Little Witch Academia Marauder Witches 作:ww12
第1話:英雄の転落
ここはスコットランド、フォート・ウィリアム。かつては学び舎であったはずの場所は、いまや硝煙と血生臭い肉煙の立ち込める、地獄の窯底へと変貌していた。
「ジャイルズさん、終わったよ。」
荒れ果てた教室の中、緑色のブレザー制服を纏った少年――パニスは、胸ポケットからスマートフォンを取り出すと、冷淡な声で向こう側へ告げた。スクエア型の眼鏡の奥にある瞳には、一切の感情が宿っていない。彼の足下には、無惨に叩きのめされ、虫のように這いつくばる黒いブレザー制服の不良男女達が、折り重なるようにして転がっていた。この街一帯を締めていたはずの『アッシュワード商業学園』の兵隊達である。
「あーあ、惨めなもんだねぇ。」
BGM-『RIDE OR DIE』
水色のブレザーをだらしなく前開きにし、赤茶色のロングヘアを揺らした少年――オーランドが、獲物を値踏みするような三白眼を歪めて笑った。その高級な革靴の底は、床に倒れ伏したアッシュワードの女子生徒の頭部を、容赦なく踏みにじっている。
「人間ってのはなぁ、大きく分けて2種類しかいねぇんだよ。上から見下ろすか、下から見上げるかだ。お前らはそんな簡単な事も分からず、俺らの目を盗んでコソコソ動こうとした。」
オーランドは靴底にじわりと体重をかけると、昏い悦楽に満ちた声を張り上げた。
「自分らの立場ってやつが最初から分かっていれば、こんな痛い思いをせずに済んだのになぁ!!」
ドスッ、という鈍い衝撃。オーランドは踏みつける位置を女子生徒の細い腕へと移し、躊躇なく全体重を乗せて踏み抜いた。
――バギッ!!!
「がぁぁぁぁあああああああ!!!!」
静まり返った教室に、悍ましい骨折の音が明瞭に響き渡る。鼓膜を突き破るような女子生徒の絶叫が迸るが、オーランドもパニスも、もはや一瞥すら暮れようとはしなかった。二人は靴底についた血を床で大雑把に拭うと、談笑しながら教室の外へと歩みを進める。一歩廊下へ出れば、そこはさらに凄惨な暴力の渦中だった。青、緑、橙、赤――統一性の欠片もない、様々な色彩のブレザーや私服に身を包んだ「ノースエイプルトン分校」の生徒達が、黒い制服の生徒達を文字通り文字通り嬲り殺しにしていた。壁には血飛沫が滴り、怒号と肉を殴る音が反響している。
オーランドとパニスが階段を下りていくと、一縷の望みを賭けたアッシュワードの生き残りが、鉄パイプや金属バットを片手に「うおおお!!」と雄叫びを上げて躍り出てきた。
「邪魔だどけぇ!!」
横合いから飛び出してきたのは、青いレターマンジャケットを着た巨漢――グレゴリーだった。繋がった一本眉毛を逆立てた坊主頭の怪物が、アメフト仕込みの猛烈なタックルを先頭の男にブチかます。凄まじい質量兵器となったその体当たりを受け、アッシュワードの不良は木の葉のように吹き飛び、コンクリートの壁に激突して崩れ落ちた。グレゴリーはそのまま残りの手勢をも、圧倒的な怪力だけで次々と床へ叩き伏せていく。
更に別の曲がり角からも、増援の黒ブレザー達が殺到する。しかし、そちらの退路は既に断たれていた。黒のレザージャケットに豹柄のシャツを覗かせた白黒ストライプのポニーテール女――サリーマが、風を切るような鋭い目つきで跳躍する。180㎝の長身から繰り出される、稲妻のような蹴り技の連打。厚底のロングブーツがアッシュワードの顔面を正確に捉え、一瞬にしてその場にいた全員を文字通り一掃してしまった。
