Dual Drive!-鉄翼のスカイタッグ- 作:都島 京子
不規則な波の音が、巨大なピラミッドの鉄骨を鈍く打つ。
フロントシートに深く身体を沈めるイブ。本来ならバディが座るべき後部座席には誰もおらず、配線が剥き出しになった異質な空間だけが広がっている。
肘掛けに頬杖を突いたイブの、反対の指先がイグニッションに差し込まれたアルマのキーを弄ぶ。安物のストラップが、カチ、カチと金属音を立てて小さく揺れる。
メインモニターに映し出されるのは、底の見えない黒い海原。その不気味な暗闇を見つめていた視線が、ふと指先の小さな揺れへと落とされた。
「……くだらない」
吐き捨てられた掠れ声が、金属の空洞の中でやけに反響する。
暗いモニターの反射光に浮かび上がるイブの瞳には、冷ややかな翠色の光線が、ただ静かに流れていた。
◇
ゴウンゴウンと古びた機械音とともに、巨大なカーゴ・エレベーターが最上層のプラットフォームへ到着する。
「案の定システムだらけ。ここにお目当てのものはなさそうだね」
リアシートのナレムは、画面に映し出される無機質な波形を一瞥すると、シートに深く背を預けて大きく息を吐き出した。
「いいんじゃなぁい?堂々とサボれる訳だし」
「大賛成……と行きたいところなんだけど、」
ナレムは、再びシートから背中を離し、正面のコンソールパネルへ体を向ける。
「最低限の仕事をしておかないと。あとで副長にお小言を言われちゃ面倒だ」
ナレムの手がコンソールのスイッチを押すと、機体背部に載せられた大型アンテナが低音を響かせて回転を開始した。緑色の走査線がモニター上に幾何学的な円を描き出す。
「……ん?」
回転を滑らかに重ねていたレーダー画面の端で、走査線が一瞬だけ不自然に途切れた。
外周デッキより遥か遠方——本来なら波音のノイズしか拾わないはずの帯域に、棘のような微細な反応が跳ね上がっている。
「どうしたのぉ、ナリィ」
操縦桿から手を離し、シートの上で膝を抱えて寛いでいるシンディが、興味なさそうに呟く。
「いや、何でもない……と、いいんだけど」
◇
上層の捜索に向かうナレムたちのAterva Radomeが暗闇の奥へ姿を消した後、中層プラントに残された二機のアルマは、広大な倉庫区画で左右二手に分かれた。
『ブツを見つけたら
『は、はい』
通信コンソールから流れるジンの説明不十分な通信に、カケルは短く答えてマイクを切る。
左右に広がる倉庫区画は、何重にも積み上げられた海上コンテナの壁で遮られていた。表面の塗膜が剥げ落ち、赤錆でドロドロに汚れたコンテナの群れ。その隙間を縫うように、真紅の巨体が静かに脚部を滑らせていく。
後席モニターの波形が淡々と明滅し、コックピットには駆動音だけが、静かに響いていた。
フロントシートのアネッサは、沈黙したまま操縦桿を微細に動かし、巨体を滑らかに旋回させていく。洗練された機動の連続に、カケルの視線は自然とアネッサの背中へと引き寄せられていた。
「……アネッサ先輩」
カケルの硬い声が落ちる。
「なんだ」
前を見据えたまま、アネッサの口から抑揚のない短い声が返った。
「あの隊長……イブとかいうパイロット、彼女はいったい何なんですか。どうして、あんなに先輩に突っかかってくるんですか?」
操縦桿を握るアネッサの手が、ほんの僅かに固まる。
「さあな」
カケルの眉間がわずかに寄り、メガネのフチを押し上げる指先が強張る。
「……先輩、僕たちはバディです。これまでは部活動でしたが、今は違う。戦場で命を預け合っているんです。ここまで何も話してくれないと……その、少し不信感が芽生えます」
語気の勢いは終わりに向かって失速し、最後の一言を言う頃には、カケルは逃げるように視線を手元へと落としていた。
後席モニターからの平らな電子音だけが、二人の間の隙間を埋めるように低く鳴る。
数秒の重い沈黙——コンソールの作動ランプが青く点滅を繰り返す。
やがて、フロントシートから細い呼気が鼻を抜ける音が聞こえた。
「……去年、日本に来るまで、私は
「っ……軍に?いったい何歳で……」
カケルの喉が小さく動き、息をのむ音が空間に渡る。だが、それ以上の驚きは出ない。
イブやメイラとのこれまでの会話、到底学生とは思えない圧倒的な操縦技術——カケルにも少しは察するものがあった。
