Dual Drive!-鉄翼のスカイタッグ- 作:都島 京子
太平洋上、南緯12度。月明かりすら届かない暗雲の下、巨大なピラミッド——『
東西250メートル、南北300メートル、海抜約70メートルに及ぶ多層構造体。あちらこちらから角のように突き出たペデスタルクレーンの錆を、湿った海風が鳴らしている。水面下に沈む
その足元、波に洗われるシレーヌ内部では、通信コンソールから電子的なビープ音が規則正しく鳴り響いていた。
「……応答なし。周波数切り替えます……やっぱり無音ですね」
発令所正面、巨大モニタ―の脇でパーマ頭の通信士——ティオ・アルマークの指先がキーボードの上を忙しく跳ねる。サブモニターには「NO SIGNAL」の文字が点滅し、緑色の電波強度インジケーターは平坦な横線を描いたまま動かない。
「誰もいないのか?」
トットの眉間に深い溝が刻まれる。右手で強く握りしめられた伸縮式の指示棒が、音を立ててしなった。
「貴様のアテは外れることしかないのか」
艦長席に鎮座するギルバが、肘掛けに頬杖をついたまま、組み替えた脚を投げ出す。
「…っ!ご安心ください。人がおらずとも補給は手筈通りに行えます」
トットは額に青筋を立てながらも、引き攣った笑みを口元に張り付けたまま、振り返ることもなく目の前のコンソールへ指を滑らせた。
「アルマーク軍曹、待機室に繋いでおいてくれ」
「了解」
バインダーを胸元に抱えたメイラが、静かにトットの脇へ歩み寄る。
「副長、まさかこのまま無断で……」
「当然だ。こちらは非常時なのだよ。アリストリア側の怠慢に付き合っている暇などない。作戦はこのまま決行する」
有無を言わさぬ勢いで言い切ったトットは、右手の中指でメガネのブリッジを強く押し上げると、マイクのスイッチを叩いた。
「全パイロット、待機ルームへ集結せよ!繰り返し通達する——」
◇
パイロット待機室は、金属のロッカーが開閉する硬質な音と、ジッパーを引き上げるくぐもった音で満たされていた。
男女に分かれた更衣室を抜けた先、壁際のベンチと大型モニターが備え付けられた空間に、ソラたち四人は真っ先に到着していた。
「き、緊張してきた……」
ソラがパイロットスーツの膝を何度も指の腹で擦り、足先を小さくトントンと打ち鳴らす。その緊張が、両隣のツバサとカケルにも伝播し、二人の顔が少し強張った。
落ち着きのない空間の中、相変わらず余裕そうなアネッサの横顔を、カケルが奇異の目で見る。
「よくそんな冷静でいられますね」
「ただの補給だろ。むしろ何に焦ればいいんだよ」
アネッサは視線すら向けず、短く息を吐き捨てた。
「ふぁ……夜勤は骨が折れるねぇ」
ドアが開き、ロマンスグレーの老兵――ナレムが肩を回しながら入ってくる。
「ナレムさん!」
ソラの声が少し明るくなる。
「おっ、みんな早いねぇ。感心感心」
ナレムがひらひらと手を振る。そのすぐ後ろから、群青色のロングヘアを靡かせた女性が足を踏み入れた。体にフィットしたスーツの上からでもわかる妖艶なライン。四人の姿を、爪先から頭頂部まで品定めするように細い瞳が撫でていく。
「へぇ~、これがナリィの言ってた学生たちぃ?」
ソラは勢いよく立ち上がると、背筋を伸ばして身体を向けた。
「は、初めまして!7月11日付けでハイルゼン公国軍に入隊、並びに当部隊に——」
「あぁ~、大丈夫よぉ。どうせ覚えられないから。ごめんね」
「え?」
女は一度ニコッと笑うと、そのまま向かいのベンチへと流れるように腰を下ろした。胸元から取り出したデバイスに視線を落とし、素早い手つきで画面をタップし始める。
差し出しかけた手のまま固まるソラへ、ナレムが苦笑いを浮かべながら近づき、声を潜めた。
「いやぁ、申し訳ない。彼女、少し閉じがちなんだ。悪気があるわけじゃないから気にしないでくれると助かるよ。あっ、名前はシンディね。多分呼んでも返事してくれないけど……」
