偽りの聖者と枯れぬ羨望 作:かなりゆっくりめ
――アレン――
街へ戻った俺を待っていた町長は、俺を見つけるなり、安堵するより先に怒鳴った。
人間は、二度と戻らなくても構わない相手の不在に、これほど腹を立てたりはしない。
領主としての決裁が滞るからという理由だけではないようだ。
何も告げずに消えた俺が、そのまま帰らない可能性を考えたからこそ、彼は怒っている。
そう理解できるようになったことも、俺が長い歳月をかけて得た成果の一つだった。
泥に汚れた外套を脱ぐことだけは許されたが、湯を浴びる時間も、エレナと今日の戦いについて語らう時間も与えられなかった。
執務室へ押し込まれ、椅子へ座らされた俺の前には、机の天板を覆い隠すほどの書類が積まれていた。
しかも、これで全部ではなかった。
町長は両腕に抱えていた新たな束を、俺の目の前へ叩きつけるように積み上げた。
乾いた音とともに、紙の塔が俺の鼻先まで伸びる。
「解せん……! 留守中の業務は、すべて町長に任せていたはずだが……!?」
俺が不在であろうと領地の行政が滞らないよう、権限は十分に委譲してある。
町長の能力も信頼していた。領主一人がいなければ回らない統治機構など、最初から欠陥品ではないか。
「私が決裁できる範囲には限度があります! そもそも、アレン様が何も言わずに、置き紙一枚だけでふらっと討伐へ出かけるからですっ!」
「仕方あるまい。エレナとのデートのためだ……」
「リッチ退治がデートですかっ!?」
「……うむ」
改めて問われると、反論は難しかった。
男女がともに遠出をし、互いの能力と相性を確かめ、危険を乗り越えて関係を深める。
俺は文献と観察から、それをデートの一種であると定義していた。
エレナと同じ時間を過ごし、彼女の新たな一面を知り、彼女にも俺を知ってもらいたかった。人間の男女がそうして関係を育てるのなら、同じ過程を辿ることで俺にも同じものが生まれるはずだと考えたのだが。
俺にとって、あの討伐は重要な実験だった。
同時に――実験という言葉だけでは片づけられないほど、エレナと行けることを望んでいた。
町長が深いため息をついた、そのときだった。
執務室の扉が開き、アルト、エレナ、クラウの三人が顔を覗かせた。
俺が紙の山に埋もれている姿を認めた途端、アルトは笑いだした。
「ギャハハハハハ! 見ろよ、エレナ! クラウ! 魔法じゃあんなに強かった領主サマが、たかが紙切れの山に埋もれてやがるぜ!」
笑うだけなら、まだ許せた。
だが、こいつは俺を見ながら、これ見よがしにエレナの肩を抱き寄せたのである。
こいつ……。わざとか。俺が動けないと分かったうえで、エレナへ自分の身体を密着させているのか。
一方で、今、俺が机を掴んだ動きは規則にも計算にも含まれていない。
そう、思考より先に身体が動いたのだ。
これこそが、俺が求めてきた人間の感情なのではないか。
模倣として選択した反応ではなく、俺自身の内側から生じた何かなのではないか。
エレナはアルトの腕など気にした様子もなく、俺へ大きく手を振った。
「アレン! 頑張れよ! アタシたちはこれから、酒場で一杯引っかけてくるからよ!」
「にしししし。アレン様がもたもたしてたら、今夜、アルトにエレナがお持ち帰りされるかもしれないよ~?」
明らかな挑発だったが、看過できる内容ではない。
「ぐふふふふふ。今夜こそはものにしてやるぜ!」
アルトの鼻の下が伸びている。本気だなこいつは…。
机の縁が、みしりと鳴った。
「のおおおおおおおお! 終わらせる! 今すぐ、すべて終わらせてやるとも!」
外から見れば、女を取られまいと騒ぐ愚かな男にしか見えなかっただろう。
それでよかった。
むしろ、その愚かさを俺は求めていた。
損得も、合理性も、長命種としての余裕も投げ捨て、一人の女を追うためだけに行動する。そうなれたはずの自分を、どこかで歓迎したい。そうだ、これは計算ではない。
アルト、感謝する。
俺は多くの魔法を収集してきた。その中に、書類仕事へ使えそうなものがある。
