偽りの聖者と枯れぬ羨望   作:かなりゆっくりめ

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リッチ討伐へ向かった四人。

ついに戦闘が始まり、アレンはエレナたち三人が積み重ねてきた実力を目の当たりにします。



似た者同士の恋敵

――アルト――

 

森へ入る前に馬を繋ぎ、必要な荷だけを背負った。道の脇には屋根の潰れた小屋が残っている。昔は街道の休憩所だったらしいが、壁は苔に覆われ、扉も半分ほど土へ埋まっていた。あそこなら、馬を戦いへ巻き込まずに済む。

 

エレナはアレンから受け取った水筒を一息に半分ほど飲み、口元を腕で拭った。

どうやら、さっき聞いた話がまだ頭に残っていたらしい。

 

「じゃあ……魔族とかエルフはどうなんだ? あいつら、めちゃくちゃ強いんだろ?」

 

まだ気にしてたのか。まあ、知っておいて損はねえ。

俺は足元の草を靴の裏で踏みつけながら、エレナへ顔を向けた。

 

「そりゃあ簡単だ。エルフは、ただ長生きしてるだけの爺さん婆さんじゃねえ。強い魔法使いってのはな、努力してんだよ。絶え間なくな」

 

「つまり……?」

 

「要するにだ、魔法は鍛えれば鍛えるほど強くなる。人間はすぐ死ぬから、持って生まれた才能に左右されるところも大きい。だが、エルフみてえな奴らは何百年経っても若い姿のままだろ。何百年も研鑽し続けられる奴が強いのは当たり前だ。大魔法使いのゼーリエなんざ、その典型だな」

 

エレナは分かったような、分かってねえような顔で頷いた。

ここまでの説明に間違いはないはずだ。アレンも口を挟まずに聞いていたが、魔族については自分の領分だと思ったのか、水筒の栓を閉めながら静かに続けた。

 

「魔族は、また別の話だ。基本的には、己が得意とする一つの魔法だけを鍛錬する。だから、種族全体で使われる魔法の種類そのものは、人間のようには進化しない。だが――単純に生物としての魔力量と強靱さが違いすぎる」

 

「成長や工夫をしない分、性質を見抜いて型にはめれば、人間でも倒せることは多い。まあ……俺は六百年以上生き、人間から知識を『学習する魔族』だから別格だがな!」

 

最後の一言で、急にいつものクソ領主へ戻りやがった。エレナはそんな自慢すら疑わず、素直に感心した顔でアレンを見つめている。

 

「へえ……。アレンは魔族の中でも強いんだな」

 

「うむ」

 

アレンは上機嫌に頷くと、エレナの顔を覗き込み、俺へ見せつけるような極上の笑みを浮かべた。

 

「エレナ。強い男は好きか?」

 

「もちろん!」

 

考える間もなく即答しやがった。

 

「ええい、やめろ! 俺の女に気安く手を出すな! 俺だって十分強えよ!」

 

「誰が俺の女だ!」と殴られるかと思ったが、エレナは目を丸くしたまま固まっている。それより先に、アレンが笑みを消した。見下ろしてくる目だけが、冗談みてえに冷たい。

 

「……ほう。ここで一度、試してみるか?」

 

「上等だコラ!」

 

剣の柄へ手をかけた瞬間、尻へ鋭い痛みが走った。

 

「痛っ!」

 

アレンも同時に腰を跳ねさせる。振り返ると、クラウが持った矢の先で、俺たちの尻を交互につついていた。口元には笑みがあるのに、目はまったく笑っていない。

 

「あれれ~? 二人とも、頭の中に脳みそ入ってないのかな~? 僕は『仲良くするように』と言ったんだけどなあ……?」

 

「……はい」

 

俺とアレンの返事が重なった。お互い、剣にも魔法にも手を出さず、揃って直立不動になる。横ではようやく我に返ったエレナが、腹を抱えて笑ってやがった。

 

やがて笑い声が収まり、一行が再び歩き始めようとしたところで、アレンがふと空を見上げた。

 

「ん……?」

 

「あ? どうしたよ、領主サマ」

 