校舎の正面入り口の重い扉を蹴り開け、四人の怪物が外の空気を吸う。パニスが眼鏡のブリッジを指で押し上げ、淡々と言った。
「アッシュワード商業学園の掃討、完了。戻るとしようか」
その言葉を合図にするかのように、校舎の一階の窓ガラスが一斉に、凄まじい音を立てて内側から叩き割られた。割れた窓枠から、そして入り口の大扉から、中で暴れ回っていた色彩豊かなエイプ校の不良達が、獣のような怒号を上げながら文字通り濁流となって溢れ出してくる。四人が歩き始めると、何百人もの不良達が勝鬨の声を上げ、地響きを立てながらその背中に追従した。かつてフォート・ウィリアムの覇者だったアッシュワードの校舎は、今や見る影もなくボロボロに破壊され、ただスコットランドの冷たい風に晒されるのみであった。
✦✦———
「いいかテメェら……このルーナノヴァを、そしてブライトンベリーを守れ。」
クロワが起こしたあの一大事件が幕を下ろして、世界に魔法が戻った。アタシ達はほんの少し大人っぽくなって、無事に2年生へと進級した。新しい学期、新しい日常。これまで通り、またバカやって楽しく過ごすんだって、アタシは信じて疑わなかった。……あの人達が、ルーナノヴァに帰ってくるまでは。
約1年間もの間、学校から姿を消して何をしていたのかは誰も知らない。だけど、学校公認のギャングチーム『マローダーウィッチーズ』が帰還したって噂を聞いたアタシは、もう居ても立ってもいられなくなった。本物の魔女のギャング!! 何か凄そうじゃん!!アタシは早速その姿を一目見ようと、嫌がるロッテとスーシィの腕を引っ張って、校舎の中庭へと急いだ。だけど、中庭には誰もいなかった。静まり返った芝生を見渡して、アタシが首を傾げた、その時。
「おぉいっ!!!」
背後から、鼓膜を突き刺すようなドスの利いた声がした。アタシ達3人は、ビクッとして咄嗟に振り返る。そこに立っていたのは、左袖に鮮やかな『腕章』を付けた6人の生徒達だった。
「あれ……」
アタシは思わず声を漏らした。その真ん中に立っていたのは、見覚えのある顔だったからだ。同じ2年生の同級生で、授業もよく一緒に受ける事が多かったけど、去年はほとんど関わりの無かった生徒――ジェーンだった。
「あれ、ジェーンってマローダーウィッチーズだったっけ…」
スーシィが怪訝そうに小さく呟く。ロッテは、彼女達が放つただ事じゃない威圧感に、青ざめてガタガタと身体を震わせ始めていた。だけどアタシは、目の前に「本物のマローダー」がいるんだと思い込んで、不謹慎にも「ようやく会えた!!」って心の中で喜んじゃっていたんだ。それが、間違いの始まりだった。ジェーンはアタシ達を見下ろすと、ツリ目を更に吊り上げて、冷酷な声で言い放った。
「アンタ達ね、マローダーウィッチーズを嗅ぎ回ってるのは。」
「えっ……?」
アタシが間抜けな声を出すのと同時に、ジェーンの取り巻きの一人が一歩前に出た。首の骨をボキボキと鳴らしながら、獲物を睨むような目でアタシ達を指差す。
「取り敢えず3人共ボコすから並べ。」
別の取り巻きも、ニタニタと下卑た笑みを浮かべて調子を合わせる。
「もう逃げられないよぉ。」
アタシ達は、一瞬で最悪の事態になったんだって事を悟った。心臓が痛いほど跳ね上がる。だけど、身体が芯から凍りついたみたいに動かない。恐怖のせいで、逃げ出す事すら出来なかった。次の瞬間、容赦のない暴力がアタシ達に襲いかかった。
痛い……ッ!!! 痛い痛い痛い!!!!!