かつてフリーレンとじゃんけんをし、勝った褒美として教わった魔法だ。
「『書類を自動で作成する魔法(シュリフトヴェルク)』――!」
魔力を注ぐと、インク壺の横に置かれていた羽根ペンがふわりと浮かび上がった。
白い羽根を震わせ、目にも留まらぬ速さで一枚目の書類へ走り始める。
「よし! このまま全書類を片づけ、酒場へ行くぞ!」
「……お待ちください、アレン様」
「なんだ! エレナが、この銀髪の吸血鬼の餌食になろうとしているのだぞ!」
「誰が吸血鬼だ、コラァ!」
町長は一瞥もくれず、書類の上を滑る羽根ペンを指さした。
「その魔法が自動で記せるのは、『アレン様が思考し、決定した内容』までです。アレン様ご自身が書類を読み、決裁を下さなければ、羽根ペンは何も判断できません」
羽根ペンは止まり、判断を待つように紙面の上で揺れている。試しに一枚目へ目を通し、申請を許可すると決める。すると羽根ペンは即座に必要事項を書き込み、印章まで押したうえで、次の一枚へ移った。
確かに速い。代筆としては完璧だ。
羽根ペンは、俺が与えた答えなら、どれほどの速さでも書き写せる。
だが、自ら考えることはない。俺の内側に存在しない答えを、一文字たりとも紙の上へ生み出すことはできなかった。
「…………フリーレンめぇぇぇっ! 役にも立たない欠陥魔法を掴ませおってぇぇええっ!」
三人の笑い声が、廊下の向こうへ遠ざかっていく。
あれほど耳障りだったはずなのに、聞こえなくなった途端、執務室は不自然なほど静かになった。
俺も、あの喧騒の中へ加わりたい。
エレナの隣へ座り、今日の戦いで誰が最も活躍したかを語りたい。
アルトの誇張を訂正し、クラウの余計な一言に反論し、三人が俺の失敗を笑うなら、その中心にいたい。
俺の知らないところで彼らだけの記憶が増えていくことが、耐え難く不快だった。
エレナを奪われたくない。アルトに負けたくない。彼らの輪から、自分だけ取り残されたくない。
これは嫉妬だ。
胸の圧迫も、机を掴んだ指も、今すぐ責務を放り出して追いかけたいという衝動も、観察した人間を真似るために選んだ反応ではない。
俺が俺自身の意思で、あの場所を望んでいる。そうだ、そうであるべきなのだ。
数百年を費やしても掴めなかったものが、今ようやく生まれようとしている。その兆候に思えた。
人間は、愛する者を巡って争い、くだらない冗談を言い合い、仲間外れにされれば腹を立てる。戦場で命を預け、帰れば互いの失敗を笑う。かつての俺は、それを外から観察し、構造を分解し、同じ結果を得るために必要な言葉と行動を記憶した。
だが、今は違う。
俺は観察者ではなく、彼らが笑う理由の一つになっている。
俺の言葉でアルトが怒り、アルトの行動で俺が嫉妬し、エレナとクラウはその両方を笑う。その連鎖の中に、俺も組み込まれている。
この喧騒こそが、証明になるはずだった。
俺が人間の関係を外から模倣するだけの魔族ではなく、その内側で変わり始めているという証明。人間の感情を得て、彼らの奇跡へ到達しつつあるという、何より明確な証拠になるはずだった。
意識を集中し、体内を巡る魔力の総量を測った。
変化はなかった。
戦いで消費した分は、すでに回復を始めている。回復速度は予測の範囲内。回復後に到達する上限も、討伐へ出る前と寸分違わない。
感覚を細く研ぎ澄まし、測定の精度を上げる。
結果は同じだった。
一時的な増幅すらない。誤差と呼べるほどの揺らぎもない。
研鑽によって知り尽くした俺の魔力は、以前とまったく同じ形で、同じ器の中を巡っている。
なぜだ。
仲間を得た。領民を守った。友を看取り、妻を失い、墓へ花を供え続けた。
人間が愛と呼ぶ関係を学び、今は一人の女を巡って恋敵と争っている。
人間が限界を超えたとき、彼らが口にした理由を、俺は一つずつ再現してきた。
それでも、俺は一度として限界を超えていない。
条件が足りないのか。時間が足りないのか。失ったものの数が足りないのか。誰かを愛したつもりになるだけでは足りず、さらに別の何かを差し出さなければならないのか。
