Dual Drive!-鉄翼のスカイタッグ- 作:都島 京子
『シレーヌ発令所、こちらアルファ2。
発令所内、トットのヘッドセットから、雑音混じりのナレムの声がくぐもって響く。
「なにぃ?……アリストリア軍だと?テアラル少尉、チェックだ」
「は、はい……!」
巨大モニターの横に陣取る小柄な女性通信士――マリン・テアラルの肩が、ビクッと跳ね上がる。その小さな手がコンソールを叩く電子音だけが、静まり返った室内で規則正しく響く。
青白い光を放つモニターが目まぐるしく数値を更新するなか、マリンの瞳に緑の光が高速で明滅し、その目尻に小さな汗の粒が浮いた。
「……
マリンの消え入りそうな声が途切れると同時に、正面のメインモニターへレーダーが拡大表示された。海図上に青い円形シンボルが三つ、楔の陣形を組んで刻まれ、識別タグの文字列が詳細に流れ込んでくる。
トットは両手に持った指示棒をカチャカチャと伸縮させながら、深く眉間を落ち込ませる。
「チッ……面倒な」
緊急を大義名分にした無断補給。トットは口八丁で凌ぐべく通信回線を開こうとしたが、それより早く、コンソールの着信ランプが割り込むように赤く点滅した。
「アリストリア軍より通信です」
パーマ頭の通信士――ティオが、顔だけをトットへ向けて告げる。
「クソッ、先を越されたか。繋げ」
トットが制服の襟元を正して喉を鳴らし、渾身の言い訳を並べようとしたその瞬間――。
『貴様ら、いったい何をしている!我々の保有する施設への無断侵入とは、何事か!』
音割れを起こすほどの怒声が、発令所の皆の耳元へ矢継ぎ早に叩きつけられる。
思わぬ歓迎に口元を歪めたトットだったが、すぐさま背筋を伸ばし、一拍置いて取り直した。
「……落ち着きたまえ。こちらハイルゼン公国軍シレーヌ――」
『貴様らが何者かなど聞いていない!直ちに物資を置き、投降せよ!』
かぶさるような大音量がトットの言葉をすり潰す。異常なまでに切羽詰まった声。
額に青筋を浮かべたトットは、メガネのブリッジを中指で押し上げた。
「——拒否する」
冷たく言い放たれた否定。
「我々シレーヌ先遣隊は、現在“
『っ……!』
ヘッドセットの向こうで、息を呑む音が滲む。
「この件を不問にしてほしくば、施設の利用、あるいはアリストリア本国での補給を許可したまえ」
「副長、それは流石に……」
その傍ら、コンソールを操作していたメイラの制止も空しく、トットは薄ら笑みを浮かべてけしかける。
「平時ではないのだ。
『……ふざけるなッ!』
激しいノイズとともに、アリストリアの将校が吠えた。
『そんな横柄、通せるわけがないだろう!』
「そうか。であれば本件は帰還次第、上へ直ちに報告させてもらうとしよう。失礼したね」
トットが通信切断のボタンへ指を滑らせかけた、その刹那。
『……未だに自分たちが上にいるつもりか。世界は今、変革の時を迎えている。いつまでも王様でいられると思うなよ』
プツン――置き土産の恨み節。
回線は一方的に閉じられ、発令所の空調音だけがとり残された。
「副長、横暴すぎです。わざわざ刺激しなくても――」
「フンッ、負け犬の遠吠えだ。規律すら守れない属国の分際で、思い上がるなよ」
