Dual Drive!-鉄翼のスカイタッグ- 作:都島 京子
波飛沫が甲板を叩きつける冷たい音が、不気味な静寂を際立たせていた。
漆黒の装甲に身を包んだ
「撃て!なにをぼさっとしているんだ!主砲を撃てえっ!」
艦橋内。艦長が飛沫を飛ばして怒鳴り散らす。
「無茶ですよ!この距離で発砲すれば、至近距離での爆発で本艦も無事じゃ済みません!」
コンソールに張り付く管制官が、血の気の引いた顔で振り返る。
「クソッ……ワイヤーネットキャノンだ!装填を急げ!」
その間にも、旗艦の右舷側を併走する支援艦の甲板から、一機の敵アルマがAterva Custへ向けてアサルトライフルの銃口を向けた。
マズルフラッシュが夜闇を裂く。
直後、Aterva Custは滑るようなステップで砲台の死角へと身を隠した。
ガガガッ!と、分厚い装甲板に大口径の弾丸が叩きつけられ、艦長たちが悲鳴を上げて頭を抱える。
「撃つな!我々を殺す気か!銃撃は禁止だ、二機で挟み込んで白兵戦に持ち込め!」
艦長の怒声が通信機を通じて支援艦へ飛ぶ。
逆側の左舷で銃を構えかけていたアルマが慌てて武器を下げ、右舷のアルマと共に、2機を乗せた支援艦が左右から旗艦の甲板へと迫る。
だが、Aterva Custは迎撃の素振りも見せず、艦橋へ向けて一気に距離を詰める。刀が振り上げられ、艦長の顔が絶望に引きつった、その時。
――キィィンッ!と、海面を削り取るような凄まじい衝撃音。
旗艦が突如として推進機関を逆噴射し、猛烈な
甲板上が急激に減速し、殺人的な慣性に引っ張られたAterva Custの巨体は、後方へと大きく体勢を崩し、仰け反るように傾く。
そこへ、両サイドの支援艦から同時に跳び込んできた二機のアルマによる、ブレードを振りかざしての挟み撃ち。
片足が浮いたまま、宙を仰ぐ体勢のAterva Cust。
左からの刃が迫るコンマ数秒前。漆黒の左腕が、腰に懸架されていた『鞘』を逆手で引き抜き、下から跳ね上げるようにして敵機のマニピュレーターの手首を正確に打ち据えた。
ガキィン!という硬質な音と共に、左の敵機は刃の軌道を大きく逸らされる。
同時、右から迫るブレードに対しては、右手に持ったままの刀の腹を正確に合わせて激突を受け止める。
火花が散る甲板。背中から転倒しかけていたAterva Custは、その絶望的な姿勢から、上半身を右へと捻り込むと、機体背部のメインブースターが、鼓膜を破るような轟音と共に青白い火柱を噴き上げる。
推進力のすべてを乗せた右への強引な起き上がり、打ち合わせたままの刀を通じて、油断していた敵機に桁外れのトルクが襲い掛かる。
「なッ――」
押し返された敵アルマは、踏ん張る間もなく真横へ吹き飛ばされた。
宙を舞った数十トンの質量が、並走していた左舷の支援艦の横腹へ猛スピードで激突する。
鋼鉄がへし折れる凄まじい絶叫。支援艦は大きく傾き、大量の海水を巻き上げながら、甲板を真横に向けて完全に転覆していった。
左舷の惨劇を尻目に、Aterva Custは完全に体勢を立て直す。
体勢を崩していたもう一機が、背後を取り、慌てて二太刀目を振り下ろす。しかし、漆黒の機体は死角など存在していないかの如く、首の皮一枚で刃を躱す。
二度、三度と虚しく空を切るブレード。
その隙を縫うように、Aterva Custの太刀が下段から滑らかに閃いた。
一刃で敵機の頭部が宙を舞い、切断面から火の粉を噴き散らす。間髪入れず放たれた容赦のない前蹴りが、残された胴体を並航する支援艦へ叩きつけた。
衝突と同時に激しい火柱が上がり、炎は瞬く間に支援艦へと燃え移っていく。
「ば、化け物か……」
艦橋内。モニター越しにその光景を見ていた乗組員たちが、呆然と呟く。
重機であるはずのアルマが、熟練の武術家のように滑らかに、手足の延長として動く異様さ。
「艦長!ワイヤーネットキャノン、装填完了しました!」
「ッ!撃て!今すぐ発射しろ!」
正気を取り戻した艦長が、声を裏返して叫ぶ。
艦橋下部の砲身が火を噴き、特殊な金属繊維で編み込まれた巨大なワイヤーネットが、Aterva Cust目掛けてパラボラ状に展開される。
その圧倒的な範囲に、回避する隙もなく、網は漆黒の機体を完全に捕らえた。
直後、ワイヤー全体から青白い高圧パルスが放たれ、機体の外装をバチバチと這い回る強力なEMP攻撃が襲う。
Aterva Custの関節から駆動音が消え、焦げ付いたフレームが煙を吹く。そして、頭部のカメラアイの橙光がフッと完全に消失した。
「やったぞ!敵機のシステムダウンを確認!」
「ふはっ、ふはははっ!ざまあみろ!」
艦橋内が歓喜に沸く。
「油断するな、とどめを刺せ!」
「か、艦長、それは流石に……捕虜にすべきでは?」
戸惑う管制官に、艦長はシートのアームを激しく叩く。
「どこまでコケにされたと思っている!今更、国交など知ったことか!跡形もなく粉砕しろ!」
完全に沈黙したAterva Custに向け、甲板上のガトリング砲が、一斉に銃口を向け直す。
艦長が、処刑の合図として右手を高く振り上げた。
「撃――」
振り下ろされる腕、その瞬間――ズガァンッ!