違う。
そうではない可能性を、俺はすでに知っていた。
俺が感情だと認識しているものは、人間の中で過ごした数百年を費やして精巧にした反応にすぎない。自分では模倣していないつもりの衝動さえ、あまりに長く人間を演じたため、意識より先に再生できるようになっただけなのかもしれない。
人間に近づいたのではない。
人間と見分けがつかないほど、嘘が巧みになっただけなのかもしれない。
その結論へ触れた瞬間、胸の奥に鈍い圧迫が生じた。戦場で受けたどの魔法とも違う。原因も、対処法も分からない。呼吸に支障はなく、肉体にも損傷はない。それでも、これ以上その可能性を考えることを、身体そのものが拒んでいるように感じた。
これを恐怖と呼ぶのだろうか。
だとすれば、恐怖を感じられたこともまた人間へ近づいた証になる。
そう考えた直後、その結論さえ、都合よく人間性の証明へ利用しようとしている自分に気づいた。
俺は、何を感じても研究材料に変える。
喜びも、嫉妬も、喪失も、恐怖も、魔力を増やす条件であるかどうかを測らずにはいられない。
人間は、自分が人間であることを証明するために誰かを愛するのか。
答えは分かっている。
違う。
ならば、証明を求めた瞬間に、俺の行為は人間のそれとは別物になるのではないか。
「アレン様」
町長の声に、思考を断ち切られた。
彼は次の書類を俺の前へ差し出している。
「まずは、こちらからご決裁ください」
「……うむ」
俺は紙面へ目を落とした。羽根ペンが、その横で静かに待っている。
俺が答えを出せば、こいつは何でも書く。
だが、俺の中にない答えを、こいつが代わりに生み出すことはない。
その当たり前の性質が、先ほどよりもはっきりと、俺自身を嘲笑っているように見えた。
認められない。
ここまで重ねてきたものが、何一つ俺を変えていないはずがない。
今はまだ、魔力という出力へ現れていないだけだ。
観測できない変化まで存在しないと断定するのは、研究者として短絡的にすぎる。
そう結論づけたはずなのに、俺はもう一度だけ魔力量を測っていた。
やはり、一欠片も増えていなかった。
「……フリーレンめ」
口から漏れた名に、本気で彼女を責める意味はなかった。
ただ、この恐怖に別の名前を与えなければ、俺は書類を読むことさえできそうになかった。
◇◇
――幕間――
同じ頃、ガルドから遠く離れた街道を、二人の魔法使いが歩いていた。
先を歩いていたフリーレンは、何の前触れもなく足を止めた。
「……へくちっ」
小さなくしゃみが、静かな街道へ妙にはっきりと響く。
後ろを歩いていたフェルンも足を止め、僅かに眉を寄せた。
背丈の低いフリーレンを見下ろす目は、いつもより少しだけ冷たい。
「あれ……。どうしましたか、フリーレン様。風邪ですか?」
「なんか……アレンに馬鹿にされた気がする……」
フリーレンは首を傾げ、不満そうに口を尖らせた。
「アレン様が、そんなことをするわけありませんよ」
「……はい、行きますよ」
「…………」
フリーレンはその場に残り、遠ざかりかけたフェルンの袖を掴んだ。
「フェルンがいじめる……」
「いじめていません」
「じゃあ、慰めて」
「先へ進んでください」
二人の声は、再び森の静けさへ溶けていった。
◇◇
――アルト――
アレンの奴を紙の山へ置き去りにしてから、酒がいつもより旨かった。
何杯目かは、もう数えていない。エレナほどじゃねえにしても、俺の頭にも十分に酒が回っていた。
執務室でエレナの肩を抱いたのは、もちろんわざとだ。
あのクソ領主が何食わぬ顔をしていられるか試してやっただけで、別に人前で見せつけたかったわけじゃねえ。
机を叩いて立ち上がったときの、あの血走った目。
俺を吸血鬼とまで呼んで怒鳴り返した声。
思い出すたびに、勝手に笑いが込み上げてくる。
あいつは忌々しい。魔法でも、戦闘でも、領主としての立場でも、腹が立つほど隙がねえ。だからこそ、こっちの挑発へ全力で食いつき、子供みてえに張り合ってくる姿は、見ていて妙に面白かった。
……面白い?