たはは、と頭を掻いたナレムはシンディの横へ移動し、耳元で小声の会話を始めた。
「なんか、独特な人なんだね……」
「気難しいだけだろ」
ソラの呟きを、ツバサが即座に切り捨てる。
「君が言うか」
「お前に言われたかねーよ」
カケルの冷ややかなツッコミにツバサが眉をひそめる中、間に挟まれたソラは、交互に二人を見比べると、肩をすくめて小さく息を漏らした。
——バンッ!緩みかけた空気を切り裂くように、激しい金属音が室内に響き渡る。
「……チッ」
蹴り開けられたドアから現れたのは、イブだった。
ホワイトブロンドの髪を揺らし、その鋭い双眸が部屋の隅のアネッサを捉えた瞬間、室内の空気が目に見えて冷え込む。
イブの視線がスッと滑り、アネッサのすぐ隣に居るカケルへと焦点を合わせた。
靴底で床を激しく打ち鳴らし、小さな身体から苛立ちを撒き散らしながら一直線に距離を詰めてくる。
「アンタ、コイツのオペレーターなわけ?」
「え……?あ、ああ」
「そんな無意味なことして楽しい?どうせ座ってるだけでしょ」
至近距離で吐き捨てられた露骨な
「言わせとけ」
「っ……!」
カケルは奥歯を強く噛み締め、押し黙って視線を逸らす。
「……ハッ。言われっぱなしで大人しく従うとか、ホント反吐が出るわね」
イブは激しく舌を鳴らすと、部屋の角にあるモニターの前まで歩み寄り、背を向けて腕を組んだ。そのつま先が一定の刻みで床を打ち鳴らし続ける。
『全員揃ったか?作戦の最終確認を行う』
天井のスピーカーから、ノイズ混じりのトットのハスキーな声が響く。壁面のモニターが青く明滅し、“Atlas”の立体図が回転しながら映し出された。
トットの号令に室内の一同が視線を上げる中、ナレムが指折り人数を数え、誰もいないベンチの端へ視線を投げる。
「まだジャックとジンが来てないね」
『……チッ、いちいち待ってなどいられるか』
マイクが拾った微かな舌打ちの音が、スピーカーから小さく弾けた。
『我々の目的は
青い光の図面上で、特定の区画が次々と赤く明滅を始める。
『上層階、中層プラントおよび兵装庫区画の捜索、ならびに大型カーゴ・エレベーターへの荷積みを、アルファ2,3,4。指揮はハーダント少尉、貴様だ』
指名されたナレムは、顎を引いて大きく口を開けると不機嫌そうに顔を歪めたが、画面の向こうの発令所へその表情が届くことはない。
立体図の底部へ、赤い矢印が静かに伸びていく。
『最下層荷役デッキでの警戒、およびエレベーターからの荷降ろし・シレーヌへの移送中継を担当するのは、アルファ1,5とする』
「はい!」
『…………』
静まり返った待機室にソラの高く掠れた声が響き、一瞬、スピーカーから無音のノイズだけが流れる。
その間を破るように、廊下の奥からドタドタと不揃いな靴音が近づいてくる。少しして待機室のドアが勢いよく開かれると、肩を激しく上下させる二人の男がなだれ込んできた。
「遅れてごめんなさーい!」
「蜃気楼に見舞われた」
前髪を乱したジャックが両手を膝について前屈みになり、隣のジンは歪んだメガネを指の腹で直しながら荒い息を吐き出した。
『遅刻する落伍者に構う時間はない。あとのことはまとめて端末に送られている。それぞれ確認したまえ、ブリーフィングは以上だ。……アルマクルー各員、出撃配置につけ!』
「イエッサー!」
トットの号令に皆が弾かれたようにドックへ向かう——ということはなく、ソラだけが弾かれたように背筋を伸ばし、左手にヘルメットを抱え、右手で敬礼をする。
周囲のクルーたちは誰一人として動作を速めない。シンディは手元の端末から目を離さずに立ち上がり、アネッサは無言でドアへ向かって歩き出す。ジャックとジンも欠伸を噛み殺しながら、ダラダラと後を追うように通路へ消えていった。
「なにしてんだ、早く行くぞ」
ドアのフチに手をかけたツバサが振り返り、顎で廊下を指し示す。
右手をあげた姿勢のまま固まっているソラ。
「あ、あれ……?」