問い返した俺の頬へ、冷たいものが落ちた。エレナも鼻の頭についた雫を指で拭い、不思議そうに空を仰ぐ。

 

「……雨?」

 

いつの間にか、頭上には暗雲が立ち込めていた。ぽつぽつと落ち始めた雨粒は、ものの数秒で視界を白く煙らせるほどの豪雨へ変わった。

 

「うわわっ! これはちょっと……いきなり激しすぎない!?」

 

俺たちも瞬く間にずぶ濡れになったが、エレナだけは濡れた前髪をかき上げ、不敵に笑った。

 

「ふっ……水も滴るいい女、ってね」

 

馬鹿か。そう言おうとしたときには、アレンが濡れて身体へ張りついたエレナの服へ目を奪われ、両手を広げていた。

 

「ぜひ! 今すぐその抱擁で温めさせてもらえれば……!」

 

「馬鹿か、てめえらは! とっとと荷物にシートをかけやがれ!」

 

いきなりバシャバシャ降りやがって。このままじゃ、食料も着替えも全部駄目になる。

だが、俺がシートへ手を伸ばすより先に、アレンが静かに右手を空へ掲げた。

 

「『嘘を現実に変える魔法(リュグヴァール)』――『雨雲を散らし、空を晴らす』」

 

大気そのものが震えた。

雨音が途切れ、さっきまでの豪雨が嘘だったみてえに、眩しい日差しが降り注いだ。

 

「す、すげえ……。一瞬で晴れちまいやがった……」

 

胸糞悪いが、化け物め。自然の天候すら一瞬で書き換えやがった。

 

だが――。

 

晴れ渡った空とは裏腹に、クラウの表情が一変していた。背中の弓を引き抜くと同時に、濡れた地面を鋭く見渡す。

 

「全員、即座に臨戦態勢を取りなさい! 来るよ!」

 

俺たちの間から、さっきまでの馬鹿騒ぎが消えた。俺とエレナは得物へ手をかけ、アレンの周囲では黄金の魔力が膨れ上がる。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

――アレン――

 

雨雲を散らしたことで、豪雨の陰へ隠されていた魔力の残り香が露わになっていた。

 

「確かに……この魔力は……。クラウ、君は気づいていたのか?」

 

「アルトとエレナは僕たちの前に! アレン様は後方で、いつでも最大火力を撃てるように構えて!」

 

クラウは俺の問いへ答えるより先に指示を飛ばした。

三人が所定の位置へ着くのと、濡れた地面が不気味に盛り上がるのはほとんど同時だった。

 

次の瞬間、腐敗した無数の手が、土を突き破って一斉に伸びてきた。

 

「はっ! 噂をすれば『リッチ』の奴……お出迎えかよ!」

 

アルトが背の大剣へ手を伸ばし、足元へ迫った腕を蹴り飛ばす。

隣ではエレナも長槍を構え、湧き出した腕を豪快に薙ぎ払った。

 

「ハッ、まさにアンデッドだ! 腕が鳴るじゃねえか!」

 

雨を降らせて視界と足場を奪い、奇襲を仕掛けるつもりだったか。人間の理屈を真似た、なかなか知恵の回るリッチのようだな。

 

だが――俺たちの『愛の旅路』を邪魔する愚か者には、消えてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

「はん……上等だ! 全部バラバラにしてやんよ!」

 

ギラついた目で笑ったアルトが、両手の得物を一息に引き抜く。

 

こいつ――二刀流か。

 

ただ二本の剣を使うというだけではない。どちらもアルトの身の丈に迫る大剣だ。

本来なら一本を振り回すだけでも全身の力を要する代物を、こいつは片手に一本ずつ握っている。

 

全身の肉が削げ落ちた死体までもが這い出してきた。

ここは、もともと魔物の群生地だった場所だ。

命を落とした者の身体には、地中を蠢く死霊術の魔物が即座に取りつき、生前の力を外から引きずり出す。死者が増えるほど兵も増える、悪夢のような土地だ。

 

「ブサイクどもめ……。てめえら、そこから一歩でも前に出られると思うなよ……!」

 

全身から、体格には収まりきらないほどの威圧感が膨れ上がった。

 