トットが鼻で笑い飛ばすと同時、発令所内にけたたましい
「っ!ア、アリストリア軍が本艦に向け砲撃を開始!」
マリンの叫び声と同期するように、画面上の青いシンボルから赤い光跡が描かれた。
「なッ……!?正気か!?回避行動に移れ!」
驚愕と怒りを滲ませたトットの怒号より早く、シレーヌのシステムとマリンの指先が連動する。直後、暗闇の太平洋上に浮かぶシレーヌの甲板から、幾本もの火線が夜空へ放射された。艦載された
着弾までの猶予、僅か十数秒――水平線の彼方で、数発の砲弾が火球となって爆散した。が、半浮上状態にあったシレーヌの艦体は、全てを交わし切ることは叶わない。
瞬間、腹底を突き上げるような重厚な衝撃。艦全体に強烈な炸裂音が鳴り響き、壁に手をついていたトットの体が横滑りした。
「っ……!何をしている!緊急潜航だ!」
「えっ!?アルマ部隊はどうするんですか!」
コンソールに向かっていたメイラが、弾かれたように身体ごと振り返り、目を見開く。
「そんなものは後回しだ!本艦が沈むわけにはいかない!緊急潜航、急げ!」
赤色灯が明滅する発令所で、トットは身を乗り出し、コンソールへ怒鳴り込んだ。
「アルマ部隊全機、よく聞け!アリストリア軍より攻撃が開始された!シレーヌはこれより緊急潜航に入る!貴様らは敵の追撃を阻止し、プラットフォームを防衛せよ!」
◇
作戦行動の変更を告げるノイズまみれの命令が、Atlas内部の部隊へ飛ぶ。直後、巨大な砲弾がプラットフォーム上層の鋼鉄を揺らした。
『おいおい、なにがどうなってんだ!』
『アリストリア軍?!』
混乱に陥る通信網の中、ナレムはコンソールパネルを冷静に見つめていた。
『アルマ部隊全機、こちらアルファ2。敵艦隊よりホバー艇三隻の射出を確認。敵アルマ部隊の到達までおよそ8分。各機、白兵戦および次弾へ備えよ』
『プラント内は精製タンクや残留ガスによって引火の危険が極めて高い。施設内でのブースター点火ならびに銃火器の使用は控えてくれ』
『了解』
『り、了解しました!……先輩、アリストリア軍が、あっ!』
ジンの淡々としたレスポンスと、マイクに拾われたカケルの慌ただしい呼びかけが、ハッチを開け放ったままの
「……まずいことになってるらしいな」
ツバサが眉間に深い皺を刻み、操縦桿を握る手袋をギチリと鳴らす背後で、ソラは目まぐるしくコンソールを叩いていた。
「隊長、アルファ5の
機体からは未だ制御盤へと繋がるケーブルが延びたままとなっている。
『――却下よ』
隊長であるイブの答えはNOだった。
『敵は下から上がってくる。下層に戦力を集めるのが先決よ。今エレベーターを止めれば、上に居る三機が役に立たないでしょ。全員が下りるまで接続を維持しなさい』
無慈悲な命令に、通信チャンネルの空気が凍りつく。
「……は、はい。すみません」
直後、再び頭上から着弾の衝撃が叩きつけられ、Atlas全体が釣鐘のように鳴動した。
『っ!プラットフォームごとぶっ壊すつもりかよ!ソラちゃんすぐに向かう!もう少しだけ辛抱してくれ!』
中層のジャックが悲鳴を上げ、機体を強引にエレベーターへと向かわせる――その矢先だった。
バギンッ!
