Dual Drive!-鉄翼のスカイタッグ- 作:都島 京子
『こちら
黒煙の立ち込める海面。波間に揺れるホバー艇の甲板へ、カケルの操るFerrum Avisが重々しいスラスターの逆噴射音を立てて着地する。
『了解したよ。機体をドッキングさせたら、指定の集合ポイントへ向かっておいてくれ』
『――で、そっちの方は大丈夫かい?』
◇
炎の照り返しを受ける鋼鉄の壁面。その外殻下層で、真紅のアルマが海に背を向けて深く腰を落としていた。機体の両肩から中腹の外壁へ深々と打ち込まれた極太のグラップリングワイヤーが、ピンと張り詰めた鋼索となってケーブルカーのような一本の索道を形作っている。
そのワイヤーの終端、崩落しかけた足場の縁から、ジャックとジンの乗る
『早くしろ。崩れるぞ』
ワイヤーのアンカーが突き刺さるコンクリートの壁面からは、軋み音と共に細かな破片をパラパラと海面へ撒き散らしていた。
『む、無理無理無理!こんなの絶対外れるって!』
Atervaのコックピット内で、ジャックが顔を引きつらせて叫ぶ。
『なら、自力で降りてこい』
冷酷な宣告と共に、Rubertalの膝のシリンダーがプシュッと排気音を鳴らし、ゆっくりと立ち上がりかける。ワイヤーの張力が変わり、足場がさらに軋みを上げる。
『あぁぁッ!すみませんすみません!降ります!今すぐ降りるから立ち上がらないで!』
ジャックは操縦桿を握り直し、弾かれたように後席を振り返る。
「おいジン!本当に計算合ってんだろうな!?途中で切れたりしねえよな!?」
ジンはモニター脇から顔を覗かせ、無表情のまま右手の親指をスッと立てた。
「……All green」
「全く信用ならねえ!……クソッ、行くぞ!」
腹を括ったジャックは泣きそうな顔で正面へ向き直ると、意を決して操縦桿を握り込む。Atervaの両マニピュレーターが、震える動作で頭上のワイヤーをガシリと掴んだ。
◇
凄惨な炎熱から遠く離れた、Atlas最上層のペデスタルクレーンの上。
静寂の中、ナレムとシンディの乗るAterva Radomeは、機体をアイドリング状態に落としたまま、微動だにせず夜の海を見下ろしていた。
「ねぇナレム~、ホントに大丈夫なのぉ~?」
シンディが、コックピットの窮屈なシートで思い切り伸びをしながら、間延びした声で尋ねる。
「もう必死に駆け回るような歳でもないからねぇ」
ナレムはモニターの表示を素早く切り替えながら、腑抜けた声を返す。
「対人戦闘じゃないんだし、こういう時くらい、無駄に培ったノウハウに頼らせてよ」
ナレムの目の前には、Atlasの三次元スキャンデータと構造計算、熱源分布、そして風向風速が重なって表示されていた。
長年、斥候として戦場を生き抜いてきたナレムの知見が弾き出した“Atlas崩落プロセスの予測”。現在二人が陣取っている座標は、構造限界を迎えても最後まで崩落を免れる、計算上の完全な『
ナレムが余裕の笑みを浮かべてコンソールを撫でた、その時――。
『っ!こちらFerrum Avis!
ノイズを割って飛び込んできたカケルの切迫した声。
「え?」
Aterva Radomeの光学カメラが、海面を滑走してくる強烈な光源を捉える。
それは、イブが仕留め損ねたアリストリア軍の支援艦だった。甲板に大破したアルマの残骸を載せたまま、機関部から凄まじい黒煙と業火を噴き上げ、死に体となった鉄の塊が、全速力でAtlasの
『まさか……自爆するつもりか!?』
カケルの悲鳴が通信チャンネルに轟く。
数秒後、数千トンの質量を誇る支援艦の艦首が、Atlasを支える
ズドガァァンッ!!
鋼鉄がへし折れる絶叫と、腹の底を裏返すような爆音。支援艦の弾薬庫が誘爆し、夜の海に太陽が落ちたかのような超巨大な火球が膨れ上がる。
太平洋を切り裂く、これまでとは桁違いの大爆発。
直後、Atlas全体にマグニチュードを見失うほどの激震が走った。
数万トンの巨大建造物全体がギギギと凄まじい金属疲労の断末魔を上げて、目に見えて大きく傾き始める。内部に残存していたガス管や精製タンクが次々と連鎖引火し、中層から下層にかけて、内側から食い破られるような二次爆発が連続して吹き荒れた。
『――ッ!』
中腹でワイヤーを保持していたアネッサのRubertal。そのアンカーが打ち込まれていた壁面そのものが、爆炎と共に丸ごと吹き飛んだ。
『え?』
支えを失い、宙を舞うワイヤー。
『うわぁぁぁぁっ!?』
ジンとジャックを乗せたAtervaは、悲鳴を残し、為す術もなく瓦礫と炎の雪崩のなかへ、真っ逆さまに呑み込まれていった。
◇
「うおっ!?」
完璧なはずだったナレムの計算式が、想定外の物理衝撃によってすべて水の泡となる。
安全地帯だったはずの足場が、斜め45度へと一瞬で傾いた。
「やばっ、ノウハウとか嘘!シンディ任せたよ!」
ナレムはコンソールから手を離し、速攻で両手を合わせてシンディを拝む。
「ちょっとぉ!?冗談じゃないんだけどぉ!」
シンディは文句を叫びながらも、一瞬にして目の色を変え、操縦桿とペダルを叩き込んだ。
傾斜角60度を超えた崩れ落ちる巨大な斜面。Aterva Radomeは滑落しながらも、姿勢制御スラスターを細かく明滅させてスラロームのように瓦礫の上を滑走する。滑落するコンクリート片の先端をフルスロットルで蹴り上げ、機体は豪快に跳躍した。
ズズズ……ドガァンッ!!