次の瞬間、咆哮とともに地を蹴り、単身で死者の群れへ飛び込む。交差させた大剣が振り抜かれると、刃の軌跡から二筋の魔力の斬撃が放たれた。

 

斬撃は大地を裂き、正面から群がっていた数十体を、まとめて肉塊へ変える。

死者たちは一歩も前へ出られない。アルトが宣言した境界を越えるどころか、そこへ近づくことさえできなかった。

 

ふん。クソ生意気な口を叩くだけのことはあるか。

 

 

 

 

アルトが切り開いた手薄な側面を、一筋の青い稲妻が駆け抜けた。

 

エレナだ。

 

槍を両手で構えたまま死者の群れへ肉薄し、目にも留まらぬ刺突を放つ。

穂先から迸った青白い雷光が、直線上に並んだ数十体の身体を一息に貫き、まとめて後方へ吹き飛ばした。

 

「なるほど……一体一体は大したことねえな。動きは遅く、思考もしてねえ!」

 

槍を背中側で回転させたエレナへ、横合いから別の死者が襲いかかる。だが、彼女は振り向きもしなかった。華奢な身体を鋭く捻り、後ろ回し蹴りをその頭部へ叩き込む。

 

蹴りとともに巻き起こった暴風が、迫っていた一体だけではなく、その背後に残っていた死者までまとめて粉砕し、遠くへ吹き飛ばした。

 

着地したエレナは、そのままアルトと背中を合わせた。

 

「まずアタシたちが遅れを取ることはねえな。……不満か? アルト」

 

「ああ。こんなカスども……どれだけ潰しても魔力の無駄遣いだ」

 

単に武器を扱う戦士ではなく、魔法を肉体と武技へ組み込んでいるのか。

 

「……つまるところ、こいつらは……『魔法戦士』というやつか」

 

「御名答。……知らなかった? アレン様」

 

クラウが、楽しげに答えた。弦から放たれた一本の矢が空中で光の粒子へほどけ、数十本の魔力矢となって降り注ぐ。

 

また一群を退けたアルトが、大剣を肩へ担いで俺を振り返った。

 

「なんだあ? 領主サマよ! びびったか!?」

 

「……言ってくれる」

 

「『千の雷を重ねて撃ち落とす魔法(ドンナーゼルガ)』――!」

 

頭上へ幾重もの魔法陣が展開し、そこから一千の雷撃が怒濤の勢いで降り注いだ。

 

視界が白く染まり、遅れて押し寄せた轟音が森と大地を揺らす。

戦場一面を埋めていた死者は一瞬で焼き尽くされ、焦げた肉も砕けた骨も、巻き上がる熱風の中で灰へ変わった。

 

だが――黒く焼けた大地へ、すぐさま新たな亀裂が走った。

先ほどの倍を超える腕が、炭になった死体を押し退けて這い出してくる。

 

「ふん……真っ当な攻撃をぶつけても無駄か……。うぜえ。なんだ、この面倒くせえ状況はよ! 手加減なんかできる性分じゃねえんだよ!」

 

激しく舌打ちしながらも、アルトは二本の大剣を構え直した。その隣で、エレナも槍の石突きを地面へ打ちつけ、目を輝かせる。

 

「さすがだ、アルト! アタシもとことん付き合うぜ!」

 

二人の間に合図はなく、視線すらほとんど交わしていない。それでも互いの次の動きを知っているかのように、二人の攻撃は一度もぶつからなかった。

倍以上に膨れ上がったはずの死者の群れは、前の波より速く消えていく。

押し寄せているのは死者の側なのに、実際には二人が一方的に群れを呑み込み、粉砕していた。

 

「良いねぇ……。ゾクゾクするよ」

 

クラウは恍惚とした笑みを浮かべ、絶え間なく魔力の矢を降らせている。二人のわずかな隙間へ平然と矢を通し、背後や死角から迫る死者だけを正確に射抜いていった。

二人が相手にするまでもない死者を、戦列へ届く前にすべて消しているのだ。

 

……驚いたな。

 

