔を向ける。対極的にソラは眉間を落とし、あからさまに遠くへ目線を投げた。
軽薄な声の余韻はあっけなく虚空に消え、廊下には冷ややかな静寂だけが取り残された。
「………………」
無数に並ぶ個室のドア。そこから、声や音が聞こえてくることはない。歓迎の挨拶や嫌味な突っかかりも、人の気配は何もない。
「すっげぇ静かだろ?この前まではもっと大勢いたんだぜ?」
「……え?」
「ニックとジャスミン、そっちはジョナサンにミーグル、フレアル、ライオ……けど、みんな死んじまった」
あちこちのドアを指すジャックの指先が、微かに震えている。先ほどまでと変わらないはずの軽い声が、無人の廊下に痛々しく響き渡った。
「……っ」
その言葉の持つ重さに、ソラはかけるべき言葉が見つからず、口元を僅かに引き結ぶことしかできない。
だが、沈黙を破るようにジャックはソラたちの前に握った拳を突き出した。
「けど、安心しろ!なんせこの俺たちが残ってるからな、百人力よ!」
言葉とは裏腹に、その表情にはぎこちない笑顔が張り付けられていた。
「ジャック、もういい」
ジンの制止に、ジャックは僅かに目を伏せた。
「……悪り、ちょっと思い出しちまった。すまねぇな、新入り。気を取り直して、次行こうぜ」
「は、はい……」
まるでスイッチを切り替えたかのように努めて明るい雰囲気を取り戻すと、ジャックはくるりと背を向けて先を急いだ。
ソラたちは、先輩二人の少し早くなった歩調に合わせ、ただ後ろをついて行く。
◇
通路を進む途中で、ジャックがすれ違うハッチを手際よく指し示す。表示灯の灯る洗濯室、トイレ、シャワールームを通り過ぎ、一行は重厚な金属ドアの前で足を止めた。ドアの中央には、赤ペンキで『
「ここは医務室だが、世話にはならない方がいい。ここには
ジャックが神妙な顔つきでドアを見つめ、その隣でジンが胸の前で素早く指を交差させて十字を切った。
「おそらく今の時間は食堂にいるだろう」
「はぁ」
ソラは思わず気の抜けた返事をして、力なく肩を落とした。
「そして最後に、すぐ横が食堂なわけだが……残念ながら俺たちが案内できるのはここまでだ。なぜなら、俺たちはエクソシストではないからな」
「健闘を祈る」
「え、ちょっと!」
ソラが手を伸ばすより早く、ジャックとジンは回れ右をすると、スチール床にシューズを激しく鳴らして通路の奥へと消えていった。
「……どうしよっか?」
「腹減ったしちょうどいいだろ」
ソラが振り返ると、ツバサは大きなあくびをしながら、食堂のドアレバーを押し下げていた。
ドアが開くと、目に飛び込んできたのは広々とした空間と複数のテーブル。その片隅で、丸椅子に腰掛けたメイラが静かにスプーンを動かしていた。
その奥――ステンレス製の厨房のカウンター越しに、一人の女がパイプ椅子に深く身体を預けている。腰まで伸びた黒髪が肩から背中へ垂れ下がり、黒のタンクトップから覗く首筋に、電子タバコの薄紫色の蒸気がまとわりつく。煙の向こう側、アイラインの強調されたブラックメイクの中で、鋭く三白眼がソラたちを睨みつけた。
「ッ!」
射るような視線に二人は思わず息を呑む。
「あれ、ソラちゃんとツバサくん?」
二人が立ち止まっているのに気付いたメイラは、トレイの脇にスプーンを置き、すぐさま席を立って近づいてきた。
「今からご飯?それなら、私がキッチンの使い方教えようか?」
「メイラさん!ありがとうございます!」
「どうも」
昨夜、シレーヌに乗り込んだソラたちに、必要なことを親身に説明してくれたメイラは、いまや唯一の頼れる存在となっていた。
「て言っても、あそこにいる彼女――ハーリヤさんのところに行けばすぐ用意してくれるわ」
メイラに促され、二人は恐る恐る厨房のカウンターへと近づいた。
ハーリヤは手に持った端末から目を離さず、煙を天井へ向けて細く吐き出した。
「……新入りか。そこにあるトレイ、持ってきな」