いや、違う。あれは敵の無様を笑う楽しさだ。
あいつと絡むこと自体を楽しんでるわけじゃねえ。絶対に。
「キャハハハハハ! アルト~! お前、アタシが好きなんだろ!? ええっ!?」
考え込んだ俺の首へ、横から腕が巻きついた。
エレナが、真っ赤な顔で俺の頬を何度も叩く。
力の加減が完全に壊れており、一発ごとに首が横へ持っていかれた。
「おい……エレナ! 落ち着けっての!」
「落ち着いてらぁ!」
「どこがだ!」
テーブルの上には、空になった酒樽や瓶がいくつも転がっていた。
半分以上はエレナ一人で空にしたもんだ。
リッチとの戦いでも底を見せなかったこいつの体力は、どうやら酒場でも悪い方向へ発揮されるらしい。
エレナは俺の首を放すと、椅子を踏み台にしてテーブルの上へ立った。
酒杯を片手で掲げ、店中の客へ向かって両腕を広げる。
「ほれほれ! アタシを抱きたい男は寄ってこい~!」
冒険者も、商人も、近くの席にいた男たちは揃って目を逸らす。腕っぷしに自信がありそうな大男まで、何も聞こえなかったふりをして杯へ口をつけた。
その光景を、クラウだけが楽しそうに眺めている。
こいつは酒へほとんど手をつけず、騒ぎから十分に距離を取った席で、パフェを食っていた。
「誰も寄ってこないよ。君の酒乱は、街中に有名だもん」
「あん……?」
エレナはぐるりと店内を見渡し、最後に俺を見下ろした。嫌な笑みが浮かぶ。
「なんだ、アルト……。てめえ、キンたまついてんのか!? キャハハハハ!」
「当たり前だろ、馬鹿野郎!」
「なら、見せてみろよ! アタシが大きさを確かめてやる!」
目を輝かせたエレナが、テーブルから身を乗り出した。その手が俺のズボンへ伸びてくる。
「みんなー! アルトがあれを見せてくれるってよー!」
「やめろ、馬鹿! 警邏を呼ばれるだろ!」
さっきまで目を逸らしていた連中が、今度は一斉にこっちを見る。
特に町娘や女冒険者たちは、妙な好奇心を隠そうともしなかった。
「え……。アルト様の、ちょっと見たいかも……」
「大きいのかな? 意外と小さい……?」
「誰が小さいだ! つうか、寄ってくるんじゃねえ!」
「私も見たい!」
「見せねえよ!」
女たちが面白半分に距離を詰めるほど、俺は椅子を引きずって後ろへ下がった。
「相変わらず、もてもてだねぇ。アルトは」
「見てねえで、こいつを止めろ!」
「嫌だよ。近づいたら僕まで脱がされそうだ」
「そりゃあ!」
手近にあった空の酒瓶を投げつけてきた。
顔へ当たる寸前で瓶の首を掴む。遅れて、店のあちこちから歓声が上がった。
「酒瓶を投げるな!」
「おお~! やるじゃねえか、アルト!」
投げた本人は嬉しそうに拍手したが、その足元はもうまともじゃなかった。
テーブルの上で大きく身体を傾け、酒杯を掴もうとして空を切る。
「危ねえ!」
床へ落ちるより先に駆け寄り、腰と背中を抱えて受け止めた。
さっきまで脱がそうとしていた相手とは思えないほど、エレナは俺の腕の中で大人しくなる。
近い。酒と、髪と、女の匂いが混じって鼻へ届く。
真っ赤になった頬を俺の胸へ押しつけ、エレナはとろんとした目で見上げてきた。
俺はこいつが好きだ。こいつも、俺が好きだと言えば否定しない。
今夜こそものにすると自分で宣言した。
だったら、このまま宿へ連れて帰って抱いたところで、何が悪い。
むしろ、今がそのときなんじゃねえか。
「……アルトぉ」
「な、なんだよ」
「酒ぇ……。もう一杯……」
期待した俺が馬鹿だった。
「酒はもう終わりだ。行くぞ」
「どこにぃ……?」
「宿だよ」
エレナの腰を抱き直す。酒場の熱気と酒精に煽られたまま、その耳元へ口を寄せた。
「今夜こそ、お前を抱いてやる」
「……おお?」
エレナの目が僅かに開いた。
次の瞬間、額へ凄まじい衝撃を食らった。
「いってぇ!」
頭突きだ。腕の中から抜け出したエレナは、床へ降りた途端に拳を構え、据わった目で俺を睨んでいる。
「アタシを抱きたきゃ、まずアタシを倒してみろぉ! 勝った方が上だ! キャハハハハハ!」
「何でそうなるんだ!」
「いくぞ、アルトぉ!」
右の拳をかわす。続けて飛んできた左肘を受け止め、そのまま抱き寄せようとしたところで、今度は膝が腹へ突き刺さった。
「ぐおっ……!」
戦闘になれば、酔っていても動きだけは冗談みてえに鋭い。
しかも本人はじゃれついているつもりらしく、俺の腕から逃げるたびに腹を抱えて笑っている。
どうにか背後へ回って羽交い締めにすると、エレナは俺の腕へ噛みついた。
振りほどかれた勢いで別のテーブルへ飛びつき、客の酒杯を奪おうとする。
「酒ぇ! まだ飲むぞぉ!」
「やめろ! それは他人の酒だ!」
「けちぃ!」