この連携と戦闘勘。一人でも、この程度の群れなら圧倒できる。

アルトの双剣を止められる者はなく、エレナの槍へ追いつける者もいない。

クラウに至っては、その場から一歩も動かず、戦場のすべてを射程へ収めていた。

これはもはや戦いではなく、一方的な殲滅になっていた。

 

今でも、並の冒険者とは比較にすらならない。

さらに研鑽を重ねれば、こいつらは――かつて俺が目撃した『ヒンメルたち』と同じ領域まで強くなるのではないか。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

頭数だけを潰しても終わらないのは、死者そのものが動いているわけではないからだ。土中に残された死体へ、別の小さな魔物が一体ずつ取りついている。壊された個体から抜けた魔物は地中へ戻り、まだ形の残っている死体へ移り直す。

同じ敵を、別の肉体で何度も相手にさせている。

 

魔力探知を地中へ広げ、複雑に絡み合う死者たちの魔力へ纏わりつく、濁った細い流れを逆に辿った。十、二十、五十と枝分かれしていた流れが、地下深くで束ねられ、やがて巨大な一つの結節点へ繋がる。

 

見つけた。

 

このまま雑魚を潰していても埒が明かない。元を断ち、奥に引きこもっている本体を今すぐ地上へ引きずり出す。

 

「おい……! 何をやろうとしてやがる!?」

 

「『嘘を現実に変える魔法(リュグヴァール)』――」

 

俺の声が魔力を帯び、大地へ染み込んでいく。

隠れているという現実を、地上へ引きずり出されたという現実で塗り替えればいい。

 

「『この地下に隠れ潜む術者は――今、俺たちの目の前に引きずり出される』」

 

大地が鳴動した。地下に埋まっていた無数の死体が突然動きを変え、地上へ這い出ようとしていた腕を一斉に反転させる。その腕はより深い場所へ伸び、土中に隠れていた術者の手足へ絡みつくと、自らを操っていた主人を地上へ押し上げ始めた。

 

「ギ…………ギギギッ!? な……何事だ……何が起こっている……!!?」

 

漆黒のローブを纏った人影が地上へ現れる。

干からびた指には杖が握られ、肉のほとんど剥がれ落ちた顔の奥では、赤い光を宿した眼窩が俺たちを睨んでいた。

 

エレナが槍を構え直す。

 

「で、出やがった……! 本物だ!」

 

「へっ……やってくれるじゃねえか、領主サマよ!」

 

「お待たせしたね。……さあ、始めようか」

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

――アルト――

 

本体を引きずり出したからといって、地上の死体が止まったわけじゃなかった。

むしろ自分の身を守ろうとしているのか、連中の動きは一段と激しくなってやがる。

 

背後で弦が鳴った直後、首筋を掠めるように矢が通った。俺を狙ったんじゃねえと分かっていても、肌が勝手に粟立つ。

 

「クラウ! あと指一本ぶん外を通せ!」

 

「アルトなら避けると思ってね!」

 

「避けなかったらどうすんだ!」

 

「そのときは謝るよ!」

 

謝られて済むか。

エレナの背後へ回った死体を袈裟に斬る。

エレナは礼も言わず、俺の脇を抜けてきた二体を槍でまとめて薙ぎ払った。

それでいい。戦ってる最中に、ありがとうだの助かっただの言ってる暇があるか。

 

「アルトも大概だよねえ。背中にも目がついてるんじゃない?」

 

「戦場じゃこれくらい当たり前なんだよ!」

 

「へえ。じゃあ、目を使うのは二流かい?」

 

「目だけなら三流! 耳まで使って二流だ!」

 

「一流は?」

 

エレナが笑いながら割り込んだ次の瞬間、本当に両目を閉じやがった。

こんな乱戦のど真ん中で、だ。

 

地面を蹴る音へ反応して槍を上げ、横から掴みかかった腕を身を屈めてかわす。

そのまま穂先を背後へ突き出し、飛びかかってきた死体の顔面を正確に貫いた。

目を閉じたまま、口元だけで笑っている。

 

馬鹿か、こいつは。馬鹿だが、格好いい。

 

一閃。返す刃で、二閃。重なった斬撃が十文字に切り裂き、その向こうにいた奴までまとめて吹き飛ばす。

 