「別に。驚くことじゃない。私は特別優秀だからな」
フロントシートから返ってきたのは、おどけたような、しかしどこか冷えた声。
「なんで……軍を辞めて日本に来たんですか?」
「踏み込みすぎじゃないか?」
唇の端だけを吊り上げたような笑みを含んだ声が、カケルを捉える。
「っ、すみません」
「冗談だよ。父親と揉めただけだ。そんな深い理由は無えよ」
あっさりと告げられた言葉。しかし、アネッサのその背中は、いつもより僅かに強張っていた。
「……彼女も、軍に居た時の知り合い、ということですか?」
カケルが問うと、コンソールを叩く電子音が数回鳴り響き、長い間が落ちる。
「……そんな感じだ」
短く吐き捨てられた答えが、極小の空間を満たしていく。
「もう不信感は拭えたか?命を預け合うオペレーターくん?」
「えっ、あっ……はい、色々と無神経でした。わがまま言ってすみません……」
「これくらい、わがままに入んねよ。ほら、話は終わりだ。口を動かしてる暇があったら手を動かせ」
「は、はい!」
手厳しい一瞥を背中で浴びせられ、カケルは弾かれたように目の前のコンソールへ意識を戻した。
◇
Atlas下層、コントロールルーム近傍——背面ハッチが解放されたままの
海水と油が混ざり合った洋上プラットフォーム特有の濃密な湿気が、狭いコックピット内で二人の皮膚にまとわりつく。
リアシートのソラは、画面上で推移する給電グラフの波形を視線の端で追いながら、別のウィンドウでシステムログを次々と展開していく。
「これ……」
ログの最下部に刻まれたタイムスタンプを画面越しになぞる。
「最後にアクセスされた記録が、5年以上前だ……完全に放棄されてるね」
開かれたままのハッチの隙間から、暗闇の奥へと垂直に伸びる巨大なスチールワイヤーをソラは見上げた。ギチギチと金属が軋む音が、冷たい空洞に不気味に響き渡っていた。
「うまくいくかな……」
胸元のハーネスの金具を、ソラの指先がカチカチと鳴らす。
「心配しなくたってうまくいく。果報は寝て待てって言うだろ」
呟きから漏れた不安を打ち消すように、フロントシートに深く腰掛け腕を組んだツバサの気怠げなシルエットから、間延びした声が飛んでくる。
「そう、だね……」
ソラは曖昧に頷きながらも、金具を弄る指を止め、ツバサの後頭部を凝視した。
「……ツバサ、無理してない?」
「は?いきなりなんだよ」
振り返らずに投げ出された声。そのわずかな語尾の上ずりに、ソラの瞳が細くなる。
「いや……そっか、ごめん」
ソラが唇を噛んで視線を落とすと、フロントシートで組まれていた腕がゆっくりと下ろされた。
「……
淡々とした、低い声が足元に落ちる。
「メイラさんに聞けば、もっと色んなことが分かるのかもしれない。けど……正直、今はそんな余裕ない」
計器類の明滅が、ツバサの横顔の輪郭を淡く浮かび上がらせる。
指先は、操縦桿のグリップをなぞっていた。
「要は全部後回しだ。ここで立ち止まって考えても仕方ないし……他の
「重要なこと……?」
ソラがオウム返しに尋ねる。
「そりゃあ、」
ツバサは後ろを振り向こうとしたが、途中でピタリと止まった。背もたれに顔を隠すように正面を向き直すと、短く息を吐き出す。
「
「生きて、帰る……」
そのシンプルで重たい言葉を、ソラは口の中でゆっくりと反芻した。
目の前のシステムを動かすことに夢中になるあまり、いつの間にか一番大切なことを見失いかけていた自分に気付く。
張り詰めていた肩の力がスッと抜け、コンソールに向かい直すソラの指先に規則的なキー入力のリズムが戻った。
「……うん。そうだね。私も、集中しなきゃ」
——直後。
ズゥゥンッ!
耳を
「きゃあっ!?」
「うおっ!?」
衝撃波が斜め下から突き上げ、Ferrum Avisの巨体が浮き上がるように大きく傾き、二人はハーネスに強く身体を打ち付けられた。激しい揺れにアラートが鳴り響き、モニターが警告で真っ赤に染まる。
天井から大量の錆と埃がパラパラと降り注ぎ、暗闇だった空間の一部が、爆炎の照り返しによってオレンジ色に毒々しく明滅する。
『全機、直ちに迎撃態勢をとれ!!』
通信回線をこじ開けるように、ノイズで割れたトットの怒号が飛び込んできた。
『我々は現在、“