偽りの聖者と枯れぬ羨望 作:かなりゆっくりめ
しかし、その答えを探し続ける彼を見て、周囲の者たちは少し違うものを感じているようです。
「では、シュライン殿……。貴女は、その『愛』とやらの境地に辿り着けたと思うか?」
シュラインの笑いが止まった。
あれほど詳しく語ったのだ。自分にないものを、知ったように話しているだけなのか。
それとも、俺が四百年以上かけても得られなかったものを、こいつはすでに手にしているのか。
後者なら、聞かずにはいられなかった。
「……残念ながら、『理解した』などと言っているうちは、決して得られるものではないとだけ申し上げておきましょう」
答えになっていない。
持っているのかと聞いた。
得たとも、得ていないとも言わない。
「そんなものは、気づいたときには自然と芽生えているものですから。……知識や理屈は必要ですけれどね。ですが、内側から勝手に湧き上がる衝動こそが、本質でしょう? 少なくとも、私にとっての愛はそういうものですわ」
私にとっての愛。
ならば、こいつにはあるのか。
理解したと言っているうちは得られない。
だが、自分の内側に生じた衝動を、奴は愛と呼んだ。
どうしてそれが愛だと分かる。
分かったから名づけたのではなく、気づいたときには、すでにそうとしか呼べなくなっていたというのか。
内側から勝手に。
実に曖昧で、測りようもない答えだ。
だが、人間はいつもそうだった。
損得を数えるより先に手を伸ばし、勝てる見込みもない相手の前へ立つ。
あとから理由を尋ねれば、守りたかったから、放っておけなかったからと、答えにもならない言葉を返す。
俺には、それができない。
何かを選ぶたびに理由がある。
人を救うにも、傍へ置くにも、自分が納得できるだけの理屈を探す。
きっとそれでは駄目なのだ。
言葉で確かめようとした俺だけが、問いの外へ置かれていた。
「ふむ……。シュライン殿。君はそこらの魔族より、よほど人間の本質を理解しているらしい」
「……アレン?」
フリーレンが眉を寄せていた。
何だ、その顔は。
愛を理解したとは言わなかった。ただ、自分の内に湧いたものを愛と呼んだ。
それが正しいかは、俺にはまだ分からない。
だが、理屈より先に自分の内にあるものを答えとして差し出す魔族も珍しい。評価すべきところは評価する。
「だが君は、やはり『魔族』だな」
「おっしゃる意味は分かりますわ」
「私はどこまでいっても、人間を『種族としては』自分たちと対等な存在だとは見ていません。……あくまで『食べ物』だと認識していますし、種族として魔族の方が優れているとも信じています」
違う。
その程度の話をしたいのではない。
「いや、俺が言いたいのは、そんな矮小なことではない」
「……君は結局、人間の『最も深いところ』を、何も理解できていないと言っているのだ」
シュラインの赤い目が細くなった。
「お聞きしましょう。ぜひ、我が身にご教授いただきたいですわね」
まだ笑っていられるのも、今のうちだ。
愛を言葉にするだけなら、こいつの方が俺より巧いのかもしれない。
だが、俺は見てきた。
何百年も、人間の傍で。
「人間とはな……。『奇跡の種族』なのだよ」
「……え?」
「は?」
フリーレンとシュラインの声が重なった。
今、鼻で笑ったな。
「人間は、その心を原動力に、理不尽なほどの『奇跡の力』を引き出す」
何度、この目で見たと思っている。
もう立てないはずの兵士が、倒れた仲間の名を呼んでもう一度剣を握る。
子を庇った母親が、遥かに強い魔物へ立ち向かう。
普段なら届かないはずの魔法が、守るべき者を背にした瞬間だけ、敵を貫く。
「魔力を限界以上に高め、命を削るような大技を放っても、彼らは必ずしも反動で死ぬわけではない」
おかしいのだ。
魔力は魔力だ。術者の総量を超えて湧くはずがなく、肉体が耐えられない出力を放てば壊れる。魔族なら、そうなる。俺なら、そうなる。
なのに、人間だけは計算を裏切る。
「大切なものを守るため、死者の想いを継ぐため、人間はどこまでも限界を超えて強くなる。そして、その意志は次の世代へと受け継がれていく」
短い命で死んでいくくせに、残したものまで消えはしない。
親から子へ。師から弟子へ。友から友へ。
一人を殺しても、その者を知る誰かが立ち上がる。昨日まで剣も握れなかった者が、死者の言葉一つで別人のように強くなる。
そのたびに、魔族は理解できないものへ敗れた。
「……その『絆の輝き』に、我ら魔族は数千年の歴史の中で、ずっと敗北し続けてきたのだ」
分かったか、シュライン。