鋼索が千切れる破裂音が響き渡り、中央エレベーターが最下層へ向けて急転直下を開始する。加速しきった数トンの金属塊は、下層フロアへ凄まじい勢いで激突。轟音と粉塵を撒き散らしながら床板を粉砕し、さらに巨大な風穴を穿った。
耳を刺すような金属の断末魔を残し、エレベーターは穿たれた穴を削りながら、丸ごと暗い海へと崩落した。水面を叩き割る重低音の後、下層フロアまで届くほどの巨大な水柱が吹き上がる。
「っ……!」
「ゔっ」
床抜けの余波をもろに受けたFerrum Avisは、バランスを崩して横転。繋がったままのケーブルが限界までピンと張り詰める。
『
慌ててプライベート回線を飛ばすカケルに、ソラは食い込むハーネスに耐えながら声を絞り出した。
「大丈夫……アルファ5、無事です……」
『いやあ、これじゃあ昇降以前の問題だねぇ……まあ、エレベーターの接続はいらなくなった訳だし、結果オーライ?』
『なワケないでしょ。適当言ってんじゃないわよ』
イブの苛立ちを含んだ舌打ちが鼓膜を打つ。
「あ、あの、ケーブルはもう……」
『当然でしょ!つべこべ言ってないでさっさと迎撃の準備!上の奴らも、何でもいいから這い降りてくる方法を探しなさい!』
「は、はい!」
通信が切られ、ソラは座席脇の予備バッテリーへ伸びるケーブルのロック機構へ手を伸ばした。
「……ん?」
「どうした?」
機体を起こそうとしていたツバサが、もたつくソラを肩越しに振り返る。
「ん~、さっきの衝撃でロックが噛んじゃったっぽい……全然外れないや」
「まじかよ」
コックピット側でパージし、ハッチを閉じるつもりであったが手順が狂う。
「ちょっと直接外してくる……うぁっ!」
ハーネスを外し、コックピットの外へ踏み出そうとしたソラの足がもつれ、そのまま床へ膝をついた。
「大丈夫か!」
「大丈夫大丈夫」
身を乗り出そうとするツバサを、ソラは膝をさすりながらへらっと笑って制止する。
「……おい、脚、怪我してんだろ」
ツバサは短く吐き捨てると、自らのハーネスを外し、音もなく立ち上がった。
「あぁー、へーきへーき。ちょっと捻っただけ……って、ツバサ?」
狭いコックピットの中を器用に登ってきたツバサが、無言でソラの肩を掴み、座席へ強く押し戻す。
「俺が行くから座って待ってろ」
「え、う、うん……ありがと」
普段の気だるげな様子と違った真剣な眼差しに、ソラは思わず気圧されたように頷いた。
「き、気を付けてね!」
ハッチの縁に手を掛けたツバサは、振り返らず背中で軽く片手を上げてみせると、
そのまま身を乗り出し、制御盤のある足場へと跳び移る。
ケーブルの結合部へ手を掛け、挟み込ませた端子をサッと外す、その瞬間。
――ツバサの視界が純白に焼き切れた。
頭上を走るパイプラインへの直撃弾。配管内に滞留していた高圧ガスに引火し、プラントの一部を吹き飛ばす大規模な連鎖爆発が巻き起こる。
「ッ――!」
無音の閃光の直後、襲い来る爆風。
ツバサの身体は軽々と宙へ吹き飛ばされ、猛烈な火の粉と黒煙の渦中へ一瞬にして呑み込まれた。
「ツバサッ!」
コックピットのコンソールに必死にしがみつきながら、ソラの絶叫が業火の音に掻き消される。
破裂したタンクから吹き出した燃料が次々と引火し、下層一帯は瞬く間に紅蓮の海と化した。
◇
「っと、今のは結構大きかったね……シンディ、199・900・-47、20カウントだ」
足下の惨状など知る由もない上層デッキ。ナレムはメインモニターの脇に小さなカウントダウンウィンドウを呼び出し、前席のシンディへ座標を転送する。
「……ふぁ~。はぁい」
前席で休憩をしていたシンディは、大きなあくびを隠しもしないまま、だらりと操縦桿を握り直した。
Aterva Radomeは上層デッキの端、剥き出しの鉄骨に大型狙撃用ライフルのバイポッドを固定し、漆黒の海原へとその長大な銃身を向ける。
「……4.3.2.1――ゼロ」
正確なカウントダウンの終了と同時、シンディの指がトリガーを絞る。