鈍い打撃音が響く。アタシ達は、彼女達が放つ情け容赦のない魔法と、容赦なく振り下ろされる拳の暴力によって、地面に叩きつけられた。腹を蹴られ、顔を殴られ、髪を引っ張られる。抵抗なんて出来る訳がなかった。一方的な制裁。アタシ達は一瞬にして、文字通り半殺しのボロボロにされてしまった。
泥と血にまみれて芝生に倒れ伏すアタシ達を、ジェーンは冷たく見下ろしていた。その目は、人間を人間とも思っていないような、冷徹な支配者の目だった。
「今日からアンタ達は、マローダーウィッチーズお抱えの奴隷よ。」
凍りつくような数秒の沈黙。アタシ達が痛みに呻いていると、ジェーンは地を這うような声で激しく怒鳴り散らした。
「返事はぁっ!!?」
「ひっ…!!」
心臓が止まるかと思った。恐怖に脳みそを支配されたアタシ達は、ボロボロの身体のまま、地面に額を擦り付けるようにして平伏した。涙と鼻水が混ざった声で、叫ぶように答えるしかなかった。
「「「はい、よろしくお願いします!!!」」」
「ははは!! 土下座だぁーーー!!!」
「しかも1人だけ日本人だから本物だwww」
取り巻き達がゲラゲラと下品に指を差して笑う。ジェーンは満足そうに口角を歪めると、魔法で羽ペンと紙をパッと空中に浮かせて、何かをサラサラと書き殴る。そして、完成したその紙を、アタシ達の頭目掛けて無造作に投げ捨てた。
「これを読んでギャング相手の機嫌の取り方、しっかり予習しておきな。」
ジェーンは吐き捨てるようにそう睨みつけてきた。すぐさま、取り巻きが横からアタシ達を茶化すようにクスクスと笑い声を上げる。
「優しいねジェーン!!」
「待て待て、こいつら読み書き出来ないだろww」
「書けないのアンタでしょうが!!」
「明日もよろしくね奴隷ちゃん達~!!」
「行くよ。」
ジェーンの冷たい一言で、彼女達はようやくアタシ達への興味を失って去り始めた。だけど、すれ違いざま、取り巻きの何人かがアタシ達に向けて、手に持っていた空の紙コップを投げつけ、汚い唾をペッと吐き落としていった。
……どれだけの時間が経っただろう。アタシ達は、お互いに肩を貸し合いながら、ボロボロの身体を引きずって、這うようにして寮の自分達の部屋へと戻った。
「クソッ……」
スーシィがいつもの脱力感を完全に消し、掠れた怒りの声で小さく呟く。ロッテはベッドに顔を埋めて、声を殺して激しく泣き出してしまった。あんなに怯えるロッテを見たのは初めてだった。アタシはボロボロのまま、冷たい床の上にドサリと倒れ込んだ。身体中がズキズキと痛む。だけど、それ以上に心の奥が、どうしようもない絶望でパニックを起こしていた。
「アタシ達……これからどうなるの……」
天井を見つめるアタシの視界が、涙で滲んで歪んでいく。世界を救ったとか、信じる心が魔法だとか、そんな綺麗事が一瞬で吹き飛ぶような、本物の『悪意』の檻の中に、アタシ達は閉じ込められてしまったんだ。
それ以来、アタシ達にとって本当の地獄のような日々が始まった。購買のパシリをさせられるなんてのは、まだ序の口に過ぎなかった。授業の後、ジェーン達に呼び出されたアタシ達は、無理矢理標的を持たされて立たされた。飛んでくる魔法を少しでも避ければ、待っているのは「生意気だ」という理由での容赦のない鉄拳制裁。ジェーン達の機嫌が悪い日は、ただのストレス発散の為だけに、理不尽に魔法で撃ち抜かれたり、殴られたりする毎日が続いた。
何より厄介だったのは、ジェーンが今の魔法界では人道的観点から厳しく禁じられているはずの監視魔法「永視の呪印」を、アタシ達3人の身体に刻み込んだ事だった。アタシ達がどこで何を話し、誰と会っているのか、その動向がすべてジェーンに常に監視されている。
「もし先生達やダイアナに告げ口してみな。学校を退学になる前に、3人まとめて殺してやるから。」