背後で、数十万トンの鉄屑が自らの重みと爆発に耐えかね、太平洋に絶望的な轟音を響かせながら沈んでいく。
海面を叩き割る衝撃。超巨大な水柱が天を突き破り、濃密な黒煙と蒸気が辺り一面を呑み込んだ。
◇
海面は、未だ燃え盛る重油と無数の残骸で埋め尽くされている。
波を押し分けて現れたのは、奪取したセイルユニットに巨体を固定したFerrum Avis。その背後には、間一髪で外壁から離脱したアネッサのRubertalも搭乗していた。
高く積み上がった瓦礫の頂上付近。そこには、機体の各所から水滴を滴らせ、蒸気を吹き上げるAterva Radomeが立ち尽くしていた。
『いやぁ、危なかった……みんな無事かい?』
ホッとしたような息混じりの声が回線を抜ける。
『っ!あの瓦礫……!』
安堵も束の間、Ferrum Avisのモニター越しに残骸を見上げたカケルが、息を呑んで硬直した。
視線の先。海面から覗くひしゃげた鉄骨の山の中央。真上から落ちてきたであろうAtlasの残骸によって真正面から押し潰され、原形をとどめられていないスクラップと化した
開いた通信チャンネルに、息を呑む重苦しい沈黙が落ちる。
皆の顔が一瞬、暗い影に覆われた――その時。
『全然ワイヤー外れたじゃねえか!!』
スピーカーが音割れを起こすほどの、ジャックの怒声が回線に響き渡った。
『なッ!?い、生きてたんですか!?』
カケルが裏返した頓狂な声を上げる。
『おぉ、あれだね』
ナレムがレーダー上で、風下に流される一つの救難信号を捉えた。
黒煙がたなびく夜空。そこに、パラシュートを展開し、海風に煽られながらゆっくりと降下してくる円筒形のコックピットカプセルの姿が現れる。二人は崩落に巻き込まれる一瞬の隙を突き、とっさの判断で機体からの脱出を成功させていた。
『変わり身の術』
風に揺られる鉄筒の中から、ジンの平坦な声が届く。
『術じゃねえよ!ギリギリだったろうが!あと少しでも遅れてたら俺たちミチミチの挽き肉だったぞ!』
『……しょーもない会話』
いつの間にか通信チャンネルに潜り込んでいたイブが、吐き捨てるようにそう呟くと、ブツン、という電子音と共に即座に回線を切断した。
◇
グラ……と。
海中を進むシレーヌの発令所は、分厚い耐圧殻越しに響き渡った重厚な不協和音に、激しくどよめいていた。
「な、なんだ!?何が起きた!?」
壁に手を突いたトットが目を剥いて声を張り上げる。
「テアラル少尉、状況報告は!」
「わ、分かりません!先ほどの被弾によるレーダー部と通信ブイの損傷で、海上の状況は確認できません……」
コンソールにしがみつくマリンが、涙を湛えながら震える手でキーを叩くが、メインモニターに海上の様子が映ることはない。
「チッ……!」
鼻にしわを寄せたトットは舌打ちをし、海図モニターに表示された現在地と、戦闘海域からの距離を素早く目で追った。
「十分に距離は取ったな。
ティオが復唱し、シレーヌの巨体がゆっくりと海面近くへと浮上を開始する。
シレーヌの艦体がわずかに浮上し、海面下数メートルの位置で静止。艦体上部から細長い露頂アンテナと潜望鏡カメラが、水面を突き破って夜風の中へと繰り出された。
通信コンソールがクリアな電波を拾い始める。
「海上通信アンテナ、展開完了!……っ、アルファ3より
「なにぃ!?またアルマを1機失ったのか!あんのバカどもめ!」
青筋を浮かべたトットが、奥歯が砕けそうなほど顔を歪めた。
「ふ、副長!」
「今度はなんだ!」
マリンのひっくり返った声と同時、露頂カメラが捉えた太平洋の夜景が、メインモニターの中央に展開される。
「そんなことより……あ、Atlasが……」
月光に照らされる暗い海原。
そこに在るはずのものが、無い。
「な……」
トットの顎が力なく外れ、持っていた指示棒が床へコロコロと転がった。
海上にそびえ立っていたはずの巨大メガプラットフォーム『