Dual Drive!-鉄翼のスカイタッグ- 作:都島 京子
『――はい、全て抜かりなく。手筈通りとのことです』
「本当かぁ?失敗は許されねンだぞ!?」
『は、はい!もちろんです!』
薄暗いコックピット。限界まで倒したシートに身を沈めた男が、スピーカー越しの通信相手へしゃがれ声で吠え散らかす。
「……で、当の双子ちゃんはどこ行ったわけ?連絡無ンだけど?」
『それが、『観光をする』と言ったっきり通信が途絶えてしまって――』
「あぁ!?ナメた仕事してンじゃねぇぞ!?」
コンソールに投げ出されていた分厚いブーツが、計器盤を蹴り上げ、硬質な破砕音が狭い空間に反響した。
『す、すみません!明日には戻るとのことです!!』
ノイズ混じりの震える声が響く。
「チッ、当然だろ!テメェはバカか!?」
『ひぃ!す、すみま――』
男はコンソールに乗せた踵を乱暴に振り下ろし、画面を蹴りつけるようにして一方的に通信を切断した。
「ったく、どいつもこいつも使えやしねぇ……が、そんな下らねぇ世界も
苛立ちを吐き捨てた男の口元が弧を描いて吊り上がる。紫色のレンズを指先で押し上げると、その奥で歪んだ笑みが暗がりに浮かんだ。
◇
潮風が吹き抜ける海岸道路。西日がアスファルトに二つの影を長く伸ばしている。
ツバサは腕を引かれるがまま、前を急ぐソラの背中を気怠げに追っていた。
「なぁ、コンビニくらい寄って行かね?」
「ダメ!急がないと場所取られちゃう!シレーヌの甲板が見えるベストポジション!」
ソラは後ろに目もくれず、小走りでぐいぐいと腕を引く。
「そっちが目的のヤツはいねーよ………おっ」
通り沿いに見えたコンビニに気を取られ、ツバサが足を止める。ピンと張った腕がガクンと引き戻され、前のめりになっていたソラがバランスを崩しかけた。
「っ!ちょっと!急に止まらないでよ!もう本当に始まっちゃうから!」
「……」
露骨に眉根を寄せるツバサ。ソラもまた、頬を膨らませて睨み返す。
数秒の無言の睨み合い。だが、互いに繋いだ手を離そうとはしない。
「…わかったわかった!帰りに寄ろう!ね?それでいいでしょ?だから今は一刻も早くシレーヌを――ぁてっ」
妥協案を早口でまくし立て、ソラが勢いよく前へ向き直って駆け出そうとした瞬間――鈍い衝突音。ソラの額が、不意に現れた誰かの胸板にぶつかっていた。
「っと、すみません」
頭上から降ってきたさわやかな男の声。ソラが顔を上げると、見慣れない意匠の刺繍が入った異国情緒を感じさせる衣服が目に飛び込んだ。ブロンドの髪を揺らす細身の青年と、その傍らで退屈そうに海を眺める小柄な少女。
「あ、ごめんなさい!前見てなくて……」
「いや、こちらこそ……あの、今話してたのって、もしかして潜水艦のシレーヌのことですか?」
「え!?知ってるんですか!!」
思いがけず男から出た言葉にソラの目の色が変わり、青年の鼻先スレスレまで一足飛びに距離を詰めた。
突然の圧に、青年は両手を胸の前に掲げて思わず後ずさる。
「い、いや、僕はそんなに詳しくなくて……こっちの妹が好きでね……」
「え、そうなの!?」
ソラの標的が切り替わり、弾かれたように横へスライドし、今度は少女の目の前に立ちはだかった。
「シレーヌ好きなの!?戦艦は!?ロボットは!?」
鼻と鼻が触れそうな距離。少女は顔を顰め、上体を大きくのけぞらせる。しかし、目をらんらんと輝かせるソラの無防備な熱量に圧倒されたのか、やがてふいっと視線を逸らし、口の中でモゴモゴと呟いた。
「…………少し、だけ」
「ホントに!?」
ソラが両拳を握り締めて歓喜の声を上げる。そのまま堰を切ったように語り出そうと息を吸い込んだが、ハッと口を閉ざした。
「あっ、そうだ!今からちょうどシレーヌの着艦セレモニーが始まるんだけど、一緒に行こうよ!」
「え、君たちもかい?」
青年がかすかに眉を跳ね上げる。
「実は僕らもそのセレモニーに向かっていたんだけど、すっかり道に迷っちゃって……誰か行き方の分かる人がいないか探してたんだ」
「それなら私たちが案内するよ!」
「それはありがたい。助かるよ」