「一流ってのはなあ! 全部できて、顔がいい奴のことだ!!」

 

「なるほど。アルトは二流止まりだね」

 

「テメェ、クラウ!」

 

「じゃあ、あれは何流かな?」

 

俺もつられて顔を上げた。遥か上空では、飛行魔法で空を駆けるアレンとリッチが、攻撃と防御を同時にぶつけ合っている。

 

リッチが放つ閃光をアレンの結界が弾き、その裏側から撃ち返された魔法を、今度はリッチが杖で受け流す。

攻めながら守り、避けながら次を撃ち、互いの魔力を探りながら術を組み替えてやがる。魔法が衝突するたび、金属を打ち鳴らしたような音が響き、遅れて届く爆音が空を揺らした。

 

速すぎる。地上の敵を相手にしながらじゃ、目で追うことさえできねえ。

 

「クソがっ! 超一流だろうよ!」

 

認めたくはない。だが、あれを見て三流だの二流だのと言い張れるほど、俺も恥知らずじゃなかった。

 

「ぐぐ………ギギギ………! 『炎と雷を混ぜて撃ち出す魔法(ブレンツァーク)』――!」

 

炎と雷が絡み合い、巨大な濁流となってアレンへ襲いかかった。

 

「ほお…………。『絶対零度の防壁を作る魔法(ケルテシルド)』――」

 

轟音とともに大量の水蒸気が生まれ、二人の姿を覆い隠す。地上にまで届いた熱風が、周囲の泥を一瞬で乾かしてひび割れさせた。

 

「………マゾク………憎い……!」

 

「魔族に殺された口か? ……俺はあいにく、『人間』だ」

 

よく言うぜ。どう見たって魔族だろうが。

 

「ホザケ…………! 『重力を一万倍に増幅する魔法(グラヴィゼルク)』―――っ!!」

 

一万倍だと。馬鹿か。そんなもん、骨も肉も残るわけがねえ。いくら魔族でも――あれは死ぬ。

 

「おいおい、領主サマ! これはマジでやばいんじゃねえのか!」

 

迫ってきた死体を蹴り返しながら、陥没した地面を窺う。隣ではエレナの槍が止まりかけていた。

 

「アレン……!」

 

「く………くくくくく……」

 

肩が震えている。苦痛に耐えているのかと思ったが、違った。

 

「エレナが心配してくれるとは…………格好をつけたくなってしまうな!」

 

奴は何事もなかったように立ち上がった。服についた土まで払い、エレナへ見えるよう胸を張ってやがる。

化け物め。心配されただけで、一万倍の重力を押し返す奴があるか。

 

いや、あの男なら声が届かなくても自力で抜け出せていたんじゃねえか。

わざとだ。エレナが見ているから、一番格好いいところまで耐えてやがった。

 

「奥の手だ。――『自分の言葉を嘘に変える魔法(リュグゼーレ)』」

 

「――『貴様は、死んでいる』」

 

何を言ってやがる。リッチなんざ、とうに死んで――。

 

違う。奴の言葉を嘘へ変える魔法だ。「死んでいる」が嘘になるのなら、あの化け物は――。

 

リッチの身体が大きく仰け反り、胸の奥で何かが砕けた。黒い瘴気が噴き出し、人間の死体へ取りついていた魔物の核が内側から崩れていく。眼窩の奥に宿っていた赤い光が消え、代わりに、骨だけの顔へ生きていた頃の男の面影が重なった。

 

肉が戻ったわけではなく、身体は骸骨のままだ。

 

「ナ…………? あ………私は……?」

 

死後、死体を弄び、冒険者を殺してきた怪物はもういなかった。

何も分からないまま死の底から引っ張り戻された、ただの人間が立っている。

 

「『嘘を現実に変える魔法(リュグヴァール)』――」

 

アレンは祈りを捧げるように、男へ手をかざす。

 

「――『ここに、魔物はイナカッタ』」

 

男の骨へ絡みついていた黒い瘴気が剥がれ落ち、光の粒となって消えていく。

 