解せない気持ちが宙を舞う。
◇
マルチ・ウェルドックには、油とオゾンの焦げた匂いが充満していた。
吹き抜けのハンガーに並び立つ、5機のアルマの巨躯。
ソラたちと共に、杜ノ﨑から艦へ持ち込まれた銀灰色の『
残る3機は、ハイルゼン軍の主力となっている漆黒の量産機『
シンディとナレムの乗る機体は、背部に巨大な通信アンテナを背負った斥候仕様になっている。ジャックとジンの乗る標準型を挟んだその最奥、黒地に一際目を引く鮮烈なネオンオレンジのラインが走る隊長機。腰部に、鞘に納められた太刀状の近接ブレードが懸架された『
キャットウォークを渡り、Ferrum Avisのリアシートに収まったソラが、コックピットのメインモニター越しに目を丸くする。
「え……あのオレンジの機体、一人で乗るの?」
Aterva Custのコックピットハッチが、イブ一人だけを飲み込んで閉鎖されていく。
「よそ見してないで集中しろ」
フロントシートでツバサの指先がコンソール上のスイッチ群を高速で叩いていく。
「一人で操縦も索敵もやるのかな……性能が良いとか?どんなシステム積んでるんだろ」
『
「ソラ……余計なこと考えてる暇はないぞ」
「あ、ごめん……」
ツバサの低い声に咄嗟に首をすくめたソラは、ヘルメットを被ると、手元のコンソールを素早く操作してシステムの起動を急いだ。
キャットウォークの端、額にゴーグルを跳ね上げたテッドが、手すりに身を乗り出して咥え煙草の煙を吐き出した。
「へまやって機体傷つけたら海に叩き落とすからな、ガキども!」
ズズズズン……!
艦全体を揺らす重厚な地響き。バラストタンクから大量の海水が噴射され、シレーヌの艦体が半浮上状態へと移行する。
アルマ5機の頭上に位置する天井ハッチが左右へスライドし、暗雲の立ち込めた太平洋の空が姿を現した。
直後、アルマを乗せたドックの床面が水平を保ったまま、重圧な油圧音と共に垂直上方へ持ち上がり始める。先端から展張された鋼鉄製のギャングウェイが、“Atlas”最下層の接続口へガチンと強固にロックされた。
各機のコックピット内に通信が交錯する。
『いつでもいけるよ』
『“Rubertal”出撃可能です』
『フルスロットルレディ?』
『早くして』
「デュアルドライブシステム、起動完了!出撃できます!」
ソラの報告と同時に、ツバサが操縦桿を強く握り直す。
『全機、出撃!』
トットの号令とともに、5機のアルマが鈍い駆動音を轟かせながら“Atlas”の暗闇へと足を踏み入れた。
◇
斥候機を先頭に、暗がりの中を奥へと進むアルマたち。
中心部へ近づくにつれて外からの光は途絶え、濃密な暗闇が視界を埋めていく。5機のアルマから照射されたサーチライトの太い白光線が、ピラミッド内部の巨大な構造体をあちこちと照らし出した。
『人の気配がないね……というか、』
モニター越しに映し出された光景は、事前情報とは遥かにかけ離れていた。
光線の先に浮かび上がるのは、赤錆に覆われ破断した配管群と、床面に崩れ落ちたパイプライン。足元には油の混じった黒ずんだ水たまりが渇き、コンクリート壁面の塗装は無残に剥がれ落ちている。
完全に放棄された廃墟だった。
最前線を往く斥候機――『
「……副長、こちらアルファ2。こりゃハズレですよ。もぬけの殻どころか、数年は放置された廃墟だね」
『何だと!?』
発令所からトットの悲鳴のような怒声が通信線に飛び込んできた。
『アリストリアの連中め、データ上だけで適当な報告をしていたのか!?……まあいい。作戦は続行だ!使える物資を全て探し出せ!』
「そう言われてもねぇ副長。施設のメイン電源が完全に死んでますよ。中央のカーゴ・エレベーターも動かないんじゃ、物資はおろか、私たちが上層階へ登ることすら不可能ですよ」
『ぐぬぬ……!だが退くわけにはいかんのだ!何とかして動かせ!』
「ひゃ~、無茶言わないでよ~……」
ナレムのため息が途切れ、通信回線に重苦しい静寂が降り積もる。