そう冷たく脅されているから、アタシ達は奴隷にされた事を誰にも、アマンダ達にさえ絶対に言えなかった。失明しかけたり、骨が折れたりするような度を越した大怪我をさせられる事もあった。だけど、ジェーン達はすぐに回復魔法でそれを治した。それも、アタシ達への慈悲なんかじゃ決してない。周囲にバレないようにする為の、ただの「証拠隠滅」だった。アタシとスーシィの心の中には、日に日にジェーンに対するドス黒い怒りが蓄積していった。
だけど……ロッテは違った。真面目で優しいロッテの心は、目に見えて精神的に追い詰められて、ボロボロに壊れていった。ある夜、ロッテが虚ろな目でスーシィに「自殺用の猛毒を作ってほしい」って静かに頼み込んだ事があった。アタシは流石に、親友のそんな言葉に激怒した。目を覚ましてよ、ってロッテの肩を掴んだ。だけど、ロッテはアタシの腕を振り払って、狂ったように叫んだんだ。
「もう嫌ぁぁあ!! 毎日毎日殴られて、言いなりにされて、魔法でずっと監視されて………私、これ以上耐えられないよぉ!!」
錯乱気味に頭を抱えて泣き叫ぶロッテを見て、アタシの心の中で、何かが完全にブチ切れた。ジェーン個人への怒りだけじゃない。彼女達『マローダーウィッチーズ』という組織そのものに対して、抑えきれない激しい怒りが灼熱のように滾っていった。
自警団? 街と学校を守る? ふざけないでよ。やってる事がただの屑のいじめじゃない。
奴隷生活が始まってから3週間が経った頃、ジェーンがマローダーウィッチーズのメンバーを大勢集めて、校舎地下深くの放棄された礼拝堂にアタシ達を連行した。薄暗いカビ臭い空間で、ジェーンは集まった11番隊から18番隊の新入生の後輩達に向けて、不敵に言い放った。
「新入生達の実力調査も兼ねて、これより決闘賭博を開催する。」
地獄のゲームが始まった。最初の見世物として、スーシィがメンバーの一人の大柄な魔女と無理矢理戦わされる事になった。スーシィは自前の毒薬を手に取って攻撃しようとした。だけど、毒を投げつけるよりも早く、相手の容赦のない突風の魔法で弾き飛ばされ、地面を無惨に転がった。そのまま何も出来ずに、一方的にボコボコにされていく。スーシィが負けた瞬間、スーシィに賭けていたマローダーの後輩達から「使えねえゴミが!!」「金を返せ!!」と、激しい罵声や容赦のない投石が、倒れるスーシィに向けて一斉に飛んできた。アタシは拳を血が出るほど強く握りしめて、奥歯をガタガタと震わせながらそれを見ていた。ジェーンは楽しそうにそれを見つめると、フッと冷たい目をアタシ達の方へ向けた。
「よし、次の勝負は……ロッテ、アンタが立ちな。」
怯え切って、恐怖で小さくガタガタ震えるロッテの背中に、ジェーンの取り巻きが手をかけようとしたその瞬間。アタシの口から頭で考えるよりも先に、爆発的な咆哮が迸っていた。
「ちょっと待てぇぇえええ!!!」
礼拝堂のドーム状の天井に、アタシの叫び声が激しく反響した。野次馬の怒号に満ちていた空間が、冷水を浴びせられたみたいに、一瞬でシーンと静まり返る。大勢のマローダーの後輩達が、一斉にアタシを凝視する。ジェーンは不愉快そうに顔の肉を歪め、チッと激しい舌打ちをした。
「何勝手に途中で止めてんだゴラァ!!! 」
怒り狂うジェーンの怒号を正面から浴びながら、アタシは一歩、また一歩と、薄暗い地下のステージ中央へと歩み出た。涙で視界が歪み、身体中が恐怖で震えている。だけどアタシの目は、ジェーンの薄汚いツリ目を真っ直ぐに、射殺すような鋭さで睨み据えていた。
「底辺と女王の勝負……しようよ。」
アタシは自ら、その狂気の決闘の場に名乗りを上げた。もう綺麗事なんて言ってられない。アタシの大切な友達を傷つけたこの屑を、アタシが叩き潰してやる。
勿論ずっとこんな感じではありません。ちゃんと救いは有るのでご安心を。
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