地面から這い出ていた死体どもも同じだった。身体へ取りついていた魔物が消え、支えを失った骨や肉が崩れ落ちる。しかし土へ落ちるより早く、それらも淡い光へ変わり、最初からこの場所に存在しなかったかのように、次々と消えていった。

 

生前の意識を取り戻した男は、自分の身体が透けていくのを静かに見つめていた。先ほどまで浮かんでいた恐怖は、もうない。最後にアレンへ向かって微かに頭を下げ、その魂は光となって空へ昇っていった。

 

あとに残ったのは、戦いで抉れた大地だけだった。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

たった二言だ。一万倍の重力も、リッチも、湧き続けた死体どもも、全部それで片づけやがった。

 

これが、六百年以上生きた魔族の力か。

長く生きりゃ、誰でもこんな化け物になるのか――と考えかけて、さっきこいつ自身が否定していたことを思い出す。長生きしただけじゃ、一人分の研鑽にしかならねえ。

 

アレンは人間のふりをして、人間の土地へ居座り、人間の魔法を見て、人間を守り続けてきた。その全部を取り込み続けた結果が、今の力なのかもしれねえ。

 

だからって、好きになる理由にはならない。どこまでいっても、気に食わねえ男だ。

 

「ふう……。冷や汗をかいたよ、エレナ。君の声が届かなければ、危ないところだった」

 

絶対に嘘だ。声が届かなくても、自力で抜け出せていたに決まってる。

 

だが、エレナは素直に受け取ったらしい。頬を赤くし、照れ隠しみてえに声を張り上げた。

 

「ば、馬鹿言え! アタシはただ声を出しただけだ! ……でも、すげえよアレン! 格好良かったぞ!」

 

「……チッ! 格好つけやがって……クソ領主が!」

 

こいつを気に入るつもりはない。エレナを譲るつもりなんざ、なおさらねえ。

だがよ、その強さまで否定したら、今度は俺の方がみっともねえ。そこだけは認めてやる。口に出して言うつもりは、一生ないがな。

 

 

 

 

 

 

 

馬を繋いだ場所へ戻った。幸い、馬も荷物も無事だった。

あれだけ地面が揺れたせいで四頭とも怯えていたが、手綱を引き千切って逃げるほどじゃねえ。

 

剣についた汚れを布で拭い、刃こぼれがないか確かめた。骨を何十体も斬ったせいで細かな傷は増えたが、研ぎ直せば済む程度だ。二本とも鞘へ収める。

 

「どうやら終わったみてえだな。……結局、俺は雑魚散らしだけかよ。アホくさ」

 

「うむ。雑魚の相手、ご苦労だったね」

 

「テメェに言われると死ぬほどムカつく!」

 

「ああ、良いぞ。死んだらエレナは俺のものだ。……お前が死んだら、墓前に枯れた花くらいは供えてやろう」

 

俺が生まれた土地では、戦死した男の墓へ枯れた花を供える。戦いという役目を終えた者に、生きた花は必要ない――そういう意味を持つ、外の人間にはほとんど知られていない風習だった。

 

「…………テメェ! 何で俺の故郷の風習を知ってやがる!」

 

「…………単なる嫌味だ。……すまん」

 

「そこで素直に謝るんじゃねえよ!」

 

 

 

 

 

 

 

帰り道は、拍子抜けするほど穏やかだった。

リッチが周辺の死体へ取りつく魔物まで集めていたのか、行きに感じていた不穏な気配も消えている。

 

アレンの馬と並んでしばらく黙って進み、やがて、さっきの戦いで気になっていたことを思い出した。

 

「……なあ。あのリッチ、なんだかんだ結構強かったみてえじゃねえか」

 

「うむ……そうだな。強さで言えば、七崩賢より少し弱いくらいか。まともな冒険者パーティーが次々と全滅したのも頷ける」

 

聞き捨てならない言葉が混じっていた。

 

「あん? 何度も行かせてたのかよ。何人死んだ?」

 

「二十人だな。……冥福を祈ろう」

 

こいつにとって、人間の死は数なのか。一人の名前でも、一人の人生でもなく、二十という数で処理してやがるのか。やっぱり、根っこは魔族だ。そう思った。

 