「そうと決まれば急ごう!特等席が私たちを呼んでるよ!」
言うが早いか、ソラは戸惑う女の手をギュッと掴み、強引に先を歩き出す。
「……っ!……ちょっと」
「ほらほら、急ぐ急ぐ!」
あっという間に遠ざかっていく二人の背中。
道端に取り残されたツバサと青年の間に、海風だけが吹き抜ける。
「……そういうことで、僕らも混ぜてもらっていいかな?」
頭を搔きながら苦笑いを浮かべる青年に対し、ツバサは天を仰ぎ、深く、長いため息を吐き出す。
「……勝手にどーぞ。あいつが言い出したら、俺には止めらんねーから」
◇
「ほら、もう着くよ!ねぇ!イスナ!」
「……言われなくてもそれくらい分かる」
道中で強引に聞き出した名で呼ぶソラに対し、イスナは冷たい視線を向けながらも、振りほどくことはせず大人しく引きずられている。
ツバサと青年は、その背中を一定の距離を保って追いかけていた。
「フフ、微笑ましいね」
「そうかぁ?」
「兄としては、妹の成長を見られるってのは結構嬉しかったりするものだよ。と言っても、僕らは双子なんだけどね」
青年が目を細める。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前はアイン。あっちは双子の妹のイスナ。よろしく」
ニコリと笑って手を差し出すアインに、ツバサはポケットに突っ込んでいた手を面倒くさそうに引き抜き、軽く握り返した。
「あー……俺はツバサで、あいつはソラ。俺たちの方は兄妹でも双子でもない」
「アハハ、なんだいそれ。てことは、もしかしなくてもガールフレンド――」
「じゃないぞ」
条件反射のような食い気味の否定。ツバサの顔に微塵も照れはない。
「随分と仲が良さそうなのに意外だね。けど、安心したよ。もしかしたらデートの邪魔をしちゃったんじゃないかって少し気になってたんだ」
「過分なご配慮どーも」
ツバサの気の無い返事と共に、二人はマイペースに人混みを進む。
会場に近づくにつれ、スピーカーから甘くよく通る声が響いてくる。
『――我がハイルゼンと日本の友好は、これ故に、より強固なものとなったのです』
人だかりから巻き起こる盛大な拍手と指笛。だが、ソラの耳には一切入っていない。
人混みを掻き分け、規制用のフェンスへ一直線に駆け寄った防波堤の向こう側。港の水面を制圧するように浮かんでいたのは、
「キ、キター!!」
周囲の観客が一斉に顔をしかめて振り返るが、ソラはフェンスの金網にべったりと顔を押し付けたまま微動だにしない。
「ねぇ本物だよ本物!見てよイスナ!正真正銘『潜水揚陸艦シレーヌ』だよ!!」
「……っ!…………恥ずかしいから、話しかけないで」
同行者のあまりの奇行に耐えきれず、イスナは顔を伏せ、他人のフリをしてフェンスの下にしゃがみ込んだ。
だが、ソラのマシンガントークは止まらない。
「月並みになっちゃうけど、画面で見るよりやっぱり直だね!ほら、ハッチの接合部!画像じゃわからなかったけど、ガスケットとか
専門用語をまくし立てるソラを、ツバサとアインは遠巻きに眺めていた。
「なんというか……情熱的な人なんだね」
「言葉選びに苦労するだろ。アイツは、まごうことなく“機械バカ”だ」
ツバサが軽く肩をすくめる。アインの視線が、ふとツバサの手元、油の染み付いた指先にに落ちた。
「君は違うのかい?」
「え?」
「いや、何となくそんな気がしてね」
アインの柔和な笑みに、ツバサは少しむず痒そうに首の後ろを掻いた。
「……アイツほどじゃないけど、それなりに好きかもな。家が
「家が工場ってなんだか面白そうだね。普段はどんなものを扱ってるんだい?」
「別に、そんなに面白いもんでもねーよ。客も全然来ねーし、ほとんど親父とソラが
「!!……アルマ?」
不意に、アインの足がピタリと止まった。
「おぉ、アルマ。知ってるだろ?」
「……あぁ、そりゃもちろん。もしかして、君たちはアルマに乗るのかい?」
「そうだな。何ならさっきも乗ってきたばっかりだ」
ツバサはシレーヌの方を見たまま生返事をする。
その傍ら、アインの顔からは笑みが完全に抜け落ちていた。