艦橋の分厚い防弾ガラスを突き破り、飛来した“巨大な鋼の刃”が、艦長の胴体を真正面からミンチ状に粉砕して壁に突き刺さった。
「…………え?」
隣の席にいたオペレーターの視界が、突如として現れた“鉄の壁”によって遮られる。
“壁”に沿ってゆっくりと視線を前に向けると、そこには、カメラアイに煌々と橙光を灯し、低く駆動音を唸らせるAterva Custの姿があった。
漆黒の右腕が、前へと振り抜かれた姿勢のまま、ピタリと止まっている。
オペレーターの右半身は、ガラスの破片と刀の衝撃波によって、既に半分抉れ飛んでいた。自らの死を認識する間もなく、白目を剥いて床に崩れ落ちる。
Aterva Custは、絡みついていたワイヤーネットを鬱陶しそうに払い除けると、再び艦橋へ歩みを進める。
「はぁっ、はぁっ、はっ!」
「た、助けてくれえええっ!」
艦橋内に生き残っていた乗組員たちが、我先にと通路へ殺到し、荒々しい足音を立てて逃げ惑う。
焼け付いたマニピュレーターが、割れた窓から壁に突き刺さった刀を引き抜いた。
指揮系統を完全に失った旗艦は、主を失ったまま、暗い波間を当てもなく揺蕩い始める。
◇
「っ……!」
薄暗く、熱気のこもった狭い空間。ツバサは、メインモニターの端に映る、肉塊と化した艦長の残骸から目を逸らし、口元を強く覆っていた。
胃の底から込み上げる、言い表せぬ気持ち悪さ。
人が、虫を潰すよりもあっさりと死ぬ戦場。そして、さも当然のように容赦なく人間を殺戮したイブの姿。
――これが、軍人なのか……。
血の臭いこそしないが、モニター越しの映像だけで十分に精神を削り取られる。
しかし、ツバサは恐怖と嫌悪を抱きながらも、フロントシートで操縦桿を握る少女の背中から、どうしても目を離すことができなかった。
後席に座っていたツバサは、オペレーターの代わりを務めようとしていたが「邪魔だ」と一蹴され、コンソールの数値を眺めることしかしていない。
だからこそ、嫌でも見せつけられていた。
イブ・ラブリエルの、常軌を逸した“才能”を。
後席に割り当てられたコンソールパネル。そこには、索敵レーダー、熱源反応、各関節のトルク配分に至るまで、膨大な戦術データが濁流のようにスクロールし続けている。だが、フロントシートに座るイブの十指は、一度も手元を見ることなく、コンソールの物理スイッチとタッチパネル、操縦桿の上を狂いなく舞っていた。
アルマの操縦は容易ではなく、手足のように動かすだけでも至難の業であり、索敵やレーダー管制、機体のエネルギー管理といったオペレーションと操縦を同時に行うことは、熟練のパイロットであっても易くない。
アネッサが部活で時折見せていた、機体の限界を引き出すような超技術的な操縦。
イブの動きはそれと同等か、あるいはそれ以上に洗練されている。その上で、本来二人で分担すべき情報処理を、たった一人で、最高水準で並行処理していた。
不意に、ツバサの視線がコンソールの端に残るログ履歴に止まる。ワイヤーネットキャノンが直撃した前後のタイムスタンプ。
[22:04:12.365] Main System Manual Shutdown
---System Offline---
[22:04:21.441] Backup Power Online
[22:04:25.229] Hardware Fault Detected
[22:04:37.813] Restoration Completed
ツバサは息を呑んだ。
網が叩きつけられる数秒前、イブは自らシステムのメイン電源を意図的に強制シャットダウンさせていた。
回路を物理的に遮断して高圧パルスをやり過ごし、電流が通り抜けるや否や、即座に予備電源からシステムを再起動。わずか数十秒の間に、機体へのダメージを完全に無効化し、反撃の投擲へと繋げていた文字通りの“神業”。
「すごすぎだろ……」
ツバサの口から、無意識のうちに感嘆の吐息が漏れた。
嫌悪感を上回るほどの、パイロットとしての純粋な脱帽と畏怖。
「フン、いかにも凡庸な感想ね」
脇にある冷凍機からアイスパックを取り出すと、イブはそれを自分の額に当てた。
人間を惨殺した直後とは思えない、欠伸でも出そうなほどの日常的な動作。
「まあでも、私と比べれば、誰だろうが所詮は“がらくた”。気にすることないわ」
全てを見下した言葉を投げ捨てると、イブはモニターの隅に通信ウィンドウを展開する。
「あんたたちが遅いから全部片づけといてやったわ。感謝しなさい」
コールサインすら名乗らない高慢な報告の通信。
その音声が繋がろうとした、直後。
――カッ、と。
メインモニターの彼方、水平線の向こう側で、太陽が昇ったかのような強烈な閃光が弾けた。
数秒遅れて、腹の底を揺らすような重低音が洋上に響き渡る。
「……ッ!」
ツバサが息を呑んで見つめる画面の奥。
二人がつい先ほどまで居た巨大プラットフォーム『Atlas』が、建物の骨組みを溶かしながら崩壊し、暗い海原を真昼のように照らし出す、凄まじい大爆発を起こしていた。