爪を黒く塗った指先が、カウンターの端をすっと指す。そこには銀色のプレートが二つ置かれており、皿からはみ出さんばかりのカレーライスが盛られていた。
「あ、ありがとうございます。いただきます……」
ソラがプレートの端を両手で持ち上げ、ツバサもそれに続き、軽く頭を下げて片手でプレートを引き寄せる。
「おい、お前」
「ッ!」
席へ戻ろうと厨房に背を見せたツバサがの肩が、背後から伸びた白く細長い指に掴まれ、グッと引き戻される。
「礼も言えねぇのか、このポンコツ」
耳元で囁かれた
「ありがとう……ございます。いただきます」
「……おう」
九死に一生を得たツバサはソラと共に、メイラの向かいの席に腰を下ろす。カチャカチャとスプーンと金属皿が擦れる音だけが、しばらくの間テーブルに響いていた。
「どう?やっていけそう?」
水を含んだコップを置き、メイラが気遣うように二人へ視線を向ける。
「悪魔――」
「大丈夫です!」
「ゔっ」
ソラの肘が、テーブルの下でツバサの右脇腹にめり込んだ。ツバサが息を詰まらせて身を折る。
「そ、そう。なら良かった」
ソラがスプーンでカレーを口へ運びながら上目遣いで何度も顔を盗み見ると、その視線に気づいたメイラは口元を緩め、首をかしげて見せた。
「どうしたの、ソラちゃん?何かあるなら何でも聞いてもらって大丈夫よ」
「あぁ、いえ……じゃあ、答えにくかったらいいんですけど、アネッサ先輩と、さっきの女の人は……」
ソラの問いに、メイラの手がピタリと止まった。
メイラはゆっくりと視線を皿の上へ落とし、微かに眉をひそめた。
「ごめんね、今朝は変なところ見せちゃって……あれは、私が悪いんだ」
「いえ、全然全然!!」
「…………」
それ以上語ろうとしないメイラの様子に、ソラはスプーンを握ったまま言葉に詰まる。隣のツバサは二人に目を向けることもなく、無言でカレーを口へ運び続けていた。
「あ、ごめんね!なんでも聞いてって言ったのに」
メイラが不意に顔を上げ、無理に作ったような笑みを浮かべた。
「そんなことないですよ!こっちこそ不躾でした!ごめんなさい!」
本日何度目か分からないソラの全力のお辞儀に、メイラは目元を緩め、ふっと息を漏らして鼻を鳴らす。
「ふふっ、カレーについちゃうよ」
勢い余って額がプレートに触れそうになったソラを見て、メイラは小さく肩を揺らした。
「そういえば、二人は『アルマ競技部』に所属してたのよね?データベースに上がってた戦闘記録を見たけど、すごいね。軍の人より上手かもって驚いちゃった」
「そうなんですよ!ツバサはすごいパイロットなんです!ちょっと性格に難があるだけで操縦の腕は確かですよ!」
「お前に言われたくねーよ」
じゃれつく二人を微笑ましく眺めていたメイラは、今度はツバサへと顔を向けた。
「ツバサくんが優秀なパイロットなのは、やっぱり
「………………は?」
ツバサの動きが、完全に静止した。
ソラも驚いて顔を跳ね上げ、目を見開く。
「ふふっ、驚いた?私、実はツバサくんのお父さんと知り合いなんだよ?」
イタズラが成功した子供のように笑うメイラに二人の思考が追いつかない。
「……メイラさん、ツバサのお父さんのこと知ってるんですか?」
ソラの喉が小さく動く。
「ええ、昔の知り合いなの。
「博士……?」
ソラの呟きが、静かな食堂の空間にぽつりと落ちた。頭の中は、はち切れんばかりの疑問符で埋め尽くされる。
「私は『科学技術庁』に直接関りがあった訳じゃないんだけどね」
「……あの、『科学技術庁』っていうのは?」
「ん?ああ、本国じゃない人にはあんまり馴染みがないのね」
得心がいったように言葉を続けるメイラ。
「
「え、え?な、なんなんですかそれ。亮介さんがそんな――」
カチャン――と、乾いた金属音が響いた。
ツバサの指先から力が抜けて落ちたスプーンが金属プレートの縁を叩き、跳ねたカレーが粒となってテーブルに散った。
その染みに目をやることもなく、ツバサは両瞼を限界まで引き上げたまま。
焦点の定まらない
「……………………」