暗視スコープのクロスヘアには、うねる波間しか映っていない。が、その数秒先――自ら射線へ滑り込んできたホバー艇が一隻、十字の中心で鮮やかな火柱を立てた。
炎上する艇体ごと、積載されていた二機のアルマがその身を焦がし、暗い海へと沈んでいく。
「ふぅ……毎回、こう楽なら良いんだけど」
ナレムはモニターを操作し、即座に回線を開く。
『こちらアルファ2、目標への
『おい!下層が火の海になってんぞ!』
『海と海だな』
報告に割り込んだのは、上ずったジャックの声と、対照的に沈着なジンの声だった。
『な、なんて?』
崩落したシャフトの縁から下を覗き込んだ二人の視界には、崩れ落ちたフロアと、下層中央を埋め尽くすような炎の壁が広がっていた。
『砲撃が引火したんでしょ』
イブの声には、焦りの色が微塵も混じっていない。
『ひゃ~、怖いねぇ』
ナレムが他人事のように相槌を打つ中、カケルが口を開いた。
『……隊長、アルファ5が通信に応答しません。下層は、どうなってるんですか?』
『さあね。爆発にでも巻き込まれたんじゃない?』
爆心地から離れた外周で敵を待ち伏せた
『な、何かあったんじゃないですか?』
『知らないわよ。私は忙しいの』
イブは忌々しげに吐き捨て、一方的に回線を切断する。
『ちょっと!……おい、アルファ5!聞こえているなら応答しろ!』
『…………』
呼びかけに対する返答はなく、砂嵐のようなノイズだけが虚しく響き続けた。
後席のカケルが息を呑む中、アネッサは無言でRubertalの操縦桿を限界まで押し込むと、真紅の巨体がうなりを上げ、コンテナの隙間を削るようにして外周デッキへと急発進する。
◇
至る所で火柱が上がるプラットフォーム下層。残る二隻のホバー艇がそれぞれ異なる地点へと接舷し、敵アルマの揚陸を開始する。
「――チッ。ホント新人は使い物にならないわね」
南東側外周、暗がりに潜んでいたイブのAterva Custが、目下に迫るホバー艇のシルエットを視界に捉える。
腰部に差した刀を鞘から引き抜くと同時、機体はプラットフォームの縁を蹴って跳躍した。
逆手に構えられた切先が重力に従って落下し、ホバー艇から降り立つ寸前の敵アルマの頭部を、コックピットめがけて垂直に貫く。
ズンッ! 着地の重い衝撃が、艇体全体を大きく揺らす。
Aterva Custが刀を引き抜こうとしたその隙に、後続のもう一機が奇襲を仕掛ける。
近接ブレードを味方のコックピット越しに突き刺す、死んだ仲間をブラインドに利用した苦渋の一撃。
「……反吐が出るわ」
しかしイブは、敵機を貫いて間近で姿を現したブレードを半身の捻りで躱す――のみならず、空いたマニピュレーターでその切っ先を万力のように掴み取った。
想定外の力で引かれた敵機は、たまらず武装を手放し、後方へたたらを踏む。
イブは自らの刀だけを引き抜き、胸にブレードが刺さったままの敵の死骸を、蹴り飛ばすように海へと捨てた。
波しぶきが上がる僅か十数メートルの甲板上――無双の怪物と、不相応の敵機が対峙する。
その静寂を破り、ホバー艇の外部スピーカーから威圧的な放送が響き渡った。
『武器を捨てて投降しろ!貴様らの行動は同盟違反の侵略行為に該当する!直ちに降伏せねば――』
言い終わるより早く、イブの太刀筋が艇体を襲う。
鈍い金属音が、ギッギッと連続して響き渡り、イブの刀が、何度も、何度も、艦橋へ突き立てられた。
丸腰の敵アルマはただ見守ることしかできない。
スピーカー越しの小さな悲鳴すら、肉と鋼を抉る不快な音に塗り潰され、凄惨な肉声が鳴り止むと、ようやくイブは刀を納める。
『……あ、悪魔め!この悪魔!』
通信機から漏れ聞こえる敗北者の怨嗟。
『悪魔で結構。人間性なんて意味ないのよ』
Aterva Custは、油と人間の血が混ざり合った赤黒い液体を刃から滴らせながら、炎の照り返しを受けて妖しくその装甲を光らせていた。
◇
炎と黒煙が視界を遮る下層区画。
爆破の衝撃でひしゃげた足場の上、Ferrum Avisは無惨に転がったまま、立つことはなかった。
ぽっかりと口を開けたままのコックピットハッチ。
パチパチと火の粉が舞い込むその狭い空間に、人影は