人間を食べ物と呼ぶことが間違いなのではない。強者が弱者を下に見ることも、魔族にとっては自然なことだ。
お前は、食べ物だと思っているものに、自分たちが負け続けてきたことを分かっていない。
「俺は……人間たちが大好きだ」
これは嘘ではない。人間は美しい。
弱く、短命で、すぐに間違い、それでも他者のために自分の限界を踏み越える。
俺がどれほど魔法を磨いても、どれほど知識を積み重ねても、その瞬間だけは再現できない。
「いつか、俺も……そんな『奇跡の力』を、この手にしてみせる」
手袋の下で、指を握り込んだ。
エリーを失ったときも、俺の魔力は増えなかった。
仲間が傷ついたときも、怒りに任せて魔法を放ったことはある。だが、使える魔力の総量も、一度に放てる出力も、鍛錬で得た魔力を、俺を超えてはいない。
まだ足りない。
「そのときにこそ……俺は、真の意味で『愛』を手に入れたことになると確信している」
「…………。アレン」
またフリーレンが俺の名を呼んだ。
先ほどより小さい。
言いたいことがあるなら、はっきり言えばよい。
あの勇者と旅をしたお前なら、人間の奇跡を誰よりも知っているはずだ。
フェルンが俺の前まで来た。
「アレン様……。貴方様は、ご自分のことを魔族とおっしゃいますが……」
「私から見れば、アレン様はもうとっくに、誰よりも深い『愛』を手に入れられているように思えますが……」
誰よりも深い愛??
俺が??
あまりにも根拠がない。
「慰めはよせ、フェルン。俺の魔力は、いつまで経っても人間のような爆発的な高まりを見せない」
それだけは、四百年以上変わらなかった事実だ。
エリーを愛していると口にした。ガルドを、アルトたちを友と呼んだ。リリアを娘として連れ歩いている。言葉と行動だけなら、いくらでも人間らしく整えられる。
だが、魔力は偽れない。
「……それはつまり、俺の中に『愛』という原動力が致命的に足りていないという証拠だ」
フェルンの唇が僅かに開いた。
何も返ってこない。
納得したのか。
なら、そんな顔をするな。
◇◇
シュラインが俺を見ていた。
長い。
「………ふふふ………くくくくく………!」
肩まで震わせ始めた。
何が可笑しい。
「あははははははははっ!!」
そこまで笑うことか。
隣から、クラウの押し殺した笑いまで聞こえた。
お前もか。
誰もシュラインを止めない。
「……いや、失礼」
「実におっしゃる通り……人間には、我らには理解できない『奇跡の力』がありますものねぇ……!」
ようやく分かったか。
「……参りましたわ。お見それいたしました」
「そうであろう」
当然だ。
四百年以上を費やして辿り着いた答えである。
少々人間を調べた程度の魔族に、覆されるものではない。
なぜ、また笑う。
シュラインは口元へ指を当て、一度咳払いをした。
「ですが、それでは……あなた様はきっと――いえ。よき仲間がおられる様子。いずれお分かりになりますわ。愛というものも、絆というものも。ですから、私たちは……」
何を言いかけた。
いずれも何も、俺はすでに分かっている。愛も、絆も、それによって生まれる奇跡も。
ただ、俺の内に同じものがないだけだ。
それに、なぜ俺の仲間がそこで関係する。
「グラナト伯爵、先ほどまでの非礼は失礼いたしました」
伯爵の眉間には、まだ深い皺が残っていた。
「魔族の脅威を正しく、かつ冷徹に理解しておられる卿は、実に有能ですわね」
伯爵を褒めるのか。
先ほどまで食べ物と呼んでいた相手へ、よくもそれだけ滑らかに舌が回る。
「……では、提案です。この街を覆う結界の即時解除は諦めましょう」
リュグナーがシュラインを見た。
口を挟まないのか。
結界の解除こそ、アウラが使者を送った目的だったはずだ。
「まずは『不戦条約』の締結から始めて、少しずつ人間と魔族の交流事業を行うというのはいかがかしら?」
結界は残る。
アウラの軍勢は街へ入れない。使者の出入りも、伯爵の監視下に置ける。
悪くない。だが、気味悪い。
「アレン卿のような『例外的な魔族』がこの世に増えていけば……いつの日か、種族を超えた友人……という関係も悪くはないでしょう」
また俺を使うか。
それでも、結界を捨てろとは言っていない。
伯爵がこちらを見た。一度だけ頷いた。
「…………これ以上の戦いで領民を失うくらいなら、まずは良しとしよう」
「……ただし、少しでも不穏な動きを見せれば、即座に交渉は破棄する」
「ええ、当然ですわ」
シュラインが頭を下げた。