陽光を反射していた碧い瞳が、暗く濁る。周囲で沸き起こる歓声もスピーカーの音声も、アインの周囲からだけすっぽりと抜け落ちたかのようだった。
「……君たちのような若い学生でさえ、
冷ややかな声。その眼差しはツバサではなく、海を越えた遥か彼方の虚空を射抜いていた。
「は?兵士?いやいや」
ツバサが間抜けな声を出して振り返る。
「ただの部活だよ。競技用のアルマでスポーツやってるだけだ。俺は整備の延長で乗らされてるって話」
「……スポーツ?」
アインの両肩からスッと力が抜ける。
「ん、知らねーの?“競技用アルマ”使ったただの遊びだ。だから別に兵士でもなんでもねーよ」
「……へぇ、そういうのがあるんだ。僕らは田舎の方出身だから、全く知らなかったよ」
アインは空をを仰ぎ、自嘲するように目を細めた。
「学生が、アルマで遊べる世界……か」
「どうした?」
「いや……ただ、少し息苦しくないかと思ってね。あの巨大な国に首根っこを掴まれて、与えられた箱庭の中で平和を演じさせられているっていうのは」
唐突な政治的発言であったが、ツバサは気にも留めずあくびを噛み殺す。
「なんだそれ……そんなの、わざわざ考えたことねーな」
「フフ、それは君たちが幸せに暮らせている何よりの証拠だね……けど、実際のところ、今の世界“ハイルゼンの一極支配”を、君はどう思う?」
「えぇ……」
「そんなに深く考えなくていいよ。純粋な興味さ」
ツバサは面倒くさそうに首を鳴らし、あけすけに答える。
「……別に。明日食う飯があって、機械をいじる工具があって、アイツ……周りのヤツが苦労してなきゃ、あとはどーでもいい、かなぁ?」
「え……」
アインがポカンと口を開ける。数秒の空白の後。
「……くくっ、ははは!あははは!」
腹を抱えて笑い出したアインに、ツバサは不満げに眉をひそめた。
「……君、面白いね。そういう人もいるんだ。いい思い出になったよ。ありがとう」
笑い涙を拭いながら、アインが再び右手を差し出したが、ツバサはそっぽを向き、手をポケットから出すころはなかった。
「そういう文化はこっちにはねーよ」
「そうかい?笑ったことは謝るよ。ただ、君は相当に好きみたいだね。機械も…
「……んなことねーよ」
からかうような声に、ツバサは相変わらずの仏頂面で顔を背ける。その横顔は、まだ金網に張り付いて騒いでいるソラの後ろ姿をぼんやりと眺めてた。
「――おい、貴様!何をしている!!そこを離れろ!!」
鋭い怒声が空気を切り裂く。
大柄なハイルゼン軍兵士がフェンス際のソラに向けて一喝し、一気に距離を詰めた。目の前に迫った兵士は、グイッとソラの胸ぐらを掴み上げる。
「い、痛っ……ちょっと近づいただけじゃないですか!」
「口答えするな!お前たちのような属国の薄汚いネズミ共が、気安く我々の軍艦に近づくなど許されると――」
「おい」
兵士の言葉を、低い声が遮った。
ソラの横には、いつの間にかツバサが立っていた。兵士の太い手首を、万力のように掴む。前髪の奥、その眉根には微かに皺が寄っていた。
「その手、離せよ。ただの学生だろ」
「なんだ貴様……抵抗する気か?」
兵士の顔に青筋が浮かぶ。周囲を取り囲んでいた他の軍人たちも、一斉に腰の武装へ手を伸ばし、金属の擦れる音が周囲のざわめきを凍り付かせる。
「――何を荒立てる、そこまでだ」
甘くよく通る声。それに呼応するように群衆が左右に割れる。
そこから現れたのは、豪奢な礼装用軍服を纏った金髪の男だった。靴音一つ立てない洗練された足取り。先ほどのセレモニーで壇上に立っていた、シレーヌの艦長――ハイルゼン第二王子、その人である。
「艦長殿下!」
王子の声にツバサの指から力が抜ける。兵士は拘束を振り払うと、踵を鳴らして直立不動の姿勢をとり、鋭い敬礼を捧げた。
「我々は親善のためにここへ来たのだ。民を威圧して何になる?」
部下を冷やかに一瞥したのち、王子はソラへ向き直る。そこには、まるで名画から抜け出たような、非の打ち所のない微笑みが浮かんでいた。