Ferrum Avisのコックピットでそのやり取りを聞きながら、ソラはコンソール上でAtlasの配線図面を高速スクロールさせていた。
「……ツバサ」
「ん?」
「あのカーゴ・エレベーターの制御盤、旧ハイルゼン標準のB-7型だよ。バイパスを組めば動かせる……はず」
ソラは一瞬ためらい、通信のメインスイッチを押し込んだ。
『あの……!シレーヌ発令所、アルファ5の
『なにぃ!?』
『わお、ソラちゃんそんなことできるの?』
『補給に来たというのに、貴重な機体側のバッテリーを現地で浪費しろというのか!?』
ナレムの感嘆を即座に叩き潰すような、トットの金切り声。
『手ぶらで戻る方がよっぽど浪費だ』
ジンの淡々とした声が割り込む。
『ぐ……!』
数秒の沈黙の後、忌々しげな声が各コックピットに響いた。
『クソッ、許可する!早急に作業に取りかかれ!』
「了解!ツバサ、降りて作業するよ!」
「ウス」
プシューッ、と排気音を立ててFerrum Avisのハッチが開く。
ソラはコックピット内部の予備バッテリーから引っ張った太い高耐圧給電ケーブルを抱えると、機体表面を蹴って錆びついた壁面パネルの足場へと跳び移った。
「痛っ!」
「ん?大丈夫か?」
「大丈夫!……ツバサ! そっちの出力、30で固定して!」
ハッチの外から響くソラの声にわずかに眉根を寄せたツバサが、一瞬だけ止めた指先でコンソールのキーを硬く叩き込むと、サブモニターの電圧インジケーターが黄色の帯を描いて固定される。
ソラは腰のマルチツールで手際よくパネルのカバーを引き剥がし、露出した端子へケーブルの被覆を剥いで直接挟み込ませた。
バチッ!と青白いスパークが散り、ソラの顔を白く照らし出す。
そのまま隣の暗いコントロールルームへ滑り込み、埃と赤錆に覆われたコンソールのスイッチ群を上から順に倒していく。
ガガガガッ……!
激しい金属振動とともに、天井に残されていた非常用ランプが途切れ途切れに黄色い光を灯した。中央に鎮座する巨大な荷物用エレベーターの表示パネルに、ノイズ混じりの赤い『READY』の文字が浮かび上がった。
『ソラちゃん、やるねえ』
『ezだな』
ナレムとジンの感服が回線に漏れる。
「長くは持ちません! 急ぎましょう!」
ソラがコックピットへ戻り、皆へ通信を返す。
錆びついたスチール格子がガラガラと音を立てて開き、上層捜索班——シンディとナレムのAterva Radome、ジャックとジンのAterva、そしてアネッサとカケルのRubertalの三機が、エレベーターの床板へ乗り込んでいく。
ケーブルを繋がれたまま動けない状態となったFerrum Avisのコックピット内で、ソラはパネルに表示される給電グラフを凝視しながら、サブウィンドウの通信を切り替えた。
『……勝手なことをしてすみません』
『別に』
イブからトゲのある声が返ってくると、間髪を入れずに通信が絶たれた。
真横に佇むAtervaCustが低い駆動音を唸らせる。ネオンオレンジのラインに縁取られた機体がプラットフォームの外周へ向けて鋭いカメラアイを走らせた。
『これより作戦を開始する!』
トットの張りつめた全機通信が響く。
『上層班、急ぎ目的の物資を確保せよ!時間はないぞ!』
『了解』
スチールケーブルがギチギチと軋み、3機の巨体を乗せた台座が、漆黒に沈むAtlasの深部——上層階へとゆっくり上昇を開始した。
◇
――同時刻。漆黒の海から遠く離れた、アリストリアの防衛前線。
燃え盛る市街地を背景に、崩落した軍事施設の瓦礫の中を一機の青い機影が悠然と前進している。
「大佐、もう無理です!ここは一度退避しましょう!!」
空間を陽炎のように歪める壁を纏った、“ロイヤルブルー”のアルマ。
「……クソッ!総員退避だ!動けるものは、第二桟橋へ急げ!我々は――ッ!」
その腕から伸びたブレードが、絶望ごと鋼鉄を切り裂いた。