卓上へ新しい羊皮紙が運ばれた。伯爵が条件を書き加えるたび、リュグナーは一つずつ確かめ、最後にアウラの使者として署名した。
結界の維持。双方の不戦。使者の行動範囲。交流の開始には、あらためて伯爵の許可を得ること。
こちらが失ったものはない。
それでも、シュラインの笑い声が耳に残っていた。
伯爵の印章が、蝋の上へ押しつけられた。
「客室へご案内いたします」
衛兵が扉を開く。
リーニエとドラートが先に立ち、リュグナーは伯爵へ一礼して続いた。カタウも席を立つ。
シュラインは扉の前で振り返った。
俺と目が合う。
また笑った。
今度は声を出さなかった。
何だ。
言いたいことがあるなら言え。
◇◇
城を出たころには、空が赤く染まっていた。宿へ向かおう。明日も細かな取り決めがあるのだから
アルトが後ろからついてくる。先ほどから妙に静かだ。
「なあ、アレン」
「何だ?」
「……さっきの話だがよ」
まだシュラインの話を聞くつもりか。
あれの愛の定義なら、俺よりアルトの方が詳しいだろう。
「魔力が増えなきゃ、心がねえのか?」
足を止めた。
心。愛の話をしていたはずだ。
なぜ、お前はそこまで広げる。
「そうだな……。少なくとも、そう考えているな」
振り返らずに答えた。
「弱い者なら、恐怖や打算だけで生き、そのまま消えていく」
俺も最初は、そうなるはずだった。
強くなるために魔法を磨き、より大きな力を持つ魔族を避け、自分より弱い人間を食らう。そこへ愛などなくとも、生きるだけなら困らない。
「だがな、アルト。……お前たちは、何よりの『証明』だ」
「お前だって、エレナが危機に瀕したとき、爆発的な魔力の跳ね上がりを見せるだろう?」
今さら照れることでもあるまい。
俺は何度も見てきた。自分が傷ついたときより、エレナへ刃が向けられたときの方が、お前の剣は速い。
「……俺は、お前たちが羨ましい」
口にすると、胸の奥に残っていたものが僅かに軽くなった。
羨望を認めることには、もう慣れたつもりだった。
それなのに、妙に喉が重い。
フリーレンへ告げたときは、こんなものはなかった。
「どれほど知識を蓄えようとも、お前たちの持つ、その『理不尽なまでの爆発力』にだけは……どうしても届かない」
俺の魔力は、今日も昨日までの範囲に収まっている。
リリアを守ろうとしたときも。アルトたちが俺の背後に立ったときも。
何も増えなかった。
「……そこだけは、俺の方が『負けている』と、そう思わざるを得ないのだよ」
アルトが黙るとは珍しい。
「…………ちっ。……いや、俺が悪かった。気分の悪くなるようなことを言って、すまねえな」
謝られた。
ますます分からない。
事実を答えただけだ。弱点を口にしたことを気遣っているのなら、余計なことをしたと詫びる必要もない。
振り返りかけて、やめた。
いま顔を見れば、こいつはまた怒鳴る。
「あら……? アルト、珍しく素直じゃないか。いいのかい?」
「うるせえよ、ババア!!」
やはり怒鳴った。
「……あれはな、他人がとやかく言って、どうにかなるもんじゃねえんだよ。自分で気づかなきゃ意味がねえんだ」
あれ。
何の話だ。
「……まあ、いつかあいつなら、勝手に自分で答えを見つけるさ」
俺のことか。
本人に聞こえる距離で、あいつと呼ぶな。
何の答えだ。
訊いてやるものか。
自分で気づかなければ意味がないと、たった今言われたばかりだ。
答えくらい、自分で見つけてやる。
愛も。奇跡も。
前を向いた。後ろから、全員の足音がついてきた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
「愛があるなら、奇跡を起こせるはずだ」と信じ続けるアレン。
そんな彼と、シュラインや仲間たちの見ているものについて、感想をいただけると嬉しいです。
第一回キャラクター人気投票!!(3位までのキャラは出番が増えます。)
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アレン
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フリーレン
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アルト
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フェルン
-
シュタルク
-
エレナ
-
クラウ
-
シュライン
-
カタウ
-
アウラ
-
リュグナー
-
リーニエ
-
ドラート
-
リリア