「俺の酒でもねえよ!」
情事どころではなかった。
この女を宿へ連れ帰ったところで、服を脱がせる前に決闘が始まる。
寝台へ押し倒せたとしても、次の瞬間には俺の方が窓から投げ捨てられているかもしれねえ。
また空瓶を掴もうとした手を押さえると、エレナはしばらく抵抗した末、急に糸が切れたように俺の胸へ倒れ込んだ。
「……ったく。仕方ねえな」
膨れ上がっていた欲が、溜め息と一緒に抜けていく。
卓上に残っていた水を飲ませた。半分ほどは口の端から零れたが、今度は暴れず、俺へ身体を預けている。まぶたも、もうほとんど閉じていた。
周りから冷やかすような口笛が飛んだ。
「そのまま持ち帰っちまえ、アルト!」
「今夜こそ、ものにするんだろ?」
ついさっきまでは、そのつもりだった。ここまで酒乱じゃなければ、本当に連れて帰っていたかもしれねえ。
「馬鹿言え。こんな酔っ払い、まず介抱が先だ」
「それに、どうせならこいつが素面のときに、俺を選ばせる。そうじゃなきゃ、あのクソ領主に勝ったとは言えねえからな」
一瞬の沈黙のあと、女冒険者たちから感心したような声が上がった。
町娘の一人など、さっきとは違う意味で頬を赤くしている。
よし。
これで少なくとも、この場にいる女どもから見た俺の評価は上がった。
途中で何をしようとしていたかはともかく、最後まで見れば、酒に酔った女へ手を出さず、介抱して宿まで送る男だ。
どこからどう見ても善人に見える。
あのクソ領主が人間の中で何百年も聖者を演じられるなら、俺にだって、このくらいの善人らしい振る舞いはできる。
恋では負けねえ。
金も、地位も、魔法も、あいつの方が上だ。それでもエレナが選ぶのは、隣を歩いてきた俺だと証明してやる。
「……はぁ」
クラウが、乾いた拍手を送ってきた。
「格好をつけたところ悪いけどさ。アルト、さっきは完全にエレナを抱くつもりだったよね?」
「うるせえ!」
「まあ、最後に介抱しているところだけ見れば善人だけどね。いつもこんなんだから、二人の関係は一向に先へ進まないんだよねぇ」
「余計なお世話だ!」
「それに、その台詞……アレン様が言ってたことと、ほとんど同じだよ」
「どこがだ!」
「エレナ自身に選ばれなきゃ、勝ったことにならない。そっくりじゃないか」
反射的に言い返そうとして、声が詰まった。
確かに、アレンは俺を力で排除しようとはしない。
あれだけの力があれば、俺を街から追い出すことも、誰にも分からないよう消すことも簡単なはずだ。それでも、あいつはエレナ本人に選ばれることへ拘っている。
俺と同じだと認めるつもりはねえ。
だが、あいつが本気で恋の勝負をしているから、俺も遠慮なく張り合える。
挑発にも食いつき、くだらねえ悪口を返し、それでも戦場じゃ互いの力を認める。
そういう相手がいることを、俺は――。
「楽しんでるのかな?」
考えを読んだように、クラウが笑った。
「何がだ」
「アレン様とのやり取り」
「殺すぞ」
忌々しい。死ぬほど気に食わねえ。だが、絡めば面白い。それくらいは、認めてやってもいいのかもしれない。
もちろん、恋の勝負は別だ。
「ギャハハハハハ! 魔法じゃ負けても、今夜の勝負は俺の勝ちだな、領主サマよ!」
遠く離れた領主館へ向かって酒杯を掲げたあと、眠ってしまったエレナを背負い直した。クラウが会計を済ませる間、酒場の主人へ頭を下げ、追加の酒代と迷惑料を余分に置いていく。
強くて、金持ちで、聖者みてえに領民から慕われている魔族が何だ。
俺は俺のやり方で、こいつの隣を歩く。エレナだけは絶対に譲らねえ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
人間の輪の中へ入り始めたアレンと、それでも変わらない魔力。
そして少しずつ似てきたアレンとアルトについて、感想をいただけると嬉しいです。
次の章はアウラ編の予定です。アウラはアレンとどうなると思いますか?
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同盟する
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ガルドに招き入れる
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殺し合う
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フリーレンと戦う(原作通り)
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直接会わない