「怪我はなかったかい?我が軍の者の軽挙、誠に申し訳ない。不愉快な思いをさせてしまったね。この場はどうか、私の顔に免じて収めてほしい」
右手を胸に当て、王子は優雅に会釈する。
一瞬の静寂の後、群衆からその寛大さを讃える歓声と拍手が沸き起こった。
「あ、はい……ありがとう、ございます……」
ソラがぎこちなく頭を下げ、ツバサもわずかに顎を引く。
王子は満足げに頷き、踵を返した。
軍靴の群れがその後に続く。先ほどの兵士は去り際、ソラたちを睨みつけ、短く舌打ちを落としていった。
ソラも負けじと、べーっ!と舌を出して応戦。すかさずツバサの拳がその頭に落ちた。
騒ぎが収まり、ようやく張り詰めていた空気が緩む。ふと、ツバサが辺りを見回すと、そこには、先ほどまで一緒にいたはずの二人の姿がない。
「……さっきの双子、どこ行った?」
「え!あれ!?イスナが居ない!」
ソラが周囲を見回す。無数の観光客の波がうねるだけで、見慣れない外套の姿は見当たらない。「イスナー!」と声を張り上げようとしたソラの口を、ツバサが背後から片手で塞ぎ、そのままずるずると喧騒の外へ引き摺る。
「んー!んー!……ぷぁっ!ちょっと何なのもう!」
「もう帰るぞ」
「えー!?なんで!!まだまだ見れてないとこ山ほどあるってば!!」
ツバサは深くため息を吐き出した。
「あのなぁ、さっきも王子が来たからたまたま助かっただけだぞ?これ以上はダメだ。明日にしろ」
セレモニーこそ当日限りであったが、シレーヌ自体はしばらく港に停泊することになっている。だが、ソラは唇を尖らせて食い下がった。
「でも今日のシレーヌは今日しか見れないんだよ?明日には明日のシレーヌになっちゃうわけだし、それに、」
「いい加減にしろ」
「うぐっ」
低く響く声。見上げると、ツバサの瞳が氷のように冷え切っていた。普段の呆れ顔ではない、明確な怒気。ソラは思わず言葉を呑み込む。
「わ、分かったから、そんなに怒んないでよ……」
「別に怒ってねーよ」
「怒ってるって!」
「うるさい、早く帰るぞ」
ツバサは踵を返し、足早に大通りへ向かって歩き出す。
「もう、ごめんってー!」
小走りでその背を追うソラの声が、虚しく宙に消えていく。
◇
港の喧騒から遠く離れた、光の届かない路地裏。何が起きても何も分からないような、そんな雰囲気。
汚水の臭いが漂うアスファルトの上に、男たちが幾人も転がっていた。タトゥーを入れた若者から、丸太のような腕をした大男まで。皆一様に、糸の切れた人形のようにピクリとも動かない。
「いや、参ったね。危うく騒ぎになるところだったよ」
「……時間の問題」
錆びついた室外機に腰掛ける少女が短くぼやいた。
「だね。僕らもそろそろ戻ろうか……っと、うわっ!」
男が懐から取り出したデバイスの画面には、通知欄を埋め尽くすほどの異常な数の不在着信が届いていた。だが、男は悪びれることなく、通話ボタンをタップした。
「あっ、ハロ――」
『どこで何してんだこのっボケ兄妹!!』
接続と同時、スピーカーから鼓膜を突くような怒声が弾けた。
「ごめんごめん。少し観光してたんだ」
『あぁん!?観光だぁ!?テメェ気が緩んでンじゃあねぇかぁ!?』
室外機の女が顔をしかめて耳を塞ぐが、男は涼しい顔で言葉を返す。
「ちょっとした思い出作りだよ。目に焼き付けておこうと思ってさ。ほら――」
男の目元から、ふっと笑みの形が消え失せ、黒い瞳が路地の奥の暗闇をじっと見据える。
「明日には失くなっちゃうんでしょ?」
無機質な声音。通信にほんの一瞬沈黙が落ちる。
『……フン、準備はできたんだろうな?』
「もちろん。失敗はないだろうね、少なくとも
『ハッ、随分な自信じゃねぇの』
「そりゃそうだよ。僕らは強いからね、君よりも」
『ッ!テメェ!!やっぱりテメ――』
「すぐに戻るよ。じゃあね♪」
相手を煽るように通信を切ると、男は再び目元を緩ませ、デバイスをポケットへ放り込んだ。
「ハロルドは相変わらずうるさくて
退屈そうに待機していた妹の肩を、ぽんと叩く。
「それじゃあ戻ろうか。行くよ、イスナ」
「…………遅い」
二人の異邦人の足音は、湿った路地の暗闇へと静かに溶けていく。