だが、胸へ当てた手はふざけていなかった。こいつは、死んだ場所も、誰が戻らなかったのかも覚えている。顔も名前も忘れていないくせに、悲しい顔ができてねえ。そう見えてしまうのが、また腹立たしかった。

 

「へえ。じゃあ、アレン様は七崩賢より強いんだね」

 

「ああ。まあ、おそらくね。……『不死のシュラハト』や『黄金のマハト』級の猛者となら、いい勝負になるかもしれんが」

 

断言は避けたが、先ほどの戦いを見たあとじゃ、謙遜しているようにしか聞こえねえ。俺は鼻で笑った。

 

「まだ生きてる七崩賢の話かよ! 今生きてる七崩賢なんざ、マハトと『断頭台のアウラ』くらいだろ? 俺にかかればバラバラよ! ハッハー!」

 

アレンが妙に真面目な顔で俺を見る。

 

「……お前たちなら、アウラには勝てそうだな」

 

「え、本当かい?」

 

クラウも驚いたらしく、馬を少し近づけた。

 

「ああ。アルトの剣技は、ヒンメルが六十五歳くらいのときと同じくらいの強さだからな」

 

勇者ヒンメルと同じ。そこだけ聞けば、これ以上ない賛辞だ。だが、六十五歳か。

 

「それは褒めてんのか、けなしてんのか、どっちだよ!」

 

「褒めているぞ。ヒンメルは死ぬ直前の老人になっても、二週間休みなく歩き続けて魔物を倒せる化け物だったからな」

 

とんでもねえ爺さんだ。

 

魔族が、死んだ人間を懐かしんでいる。やっぱり、よく分からねえ奴だ。

 

「それにしても……アレンはマジで強えんだな……。アタシ、なんだかちょっと濡れてきちまったよ」

 

アレンの目が光った。

 

「………ほう。俺の強さに惚れたと?」

 

「いんや! アタシは強い奴を見ると、戦いたくて興奮してくるんだよね!」

 

そうだ、こいつはそういう女だ。強い男を見ると守ってもらいたくなるんじゃない。自分の槍で、どっちが強いか確かめたくなる。

 

どうしてこんな、頭の中まで筋肉でできているような女を好きになったのか。

考えるだけ無駄だろう。格好よくて、いい女なんだから仕方がねえ。

 

「……フッ、そうか。では、そのうち力ずくで組み伏せてあげよう」

 

「お! やるか!? いいぜ! アタシが先にぶっ倒してやる!」

 

アレンは、ますます懐かしそうに笑った。

 

「……かと言って、完全に組み伏せると途端にしおらしくなるのだろう? ……ふ、いい女だ」

 

俺も、エレナが負けを認めて急に大人しくなる姿を想像した。おそらく、普段との落差は相当なもんだ。

 

「……チッ。それに関しては……まったく同感だ」

 

本音が漏れた。アレンがこちらを見る。俺も同じタイミングで奴を見ていた。

 

「ん……?」

 

「………んだよ」

 

「いや……なんというか、お前とは妙に呼吸が合う気がしてな……」

 

「…………気味の悪いこと言ってんじゃねえ」

 

「ふっふっふ。それはあれだよ。君たち二人とも、エレナのそういうところが好みなんだろう? つまりは、根っこがそっくりな『似た者同士』ということなのさ!」

 

俺とアレンは同時に息を吸った。

 

「何を言ってやがる! こんな奴と一緒にされたら舌が腐る!」

 

声も言葉も、顔を向けた角度まで完全に重なった。

 

「……おお。息ぴったりじゃねえか」

 

「はい、パチパチパチ。仲良きことは美しきかな、だね」

 

クラウまで馬上で手を叩いている。俺とアレンは互いの顔を見て、同じ瞬間に顔を背けた。

 

「……チッ!」

 

「……不愉快だ」




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

互いの実力を認めながらも、相変わらず反発し合うアレンとアルト。

少しずつ見えてきた二人の共通点について、感想をいただけると嬉しいです。

次の章はアウラ編の予定です。アウラはアレンとどうなると思いますか?

  • 同盟する
  • ガルドに招き入れる
  • 殺し合う
  • フリーレンと戦う(原作通り)
  • 直接会わない
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